長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【吟遊詩人】サラ
豪華客船クルーズの翌日、わたしはレッドさんとウルに連れられて、キオーラからギデオンを目指していた。
青いカラスの飛行機に乗って空の旅だ。運転席にレッドさん、後ろにわたしとウルが座っている。
『昨日はお疲れ様ドラ』
「みんな無事でよかったですよね! あのあとだって船が沈んで大変でしたもん!」
『……そ、ソウダネ』
舞台ジャックとも呼べる事件で、命に関わる怪我をした乗客はいなかった。カエルになった人たちはどこも異常がないそうだ。マインさんも気をつけていたっぽい。
ステージが終わってからも一波乱あった。
なぜか豪華客船の横っ腹に『ものすごい大きなイノシシの牙がぶつかった』ような穴が空いていて、そこから【ピークォド・タイタニック号】に水が入ってきたり。
あわや乗客が海の底に……というピンチに全員が協力したの。とくにレッドさんとウルの働きはすごかった。必死に水をくみ出したりね。ダラダラと流れる汗が滝のようにあふれていた。
わたしは近くにいた【ドルフィン・オルカ】の群れにお願いして海に流された人を救助していたよ。
どうにかピンチは乗り切ったけど、大人数が港まで移動するには新しい船が必要だった。
そんなとき、親切な人が<エンブリオ>の船を出してくれたんだよね! 沈んだ豪華客船を中にしまえるくらいの、とっても大きくて四角いやつ!
「……箱舟のじーさんがいて助かったよな」
『招待されたなら関係者席にいてよ……なして一般席いるじゃんか。マジでたまげたよね……』
おかげでわたしたちはキオーラの港に到着できた。
一日滞在した理由は、いちおう事件の主犯になる藤原さんとマインさんの取り調べに付き合うためだ。
これには被害者のシャルロッテさんとレッドさんが同席した。デスペナルティが開けたシャルロッテさんのログインを待って、取り調べは始まった。
藤原さんとマインさんは容疑を認めていた。
そして乗客に治療費、シャルロッテさんと旅行会社に慰謝料を支払うと自分から言い出したのだけど。
「シャルロッテさんがあやまる必要はないって言ったのにはびっくりしたなあ」
どうやら、シャルロッテさんは今回の事件に犯人はいないと主張したいらしくて。なんでも、
『おかしなことを言うのね。あれはオペラの一幕よ?』
と言って微笑むばかり。
藤原さんとマインさんは役者として舞台を演出したのであって、犯罪行為はしていない。
責任があるとしたら、それは役者を選んだ自分にある。
こんな言い分で二人をかばったんだ。
被害者で有名人でもある<超級>の言葉に、ほかの人はなにも言えなくなった。
一番に被害を受けた旅行会社は大物ゲストとして呼んだシャルロッテさんからだとお金を要求しづらい。
それに船が沈没した直接の原因が正確にはわからないということ(モンスターのせいじゃないかとシャルロッテさんは言い、レッドさんは無言でうなずいていた)で、事件は立証されず、真実は闇の中に。
ちなみに治療費と慰謝料はシャルロッテさんがきちんと払ったらしい。しかも現金の一括払い。
一〇〇〇万リル硬貨を十枚ずつ重ねていく交渉術を前に、旅行会社の担当さんは言葉を失っていた。
『彼女は趣味人だからね。二人を気に入ったんだろう。自分と似ていると感じたのかもしれない。だから金銭の借りで済ませて、手元に置いたわけだ』
「藤原さんプロデュースの、シャルロッテさんとマインさんの歌……また聴きたいです!」
無罪放免という結果に納得できない二人に、シャルロッテさんは契約を持ちかけた。
それは秘書と音響スタッフのお仕事。
元々シャルロッテさんは歌うこと以外の、いろんな雑用まで自分でやっていた。
たまに人を雇うこともあるけど、それは一時的なもの。公演の依頼が来たら各地を飛び回るハードスケジュールについてこれる人がなかなかいないらしい。
その点、二人は<マスター>。それなりに戦えるから旅の途中でも安心だ。
藤原さんはマネジメントのお仕事に慣れていて、マインさんは音を操る魔法の使い手だからまさにうってつけ。
さらにシャルロッテさんは、マインさんにアイドルとして活動することを提案した。オペラとは違ったステージに興味があるんだとか。
歌声が好きだという言葉の裏に、この私に歌でケンカを売る根性が気に入ったという闘争心がメラメラ燃えていたのは内緒にしておこう。
また次の公演があるようで、シャルロッテさんたちとはキオーラでお別れした。
王国から東に向かって大陸一周するそうだ。しばらくは離ればなれだけど、きっとまた会えるよね。
今度はちゃんと最後までオペラとライブを観るよ、とわたしは三人に約束した。
『そういや、別れ際に頼み事してなかった?』
「はい! ジェイドのお母さんのことで、旅の途中に心当たりを探してくれるって!」
「そりゃよかったな! オレたちも、何か分かったらすぐ連絡するからよ」
藤原さんは黄河にある<玉月商会>の流通網を使って、東方の情報を集めてくれるらしい。
シャルロッテさんはカルディナにあやしい場所があると言っていたね。ドラゴンが景品として並ぶカジノ……知り合いに頼んで調査してくれるそうだ。
『……
「だいじょうぶ! みんな手伝ってくれてるもん!」
わたしはジェイドをなでる。
不安がどこかに飛んでいってしまうように。ちょっとしたはげましが、心細いときには力になるから。
ジェイドは目を閉じて、わたしにそっと頭を預けた。
◇◇◇
□地球・K県
わたしはベッドから起き上がる。
頭についたハードをはずして、ふうと息を吐いた。
四月十三日、木曜日。
時計の針は午後七時を指している。
学校から帰ってすぐにログインしたわけだから……三時間くらいデンドロで遊んでいた計算になる。
「いけない。もうお夕飯の時間だ」
道理でお腹がぺこぺこなわけだ。
さっき食べたばかりなのにと思ったら向こうのご飯だったりして、たまに変な感じになる。
デンドロに夢中でご飯を食べないとお母さんにしかられちゃう。ゲームが禁止になったら大変だ。
呼ばれる前に急いで向かおう。
二階にある自分の部屋から、とてとてと階段を下りて一階の廊下に。ちらっと目に入った玄関には見覚えのない靴がある。お客さんかな?
リビングから話し声が聞こえる。
お母さんと、もう一人は若い女の人の声だ。
「……入ってきていいよ」
「ほへ?」
声をかける前に、お客さんはわたしに気がついた。
後ろを向いているのにどうしてわかったんだろう?
背中に目でもついているのかな。
「あら。ちょうどいいわ。こっちにいらっしゃい」
机をはさんで、お母さんとお客さんは向かい合うように座っていた。わたしは手招きするお母さんの隣に座る。
お客さんはきれいなお姉さんだった。
セーラー服を着ているから高校生ぐらい。
凛とした顔立ちとツヤのある長い黒髪、隙のない振る舞いにピシッと伸びた背筋。
どこを切り取っても大和撫子で、大人びて見える。
椅子の横には竹刀袋が立てかけてある。剣道部かな。
おっと、いけない。まずはやることがあるよね。
「こんにちは! 更科紗良です!」
「……はじめまして。神凪昴です。お邪魔してます」
昴さんは三十度のお辞儀をする。
それからわたしの顔をじっと見つめた。
なんだか観察されているような視線だったから、わたしはちょっと緊張してしまう。
昴さんの目は透き通る黒で、お人形さんみたいだから、見られていると落ち着かない気分になるよ。
「……」
「……」
「…………」
「…………あのー?」
なんでこんなに見られてるの?
もしかして、わたしなにかしちゃった!?
「いきなりだけど、質問に答えてください」
「は、はい!」
「いい返事。紗良ちゃん、最近、何か変わったことはありましたか?」
変わったこと?
「例えば、道端でおかしなものを見たとか、夜中に物音を聞いたとか。……誰かに呼ばれた気がする、とか」
「それは、おばけ的なやつ、でしょーか?」
「おばけ的なやつも含めて。些細なことでも」
身構えたところに怖い話を振られた。
あんまり得意じゃないんだけどなぁ、おばけ。
夜に一人でトイレに行けなくなっちゃいそう。
「うーん、ない……と思います」
「本当に? 変な人に変な物を渡されたり」
「してないです。たぶん」
わたしの答えを聞いて、昴さんは眉をしかめる。
もしかしておばけじゃなくて、不審者に気をつけてねってお話だろうか。わたしみたいな小学生がいるお家をボランティアで回っているとか。
「なら、生活に変化がありましたか?」
「いつも通りですよ! 学校でしょ、お友達と遊んで、フルートのレッスンに……あ、デンドロもしてます!」
「そう。<Infinite Dendrogram>を……実はね、私もデンドロをやってるの」
「本当ですか! わたしはアルター王国にいるんですけど、今度一緒に遊びませんか?」
「私の所属は天地。だから一緒には難しいかな」
「そっかあ……」
うーん、残念。
リアルでデンドロを遊んでる人って貴重なのに。
「じゃあ、こっちでお話しませんか? また家に遊びにきてください!」
「こら。神凪さんはお仕事があるのよ」
「いえ、大丈夫ですよ。お母様がご迷惑でなければ、今後も定期的にお伺いしてよろしいですか」
「……分かりました。娘をよろしくお願いします」
二人は目配せをして頭を下げる。
真剣な顔をしてどうしたんだろう。
昴さんのお仕事に関係があるのかな。
「昴さんのお仕事ってなんですか?」
「私は……えと、神社のお手伝いをしているよ」
「あの山の上にある! ということは巫女さん!」
昴さんは巫女服が似合いそうだよね。
うん、絶対きれいだ。想像したら……なんだか……。
……あれ? おかしいな。
わたしは見たことがないはずなのに。
巫女服を着た昴さんが、やけにはっきりとしたイメージで浮かび上がってくる。
暑い夏の日。誰もいない山の奥。
日本刀を手にした昴さんに手を引かれて、なにか、怖いモノから逃げていたような。
まさか、ゲームじゃないんだから。
リアルでそんなことあるわけないのに。
「昴さん。わたしたち、はじめまして……ですよ、ね?」
前に会ったりしてないですよね、なんて。
おかしなことを尋ねたわたしを、
「…………」
昴さんは笑わず、
「……やっぱり。記憶の封印処理が剥がれかけている。様子を見に来て正解だった」
昴さんが竹刀袋から取り出したのは、どう見ても本物の日本刀で。
「神薙ムソウ流巫術――」
抜き身の刀身がわたしに向けて振られる。
わたしの鼻先を通り過ぎた斬撃。
切られてはいない。けど、眠く、なって……。
「紗良ッ!」
おかあ、さん……。
◇◆
「大丈夫。記憶と意識の接続を斬っただけです。私は力技しかできないので、とりあえず。すぐに記憶処理専門の巫女を派遣してもらいます」
「紗良は、娘は大丈夫なんですか!?」
「……分かりません。『神子』としての素質は記憶と合わせて封印しています。封印が解けた原因で考えられるのは、
「やめさせるべきでしょうか?」
「いえ。取り上げるのは逆効果だと思います。無理やりになりますし、不自然だと違和感を抱く可能性があります。これまで通りの生活を送ってください」
「でも、またあの時みたいに」
「以前のような事件は起こらない。いえ、起こしません。その為に私達がいます。ご協力をお願いします」
「はい……ありがとうございます。神凪さん」
◇
おいしそうな匂いで椅子から飛び起きた。
「この匂いはカレー!」
「あら。目が覚めたのね」
お母さんが台所から顔を出す。
いつも通りの笑顔に、わたしはなんだかホッとした。
「昴さんは?」
「もう遅いから帰ったわ。また遊びましょう、ですって」
今は夜の八時だ。
どうやら、わたしはお客さんの前で居眠りして、一時間くらい起きなかったらしい。
頭がぼんやりしているのは寝足りないからだろうか。どうして寝ちゃったのかもあいまいだ。
「紗良。よだれが垂れてる」
「え? どっちー?」
「ここよ。ほら、こんなに」
お母さんはゴシゴシとほっぺを拭いてくれる。
ちょっと恥ずかしいけど、こうしてお世話をしてくれるお母さんがわたしは大好きだ。
「おーい。パパが帰ったぞー」
玄関から、スーツ姿のお父さんがやってくる。
「おかえりなさい!」
「おー! ただいま紗良」
お父さんはいつもぐしぐしとわたしをなでる。
少し強めで髪がぐちゃっとなるこの感じ。
頭が揺れるけど、それが優しくて気持ちいい。
「まあ。今日は早いのね。久しぶりに三人でお夕飯を食べれそうだわ」
「残業ばかりでごめんなあ。その代わり、今度の土日は休みが取れたよ。どこかにお出かけしようか」
「やったー!」
お母さんとお父さんとわたし、三人でなかよくご飯を食べる。それが幸せなことだとわたしは知っている。
ここにジェイドがいたらもっといいのにな、と思ったけど、それは無理だもんね。
だから、向こうの世界ではジェイドのお母さんを見つけてあげたいなって……改めて思った。
Episode End
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<二章の顛末
(U・ω・U)<そして本編と直接は関係ないけど、サラの事情に迫る話でした
(U・ω・U)<ちょっと記憶を弄られてるよ〜という、あくまでフレーバーテキスト
(U・ω・U)<あの世界こういうのもありそうかなと(異能系)
神凪昴
(U・ω・U)<別作品のキャラです
(U・ω・U)<ここではあまり触れない
巫女と神子
(U・ω・U)<どちらも『視える』人
(U・ω・U)<広義は置いといて、作中だと
(U・ω・U)<巫女は組織化されている
(U・ω・U)<神子は自然発生する存在
(U・ω・U)<特定の界隈だと、神子は戦略兵器並みの危険物扱い