長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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吐露

 □<ネクス平原> 【高位従魔師】サラ

 

 “トーナメント”の一回戦で負けてしまったわたしはギデオンの北にあるフィールドにやってきた。

 街中だと従魔を呼べる場所が限られるからね。

 

『『『……』』』

 

 みんなは気まずそうにうつむいている。

 とくに戦って負けたルビーとクロムは思うところがあるようで、わたしと目を合わせてくれない。

 ジェイドは雰囲気を察してなにも言えない様子だ。

 

 みんなの気持ちはわかる。

 あの戦いはルークさんのペースだった。魅了は対策できたけど、あとは一方的にやられてしまった……そう感じているのだろう。

 でも、だからこそ。ちゃんとみんなでお話する機会だと思うんだ。

 

『傾聴。対話』

 

 唯一【ジュエル】に入ったターコイズが呼びかける。彼女はいつも冷静だ。わざと空気を読まないで、わたしがしゃべるきっかけを作ってくれた。

 

「まずはお疲れさま。ルビー、クロム、戦ってくれてありがとうね。ジェイドとターコイズは応援ありがとう」

 

 みんなの頭をなでて、優しく呼びかける。

 

「負けちゃったのはしょうがないと思うの。ルークさんは強かった。目的の修行があんまりできなかったのは残念だけど……負けたのも、満足に戦えなかったのも、あなたたちのせいじゃないよ」

 

 手札の数はルークさんが圧倒的に多い。

 だけど、みんなの力は決して負けてなかった。それはルークさん本人が認めていた。

 勝負を分けたのは戦いかた。もっと言うなら指示を出す人……ルークさんとわたしの違いだ。

 

「わたしはルークさんの得意技を知ってた。魅了も、従魔も、特典武具だってそうだ。だからみんなが力を発揮できるようにしてあげられたらよかった」

 

 そうしたらルビーは魔法を封じられても焦らなかった。クロムがあっさり魅了されることもなかった。

 ルークさんのヒントはそういうこと。

 わたしは指示を出さないとき、なにをするのかはみんなを信頼して任せている。でもそのときはバラバラに戦うから連携が取れていない。モンスターがそれぞれ襲ってきても、強い人なら一体ずつあしらえる。

 信じることがダメってわけじゃない。指示を出すこと、任せること、どっちもできたら最高で、それにはおたがいをよく知るのが大切だ。

 ほかにも反省点はたくさんあるけど……一番の課題はチームワークだろう。逆にそれさえ磨いたら、ほかの課題も解決できるはずだ。

 

「だからね、もっとみんなのことを教えて!」

 

 と言っても、どうしたらいいのか困っちゃうよね。

 

「まずはルビー!」

Kyuu(なに)?』

 

 実際に戦った子から話を聞こう。

 

「あのときの《リトルフレア》、すごい大きく作ろうとしてたでしょ。ふだんの特大と比べて三倍はあったよね。あれどうやってたの?」

Kyuukyu(重ねたの)

 

 ルビーは小さい火の球を魔法で作って、なにをしたのかを再現してくれる。

 魔法を順番に使って、二つの火の球を合わせて一つにする。これの応用で特大の魔法三つをまとめたのかな。

 

Kyuuukyuu(同時に消せないと思って)

「なるほど」

 

 たしかにルークさんの指パッチンはひとつの魔法で一回だった。連続して発動する魔法には何回も指パッチンする必要があるのかも。

 だからルークさんは最後に指パッチンじゃなくて、ぎゅっと握りしめる動作を取ったのか。

 

「それっていつもできるの?」

Kyuu(ムリよ)

 

 どうやら《始まり》で感覚を強化したからできることらしい。いつもは小さい魔法を二つ重ねも大変そう。

 ということはだよ。《始まり》が成功すれば、もっと上手にできるということだよね。

 

「……ルビーはかわいくなりたいんだよね」

Kyukyu(そうよ)! Kyuuuu(当たり前じゃない)!』

「ルビーは今の赤毛と白い毛、どっちが好き?」

Kyuuuu(難しい質問ね)……』

 

 ちょっと考えて、ルビーは左右に体を揺らす。

 

Kyukyu(赤はかわいいわ)Kyuuuuu(白はキラキラなの)

「たしかに虹色でゴージャスだったよね」

Kyuu(そう)!』

 

 なるほど。なんとなくわかった気がする。

 これまでスキルが失敗した原因に、わたしのイメージがズレていたのがあるかもだ。

 ただかわいいだけじゃなくて、キラキラでゴージャスで、強くてスペシャルでデラックスな感じ……だからあんなに輝いていたんだろうか。

 あとは気持ちをひとつにできたら、次こそは完璧に強化ができるかもしれない。

 

 さっそく試したいところだけど、実践はみんなのお話を聞いてからにしよう。

 

「じゃあ次、クロム!」

『……』

 

 やけに大人しい彼は呼んでも反応がない。

 正直ちょっと意外だ。負けたことにもっとイライラすると思っていた。わたしの話を黙って聞いているのもらしくない。勝手にボスモンスターと戦いに行っちゃうぐらいの想像はしていたから。

 

「どうしたの? だいじょうぶ?」

 

 顔を覗きこむと、クロムはくるりと反対側を向いた。

 体調が悪い? うーん、そういうわけではなさそう。

 わたしにそっけないのはいつもだけど、バツが悪そうにしているのはめずらしい。

 それになにか言いたそうで……。

 

「もしかして、わたしを攻撃したから?」

『…………』

 

 あ、固まった。

 これは図星みたいだね。

 もともとボロボロだったけど、わたしにとどめを刺したのは魅了されたクロムのパンチだ。

 闘技場の結界内だから死んじゃっても元通り。だけど、実際に起きたことだから意識がはっきり残る。

 クロムはわたしに攻撃したことを気にしているらしい。だからいつものように強く出れないようだ。

 

「気にしなくていいよ。あれはしょうがないもん。それに結界内のことだし、わたしは<マスター>だから本当に死んじゃうわけじゃないんだよ」

 

 デンドロはまるでもうひとつの世界のようだ。

 ジェイドたちモンスター、ティアンの人たち。彼らはこの世界で生きている。一度きりの命だ。

 逆に<マスター>は死んでもデスペナルティになるだけで三日後には復活する。

 もちろんわざと死ぬのはイヤだよ? 理由もなしに本気の戦いをしようとも思わない。

 でも、やられちゃっても取り返しがつく。

 

 命の重さがぜんぜん違う。わたしはそう思う。

 

「それより、勝たせてあげられなくてごめんね」

『……Aa?』

「これが終わったら、ルビーの特訓と合わせてボスモンスターを倒そうと思うの。ストレス解消になるかはわからないけど……今日は満足するまで付き合うから!」

『……Aaaa(違えだろ)

 

 ようやく顔を上げたクロムは、わたしをドンと突き飛ばした。

 

「いたっ……」

Aaaaaa(責めろよ)

 

 尻もちをついたわたしを、クロムは赤く血走った目で見下ろした。

 

Aaaaaa(俺のせいだろ)……Aaaaaaaaa(なんで気をつかう)

 

 震える声は怒りと悔しさ、悲しさと戸惑いがごちゃ混ぜになっていてクロム自身も制御できていない本心から出た言葉だった。

 

Aaaaaa(みじめになんだよ)! Aaaaaaaaa(それともあてつけか)!?』

 

 何度も握りこぶしが地面に叩きつけられる。

 ドスンドスンという音で地面は割れて、わたしの身体もぐらぐらと揺れるから立ち上がれない。

 感情に任せて暴れるクロムを見かねて、ジェイドがわたしたちの間に入った。

 

Rrrrr(そのへんで)

Gaaaaa(黙ってろ)!』

 

 兄貴と慕うジェイドの言葉も聞かない。

 クロムはおどしのつもりなのか、思い切りこぶしを振り上げて。

 

『――Rrrrrrr(だまるのはきみだ)

 ――強風に吹き飛ばされた。

 

 翼を広げたジェイドは風のバリアを展開して、わたしたち全員を守っている。

 クロムに対して怒るんじゃなく、怖がることもなく、とても悲しそうな視線を向けた。

 

Rrrrrr(わからないの)?』

『……ッ』

 

 たった一言でクロムは怯んだ。

 激しさを増していく風に圧倒されて……じりじりと後ずさりしたクロムは、ダンと勢いよくジャンプして距離を取ると、そのままどこかに走り去ってしまう。

 

「クロム!?」

 

 わたしは追いかけようとするけど、ジェイドとルビーがわたしの足にしがみついて止める。

 

『提言、放置。必要、冷却』

「ターコイズまで? だけど放っておくのは」

『臨機応変。仮定、鉄鬼、離脱、我々、否定、困窮』

 

 頭を冷やしてくれるならよし。

 もしクロムがいなくても困らない……ってこと?

 

「それは言いすぎだよ」

『……謝罪。過言、無配慮。逆説、鉄鬼、無制御、粗暴。我、思案、協調困難』

「そんなことない。だって、ちゃんと気持ちを口に出してくれたでしょ。少しいじっぱりなだけだよ」

 

 さてと。ひとりいないのにお話してもね。

 逃げたクロムを追いかけて捕まえよう。

 問題は、ほかの子たちが納得してくれるかだけど。

 

「ルビーの特訓にちょうどよさそうな相手を探そうと思うの。みんな、ついてきてくれる?」

 

 特訓相手のボスモンスターを探すという口実に……みんなは気づかないふりをしてうなずいた。

 よし! それじゃあいこう!

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■<ネクス平原>

 

 ジェイドに気圧されて逃走したクロムは離れた場所で視界に入るものを手当たり次第に殴りつけていた。

 そうしなければ、煮え滾る怒りが自分を内側から塗り潰してしまいそうだったからだ。

 

(クソ……クソ、クソがぁああああ!)

 

 理解できなかった。

 なぜ少女は優しい言葉をかけるのか。

 自分を責めず、好きにさせているのか。

 

 そのせいで戦いに敗北した。否、そもそもがクロムの機嫌を窺って参加した大会である。

 徹頭徹尾サラは気を遣っていた。少なくともクロムにはそう感じられた。

 

 理解できない。

 なぜ兄貴分(ジェイド)はあのような弱者に従っているのか。

 クロムは彼女に従う羽目になっているのか。

 今の境遇だけでも鬼としての矜持が許さないのに、挙句の果てに、弱者に気遣われて慰められるとは!

 

(俺が指示を聞かないから? あてつけで、ここぞとばかりに……嫌味を……)

 

 理解できない。

 なぜ彼女を受け入れられないのか。

 どうして捻くれた態度を取ってしまうのか。

 

 理解している。

 この怒りの矛先はサラに向いたものではない。

 故に暴言と暴力は筋違いであり、クロムは間違えていて、正しいのは彼らである。

 

 そこまで理解していて、なぜ正しい言動を選べないのか、理解できない。

 このようなことで癇癪を起こす自分が理解できず、みっともなく、腹立たしい。

 

(……クソがッ!)

 

 心の内で悪態を吐いて進行方向にある岩を蹴り砕く。

 砂礫と化した破片が身体を打つが、硬化したクロムの皮膚を穿つほどの威力はない。

 構わず直進しようとして……目の前に飛び出してきた人影に、クロムは一瞬躊躇する。

 

(クソ、知るか。邪魔だ!)

 

 怒りに任せて拳を突き出す。

 

「痛いなー」

 

 妙な手応えが伝わり、拳が受け止められた。

 相手は無傷。クロムの拳を掴んで捻り上げる。

 

『Ga!?』

「見たことないモンスターだね。<UBM>にしては弱過ぎる。ってことは、誰かのテイムモンスターかな」

 

 旅の騎士を思わせる風体の男だった。

 色褪せた外套の下には古式ゆかしい鎧……かつては輝いていたであろう甲冑部分は錆びついており、同時に凝り固まった怨念でドス黒く染め上げられていた。

 鮮烈な桜色の長髪は丹念に編み込まれ、装飾のように側頭部に垂れ下がっている。

 

「なってないねー躾がさぁ。せっかく気持ちよく昼寝していたところにだよ。暴走列車みたいにぶつかられて、僕は大変迷惑しているわけさ」

 

 くるくると手のひらを回しながら、男はクロムを持ち上げて宙に吊り上げる。

 

「でも君はラッキーだ。今の僕はすこぶる機嫌がいい。無重力体験をして楽しんだばかりなんだよ」

 

 中性的な美貌に浮かぶのは笑顔。

 余裕のある態度がクロムの神経を逆撫でする。

 男は油断している。拘束から抜け出して、一息に仕留めてしまおうと考え……

 

だから許さない(・・・・・・・)

 

 ――激変した気配で、己の判断は誤りだと悟った。

 

 クロムと男では、強さに雲泥の差がある。

 逆立ちしたところで足元にも及ばないだろう。

 驚嘆すべきは男の変容ぶりか。

 先程までは弱者を装っていたのかと思うほどに間の抜けた気配であったのが、こうして敵意を向けられた今では心臓を鷲掴みされているようで冷や汗が止まらない。

 

「運がいいのか、悪いのか。恨むなら今日という日を恨みなよ。今日の僕は天邪鬼的なロールを楽しむことに決めたんだよね、ついさっき」

 

 男は腰に佩いた騎士剣を抜く。

 鎧と同様に呪怨が蓄積された魔剣であり、血濡れた刀身には犠牲者の霊魂が映っている。

 

「【冥主の絶剣】。これで斬られると天国にも地獄にも行けないらしいよ? フレーバーテキストだけど」

 

 魔剣の鋒がクロムの喉元に狙いを定める。

 

『G……Aaaaaaaaaaaaaa!』

 

 一秒先の結末を予感したクロムは死に物狂いで暴れるが、男の手は微塵も緩まず、殴打が命中した箇所にはかすり傷すらつかない。手応えは皆無であり、まるで常識外の理によって守られているようでもあった。

 

「じゃあ、さくっと殺すねー」

 

 男は何の感慨もなく死を告げる。

 それも当然のこと。

 男にとっては単なる気晴らしの暇つぶし。

 あるいは経験値稼ぎのエネミー狩りである。

 所詮、彼に見える世界は遊戯でしかないのだから。

 

 魔剣が突き出され、

 

 

 

 

 

「――《キャスリング》!」

 

 

 

 

 

 クロムの視界は急変した。

 

(何が…………ッ!?)

 

 自由になった身体を起こして、眼前を見やる。

 

 離れた場所に騎士剣を突き出した男が立っていた。

 直前までクロムを掴んでいた男の手には、別の人物が囚われており……クロムがよく知る少女の右眼に魔剣が深々と突き刺さっていた。

 

 彼女が、従魔と位置座標を入れ替える転移スキルを用いてクロムを庇ったのだと気づくまで数秒。

 

 翡翠の風竜と赤い魔獣が、すぐ隣で目を見開いたのを眺めるのに数秒。

 

 そして、

 

「……あれれー?」

 

 とぼけた男の発言を認識するのに数秒かかった。

 

 計十数秒の沈黙の後。

 

 プツリ――何かの切れる音が聞こえた。

 

 To be continued




拙者、指示を聞かない暴れ者が大好き侍
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