長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
■望月マインについて
彼女は2038年にメジャーデビューを果たした、日本の超人気アイドルだった。
恵まれた容姿、透き通る歌声、そして何より周囲の期待に応え続ける姿勢と誠実さは世界中を虜にした。
しかし活動三周年を迎える記念ライブ直前、SNSに投下されたスキャンダルにより炎上してしまう。
それは彼女の成功を妬んだ、地下アイドル時代のユニットメンバーによる悪質な虚偽だったことが後の捜査により判明している。とはいえ当時の段階では真偽が定かではなかった。少なくとも、民衆にとっては。
僅かでも瑕疵のついた宝石は、一転して価値を失う。
アイドルとしての存在意義。あるいは彼女の心が。
逃げるように引退宣言をした彼女は、茫然自失の二年間を経て、かつてのパートナーから<Infinite Dendrogram>のハードを手渡される。
それからはひたすらに逃避する毎日だった。
狂っているのか自分でも判別できないまま、パートナーに支えられて歌い、恐れ、踊り、怖れた。
彼女のステージを成立させていたのは、藤原永満の献身と、彼女の<エンブリオ>。
TYPE:レギオン、【
望月マインが発する音は、人間を醜い蛙に変える。
あらゆる人を魅了し、言動を縛り、決して裏切られないようにするための力。
あるいは、彼女の瞳に映るファンの姿を具象化した結果なのかもしれない。
◇◆◇
□【吟遊詩人】サラ
ショーシさん……いや、マインさんの歌が響くと、ヒキガエルは揃って鳴き声を上げる。
ステージは最高の盛り上がりを見せているのに、みんなの声から伝わる気持ちはぜんぜん楽しそうじゃない。
こんなの絶対におかしいと思う。
「わたしだけカエルになってない。わたしが、マインさんを止めないと!」
『
「わからない!」
やらなきゃいけないことはなんだろう。
まず、マインさんに歌をやめてもらう。
それからカエルになった人たちをもとの姿に戻してもらわないといけない。
お話する方法は、たぶんなんとかなる。
だからあとは、わたしがマインさんを説得できるかどうかにかかっているというわけだ。やるしかない。
『……
席を立ったわたしの頭をなにかが掠める。
後ろの壁に穴を開けたのは銃の弾。
飛んできた弾丸を、ぎりぎりのところでジェイドが弾いてくれたらしい。
どこからか、ぞろぞろと客席に現れる敵。
人間そっくりだけど、なにか雰囲気が違う。
わたしは《瞬間装着》でドレスから戦闘用の装備に着替えて、【P-DX】をかざす。
「ターコイズ、調べて」
『了承……看破、完了。【機械人形・哨兵型-506】以下数機、同型。推測、敵戦力、配下。撃破推奨』
ガードロボットってことだろうか。機械人形はマインさんを守るように通路をふさいでいる。
攻撃されたらマインさんの説得どころじゃない。襲ってくるならやっつけちゃうからね!
機械人形は腕に内蔵した銃を撃つ。弾丸は風のバリアに遮られて、わたしまで届かない。
ジェイドはお返しに風の刃を飛ばして、機械人形の動きを止めた。バラバラになったパーツは客席に散らばる。
転がった衝撃でパーツの外側がはがれて、中に隠された【ジェム】があらわになる。
熱と光を持つそれは……《クリムゾン・スフィア》の魔法が起動している証拠だ。
まずい、客席を巻き込んじゃう!
カエルは元人間だ。ティアンの人だって混ざっている。怪我をしたらどうなるのか、わたしにはわからない。
「ジェイドっ、ぜんぶ空に」
飛ばして、と言うより先に。
歌とステージに夢中だったカエルたちが、今にも起動しそうな【ジェム】に体を向けた。
いっせいに口を開けたカエルはマインさんの歌に合わせて歌い出す。
『楽しい時間を邪魔する人には〜、マインとみんなでお仕置きしようね〜? せーの、《ハウリング・ノイズ》!』
カエルの鳴き声が振動波になって、【ジェム】は不発のまま粉々に砕ける。
今のはマインさんの魔法だ。音の超級魔法みたいな? 音属性という分類があるのか詳しくは知らない。
どうやらカエルたちは、マインさんの魔法を撃ち出すスピーカーになるっぽい。
しかもカエル一匹一匹の歌声がマインさんの歌と重なって、共鳴することで威力が増している。
音の振動で攻撃するわけだから、目に見えない、ただでさえ防御も回避もむずかしい。
客席はカエルだらけ。この数ぜんぶから銃を突きつけられているようなものだ。
「でも……わたしは狙われてない」
その気なら、いつでもやれるはずなのに。わたしはカエルになっていないし、魔法で攻撃されてもいない。
機械人形の【ジェム】だけに魔法を使った。たぶんそれはマインさんの考えによるもの。カエルになったお客さんを爆発から守るため……じゃないかな?
「マインさんはみんなを傷つけるつもりはない。だったら、話せばわかってくれるはず!」
「――だから止めると。清々しいほどの善人だな」
わたしは頭の上を見やる。
聞き覚えのあったアナウンスの声が放送を通さず、甲高い汽笛と一緒に聞こえてきたからだ。
簡単に表現するなら、それは空中列車だった。
空に架かった岩のアーチを走る六両編成の機関車。
先頭車両に乗るのは、もちろん知っている人だ。
「やらせない。君がマインのライブを邪魔するなら、どんな手を使っても俺が止める」
「藤原さん! どうしてこんなことを!?」
「それは俺の台詞だよ。なぜ、素直にマインの歌を聴いていられない? ……観客は黙って見ていろ。この舞台、君には分不相応というものだ」
藤原さんはアイテムボックスを放り投げる。
ひとつの中身は機械人形が十体。それが三個。
落下したそれらは、ぐるりとわたしを包囲する。
「これは“プリマドンナ”の護衛を抑えるために用意した戦力だ。君一人ではどうすることもできないだろう」
「そんなことない。わたしは一人じゃないですから! 《喚起》……ルビー! クロム!」
ジェイドを入れて従魔三体。機械人形は数が多いけど、決して勝てない相手じゃない。
従魔師のジョブスキルなしだって、このくらい!
『
『
高いステータスに任せたクロムの切り込みで、機械人形の隊列が崩れたところに二体の魔法が直撃した。ジェイドの風で、ルビーの火はより激しく燃えるのだ。
いちおう連携だって練習したんだから。まだ言うことを聞いてくれないクロムが暴れるのを、みんなでサポートしてるだけなんだけどね。
クロムのパンチが機械人形の中にある【ジェム】を砕いて、それでおしまい……いや、まだだ。
「クロム、後ろ!」
うねる岩の線路を走って、機関車がクロムを轢こうと迫っている!
『A、aaaaaaaaaaa!?』
正面から機関車とぶつかるクロム。
両手で受け止めようとするけど、機関車の重さと速さを活かした突進にはかなわない。
そのまま押されて壁まで吹き飛んでしまう。全身を金属で覆ったクロムがまるでお手玉みたいに……!
「その鬼には苦渋をなめさせられたからな。軽くやり返させてもらった」
藤原さんは機関車を停めて、わたしを見つめた。
「『どうしてこんなことを』。君はそう言ったか」
そして、劇場に響く歌に耳を澄ませる。
「聞こえるだろう。マインの歌が。<超級>にだって引けを取らない、世界で一番素晴らしい歌だ。……俺たちは、それを証明するためにここに立っている」
「証明?」
「そうだ――“プリマドンナ”よりも観客を魅了する。マインの輝きが上だと知らしめる! そうすれば、またアイドルとして活動できる!」
アイドル。もとは歌手だったと本人は認めていたけど、なるほど。
あれだけの歌と踊りができるんだ。よっぽどすごいアイドルだったんだろう。
「ああ、だが拍子抜けだ。もう少し“プリマドンナ”は抵抗するものだと思っていた。歌で白黒をつけるためにお膳立てをしていたんだが。対象を<超級>クラスに限定した催眠音波で戦闘力を削りつつ、あえて状態異常への警戒を促したりだな。相手がジョウガで蛙化してしまったら、何のためにここまで来たのか分からない」
「なら、もういいじゃないですか! シャルロッテさんはいないでしょ! これ以上やっても」
「何を言うんだ。マインのライブはまだ途中。それに、彼女の輝きを理解していない観客が一人、ここにいる。……そう、君のことだ。サラ」
わたしを見つめる視線は、まるでなにも知らない子羊に狙いを定めた狩人のようだった。
「俺は準備を重ねてきた。だから、君が戦う気力を失うまで……ライブを楽しめるようになるまで付き合おう。推しを布教するためなら、何時間だって費やせるとも」
藤原さんは真剣で本気だ。
わたしがマインさんの説得を諦めるまで、自分の意見を譲らないという強い意思がある。
怖いけど、すごいとも思う。これだけの熱意で好きなことのために行動できるなんて。
……うん、でもどう考えたってやりすぎだ。
『
「飛び出したらダメ! ルビー、援護お願いっ」
『
機関車との衝突で傷を負っていたクロムが復活して、怒りの咆哮と共に突撃する。
わたしの声は聞こえていない。牽制にとルビーが火の球を撃つけど……ああ!? クロム、自分の拳で魔法をかき消した!?
岩の線路を足場に、客席から機関車へとジャンプしたクロムは、藤原さん目がけて飛び蹴りを繰り出す。
『
「《魔物言語》はないが、俺でも分かるな。残念ながら倒れるわけにはいかない」
藤原さんはツルハシを構えて足場の線路を叩いた。
掘り起こされた岩盤は、余分なところが欠けていき、硬そうなゴーレムが誕生する。
「《石塊の如き生命》」
ゴーレムはクロムの蹴りを受け止めて、壊れた。
わりとあっけない。ただ藤原さんは無傷だ。あのゴーレムは盾として十分な働きをしたということ。
「最近、特典武具を手に入れてな。【底奥石塊 マテル・セクション・コア】と言うんだが、これで中々使い勝手がいい。地盤生成で線路を作り、ゴーレムを生み出す。便利なだけあって、欠点はいくつかあるが……ゴーレムがどこに埋まっているかは俺でも分からない。しかも指示を聞かないから、自分も襲われる。最後のひとつは名前が最悪だ。嫌な事を思い出す」
追撃から逃げるように機関車は後退する。
藤原さんは線路を叩いて、クロムの足止めにゴーレムを生み出しながら、しゃべり続ける。
「だが、【採掘王】の奥義《
やがてゴーレムはクロムが倒し切れない数になり、線路にあふれる数になって、客席にまで落ちてくる。
ゴーレムは見境なしに動くものを襲う。なんとカエルにまで手を伸ばしているよ。カエルを攻撃するゴーレムはマインさんの魔法で撃退されているけど、限界がある。
わたしもカエルを守ろう。ジェイドとルビーに、近くのゴーレムを退治してもらって。
そう考えた瞬間、汽笛が鳴った。
流れているマインさんの歌とおんなじ音楽が、機関車の煙突から響き渡ると。
「――《
――すべてのゴーレムが、いっせいにわたしたちへ襲いかかる。
「なんで!?」
「【魔笛列車 ハーメルン】の必殺スキルは集団催眠だ。並みのモンスターならレジストできずに操られる。それに今はライブ中。蛙化した連中は音に関するスキルに共鳴し、効果を数倍に高める。マインの【響姫】はシナジーが抜群だが、ハーメルンも有効な組み合わせだ」
なにそれずるい! めちゃくちゃだよ!
『わたしを見て♪ こっちを向いて♪ あなたの声を聞かせて〜?』
『『『L・O・V・E! M・A・I・N!』』』
ステージの盛り上がりは最高潮。
わたしたちの戦いなんて、まったく気にしていないみたいにマインさんは歌い続けている。
『
『
『
ジェイドたちはなんとか催眠に耐えている。だけど、レジストに集中してるから上手く戦えてない。
そして、わたしはゴーレムに追い詰められてしまう。
「諦めろサラ。俺は弱い。戦闘に限れば、凖<超級>にも及ばないだろう。だが、君には勝てる。相性もあるが」
従魔師のわたしと、モンスターを操る藤原さん。
たしかにわたしは相性で不利だ。
それにフィールドの影響も大きい。
マインさんはともかく、カエルたちの数倍バフが無視できないレベルに強力だ。
「俺が自分の手の内を、一つ一つ丁寧に説明したのはなぜだと思う? 君に理解してもらうためだ。納得してもらうためだ。引いてもらうためだ」
「力でやっつけることもできるのに?」
「そうだ。君には、二つほど恩がある。恩人を力で捩じ伏せることはしたくない」
……恩?
いきなり、おだやかな言葉が出てきたことにわたしはハテナマークを浮かべる。
「一つは先日、その鬼から助けてもらったこと」
藤原さんはクロムを指差す。
「地下ではハーメルンを満足に動かせず、マインが死なないよう、俺は無茶を控えていた。君たちが現れなければデスペナルティになり、今日のための準備が間に合わなかったかもしれない」
つまり、わたしが助けなかったら、この事件は起きていないということで……ちょっと複雑な気分だ。
でもたぶん、こうなるとわかっていても。
わたしは困っている藤原さんを助けて、クロムを仲間にしていたんだろうなと思う。
「二つ目は、決して返し切れない恩。今日、君は一人の女性を救った」
藤原さんはマインさんに視線を向ける。
「君が蛙化していないのは、マインがスキルの対象から外しているからだ。その理由は恐らく……サラ、君はオペラの公演前にマインと会っているだろう」
「はい。服を買って、一緒にお話しました」
「やはりそうか。あの状態のマインが、一人で買い物をできるわけがないのは考えたら分かる。となると必然的に手を貸した人物がいる。この状況下で人型を保てている特例がいるなら、そいつで間違いない」
本当にそうだろうか。
わたしはすごいことをしたつもりはない。
普通にお話して仲よくなっただけだよ。
まあ、マインさんがわたしを特別扱いしているというのは……ちょっと照れくさい感じだ。
「君のお陰だ。君に出会ったことがきっかけで、初めてマインは正気を取り戻した。感謝してもし足りない」
わたしがマインさんを救った。
それが本当なら、うん、よかったと思う。
「だから頼むよ、お願いだ。マインの邪魔をするのはやめてくれ。あの子の輝きを奪わないでくれ」
でも……でもね。
「藤原さん。輝き、ってなんですか?」
「君もマインのステージを見ただろう。あの場所なら、あの子は最高に輝ける! 誰もを惹きつけて楽しませる、まさにトップアイドルなんだよ、彼女は!」
「楽しませる……?」
わたしにはわからない。
藤原さんの言っていることがわからないよ。
「わたし、そうは思いません」
「……何?」
自分の目で見た光景は、お客さんをカエルにしながら、彼らを守るマインさんの矛盾した行動だ。
誰もを惹きつけて楽しませる、そんな輝きをマインさんが持っているというのなら……どうして。
「だって――マインさん、ぜんぜん楽しんでない」
誰よりも輝いて楽しんでいるはずのマインさんは、歌に悲しみを乗せているんだろうか?
どうして笑顔が貼りつけた仮面のようなの?
どうして、助けてほしいと叫んでいるの?
「……君がマインの何を知っている」
「知ってます! マインさんは、歌が大好きです!」
「そんなことは百も承知だ! だから俺は、マインにもう一度、アイドルとしてステージに立ってもらうんだよ! 俺は十年以上マインのオタクやってるんだぞ……たった半日に満たない程度の付き合いで! 知ったような口聞くんじゃねえよ、このにわかがァ――ッ!」
顔を真っ赤にして怒鳴った藤原さんが、わたしを囲むゴーレムたちに最後の指示を出す。
もういいから無理やり黙らせろ、と。
「……残念だ。君はマインを好きになると思ったのに」
わたしは絶体絶命のピンチに目を閉じて。
『――――』
心を震わす、歌が届いた。
マインさんのアイドルソングとは別の。
きれいだけど荒々しい歌劇の詩を。
力が……全身から力があふれてくる!
「みんな!」
わたしの呼びかけで、起き上がったジェイドたちはゴーレムを一掃する!
みなぎるパワーでガッツだよ!
「まさか……まさか、まさか! どういうことだ。どうしてまだ生きている!? あの爆発で、なぜ健在でいられるんだ――<
藤原さんの叫びに――
To be continued
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<今回長いです、許して
(U・ω・U)<この話を書いている間の脳内BGMは『ファンサ』でした
ジョウガ
(U・ω・U)<か〜え〜る〜の〜き〜も〜ち〜
(U・ω・U)<作者は漢字四文字が気に入っている
【響姫】
(U・ω・U)<空振術師の派生超級職
(U・ω・U)<奥義の《ハウリング・ノイズ》は共振によって破壊力を増大させた衝撃波を放つ超級魔法
【底奥石塊】
(U・ω・U)<伝説級武具
(U・ω・U)<元の【鉱胎産道 マテル・セクション】は洞窟に擬態する<UBM>
(U・ω・U)<本体は地属性魔法でガチガチに固めた鉱石型のエレメンタル
(U・ω・U)<神話級金属レベルの硬度を誇る
Ψ(▽W▽)Ψ<どうやって勝ったドラ
(U・ω・U)<【採掘王】はですね、石の類ならヒヒイロカネだって砕けるんですわ
Ψ(▽W▽)Ψ<……あっ(察し)
(U・ω・U)<王国を目指す途中の藤原に工事感覚で討伐された
(U・ω・U)<生産職やギャザラーに作業ついでで討伐される<UBM>、絶対原作にもいると思うんですよ
(U・ω・U)<特典武具は地中に埋めた時間だけリソースを蓄えて、ランダムな鉱石を生成
(U・ω・U)<スキル使用で一気に放出する
(U・ω・U)<本来ダンジョンコア的な扱いを想定されてるけど
(U・ω・U)<藤原はハーメルンを十全に運用するために使う
<超級>
(U・ω・U)<そんな簡単にやられるわけがないでしょう?
Ψ(▽W▽)Ψ<……