長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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キング・オブ・マイン

 □【吟遊詩人】サラ

 

 甲板で戦うシャルロッテさんとロボットに乗る誰か。

 どっちが味方かはわからないけど……とても大きな水飛沫のあと、力があふれてくる歌声がぱたりと止まって、決着がついたようだった。

 

「……勝った? 勝ったぞ! 【歌劇姫】は退場した。これで舞台に立つのはマインだけだ!」

 

 藤原さんは興奮して叫ぶ。

 歌の勝負からシャルロッテさんが降りた。つまりマインさんがより優れている証明になったと言うように。

 そして機関車の上から、ゴーレムと戦うわたしたちを見下ろして歯ぎしりをした。

 

「いい加減に諦めろ。無駄な抵抗はよせ」

「いやです!」

「命を落とさければ分からないのか? 従魔は死んだらロストする。失ってから後悔するのでは遅いんだぞ!」

 

 わたしに対するいらだち以外に藤原さん自身の後悔が混ざった言葉。藤原さんはいろいろと考えている。だけど大事なことがわかってない。

 だから、わたしは諦めない。できる限り手を伸ばして助けるんだ。カエルになったお客さんをみんな、それにマインさんと藤原さんも。

 

『報告。計測、規定時間、経過。推測、解析、終了。我、要求、確認』

 

 右腕の【P-DX】がタイマーを鳴らす。

 おんなじタイミングで、わたしは戦いの間ずっと用意していたスキルの準備が整ったことを確認する。

 時間ピッタリ。やっぱりターコイズに準備時間を計ってもらったのは正解だった。

 

「お願い! もうちょっとだけふんばって!」

 

 わたしは【萌芽の横笛】を吹いた。

 優しい音色がして、ジェイドたちの傷が治る。

 いつもより回復が速いのはカエルが輪唱しているからだろうか。音が遅れて聞こえる。

 

 それと【詩人】の《吟唱》。音楽でかけるバフが力をくれる。こっちもなんだかパワーアップしてる。シャルロッテさんの歌の効果がまだ残っているから?

 ずっと続……きはしないよね。レベルが上がっている今が最大のチャンスだ!

 

「話す時間がほしいの。ゴーレムを食い止めて!」

 

 わたしのお願いにジェイドはうなずいた。

 スキルの準備でバベルが使えなかったけど、解析が終わった今ならだいじょうぶ。

 わたしは《始まりは遥か遠く》をジェイドに使って、ゴーレムを吹き飛ばしてもらう。

 

Rrrrrr(えいやあっ)

 

 竜巻がゴーレムを囲んで壊す。

 これで襲われることはない。だけど、風を止めた瞬間に新しいゴーレムが作られるだろう。

 次はあの線路と機関車をどうにかしないと。

 

Kyuukyu(わたしがいるでしょ)

「そっか! やるよルビー!」

 

 前は一回でバテちゃってたけど、バベルは上級になったことで負担が減った。それにルビーともなかよしになれたとわたしは思っている。きっと成功するはずだ。

 わたしはジェイドとの感覚共有を解除。

 今度はルビーを対象に《始まり》を使う!

 

 おでこの宝石と首飾りが輝いて、ルビーの赤い毛を染め上げる。全身がゆらゆらと揺れる光に包まれていて、どうなっているのかはあんまり見えない。

 

Kyuuuuu(食らいなさい)!』

 

 ルビーは特大の火球を打ち上げた。

 機関車の前後には氷の柱が飛び出して、岩の線路は魔法のようにボロボロと崩れていく。

 止まった機関車に火球がぶつかる。燃え上がる車両に、ジャンプしたクロムが追い打ちをかけた。

 

『Aaaaaaaa!』

 

 運転席をげんこつのラッシュで壊す……直前に藤原さんは飛び降りていた。

 いったん機関車を紋章にしまって、岩の線路を作り直してから再び<エンブリオ>を呼び出す。

 

「どこにこんな余力が……だが無駄だ。客車が一つ潰れた程度、何の支障もない」

「いいんです! わたしは、あなたを倒すために戦っているんじゃないから!」

 

 またゴーレムが出てくる前にやっちゃうよ!

 

「――《聲よ響け高らかに(アクロス・ザ・シー)》!」

 

 わたしは、バベルの新しいスキルを宣言する!

 

 

 ◇

 

 

 バベルが第四形態に進化したのは、愛闘祭二日目の事件から数日後のことだった。

 わたしはワクワクしながらウィンドウの説明を読んで、はてなと首を傾けた。

 

「TYPEがアームズから変わってる?」

 

 話を聞いたことはあった。<上級エンブリオ>に進化したら、上位派生のカテゴリーになったりすると。

 ただ、わたしの場合は変わったというか、いろいろと単語がくっついて長くなっていた。

 自分だとよくわからないから、わたしはたまたま会った迅羽に質問したの。

 

「テリトリー・エンジェルカリキュレーター? ふうン、なるほどナ。薄々予想はできてたガ」

 

 わたしの説明を聞いて、迅羽は爪をカチカチ鳴らした。

 

「カリキュレーターはアームズの中でも演算処理能力に特化したやつがなる上位派生だナ。有名どころだと未来予測とかはこのカテゴリーになル」

 

 ふむふむ。コンピューターみたいな感じか。

 

「テリトリーは基本のカテゴリーだから分かるよナ。それが付いたってことは、今回の進化で一定範囲に効果を及ぼすスキルを覚えたんだロ」

「じゃあ、エンジェルは?」

「先に言っとくが天使とは関係ねーゾ。基本の分類とは別の、特徴を表す単語だヨ。だからどのカテゴリーにも引っ付く可能性がある。要は枕詞……修飾語ダ」

 

 迅羽は地面に丸を二つ描いた。

 片方の丸は外から中心に矢印が向かっている。

 もう片方は中心から外に矢印が出ているね。

 

「エンジェルの特性は周囲の空間把握ダ。周りの空間から自分にっつー受動的な側面があル。自分の空間を展開するテリトリーとは力の方向性が逆ダ。こっちの場合は自分から周囲へ能動的に働きかけるからナ」

 

 ……なるほど?

 

「意味分からんって顔だナ」

「とりあえず、わたしのバベルは外と中の両方に矢印が伸びてるってことだよね!」

 

 それから迅羽には、また新スキルのテストにつき合ってもらったのだった。

 

 

 ◇

 

 

 起きる変化は目に見えないものだ。

 藤原さんはわたしを警戒して、どんな効果のスキルなのかを確認しようとしている。

 藤原さんは無事。ゴーレムも無事。

 わたしとジェイドたちはそのまま。

 

「……?」

 

 なにも変わらない(・・・・・・・・)

 

 バフとデバフのどちらとも違う。

 もちろん攻撃スキルじゃない。

 このスキルは戦いに関係ない。

 

 なら、どんなスキルかというと。

 

「ひとついいですか?」

「っ!?」

 

 わたしの質問に藤原さんは耳を押さえた。

 びっくりして周りを見回すと、空中の線路を走る機関車から、あらためて客席のわたしを見下ろす。

 そうだよね。いきなり耳元でわたしの声が聞こえたら、近づかれたのかと勘違いするだろう。

 

「今のは、音を伝えるスキルか」

「だいたい合ってます」

 

 この《聲よ響け高らかに》は離れた人に声を届けるためのスキルだとわたしは考えている。

 周りの空間がどうなっているのかを解析して。

 どんな状況でも伝わるように声をチューニングする。

 話したい人が遠く離れたところにいたら、間の距離を無視して言葉を届ける。

 わたしの周りがすごいうるさくても、ちゃんと相手に聞こえるように音を伝える。

 

 これは愛闘祭の事件に影響を受けたんだと思う。

 高い塔の上、バラバラの空間でも、ハンニャさんとお話ができたら。もっとなにかできたかなって。

 

 範囲は劇場を包むくらい。限界ギリギリの広さだから、空間の解析はとても時間がかかった。

 でも、このスキルを使っている間は耳をふさいでも声が聞こえることは調べてある。

 

 わたしの言葉はきっと届いている。

 

「教えてください。このステージは、藤原さんとマインさんの二人で考えたことですか?」

「聞いてどうする」

「お願いします! 大事なことです! 答えてくれたら、わたしはもう戦いません」

「……いいだろう」

 

 わたしの言葉が嘘じゃないことを確認してから、藤原さんは正直に答えた。

 

「全て俺が考えて実行した。マインは最高のアイドルだ。受け入れられないのは、演出と観客に問題がある。どんな客も黙らせるステージを用意するのが俺の仕事だ」

 

 とても重い期待が伝わる。誰よりもマインさんの魅力を知っているからこそ、藤原さんは信じている。

 マインさんに悪いところはない。間違えたのは自分たちで、今度こそやり直そうと考えている。

 

「マインが幸せになるのなら、俺は」

 

 藤原さんは途中で口を閉じた。

 よくわからないけどなにかおかしいと感じたのか、不思議そうな顔で違和感を探っている。

 まるで、静かすぎるとでもいうように。

 

「これは……マイン、なぜ歌を止める!?」

 

 マインさんは歌と踊りを中断していた。

 合わせて客席のカエルもぴたりと静かになり動かない。

 伴奏がどこかさびしげに流れるなか、マインさんは視線を上げて藤原さんと見つめ合う。

 

『どうしたの? 続きを話して』

 

 マイクで拡大した歌声と音楽、それにカエルの大合唱にかき消されてしまうはずだった。

 たった一人の声が客席からステージまで聞こえるわけがない。そんな思い込みをひっくり返されて、藤原さんは信じられないものをみたと複雑そうに顔を歪めた。

 

「伝えたのか? 俺の声を、彼女に?」

 

 わたしは黙ってうなずいた。

 ここから先は二人の舞台だ。わたしにできるのはここまで。あとは藤原さんとマインさんがお話するだけ。

 おたがいの気持ちを伝えてほしい。その思いをマインさんはちゃんと読み取ってくれたようだった。

 

『話さないなら私が話す。藤原には感謝してる。ずっと助けてくれた。なんでもしてくれた。覚えてないだろうけど、私がアイドルを目指したきっかけも、苦しい時に支えてくれたのも、全部あなた。今の私があるのはあなたのおかげ。……でも、それはそれとして』

 

 マインさんはマイクをぎゅっと握りしめて、おそるおそる気持ちを口にした。

 

『ここまでしてとは、言ってない』

 

『やり方がおかしい。変だよ』

 

『そもそも私、もう藤原の担当じゃないし』

 

『私の幸せを押しつけないで』

 

 口調はどんどんヒートアップしていく。最初は藤原さんの反応を見ていたけど、途中からは溜まっていたしこりをぜんぶ吐き出してしまう勢いでまくし立てる。

 藤原さんはショックで固まっていた。自分を否定されるとは思ってなかったんだろうか。

 

「君は嬉しくないのか」

『このステージは偽物。絶対に違う。間違ってる。これを幸せと呼ぶのはファンと、アイドルとしての望月マインを裏切る行為だ』

「だが、君は歌が好きだった! 昔の君は本当に楽しそうで、生き生きと輝いていた! だから俺は、君にもう一度アイドルとして……!」

『今だってそうだよ。言ったでしょ。感謝してる。考え方と手段以外は、私にとっての救いだった』

 

 客席にひとつ変化が起きる。

 一匹のカエルがブルブルと震えて、空気を入れた風船のように膨らむと、人間の姿に元通り。

 ほかのカエルも一緒だ。客席いっぱいのカエルが次々と人間に戻る光景はシュールでちょっと不気味だった。

 

 スキルを解除したマインさんはマイクを構える。

 さっきの曲が冒頭から流れ出す。イントロのリズムに合わせて小さな声出し。

 

「駄目だマイン、君は人前で歌えないだろう!? 無理をするな! ジョウガを使え!」

『大丈夫。全員が、あの(ファン)なわけがない。だから私は向き合う。期待値が低い分、むしろやりやすいよ』

 

 そう言いながら……マインさんは客席から大勢の視線を感じて足が震えていた。顔色は青ざめて、必要以上に何回も荒い呼吸をしている。今にも倒れそう。

 それでも。完全にアウェーの、恐怖と怒りに満ちた空気をマインさんは笑い飛ばした。

 

『当たり前だよね。私は悪いやつだもの。でも最後に一曲だけ、どうしても歌いたいから』

 

『もう「みんなのため」には歌わない。「アイドルだから」? 「期待されてるから」? そうじゃない』

 

『私は歌が好きだから歌う。そんな私を好きでいてくれる人のために歌う』

 

『好きって気持ちをぶつけたら、私は最高に輝ける。ファンに思いが伝わる。大切なことはそれだけだった。あの時に気づけていたらよかったのにね』

 

 それは最初のファンと最新のファン、藤原さんとわたしに向けられたつぶやきで。

 

『目を逸らさないで、私だけの王様(キング・オブ・マイン)。期待は全部裏切って……最高を超えるステージで魅せるから』

 

 とっておきのウィンクは、ただ一人に向けたファンサービスだった。

 

 

 ◇

 

 

 一曲を歌い終えた瞬間、マインさんはその場に倒れた。

 藤原さんが駆け寄って抱き起こす。彼の腕の中でマインさんは静かに目を閉じる。

 

「ああ……終わった……」

 

 しみじみと、どこか名残惜しさを漂わせて。

 ぜんぶ出し切って体と心が疲れ果てたような表情を、自分のやったことを振り返ってキュッと引きしめる。

 悲しそうに意を決して、どうにかマイクを掲げた……そのときだった。

 

 ――パチパチ

 

 客席から小さい拍手が鳴った。

 

 一人だったのがまばらに。

 まばらだったのが客席のすみまで。

 やがて劇場全体が一体になって、拍手が鳴り響く。

 

『え……なんで』

 

 拍手された本人だけがわかっていないようだから教えてあげよう。

 

「みんな、感動したんです」

『私はこれだけのことをしたのに?』

「悪いことをしたかもしれません。でも、それはあなたの歌を否定する理由にはならない。マインさんの思いが伝わって、お客さんは拍手したんだと思います」

 

 罪を憎んで人を憎まずって言葉があるように。

 今回の事件の良し悪しは置いといて、客席のお客さんはマインさんの歌を素晴らしいものだと感じたのだろう。そしてその気持ちを正直に表現したんだ。

 なかにはカエルにされたことは許せないけど認めざるを得なかった……という人もいるかもしれない。

 それこそ、最後の曲は誰もをうならせる歌声と神がかりなパフォーマンスでみんな圧倒されてしまったから。

 

 だけど、拍手に込められた気持ちはひとつだった。

 

「……俺が間違っていた。君の幸せは、余人の願望で決めつけるものではなかった。ましてや、他者を傷つけるステージが真に美しいものになるはずがない」

 

 眩しさに藤原さんは目を細める。

 

「マイン、今の君は最高に輝いている。……さて、俺は仕事の責任を負わないとな」

 

 お疲れさまとねぎらうようにマインさんを横たえてマイクを借りると、藤原さんは客席と向き合った。

 

『皆様。この度は多大なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。今回の一件、責任は私にあります。皆様の受けた精神的・身体的苦痛を推し量ることは到底できませんが、必ずこの藤原永満が償うことをお約束致します。ですからどうか、どうか何卒、マインにはご容赦を……』

 

 それは今回やったことの罪を一人だけで背負うという宣言だった。マインさんに責任が向かないように。何があってもデンドロを自由に続けられるように。

 マネージャーの最後の仕事としてアイドルを守る覚悟を決めた藤原さんの土下座に、客席から一言。

 

「そんなことより、次の舞台はいつだね」

 

 もう一度、というお願いだった。

 

『……は? 今なんと』

「あれほどの歌を披露されたのだ。聴衆として、また聴きたいと思うのは当然ではないかな?」

 

 口を開いたのは航海服のおじいさんだった。客船の制服とは違うデザインだから普通のお客さんだ。

 穏やかにしゃべるおじいさんに、多くのお客さんがうんうんとうなずいて賛成している。

 

「償うのなら、続けてみてはどうだろうか。仮にお二方が“責任感”で舞台から離れるというのであれば……それこそ無責任というものだろう。儂はそう思うよ」

『っ』

 

 藤原さんはうろたえて、ステージを振り返る。

 体を起こしたマインさんは泣いていた。

 つうと一筋の涙がほっぺを伝う。あふれる気持ちがこぼれてしまったように、次々と雫が落ちる。

 

 歌ってもいいんだよ。また歌を聞かせてね。そんな厳しいくらいに優しい言葉をかけられて、いっぱいいっぱいだったマインさんの心はようやく栓が抜けたんだろう。

 

 みんなが見守るなか、藤原さんに抱きしめられたマインさんはいつまでも泣きじゃくっていた。

 

 To be continued

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