長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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書けました(本日二話目)


楽屋裏

 □■【ピークォド・タイタニック号】・甲板

 

 豪華客船【ピークォド・タイタニック号】は、グランバロアの造船技術を駆使した蒸気船である。

 総トン数三〇万トンをゆうに超える船内には、乗客が退屈を忘れる数の娯楽施設が充実している。

 商業ブロックには高級ブランドが複数出店するショッピングモールや飲食店が。

 大小二種類のホールはゲストを招いて催し物が開かれるほか、客がレンタルして宴会等に利用可能だ。

 その他<マスター>の意見を鑑みた結果、カジノやジム、プールといった設備が揃っている。

 

 なかでも一番の変わり種は、甲板の一区画に建設された野外劇場だった。

 天に向けてそり返る扇状の客席は、より多くの人数を収容すると同時に、通常ステージの周囲に拡散する音を逃がさず反響させる舞台装置だ。その造形はまるで花弁のようでもある。

 

 その野外劇場の裏、出演者が待機する控室に、のそのそと怪しげな影がひとつ。

 ずんぐりむっくりとしたピンクのドラゴン。

 言わずもがな、レッド・ストリークその人だ。

 後ろには彼女の<エンブリオ>、ウルスラグナがついて来ている。

 

 レッドは迷いない足取りで扉の前に立つ。

 一人用の個室、大物にあてがわれる控室だ。

 

『挨拶に来たよ、シャルロッテ』

 

 ノックをして数秒後に扉が開いた。そして、

 

「レッド! 来てくれたのね!」

 

 妙齢の美女が飛び出して、レッドに抱きつく。

 

 シャルロッテは既に舞台衣装を身に纏っていた。

 金色の糸とレースで飾り立てた白いドレスに、空色の肩掛けをブローチで留めている。

 ダークブラウンの長い髪は後頭部に結い上げて、丁寧に編み込みがされていた。

 

『ほい、応援の花束』

「嬉しいわ! こんなものまで用意してくれるなんて!」

『おん……ここまで喜ばれるとは』

「だって招待状を送ったフレンドの中で、レッドしか返信がないのだもの。少しへこんでいたところなのよ」

「招待状って、あいつらが来るわけねーじゃん」

「でも貴方達は来てくれたわ、ウル。とにかく入って入って! お茶でも飲みましょ!」

 

 ぐいと手を引かれた二人は控室の中に誘われる。

 レッドとウルが椅子に座ると、部屋の隅に控えた黒い燕尾服が恭しく紅茶を注いだ。

 

「間違えていたらごめんなさい。たしか、ウルは他の人と同じものしか口にしないのよね」

「おう、覚えててくれてサンキューな!」

『ドリンクをカップルストローで飲むの、私は未だに慣れないんだけどね……せめて回し飲みじゃいかんのか。食べ物は半分にしたらオッケーじゃん』

「えー? いいだろ別に減るもんじゃなし」

 

 食癖に文句をつけられたウルは不満そうにストローの飲み口を噛む。今さら何を、と視線が物語っていた。

 

「相変わらず仲がいいのね。二人を見ていると、会話できるメイデンが羨ましくなるわ」

『え、そう?』

「おい何だその反応はー!? レッドお前! 言いたいことがあるなら口に出せ!」

『冗談さ。ウルは最高の相棒だ。愛してるゼ、ドラ』

「は!? き、急に小っ恥ずかしい台詞を吐くなって……まあ最高なのは当然だけどな!」

 

 フフンと胸を張るウルを尻目に、レッドはふと思い出したことを口にする。

 

『そういえば、クランの後輩が来ているドラ。シャルロッテの舞台を楽しみにしていたよ』

「あら! ここに連れてきたらよかったのに! 関係者席だって用意してあげられたわ」

『サラちゃんはね、そういうのを自分から頼むタイプじゃないんだよ。それにどこか行ったきりで……今は船の中で遊んでるのかな』

 

 サラにギャンブルや運動を好むイメージはない。客室で大人しくしているというのもそぐわない。広い船内を見て回るか、あるいはショッピングモールで買い物をしているのだろうとレッドは推測する。

 実際は当たらずとも遠からず、数奇な出会いを繰り広げている最中なのだが。

 

『ところで話は変わるけどさ。この船、めっちゃ縁起悪い名前じゃん。どっちも沈没した船由来だよ?』

 

 ピークォド号は小説『白鯨』に登場する捕鯨船で、最後には白鯨モビーディックに沈められてしまう。

 タイタニック号は処女航海の最中、氷山に衝突して沈没した客船だ。映画にもなっており有名だろう。

 

「グランバロアのしきたりだそうよ。処女航海で海に流した瓶から、都に辿り着いたものが名前に選ばれるって」

「にしてもふざけてるよなー」

『反対する<マスター>はいなかったのか……?』

 

 余談ではあるが、多くの反対を押し切り名前を決定した人物は次のように述べている。

 曰く、『白鯨と氷山にぶつからなければ沈まないのだろう? 逆に縁起の良い名前じゃないか!』と。

 ちょうど【モビーディック・ツイン】が討伐されて間もない時節だったことも影響しているだろう。

 

 閑話休題。

 

『さてと。そろそろ本題に入っていいドラ?』

 

 頃合いを見て、レッドは話を切り出した。

 

『オペラをやる。それはいい。ただ、会場の変更を提案したのは君だと耳にしたんだが』

「ええ、屋内だと変わり映えがしないでしょう。せっかく海の上にいるんだから、今日は潮風を感じながら歌いたいと思ったのよ。それがどうかした?」

 

 特別ゲストとはいえ、出演者の気分で会場の準備がやり直しになった主催者側にレッドは同情した。

 頭を抱えて、どの言葉を使ったら事の深刻さが伝わるかを考える。

 

『予定していた船内の劇場を使わず、この野外劇場を……防音が完璧じゃない場所で歌うと?』

「ああ! モンスターの心配しているのね。安心して。ある程度は防音効果があるそうよ。それに音が漏れないようにスタッフが魔法を使ってくれるわ」

 

 海洋には陸地より強力なモンスターが生息している。

 当然ながらモンスター避けのアイテムの使用、艦船の武装化、そして護衛戦力、可能な限りの対策を施して、航海は実現している。

 

 野外劇場も、ティアンの常識では酔狂に近い代物。

 それを【空振術師】や【障壁術師】を始めとする魔法系ジョブの力を借りて、音声を相殺・遮断するなどの工夫により運用しているわけだ。

 そうしなければ、音に引き寄せられたモンスターの襲撃を受けて沈没しかねないのである。

 

『対策は百パーセントじゃない。普通なら、ちょっと音が漏れたっていいだろう。数匹のモンスターが寄ってくる程度なら撃退できる。だけど……君は<超級>だ』

 

 レッドは知っている。

 シャルロッテの歌声が常識の埒外に位置することを、かつて自らが体験したからだ。

 観客が耳にする分にはいいだろう。しかし、仮にモンスターが耳にした場合……危険度が劇的に跳ね上がる。

 

「平気よ。スタッフも、私の歌を聞くもの。もしジョブに就いたばかりの素人がいたって問題ないわ」

『同じことがモンスターでも起こるドラ。リスクは少ないに越したことはない』

「貴方は心配性ね。だから安心できる」

『おん?』

 

 前後の文脈が繋がらないことにレッドは首を傾げる。

 ただそれはレッドからすればの話だ。

 シャルロッテの中では、会話の本筋は一貫している。

 

「貴方を招待した理由の九割は、舞台を観てほしいから。だけど残りの一割は違う。もし舞台の邪魔になるモンスターが現れて、他の誰も倒せないときは、貴方に討伐してほしいのよ。……今思いついたことだけど」

『おいふざけてんのか』

「ごめんなさいね。でも私はレッドを信頼して頼んでいるのよ。だって、貴方とウルのコンビならどんな相手でも勝てるでしょう?」

『それは……ちょいと買いかぶりドラ』

 

 シャルロッテはレッドの特典武具【Q極きぐるみしりーず どんらごん】を見る。

 レッドが初めて、そして唯一単独で討伐した<UBM>から入手した装備だ。

 高性能の全身防具、なおかつ極めて個人的な理由があり、レッドは普段着として愛用している。

 

 しかしシャルロッテが言及しているのは【どんらごん】のことだけではない。

 彼女の意識は着ぐるみの内側に向いている。

 レッドがシャルロッテの恐ろしさを身に染みて理解しているように、シャルロッテもまた、レッドの実力を目にしたことがある数少ない人物だった。

 

『よし、分かった。有事の際は私が出る。というか、そうなったら頼まれなくても行動するからね』

「本当に!? ありがとうレッド!」

 

 いたく喜び、握手を交わした手を上下に激しく振るシャルロッテ。あまりの激しさに、着ぐるみの腕についた脂肪がブルブルと揺れる。

 波打つ振動に全身を包まれながら、レッドは隣に座る相棒に声をかけた。

 

『という訳だ。聞いていたかい、ウル』

「ばっちりだぜ! 要するに、悪いやつをぶっ飛ばせばいいんだろ? いつも通りだ」

 

 任せとけ、とウルは腕まくりをしてみせる。

 レッドとウルスラグナの戦闘スタイルなら、巨大な海洋モンスターが相手でも引けは取らない。

 むしろ対人戦闘よりは得意分野に入る。

 

(水中戦までは対応してないけど……最悪、シャルロッテのバフを受けたらどうにかなるか)

 

 もちろんシャルロッテ本人は協力するはずだ。

 敵に回すと恐ろしいが、味方としてみるならこれほど心強い支援者はそういない。

 

(問題は――乗客に紛れてる奴(・・・・・・・・)

 

 レッドはこめかみを押さえて思案する。

 乗船してから今まで、継続して襲いくる耳鳴り。

 装備したアクセサリーが反応していることから、何者かによる攻撃であると結論を出す。

 

(恐らく状態異常攻撃。船内で騒ぎになっていないから、無差別ではなく対象を絞っている)

 

 対象を限定する理由が不明だった。

 制限を設けてスキルの出力を増加する、という狙いなら簡単だが、それにしては効果が弱い。

 装備のスキルと耐性でレジスト可能な範囲だ。

 

(……そういえば、サラちゃんは平気そうだったな)

 

 レッドが耳鳴りで吐き気を感じていた間、サラは普段通りの様子で振る舞っていた。

 レッドが対象で、サラは違う。性別と<マスター>という条件は当てはまらない。

 対象の選別に何か意図が隠れているはずだが。

 

「レッド。悪いけど、そこにある瓶を取って」

『おん? ああ、これか』

 

 思考を中断したレッドは、机の上に置かれた小瓶をシャルロッテに手渡した。

 小瓶の洒落たガラス細工に目を引かれたのか、ウルが興味津々に尋ねる。

 

「何だそれ?」

「ただの頭痛薬よ。舞台前、たまに頭が痛むことがあって常備しているの。今日は特に辛くて」

『ほーん……いや、ちょっと待った。もしかしてその頭痛、耳鳴りみたいなのが響く感じ?』

「ええ。この船に乗ってからずっと。大したことはないけど、さすがに少し気が滅入るわ」

 

 シャルロッテは憂鬱そうにため息を吐いて、燕尾服から水の入ったコップを受け取る。

 彼女は今日この後に舞台を控える身だ。

 レッドはそれなりの付き合いで、シャルロッテがあまり神経質ではない性格だと知っている。だが、やはり直前のコンディションは歌唱に影響を及ぼすのだろう。

 ここまで考えて、レッドは閃いた。

 

『……シャルロッテに対する嫌がらせか?』

 

 対象を絞った微弱な状態異常攻撃。

 犯人は本格的に危害を加えるつもりはない。

 シャルロッテのパフォーマンスが低下すれば良し、影響がないとしても、してやったりという達成感がある。

 嫌な達成感の覚え方で、レッド自身はやろうとも思わないが……そのような人間は一定数いる。

 

「そうかもしれないわね。呪いの手紙だったり、似たようなことはよくあるわ。もしかして、貴方は巻き込まれてしまったのかしら」

『めっちゃ頭痛いわ。嫌がらせ行為がもう理不尽なのに、そのとばっちりを受けるとかもっと理不尽ドラ。本当にどうしてなのかなあ!?』

 

 相手の目的が分かれば、条件付けも自ずと判明する。

 十中八九、船内で影響を受けているのはレッドとシャルロッテだけだ。二人のみに共通する条件といえば。

 

(それは――)

 

「分かったわ! きっと、貴方が私と同じ」

『美人で綺麗なお姉さんってことドラー。うっふーん』

 

 場の空気が凍った。

 

 あまりに耳鳴りが酷いものだから、苦痛をごまかそうと笑いを狙ったレッドはネタに走り……すべった。

 

「……何を言っているのか分からないわ」

『……ごめん。自分でも言っててきつかった』

 

 落ちるところまで落ちた二人のテンションを高めるべく、ウルは慌ててフォローに入る。

 

「だ、大丈夫だぜレッド! お袋さんに言われたんだろ、『あんたは器量良しで仕事もできるんだから、早くいい人が見つかるといいわね』ってよ!」

『グフッ……!?』

 

 己の相棒に言葉で刺される。

 弱点(コンプレックス)急所必殺(クリティカルヒット)、レッドは吐血して倒れた。

 念のためにつけ加えると、ウルはあまり意味を理解せず口にしたのであり、悪意はない。

 

 時に、善意の行動は人を傷つける。

 当たり前の事実を、レッドは改めて理解したのだった。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

ウル
(U・ω・U)<食癖は『誰かとシェアしたものしか食べない』

Ψ(▽W▽)Ψ<山盛りのフライドポテトとか好きだよ


レッドさん
Ψ(▽W▽)Ψ<なぜ私が行き遅れみたいな扱いをされにゃならんのだ

(U・ω・U)<じゃあ聞くけど

(U・ω・U)<甥と同居してるアラサー社畜に出会いがあると思いますか?

(Є・◇・)<……

Ψ(▽W▽)Ψ<救いはないのかっ!?

(  P  )<うっふーんwww

Ψ(▽W▽)E) P  )<草
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