長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
人間卍サイコロのバカ
□賭博都市ヘルマイネ 【大賭博師】ランス・スロット
枯れた砂漠と荒野にポツンと存在するオアシス。
カルディナの都市はそのような限られた水源の周囲に建設され、発展を遂げている。
たいていの生物は水がなければ生きていけない。
植物も、それを食べる草食動物も、さらに餌を求める肉食動物だって。
結局のところ、水は生命の母にして食物連鎖の土台を築いているのだ。
愛すべき我がホームタウンであるヘルマイネも同じ。
人々は誘蛾灯に群がる羽虫のように集う。
少しばかり違うのは、彼らが水ではなく金に引き寄せられるという点だろうか。
“金で買えないものはない”を地でいくカルディナでは、誰もがあの手この手で富を築く。
ここヘルマイネで金を稼ぐ方法といえば一つ。
ギャンブルだ。
乱立して密集する賭博場は現実のラスベガスを思わせるネオンの煌めきをちらつかせていたりいなかったり。
人々は一攫千金を夢見てチップを放り、自らの行く末を遊戯に委ねる。
あるいは、彼らは夢を見ているのかもしれない。
白熱する勝負。
手に汗握るスリル。
運命の女神が微笑みかけてくれるよう祈る。
さながら乾いた人生に潤いを求めるように。
俺ことランス・スロットも、そんな非日常を求める一人なのだが。
「おいこら待たんかいワレェ!」
「いてこましたる!」
今は黒服の男たちと鬼ごっこの最中である。
「捕まえられるもんなら捕まえてみやがれ! お尻ぺんぺん屁のカッパ、ってなあ!」
「くそ、ちょこまかと……ッ!」
怒り浸透のハゲ頭に挑発を飛ばす。
ちなみによい子はマネしたらいけません。
黒服にサングラス、各々思い思いの武器を携え、隙のない身のこなしで追いかけてくる四人の野郎ども。
どう見てもカタギではない。ヤのつく自由業の方々と似通う何かを感じる。八百屋じゃねーよ?
統一された服装は黒服が同じ組織に所属していることを示している。
さらに現実に近いデザインから<マスター>と関係があると推理できる。
まあ推理もなにも、黒服の身元は明らかだ。
俺はあいつらを知っている。
彼らはある賭博場に雇われた警備のティアン。
ほとんどは冒険者上がりのごろつき未満だ。
どいつもこいつも、筋肉が脳味噌の代わりをしている奴らばかり。血の気が多くて人の話を聞きやしない。
「逃げずに止まらんかい! 大人しく捕まって姉御の沙汰を受けるんや!」
「やなこった! だいたい俺は何も悪いことしてねえからな!? 濡れ衣だ濡れ衣! 弁護士を呼べ!」
「アァ!? いけしゃあしゃあと……胸に手を当ててよう考えてみい!」
ふむ。無実を主張するためには口車に乗るのが吉か。
言われた通りに手を当てて……あらやだ、悲しいまでに硬い男の胸。当然だ、
じゃあ回想入りまーす。
ほわんほわんほわんランスロ〜。
◇
そう、あれは数時間前のこと。
ギャンブルにも飽きたしギャンブルするか、と賭博場巡りをしていた俺は三人の知人に出会った。
フレンドではないけれど、顔を合わせたら
話を聞くと、彼らの一人が新しい賭博場を立ち上げたというではないか。
新しい賭博場、しかも知り合いの店。
まだ固定客がおらず、経営が不安定らしい。
行きつけにしてもいいし、冷やかすだけでもいい。
でもできれば宣伝してほしい。
そういう事情なら行かねばなるまい。
俺は便乗して開店したばかりの賭博場に向かった。
賭博場自体はオーソドックスで、ゲームや内装は王国資本のものを参考にしていた。
庶民が背伸びして遊べるくらいの、ちょいと高級志向なレート。
それでいて大商人や貴族のお眼鏡にも叶う上品さ。
給仕が運ぶカクテルがまた美味い。
聞くとオーナーの力作らしく、俺は賭博場より酒場を経営した方が儲かるのではと忠言を……いや、それはどうでもいい。
とりあえず好きに楽しんでくれと言われたので、俺は好きに楽しませてもらった。
好きに楽しんで、大勝ちした。
今日は運命の女神様が俺に微笑んだのだろう。
そりゃもう熱烈なラブコールだ。
勝って、勝って、勝ちまくった。
最終的に、小国一つは買えるんじゃないかってほどのチップが山積みになった。
意気揚々と換金所に向かった俺は、後ろから優しく肩を叩かれた。
「お客様、少々よろしいでしょうか?」と。
気がつくと、俺はコワモテの黒服に囲まれていた。
皆、笑顔だった。
でも目が笑ってなかった。
危険を察した俺はチップを抱えて逃げ出した。
◇
回想終了。
うん、改めて考えてみたが。
法に触れることは何もしていない。
「俺、悪くないよな?」
「アホかぁ! おどれも賭博師なら加減っちゅーもんを知れ! 賭博は胴元が儲かるようにできとんのや、小さな勝ちを重ねるならまだしも、あれだけやられたらこっちが潰れるわ! この賭場荒らしが!」
「はあー? あいつが好きにしろって言ったんですー。オーナー公認ですー」
「姉御と知り合いならなおさらタチが悪いわッ!」
だって、ねえ。
そもそも俺、賭場荒らしで有名よ?
不本意で不名誉で嬉しくないことだけど。
いくつかの賭博場は出禁になってるし、ブラックリストには要注意人物欄に名前を連ねているらしいし。
いや違うんだ。決して故意ではない。
ギャンブルに興じる余り、ついつい賭けにのめり込んでしまうだけでさ。
あと悪名の半分は俺じゃなくて他の連中のせいだ。
さすがにパンイチで一時間土下座したことはねえ。
「とにかく! 戻って姉御に頭下げえ! 金もパーっと使ってそれで手打ちや、話は通っとる!」
「あ、そうなの?」
どうやら黒服は念話で妥協案を伝達されたらしい。
別に金に困ってはいない。だから後生大事にチップを抱えるつもりはないし、返せと言われれば返す。
頭を下げるのも、まあ良い。
今回は大人気ない行為をしている自覚がある。法に触れないといっても黒に近いグレーだからな。
俺は子供みたいな大人と違って、ごめんなさいが言える人間なのですよ。
でもなー。チップ返してはい終了ってのは、結末としては普通すぎてつまらない。
ちょうど退屈してたところだ。
どうせ後で怒られるなら、もっと予想のつかない展開に転がしてからでも良くないか?
「よしお前、オーナーに伝えろ! 『ゲームをしよう。俺を日没までに捕まえてみろ。いくら三下を寄越したところで時間の無駄だぞ』ってな!」
今回ご提案させていただきます遊戯、ルールは至極単純明快でございますれば。
制限時間内に俺を捕まえたらやつらの勝利。靴でも何でも舐めてやる。
逆に逃げ切ったら俺の勝ち。ちょっと美味い飯でも奢ってもらおうか。
「三下、だと? 下手に出ればいい気になりよって!」
「実際そうだろ。たかが賭博師一人に追いつけてすらないんだから」
黒服は平均で合計レベル300といったところ。
後ろの二人は前衛の拳士と剣士。他に銃士と盗賊がいたはずだが、別行動しているのか。それとも諦めたか?
いやはや、揃いも揃ってなさけない。
ちなみに俺のレベルは200ちょい。
賭博師系統を除けば【詐欺師】と、なぜかLUCが上がりやすい【採集家】という下級職に就いている。
普通はAGIの差であっけなく捕まるはずだが、走る俺と黒服の距離は縮まらない。むしろ次第に開いている。
なぜなら、俺の速度に黒服がついて来れていないから。
「はい、どうして俺の方が速いのでしょう? そこの黒服くん! アンサーどうぞ!」
「……? ッ! <エンブリオ>か!」
「ピンポーン大正解! 景品としてその辺に落ちてた鳥のフンをご提供!」
俺が蹴り上げたウ◯コは放物線を描いて黒服のハゲ頭へ。……あ、流石にかわすか。
だが一秒、時間を稼いだ! これでサヨナラだ!
俺の足、正確には左右の靴裏に生えた車輪が唸る。
さながらローラースケートの如く。
この車輪こそ俺の<エンブリオ>だ。こいつには素のLUCをAGIに加算するスキルが生えている。鬼ごっこやイカサマをする時に重宝するぞ。
俺のLUCは装備の補正を抜いても3000弱、この数字が俺自身の速さに直結する。速度を出しすぎるとゴミENDのせいで骨と筋組織が悲鳴を上げるが、オーソドックスなビルドのティアンに捕まるほど間抜けじゃない。
「逃がすか!」
「っと、ここで待ち伏せかよ」
右の路地から飛び出して来る黒服二人。
読みがいいな、それとも誘い込まれたか。
「だが甘いっ!」
右前方からくる盗賊のナイフ(麻痺毒付き)。
減速はチキン、なら加速するまでのこと!
腕を狙った攻撃は上体を限界まで逸らした姿勢で回避、ついでに足を引っ張って相手を転倒させる。
盗賊は天地がひっくり返ったように感じただろう。
お次はなんだ。銃士くん、君かい?
ほう、腰の拳銃に手をかけて。
なるほど、クイックドロウか。おそらくスキルで俺より速く動きやがる。
でも所詮火薬式の銃、弾の速度はどうあがいても変わらないのだワ!
銃口と視線で軌道は読める。あとは射撃のタイミングと合わせて回避すりゃいいだけのこと。
ブリッジの状態のまま、足に力を込めてジャンプ。
体育の授業でやったね? そう、後方倒立回転跳び。
人はそれをバク転と呼ぶ!
あえて多めに跳び、後ろからやって来る剣士と拳士の胸を借りる。
靴裏を接触させて足場に、軽く小突いてやることで行動を阻害しつつ、上体を跳ね上げてもう一度跳ぶ。
高く、高く。あの頃は、手を伸ばせばきっと空に届くと信じていた……そんな無垢な時代はなかった。
「んじゃ、あばよ黒服!」
三階建ての屋根に着地して仁王立ち、さよならの挨拶をしてから反対側の通りに降りる。
こうした逃走劇を何回やったと思ってる? 街の地図は頭の中に記憶済み。裏道近道なんでもござれだ。
もはやヘルマイネは俺の庭よ。
ついでに顔を隠すためのアイテム……は手持ちにはないので、その辺に落ちている紙袋をかぶる。
このゲーム、原始的な手段が案外有効だ。
見た目は不審者でしかないが、ネタ装備含めて変わった格好の<マスター>は少なからずいる。
まあスキル無しだと《看破》でバレるけどな。相手の動きは数秒止まるので逃げるのに役立つ。
「おお、本当に降ってきたでござる」
「……は?」
走り出そうとした瞬間、目の前に立ち塞がる鎧姿の男。
やつは俺を見て驚嘆の声をあげた。
俺も驚いて思考が一瞬止まった。
おいおいおい、待ってくれ。
さっきの幸運のツケがここでくるか。
女神様よ、あれだけ俺にベッタリだっただろ。
どうして今は機嫌が悪いんだい、ハニー?
そっぽを向いてないで教えておくれよ。
「ば、バカな……なぜ貴様がここにいる!?」
「フッ。某、友の悪事は見過ごせぬでござる」
こいつは俺の賭博仲間、三人の知人の一人で……えっと、名前なんだっけ。やべえ、ど忘れした。
言い訳させて? 俺こいつらのことあんまり名前で呼ばないからさ。興味ないとか覚えてないわけじゃないの。
カンスト
「固まってどうされたので、ランス氏? まるで幻のマインちゃんソロライブ映像を初めて見たニュービーのような顔でござるが」
よし、言動がそれっぽいからオタクと呼ぼう。
某はオタク。某=オタク。
そしてランスよ、できるだけ名前を呼ばずに済むように会話を組み立てるのだ。
そうだ、俺はやればできる男。ちょっと名前をど忘れしたときも、好きな子の名前を呼べずにいたときも、持ち前の頭脳で乗り越えてきたじゃないか。
どのケースも不審に思われて終わったけどね。
「いや、なに。俺も舐められたもんだと思ってな。鈍足のお前から逃げることなんざ朝飯前よ」
「逃げ続けてどうなるのでござる? 行き着く先は終着点。ならば過ちを認め、罪を償うべきでござる! 『今ならケツバットと海老責めで許すわよぅ』、マチルダ氏はそう申されていたでござるよ!」
「わりとガチな拷問じゃねーか。あとお前モノマネ上手いね?」
話を聞く限り、オーナー……オネエは賭博場を荒らした俺のことをそこまで怒ってはいないようだ。
やつが本気になったら薬と酒でズブズブにされる。あるいは貞操を狙ってくるだろう。
「さあ、某と帰るでござる」
オタクは俺に手を伸ばす。
自分も一緒に謝るから、逃げないでと。
まるで聖人のような人の良さだ。
悪人に騙されないか心配でならない。
「確かにな。共にギャンブルをした仲、気心も知れてる。謝れば済む話だ」
「では」
「だが断るッ!」
「ランス氏ぃ!?」
あれ、口が勝手に。
「何故、何故でござるか!」
オタクは血の涙を流して迫る。ちょっとキモい。
でも、今の言葉は本心だ。
俺は謝らない。否、謝るのは今ではない。
なぜかと問われれば、答えよう。
「そっちの方が面白そうだから?」
「せめて言い切って欲しかったでござるな!」
ここらで茶番は終わり。あとは逃げるか捕まるかだ。
俺が腰を落としたのを見て、オタクは自らの<エンブリオ>である盾を構える。
互いに様子見の睨み合い。
オタクは典型的な壁役のはず。機敏には動けまい。
たしか盾を飛ばす遠距離攻撃スキルがあったが、それさえ気をつければ敵じゃない。
よし、スピードで翻弄して脇を駆け抜けよう。
「ランス氏」
「なんだ」
「某が、一人で来ているとでも?」
「ッ!?」
ブラフだと思いたい。思いたかったが、鬼ごっこでオタクを単体投入するメリットは皆無だ。
となると、こいつは俺の気を引いて足を止めさせる囮!
本命は別にいる!
「《
屋根の上、ちょうど地面からは死角になる位置から響くシャッター音。
日の光を反射してきらめくレンズは俺をしかと捉えており、そのインスタントな写真機を構える少女は物陰から姿を現す。
知っている、知っているとも。
やつは我が知人、ギャルなり!
……名前は忘れました、はい。
「《
矢継ぎ早の宣言を即座に理解するのは不可能だった。だが、起きた現象で全て明らかになる。
風船の巨人と絵札の兵士を侍らせたギャルは、写真機の<エンブリオ>から出てきた写真をかざす。
マヌケな面をした俺の写真には印字とコーティングが施され……TCGのレアカードみたく輝く。
ギャルが手にしたカードが燃え尽きたとき、俺の後ろには俺のそっくりさんが立っていた。
『……』
「自分との戦いって、もっと後のシリアスな展開でやるもんじゃない?」
前門にオタク。
後門に
オタクの方がまだ組みしやすいといえるが……偽物の【ランス】が俺のコピーと仮定すると、ステータスやスキルまでそっくりそのままの可能性がある。
オタクを突破する際に、同速の【ランス】によって捕まってしまうかもしれない。
「……ふ、ふふ」
いいね、いいねえ。悪くない。
女神様よ、今回はこういう趣向か?
お前の機嫌がどうなっているのかは知らんが、窮地のスリルを提供してくれるほどにはご立腹らしい。
「うわキモ。ニヤついてるし」
「アンナ氏、某も心が痛いので暴言抑えてプリーズ」
前も後ろもどん詰まり。
なら、
「これしかないよなあッ!」
俺は後方に行くぞ、オタクぅッ!!
『……』
俺を捕らえるべく身構える【ランス】。
なるほど。視線で追えていることといい、車輪といい……スペックは同等と見て問題ないか。
だがな、カタログスペックが同じだろうと、ドライバー次第で車の動きは別次元へと変化するのだよ!
右、左とフェイントを仕掛けて振れたところにスライディング!
「なっ、股潜りでござるか!?」
振り返った【ランス】は俺を押さえ付けようと前傾姿勢になる。その伸ばした手を踏み台にさせてもらおうか。
倒れた姿勢から全身のバネを使って飛び跳ね、勢いを殺すために横向きの三回転半捻り。ついでになんかムカつくので頭を足蹴にする。
そして傾斜のある
「させないし! 《召喚》、【ガーゴイル】!」
「《シールド・フライヤー》でござる!」
下から飛来する丸盾、上空より襲う石像の悪魔。
若干盾の方が速いか? なら!
「こうして、こうだ!」
回転する盾に足裏の車輪を合わせ、衛星のように盾の蓋に沿って
俺、盾、悪魔の順に位置取りが変化したタイミングで蹴り上げ、盾と悪魔をバッティング。
俺は回転の勢いを利用してさらに上へ飛ぶだけ。
「メガラッキー! ぶっつけ本番だがなんとかなるもんだな!」
「「へ、変態……」」
「誰がレジェンダリアンだ!?」
この程度の変則機動、AGIとVR適正が両立してるやつらなら楽勝だろうに。
ともあれ、これで障害は切り抜けた。
第一ステージはクリア。
あとは日没まで街中を逃げ回れば、誰も俺を捕捉できやしないのだよ!
……そう考えていた時期が俺にもありました。
視界の端をよぎる影。
オタクやギャルじゃない。
召喚モンスターでもない、第三者。
そうだ。こいつらがいるなら、ここにオネエがいてもおかしくない。というかいない方が不自然だ。
やつは生産職のはずだが、ドーピングからの肉弾戦をかましてきても納得できるガタイを持っている。
どこだ、どこから来る。
上か、下か、それとも背後か?
「振り返ったらやつがいる! みたいな!」
死角から現れた人物を眼前に捉える。
未だ幼さを残す矮躯を安物のローブで覆い、目深に被ったフードからは無造作に伸びた髪が飛び出している。
その奥には焦点の合わない硝子玉のような瞳と、凝り固まった無表情が見え隠れしていた。
「いや誰よ!?」
オネエではない。やつは襤褸の亡霊みたいな格好はしない。
だが、味方とも思えん。
やつが両手に構えた刃は俺の急所を狙っているからだ。
手甲と刀剣が合わさったような武器。
あれはなんて名前だったか。カタール? パタ?
「……」
「っぶねえ!」
胸部への一突き、体を捻ることでどうにか対処する。
当たればハートを貫かれていた(物理)ところだ。
お互い踏ん張りのきかない空中だってのに、よくもまあ、ここまでの速度を。
問答無用でキルしにかかるとか殺意高すぎん?
回避行動を取ったことで勢いが失われる。
重力に引かれて落下する俺。
追撃で首を狙うフーデッドローブ。
決まれば必殺、一撃でデスペナルティになるだろう。
「だがしかし! この程度で俺をやれると思ったのなら大間違いだぜ!」
脳内麻薬ドーパミン様のお力で見せてやらあ、火事場の馬鹿力ってやつをよ!
水平に振われる刃。
おそらく防御してもまとめて上から斬られる。
とはいえ回避も難しい。首を引っ込めろ? カメじゃあるまいし咄嗟にできるか。
故に、ここは捌く。
迫る刃に手のひらを当てる。
当然そのままだとズタズタになる。
お茶の間にスプラッターを流すのは俺の本意ではないので、抵抗はさせてもらおう。
俺の柔肌を守るように生えた
金属同士が火花を散らしながらも、回転する車輪が刃をあらぬ方向へと弾き返すッ!
「……!」
ハッハー! 驚いてやがるな?
たしかに俺の<エンブリオ>はローラースケートとして使うのが定石だが、別に足以外の場所に生やせないとは一言も言ってないぜ。
正真正銘、今まで誰にも見せたことのない切り札だ。
ここで切ったのは惜しい気もする。
でも使ってしまったものは仕方ない。
ともかくこれで距離が離れた。
着地と同時に走って離脱する!
「俺の勝ちだゴペェ!?」
勝利宣言をした瞬間、側頭部に衝撃が走った。
訳も分からずに倒れ込む。
何が起こった? いや、何をされた?
かすむ視界。
化け物のように伸び切った腕を引き戻すフーデッドローブを最後に見て、俺は気絶した。
ああ、こいつが本命なのね、と思いながら。
◇◇◇
「起きてちょうだいねぇ」
「えぬえいちすりぃ!?」
鼻につく強烈な刺激臭で目を覚ます。
正確には【気絶】が回復する。
「くそ、鼻が死ぬ……」
アンモニアは気つけに効くとは言うけどさあ。
あー、涙と鼻水出てきた。
しかしそれを拭うことはできない。
俺は縄で簀巻きにされていた。
ミノムシみたく宙吊りになっている。
ちなみに中身は二つ折りだ。顎と足首がくっついた状態で、そのうち鬱血すること間違いなしである。
どうやら意識を失っている間に捕まったらしい。
室内には見覚えのある装飾。
そりゃそうだ。今日荒らしたばかりの賭博場だからな。
俺を取り囲むのは八人の男女。四人の黒服と三人の<マスター>、そして詳細不明なフードの亡霊。
すぐ目の前には筋骨隆々とした
やつこそ、この賭博場のオーナー。オネエである。
名前は忘れた。
「ランスちゃん。何か私たちに言うことがあるんじゃないかしらん」
「GG」
「それはどうも。でも違うわよねぇ?」
「あ、はい。さーせんっした」
目を吊り上げたオネエの気迫に押されて謝罪する。
やばいな、これ半分くらい本気の怒りだわ。
今回は調子に乗って少しふざけすぎたかもしれない。
「それだけ?」
「黒服の皆さんお疲れ様っす。お前らは……まあ良いよな、いつものことだ」
「よくないでござるが」
「よくないし」
オタクとギャルが反論するが、俺だってこいつらに迷惑かけられてるからお互い様だろう。
「んで、そっちのフードは誰よ」
「シータちゃんのこと? お仕事探してるって言うから、うちの用心棒をお願いしたのよぅ」
「実力もさることながら、戦術家でござるぞ。ランス氏の逃げ道を予測して追い込んだのも彼女の手腕でござる」
「ほーん。参りましたって言えばいい?」
「…………」
シータは自分が話題になっているのに微動だにしない。無表情のまま、無言を貫いている。
俺はこいつの掌で踊らされてたってことか。
少々悔しいが負けは負けだ。
敗者は大人しく勝者におもねるとしよう。
「反省したんで、そろそろこの荒縄をほどいていただけませんか姉御」
「それは無理ねぇ」
なんでさ。これじゃチップ返すこともできないよ?
「賭博場って面子が大事なのよぅ。知り合いとはいえ……違うわね、知り合いだからこそ、賭場荒らしにはそれなりの罰を受けてもらわないと示しがつかないわぁ」
「つまり?」
「一日宙吊りで勘弁してあ・げ・る」
なるほど、なるほど。
オネエの賭博場はオープンしたばかり。
そこで賭場荒らしに甘いところを見せたら、すぐに金の亡者のカモにされて立ち行かなくなる。
だからこそ、俺という最初のケースに毅然とした対応をすることで店の格と評判を守るつもりなのだろう。
わざわざフロアから見えるか見えないかの位置に吊られているのは見せしめのためであり、賭博場の景観を損なわないように妥協した結果だ。
宙吊りとチップの返却、あとは罰金か奉仕労働あたりを課せられるのが妥当だな。
それでもまだ甘めのペナルティだが、初犯ということを考慮したのだといえる。
「あなたたちは持ち場に戻っていいわよぅ」
オネエの指示で黒服は立ち去り、俺は四人の監視のもと、吊られ揺れる立場に甘んじることとなった。
◇
十分経過。
何もすることがない。
「なんか面白い話しろよ」
「雑な無茶振りやめるでござる」
◇
十五分経過。
全身を揺らしてー、振り子の運動ー。
「ギシギシうるさいし」
「うぃーす」
◇
三十分経過。
眠くなってきた。あと腹減った。
「ログアウトしていい?」
「その間はノーカンよぅ」
◇
一時間後。
飽きた。
もう十分反省したので逃走しようと思います!
手段はいくつかある。
一、自害。
論外ですね。誰が好き好んでデスペナルティになるか。
二、ログアウト。
有効。だが簡単すぎてつまらない。
三、縄を切る。
<エンブリオ>を使えば可能。車輪で削れる。
「…………」
ただ、他三人はともかくとして、シータ何某とやらの監視が抜け目ない。
変な動きをしたら即首を刎ねると言わんばかりの鋭い視線だ。やつをかいくぐって逃げ出すのは難しい。
俺、何か嫌われるようなことしたかなあ?
しかし、しかしである。
やられっぱなしで終わるというのも癪だ。
どうせなら一泡吹かせてギャフンと言わせたい。
よし、ここはあれだな。
我らが運命の女神に頼るとしよう。
俺は彼女を愛している。
今日は彼女も俺を愛している……はず。
「なあ、お前ら」
四人の「またか」という視線。
この一時間、こいつらには何度も声をかけた。
だから俺が話すこと自体は違和感を覚えまい。
「お前らの<エンブリオ>ってなんて名前だっけ?」
「急に何でござるか……」
「いいだろ、暇なんだよ。おしゃべりしようぜ」
俺はギャルとオネエを見やる。
「たしかさっきトートって言ってたよな……んで、そっちはディオニュソスだっけか」
「だから何だし。今話すことじゃないっしょ」
「いやな? お前ら二人のは神様の名前がついてるじゃん。おそろいだと思ってさ」
「そういえばそうねぇ。ソルデちゃんは違うのに」
「某がハブだと仰る?」
「大丈夫よぅ、シータちゃんもだから。ねえ?」
「…………」
オネエは喋るの好きだからな、乗ってくると思ったぜ。
俺一人が話しても無視される確率が高い。だからあいつら同士で会話を始めるのがベスト。
この流れは俺の狙い通りだ。
「ときに、ランス氏はどうなのでござるか? それなりの付き合いでござるが、未だに聞いたことがなかったでござるよ」
「そういえば……車輪ってことしか知らないし」
よし来た。こいつらチョロすぎるぜ。
上手くいきすぎて逆に怖い。
これも女神様のおかげだろうか。
「俺か? 俺のはな」
俺は務めて自然に告げる。宣言する。
「――《
大地が揺れる。天が震える。
人はわけも分からず逃げ惑う。
これは天変地異の前触れだ、今から始まる現象の予兆に過ぎない。
流石に察したのか、全員が俺を見る。
「ランス氏、説明するでござるよ!」
「とは言ってもな……賽は投げられたってことだ」
俺の<エンブリオ>、【盛衰流転 フォルトゥーナ】の必殺スキルは至極単純だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
何が、どこで、誰に、どの程度、それら全てが不確定。
完全な乱数により発揮される効果が決定する。
どうも俺のLUCを参照しているらしいのだが、正直なところ当てにならん。
何が起こるかは使ってみるまで分からないのだ。
空から大金が降ってくるかもしれない。
犬のフンを踏んづけるかもしれない。
曲がり角で美少女とぶつかるかもしれない。
肉体が化け物のように変化するかもしれない。
女神様のお気に召すまま。
俺たちの運命は振られた賽の目で決まるのさ。
さあさあ祈れよ
「ちなみに、俺がデスペナルティになったところで止まらないから安心しろ?」
今にも飛びかかろうとしていたシータに向けて言い放つ。
だからと言ってコロコロされたらやられてしまうのは変わらないんだが、シータの中でも優先順位があるのか、踏み出した足が止まる。
よしよしステイだ。そのまま眺めていろ?
「さあさ皆様、よってらっしゃい見てらっしゃい! 見なきゃ損々、見た日にゃ散々、一世一代の大博打が始まるぜ!」
何が起こるか予測不可能とはいえ、経験上、スキルの予兆が長く激しいほどに起こる現象は並外れたものになることが分かっている。
銀貨一枚だけが出てきたときは道端の小石が少し揺れる程度だった。
その点でいうと、今回は桁違いといえる。
建物に亀裂が走り、崩壊しかける地鳴り。
立ち込める黒雲に轟く雷鳴。
可視化されるほどに凝縮された魔力。
例えるならば、往年のソーシャルゲームにおけるガチャの確定演出のような。
あるいは、TRPGでの
かつてないほどの激しい予兆。
これはとてつもないのが来るんじゃないか?
ハッハー! メガ通り越してギガラッキーぃぃぃ!
最高だぜ女神様! ベーゼを送りたい気分だ!
空間の一部が捩れ、歪み、裂ける。
虚空から落ちたのは、小さなサイコロが一つ。
それだけだった。
「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
思わず縄をぶち切って叫ぶ。
ふざけんな、いくらなんでもそれはないだろ。
あれだけの予兆で
どう言うことだマイハニー!
事と次第によっちゃ絶縁状だぞ!
待て、落ち着け。俺は本来クールな男。
素数を数えて冷静になるんだランス・スロット。
1、2、3……いや最初から間違えてどうする。
「とりあえず縄ほどかないでちょうだいねん」
「ま、きっといいことあるし」
「ランス氏……」
憐憫を浴びた俺は天を仰いだ。
つまり罰は甘んじて受けろということなんですね。
それが俺の天命だと言うのなら仕方あるまい。
おかしいなあ、今日の女神様はデレてたはずなのに。
「…………」
気の抜けた雰囲気の中、シータだけは小さなサイコロを注視していた。
と思いきや、すぐさま武器を装備して戦闘態勢に移る。
何してるんだあいつ?
直後、駆け出したシータがサイコロに斬りかかり……そして弾かれた。
くるりと回転したサイコロが徐々に肥大化、一抱えほどの大きさにまで膨らむ。
同時に白だった表面がどす黒い紫に染まり、数字を表す目が隆起して紅の眼球が開かれる。
回転を続けるサイコロを中心として、小洒落た賭博場の一角が異なる風景へと変化した。
床にはマス目で区切られた道が。
周囲は子供の落書きのような雑多な背景が。
――すごろくのフィールドが形成される。
空中のサイコロの上には、一つの銘が表示されていた。
――【波乱盤上 ダイスターブ】と。
Not to be continued
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<続……かない!
(Є・◇・)<なんでさ
(U・ω・U)<グダるから
(U・ω・U)<これで一話目に繋がるとだけ
キャラクターシート
(U・ω・U)<以下、まとめ
【大賭博師】ランス・スロット
<エンブリオ>
【盛衰流転 フォルトゥーナ】
備考:高機動型変人。ギャンブル依存症。女神の奴隷
オタク/【守護者】ソルデ・イーディス
<エンブリオ>
【??? ???】
備考:カンスト済み。サブ上級職は【盾巨人】
ギャル/【高位召喚師】アンナ
<エンブリオ>
【??? トート】
備考:撮影した写真に応じた召喚モンスターや魔法を使用できるインスタントカメラの<エンブリオ>
オネエ/【高位調香師】マチルダ
<エンブリオ>
【??? ディオニュソス】
備考:賭博場オーナー。調合が得意
フード/【■■■】シータ
<エンブリオ>
【??? ???】
【フォルトゥーナ】
(U・ω・U)<<マスター>を乗騎とみなすTYPE:アドバンス
(U・ω・U)<保有スキルは三つ
《幸い、後ろ髪を引かれず》
アクティブスキル
自身のLUCの値をAGIに加算する
《運勢天変》
パッシブスキル
LUCの影響をランダムにする
ステータス上の値は変化しないが、実際にはLUCが100扱いになったり10000扱いになったりする
この変動を確認する手段はなく、いつどの程度の影響に切り替わるかは完全ランダム
《廻天せし宿星の輪》
アクティブスキル/必殺スキル
要するにパル◯ンテ
【波乱盤上 ダイスターブ】
(U・ω・U)<伝説級<UBM>
(U・ω・U)<極端な条件特化型
(U・ω・U)<だから<超級>でも封殺されるけど、レベル0でも倒せる
(U・ω・U)<イメージは参加者がゼロになるまで終わらないマリ◯パーティ、ないし◯鉄
(U・ω・U)<名前はダイス(サイコロ)+ディスターブ(妨害)のもじり