長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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【歌劇姫】シャルロッテ

 □■【ピークォド・タイタニック号】・野外劇場

 

 声は響き、歌を紡ぐ。

 偶像の調べは軽やかに。

 望月マインの歌声で狂気は伝播し、堕落を齎す。

 聴き惚れたが最後、観客は身も心も囚われる。

 

 甘美な舞台を前に、正気を保つ者がここに一組。

 

「どうするよレッド?」

『そうだね……何から手をつけるべきか』

 

 蛙の歓声に彩られたステージを関係者席の最も良い位置から見下ろすレッド。彼女は事の起こりをしかとその目で捉えており、故に『これだけでは済まない』という危機感を抱いて、事態の収拾を図ろうと考えを巡らせる。

 

 第一に優先されるのは人命。ティアン・<マスター>は関係無しに、全員の安全を確保しなければならない。

 幸いにもマインは蛙化した観客に対して追い打ちで危害を加えてはいない。身体能力等は元の観客を参照するのか最低限の耐久もある。蛙はライブに夢中になっているために客席を離れようとしないが、裏を返せば混乱で暴徒と化さずにいる大人しい連中であるともいえよう。刺激しない限り、短時間放置しても問題は無いように思える。

 

 第二に行うべきは望月マインの制圧だ。

 彼女の仕業で船上の人間は殆ど蛙化している。船員と劇場で働いているスタッフが巻き込まれている、つまり現状はこの船を操縦できる人物がおらず、同時に野外劇場の騒音を魔法で遮断できずにいるということ。

 海洋に生息するモンスターが歌声を聞きつけて現れる可能性は高い。逃走という手段が使えず、蛙化した乗客が避難することなく甲板に留まる場合……モンスターとの戦闘時に、流れ弾で乗客が負傷してしまうかもしれない。

 

『迅速に望月マインを無力化して、全員の蛙化を解除させるしかない……が』

 

 目の前には数十の機械人形。席を立ったレッドとウルに襲撃を仕掛けた有象無象の尖兵は、銃器を見境なしに振り回して弾幕を張るために無視できない相手だ。

 ついでに述べるなら、この世界において人型の機械を開発する手合いはそう数がいるものではなく、レッドは機械人形の形状に見覚えがあった。

 

『また人を唆したなグリオマンッ! どうせ人形のカメラで見てるんだろう!? 今度会ったら必ず処す!』

 

 苛立ちと共に振り下ろした剣が機械人形を両断、レッドとウルは息の合った連携で敵を壁際に追い込む。

 一体ごとに倒していたのではキリがない。だからレッドは機械人形を一箇所に集めた。後ろには海しか広がっていない壁の前に、整列させた。

 

『まとめて吹き飛べ、《ドラぶれす》!』

 

 レッドは着ぐるみの口を開き、熱線を吐く。

 使用するのは【どんらごん】に蓄積された脂肪の約三割。激辛料理と火酒の名残で燃焼の特性を帯びた吐息が、機械人形の装甲を溶かして跡形もなく消滅させる。

 

「ひゅー! さっすがぁ!」

『雑魚に構っている暇はないよ。さっさと、この騒ぎを終わらせて……ッ!?』

 

 敵対者の接近をスキルで感知したレッドは、背後を振り返り……黒い影に胸部を貫かれた。

 

「レッド!?」

『問題ない! ぐぅ……前の教訓を活かして食い溜めしておいたから良かったものの……』

 

 致命まで至らず、しかし不意打ちにより【どんらごん】の脂肪はごっそりと減少して防御力と耐性が低下。中身のレッドも出血を伴う傷を負った。連続して攻撃を受けるのは危険だとレッドは判断する。

 咄嗟に反撃したレッドの剣を、黒い影は危なげなく回避した。敏捷な身のこなしは人外のそれ。軽やかに跳躍した影は数列上の客席に飛び移り、二人を見下ろす。

 

 鮮血を滴らせる鉤爪と顔を隠す仮面。

 黒い燕尾服を着た悪魔は、客席に腰掛けた女性に侍る。

 

「駄目じゃないレッド。公演中は私語を謹んで、席を立たないのがマナーよ」

 

 彼女こそ【歌劇姫】シャルロッテ。

 ごく一握りの超越者なれば、舞台ごと魔法で破壊、その程度の攻撃で倒れるわけもない。

 レッドは衝撃波の直前に、燕尾服の悪魔に抱かれて逃げるシャルロッテを目にしていた。そのため彼女が生存している事実に驚きは微塵も感じていないのだが。

 

『今の、どういうつもりだい』

 

 レッドを攻撃した点については理解が及ばない。

 クランの仲間で、友人。しかも彼女の頼みは有事の際における事態の解決で、レッドはそれを全うするために動いている。シャルロッテは味方側だ。そのはずである。

 

「オレたちを攻撃する理由はねーだろ! それとも、あの時みたいに劇を邪魔されてイラついてるのか?」

『怒りが理由なら抑えてくれるかな。気持ちは分かるが、私にぶつけられても困る。それに今は非常事態で防音の魔法がかかっていない。ここで君が出ると、もう手をつけられない大惨事になる』

 

 ただでさえレッドの処理能力では手一杯の事態なのだ。これ以上の問題を増やしてくれるなと、シャルロッテに向けて懇願する。

 

『私に任せてくれ。すぐにマインを止める』

「あら、そう。……レッドならそう言うと思った」

 

 シャルロッテはあっさりと、

 

「駄目よ。貴方が出る幕ではないわ」

『何……!?』

 

 首を横に(・・)振る。

 

「前にも話したかしら。私はね、歌を邪魔されることが一番嫌いなの。そして望月マインは私の歌を邪魔したの……分かる? 私は喧嘩を売られたのよ(・・・・・・・・・)

 

 それは矜持。

 超級職として、ゲームシステムに頂点を冠する栄誉を認められた歌手としての自信と誇り。人々から与えられた歌姫の称号、“プリマドンナ”を掲げる自負。

 この世界において、シャルロッテは最高の歌劇を披露することが生き甲斐であり、己の全力を振り絞って歌うことこそが至上の喜びだと感じている。

 だが不躾な挑戦者によって、最高の歌劇に小さな瑕疵がついた。彼女は生き甲斐を妨げられ、喜びを奪われた。

 当然ながら黙って眺めているわけにはいかない。つまりは……シャルロッテの逆鱗に触れたのである。

 

「そして、もうひとつ。私は自分の歌を邪魔するものを許さないけれど。他人の歌を邪魔することも嫌いなの」

 

 それは信念。

 彼女は知っている。歌いたいのに、歌えない。それがどれだけ辛く苦しいことなのか。

 自分の望みを抑圧され、諦観の末に手放すことしかできない悔しさを知っている。

 だからこそ。かつて己が体験した針の筵に、他者を座らせることを良しとしない。

 

 やりたいことを、やりたいように。

 自分は我を通す。他人もそうすればいい。

 子供のような我儘をシャルロッテは振りかざす。そしてもし、お互いの望みが衝突するのなら……。

 

「私は彼女と、歌で決着をつけるわ。だから望月マインの邪魔はさせない。レッド、貴方が彼女を止めるというのなら……私を倒してからにしてちょうだい」

 

 全力で、ぶつかり合うしかあるまいと。

 

 シャルロッテは立ち上がる。マインの歌に耳を傾ける観客から、再び舞台で歌う“プリマドンナ”になる。

 歌劇の続きを歌うため。第二幕が開演する。

 

「嗚呼。私の、音楽の悪魔(てんし)。力を貸して」

『――――』

 

 仮面の悪魔はシャルロッテの手を取って跪いた。

 歌声は天使の如く。しかして容貌は醜い悪魔。

 その囁きはシャルロッテに力を与える。

 比類無き絶世の美声を。何人をも超える歌唱力を。

 

 それはシャルロッテの願いから産まれた悪魔。

 彼女に侍り、傅き、献上するモノ。

 

「――《怪姫幻唱(ファントム)》」

 ――“オペラ座の怪人(ザ・ファントム・オブ・ジ・オペラ)”。

 

 

 ◇◆

 

 

 【歌劇姫】シャルロッテ。

 彼女の願いはたったひとつだった。

 

『失われた声を取り戻したい』

 

 <Infinite Dendrogram>は彼女の願いを叶えた。

 ダイブ型VRMMOが提供する仮想の世界、仮初の肉体は、彼女に再び歌うための声を授けた。

 彼女の願望はログインして間もなく、あっさりと叶ってしまい……それ故に、孵化した<エンブリオ>は彼女の願いを歪んだ形で反映する。

 

 銘を【怪人傅献 ファントム】。TYPE:ワールド・ガーディアンの<超級エンブリオ>。

 

 それは『声を取り戻す』のではなく。

 現実の彼女が抱いてきた不満……『今と比べて、昔はもっと上手に(・・・・・・)歌えていたのに』という思いに影響を受け、能力を発現したのである。

 

 故に、その特性は――

 

 

 ◇◆

 

 

 必殺スキルの宣言を終えた瞬間、目を開けたレッドの前に立っていたのは一人だった。

 白いドレスを纏ったシャルロッテではない。

 黒い燕尾服を着た仮面の悪魔ではない。

 

 白と黒のアシンメトリーな舞台衣装。

 左腕に備わった鋭利な鉤爪。

 そして美貌を覆い隠す半月型の仮面。

 両者の特徴を合わせたような、長身の女がそこにいる。

 

 融合・合体スキル。主にガードナー系列が獲得しやすい固有スキルの分類であり、文字通り<マスター>と<エンブリオ>が一つになるスキルだ。

 強力なガードナーが共通して陥りやすい『<マスター>を狙われる』という弱点を克服できるスキルだが、融合までにチャージ時間やタイムラグが生じて隙を晒してしまうというリスクも抱えている。

 

 非戦闘職のシャルロッテが戦うのなら、ガードナーと融合するほか手段はないだろうが。

 

「さっきの話は時間稼ぎかよ!」

「それの何がいけないの? でも全部本当のことよ」

 

 くすくすと、けれど悪辣にシャルロッテは笑う。

 

「それじゃあ、歌うわね――!」

 

 最初の一音で空気が震えた。

 続く二音目が肌を撫で、そこから先は想像を絶する歌声が劇場に広がっていく。

 美しいという言葉ではまるで足りない。荒々しくも繊細で、荘厳でありながら愛おしい……まさに神域の歌唱。

 筆舌に尽くし難いとはこのことか。

 

 人が表現できる限界を、シャルロッテは、その瞬間ごとに超えていく。

 同時に、彼女の歌を耳にした全員が気づく。肉体の底から力が溢れ出てくると。

 それは歌っているシャルロッテ自身も例外ではない。

 纏う雰囲気が圧倒的な強者のそれへと昇華される。

 

 シャルロッテが<超級>たる所以はここにある。

 ファントムが彼女に与えるのは、超える力。

 《歌唱》などのセンススキルをはじめとした、スキルに定められし限界を。

 ジョブに就いた者ならば誰もが一度はぶつかる、経験と成長の限界を。

 

 即ち、ファントムの特性は“位階昇華(レベルブースト)”。

 

 ジョブとスキル、双方のレベルを際限なく引き上げる怪人の歌声は……システムが課した制約すらも超えていく。

 

 そして必殺スキルでファントムと融合したシャルロッテは、自分の歌唱系スキルを数倍化する【歌劇姫】のスキル《独唱》で、レベルブーストの効果をさらに高める。

 

 故に、“プリマドンナ”の称号は一側面に過ぎず。

 かつて神話級<UBM>を打ち破った六人の<超級>が一人、【歌劇姫】は畏怖を込めてこう呼ばれた。

 

 ――“超克”のシャルロッテ、と。

 

『相変わらず無茶苦茶だな、おい』

 

 レッドは戦々恐々として冷や汗をかいた。

 上級職止まりのカンスト勢でしかないレッドのレベルが、五〇〇を超えて上昇している。

 それに比例してステータスは増加、ジョブスキルのレベルも最大値の十から上がり……それどころか、装備品の付与スキルまで強化されている。

 

 対象を選ばない無差別の全体バフ。

 そして、影響を受けるのは人間に限らない。

 

『っ、まずい』

 

 マインとシャルロッテ、両名の歌声を聞きつけて、海面から顔を出すのは水棲モンスターだ。【メイル・ハイサーペント】を筆頭としたウミヘビ型の海竜種が次々と【ピークォド・タイタニック号】の周囲に集まる。

 

 通常は純竜級でしかないモンスターたちが、シャルロッテの歌声を耳にして、次第に強化されていく。

 海での戦闘ならば下手な<UBM>を屠る巨体の竜が、順当にレベルを上昇させていったのなら……手のつけられない怪物に変じるのは自明の理だ。

 

『だから外で歌うなって言ったのにさあ!?』

 

 懸念が的中したレッドの悲鳴など素知らぬ顔で、シャルロッテは歌いながら鉤爪を構えた。

 

「さあ、役者は揃ったわ。望月マインはクリスティーヌ、私はエリックというあたりかしら」

『いやお前はカルロッタじゃないんかい。……そうなると、私がラウル? 現状に即してないドラ』

 

 小気味良い応酬をしながら、レッドは脳内で優先順位を組み替える。

 第一に船の護衛とモンスターの撃退。海上で、かつ人命が損なわれる危険がある以上、これは揺るがない。

 次にシャルロッテの無力化。彼女が戦場にいるだけで、敵にとっての利害が大き過ぎる。

 最後に望月マインの制圧。

 

(問題は、シャルロッテを押さえるのが精一杯で、余力が残らないことなんだよなあ……)

 

 レッドは劇場の上空を走る列車……ハーメルンに立ち向かう少女の姿を目にとめる。奮戦するサラと従魔たちの姿をしばし見つめて。

 

『……後輩が頑張ってるんだ。気合い入れろよ私』

 

 両の頬を叩いて喝を入れる。

 

『本気なんだな。シャルロッテ』

「もちろん。それでも舞台に上がるの? レッド」

 

 歌姫の問いかけに、レッドは沈黙する。

 思い浮かべるのはかつての憧れ。

 そして記憶の中に鮮烈に刻まれた、(クマ)の後ろ姿。

 

『ヒーローなら、きっとこうする。……ドラ』

 

 たまに忘れる物真似をつけ加えて、レッドは右手の《瞬間装着》が付与されたリストバンドを掲げる。器用にドラゴンの着ぐるみのまま、手を振り、足を上げ、回転を交えながらの決めポーズ。

 

『《変身》』

 

 直後、着ぐるみは真紅のヒーロースーツに切り替わる。

 さながら特撮のワンシーンのように、レッドの背後からは爆炎が立ち上った。

 

『頼むぜ相棒』

「任せとけって、マスター!」

 

 レッドとウルは短い声かけをして構える。

 

 ひとつ、説明を忘れていた。

 レッド・ストリークはどこにでもいる、上級職止まりのカンスト勢である。

 

 しかし……彼女は違う(・・・・・)

 

 考えてみてほしい。

 

 ただの<マスター>が、<超級>のシャルロッテに護衛を頼まれるだろうか?

 

 否、断じて否である。

 

 レッドが頼られた理由、それは――

 

『私、レッド・ストリークと』

「その<超級エンブリオ(・・・・・・・)>、【破軍神姫 ウルスラグナ】が」

 

 ――彼女の半身にして、敵を打ち滅ぼす英雄の剣。

 

「『どんな困難も乗り越えてみせるさ』」

 

 “超克”のシャルロッテ。

   VS

 “超戦隊”レッド・ストリーク。

 

 これより始まるは――<超級激突>である。

 

 To be continued

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