長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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“トーナメント”・十日目 狼よ、

 □■決闘都市ギデオン・中央大闘技場

 

 “トーナメント”最終日。

 これまで九日間で白熱する戦いを目にした観客が、最も期待と興奮を胸に待ち侘びるのが本日の試合である。

 

 賞品として掲げられるは神話級<UBM>。

 数少ない例外を除いて最高峰の等級であり、その特典武具目当てに猛者が勢揃いしている。

 

 決闘王者のフィガロが参戦を表明したことも多大な影響を与えているだろう。

 興行の決闘でフィガロと対戦するには一つ下の順位……決闘ランキング二位の座に座らなければならない。

 しかしトーナメントなら、組み合わせ次第では参加者全員に等しく権利が与えられる。

 やはりというべきか、彼と戦う機会を逃すまいと挑戦者がひしめき合うことになった。

 

 このような背景から、質の高い試合が約束されている十日目に観客が押し寄せるのも当然のこと。

 客席は既に満員だ。余程の幸運の持ち主か、そうでなければ前日から会場に備えて席を狙っていたのだろう。徹夜で目を擦る者がちらほらと見受けられる。

 

「Zzz」

「おい、起きろ。解説動画撮るって言ったの君だろう」

 

 こくりこくりと船を漕いで夢現……どころか鼻提灯を膨らませる少女を、嫌味を添えて揺り起こす男。

 動画配信者系プレイヤーのショウカと、その雑用係(本人は否定)グルコースだ。

 彼らはチャンネルの再生回数を稼ぐため、本日の決闘を撮影する心算だった。

 ちなみに大半の参加者から許可を得ていない。そのため後日許可取りに奔走するのは余談である。

 

「少し寝かせてくださいよ〜。まだ試合始まってないですし。あ、後で編集して音声別録りしましょうか」

「その作業は誰がやるんだよ。僕じゃないだろうな」

「……ま、まあそれは置いといて。アドラはどこです? せっかく席を確保したのに」

 

 いつも騒がしい仲間が見当たらない。

 人混みの中にいても大質量の筋肉は目立つ。小柄なショウカが飛び跳ねずとも簡単に発見できるはずだが。

 

「聞いてなかったのか? あいつ、今日の参加者だぞ」

「マジですか」

 

 寝耳に水という反応に、グルコースはため息を吐いた。

 事前に連絡していてコレである。

 

「え、じゃあ今日は陰険もやしと二人です?」

「営業外でもプロレスか。随分と勤勉だね」

「口調にトゲしかないじゃないですかヤダ〜。男のツンデレなんて需要が一体どれほど……逆手に取って市場を開拓しましょうか?」

 

 挨拶同然のレスバを交わす二人だが、撮影の準備は滞りなく進めている。彼らなりのお遊びがストレッチになり、ショウカの脳と舌が回り出す。

 

「どうせなら他の面子も呼びましょうか」

「例えば?」

「セラ先輩とか」

「ダンジョン篭りしてるよ」

「じゃあサラちゃん」

「ログインしてない。……そういえば三日目に見たけど、様子が変だったような」

「ほう。詳しく」

「頭に布巻いて四番街を走ってた」

「マーケットかガチャで散財したのでは」

「彼女がそれで奇行に走るか……?」

 

 憶測ばかりで真実は闇の中。

 まさか男性化のショックで涙目になりながら、正体を隠せる装備を探していたとは夢にも思うまい。

 ログイン中だとしても今のサラはゲームを楽しむ余裕がないだろうが。とにかく、いない者は呼べない。

 

「では以前パーティを組んだよしみで、アリアリアちゃんを特殊召喚します。ショウカ(・・・・)ンだけに」

「……」

 

 無視を決め込むグルコース。

 場の空気は凍った。

 

「そもそも私は魔術師でしょうが〜!」

「……」

「あはは……はは……」

 

 反応をもぎ取ろうとした結果、傷口が広がる。

 悲しいかな。心の傷は回復魔法でも癒せない。

 もしや今日は絶不調なのでは? こんな絶好の動画日和に? とショウカの背筋に冷たいものが走る。

 

「ハッハッハ! いつにも増してキレがいいな!」

 

 同時に衝撃が背中から伝わる。

 快音と合わせて体を震わす笑いに、ショウカは叩かれた箇所をさすりながら怒りの声を上げる。

 

「痛いですねアドラ! って、え?」

 

 背後に立つ筋骨隆々の大男に彼女は目を見開く。

 鷲の覆面マントに上半身裸という悪役格闘家じみた風貌と、鼓膜を数枚貫通する暑苦しい大声。

 今日の試合に参加するパーティメンバーが客席にいることにショウカは首を傾げる。

 

「何してんですか。選手は控室にいないと」

「問題ない! 二人とも、すまんが寄ってくれ。詰めれば三人座れるだろう!」

 

 アドラは巨体をねじ込み、どっしりと腰を下ろす。

 遠慮なく席の半分以上を占領して腕を組むと、屋台で購入したであろう食べ物を広げてくつろぎ始める。

 どう見ても観戦の態勢で、摩訶不思議な光景にショウカとグルコースは顔を見合わせた。

 いくら図太いとはいえ、この男は試合直前に身勝手な振る舞いをする人物ではない。公式戦ならなおのこと。係員の目を盗んで勝手に控室を抜け出すような行為はしない……そのはずである。

 

「迷惑かけて追い出されたりしてないだろうな。控室でも高笑いしてたんじゃないのか?」

「ハッハッハ! その程度で選手を失格にするほどギデオン伯爵は狭量ではないだろう!」

「じゃあやっぱりアドラがトチ狂ったんですね」

「なぜ! 俺が悪いと! 決めつけるのか!」

 

 弁当を頬張りながら叫ぶアドラ。食べかすが四方八方に飛び散り、二人は顔を顰める。

 

「君、行儀が悪いぞ」

「すまん! やはり飯時は誰かと話しながら食うのが一番だからな! ハッハッハ!」

 

 今度はきちんと飲み込んでから笑う。

 グルコース主導で飛び散った食べかすを掃除してから、ようやくアドラは理由を説明する……のではなく、二個目の弁当を手に取った。

 

「私達より食事が優先ですか!?」

「違う」

 

 二個目の弁当がショウカにずいと押しつけられる。

 次の一個はグルコースに。

 

「まずは食え。その顔、ろくに寝てもいないだろう」

「ま、まあ……この席取るのに徹夜でしたし」

「せめて腹に飯を入れろ。聞いていて小気味良い声援というのは、観客が気力に溢れてないといかん。俺の話は食べてからで構わんだろう」

「……たまにマトモなこと言うから調子狂うんだよな」

「ハッハッハ! 俺は常にまともだぞ!」

 

 黙々と咀嚼する三人。

 弁当を平らげたところでアドラが口を開いた。

 

「それでだな。俺がここにいる理由だが」

「負けたんだろ」

「ハッハッハッハッハッハ! いやその通りなんだが! もう少し手心が欲しいぞグルコース!」

 

 勿体ぶった途端に切り捨てられたことで流石のアドラも少々動揺している。あるいは敗北の衝撃から未だ抜け出せていないのか。ある程度長い付き合いだからこそ、二人は彼の笑い声に覇気がないことを察する。

 

「今日のレベルが高かったのと、組み合わせだよ。そもそも半分以上は予選落ちなんだから気にするな」

「アドラも上級職にしては普通に強いですからね。ちなみに何回戦までいきました? 相手は?」

「全く手厳しいな!」

 

 慰めているようで慰めになっていない言葉で逆に奮起したのか、アドラは客席を台にして立ち上がる。

 

「ではいくぞ。まずは一回戦だが」

「おいやめろ馬鹿アドラ。座れ立つな騒ぐな」

「訛りのあるサムライに、こう……技をかけてだな……アドラァァァァ・スペシャルゥゥゥ!」

「叫ぶな! そして再現しようとするんじゃない!」

「わりと好評ですね。試合前だからお客さんも暇してるみたいで。ほら拍手まで」

「嘘だろ……?」

 

 二回戦、三回戦の分と続けてリプレイが始まる。

 ショウカはクタアトをけしかけ、アドラの対戦相手の姿を模倣する。スライム組み手を前にグルコースは職業病でカメラを回していた。

 馬鹿らしい技名とアドラ渾身の叫びがミスマッチして、即興のパフォーマンスとしては上々である。それは観客に魅せることを意識した戦い振りだった。

 

「こんなところだな!」

 

 次に移ろうかというところで、アドラは再現を止めた。

 

「あれ? でも三回戦は勝ったんですから……」

「何でショウカが乗り気なんだ。もう頃合いだろ。そろそろ“トーナメント”の試合が始まるけど」

 

 気がつけば短くない時間が過ぎていた。

 グルコースの言葉で野次馬は散り散りになる。

 三人も席について眼下を見やる。

 結界に覆われた舞台は未だ無人だ。司会のアナウンスによると、間もなく選手が入場する。

 

「助かる」

「らしくないぞ」

「え? どういうことです?」

 

 一人蚊帳の外に置かれたショウカは訳がわからない。

 アドラの呟きも、グルコースの気遣いも、再現を夢中で観ていた彼女はそこまで意識が回らなかった。

 もちろん試合が始まるのは嘘ではないけれど。

 

 彼らが再現を止めた理由は別にある。

 

「……? あ、組み合わせが出たみたいですね」

 

 本戦開始により公開された表には、これまでの試合結果と、五回戦以降のマッチングが記載されている。

 ショウカは目を凝らして一人の名前を探す。

 

「アドラ、アドラ……いたいた。やっぱり四回戦敗退(本戦まであと一歩)でしたか。惜しかったですね。相手は……っ」

 

 ショウカは目を見開いて固まる。

 指で辿った先にある名前は既知のものだった。

 そしてようやく理解する。アドラが語りたがらない理由は、情けないからだということに。

 

「それだけじゃないだろ。君なら、誰に負けようがそれだけで気にはしない。勝った方を讃えて、笑いながらお互いの見せ場を語る気持ちのいい馬鹿だ。一体どうした?」

「……あれは、見れる戦いではなかったからな」

 

 絞り出した答えが意味するところは一つ。

 アドラと彼女(・・)の戦いに見せ場など存在しない。

 観客が沸き上がる激突も、心躍る奮闘もなく。

 ただ訳も分からず一方的にやられたのだ、と。

 

「だがしかし! 過ぎたことは仕方ない! 敗北はひとえに己の力量不足! 漢アドラ、いつまでも引きずるような女々しい真似はしない! ハッハッハ!」

 

 高笑いをしたアドラは食べ物を口に放り込む。

 先程までの雰囲気はどこへやら、すっかりいつも通りに戻ったのは見事と言える。

 

「アドラの大声が入ったら映像使えないんですけど、どうしましょうか?」

「そんなの知らないよ。編集じゃない」

 

 

 ◇◆

 

 

 十日目の試合は初戦から番狂わせが起きた。

 元カルディナ所属の<超級>である【殲滅王】アルベルト・シュバルツカイザーの登場。

 王国に移籍したことを知らない観客は戸惑いを隠せず、しかし本人は意に介さず着実に勝利を積み重ねる。

 トーナメント表によると、順当に勝ち上がれば決勝でアルベルトとフィガロが激突する。十中八九そうなることは誰の目にも疑いようがない。

 

 故に観客は期待する。フィガロの勝利を。

 

 舞台に上がったフィガロを歓声が迎え入れる。

 まずは本戦の一試合目。彼の戦いを目にするべく集まった人々は、一様に肩慣らしになると考えていた。

 最初の対戦相手は無名のルーキーだ。数多の強者がひしめく中で勝ち上がった幸運は認めるが、引き立て役が務まれば上々……よく言えば同情的な、悪く言えば眼中にないという有様である。

 

 ただ、フィガロ本人は静かに相手を待っていた。

 誰が相手だろうと全力で戦うだけ。

 それが猛者ならば良し。己の全てを燃やし尽くせる強敵がいたらなお良いと。

 

 反対側の入場口から対戦相手が姿を表す。

 

 それは未だ幼さを残す少女だった。

 可憐な装束の袖口からは精巧な人形のように白く細い手首が覗いている。

 螺旋状に巻かれた金髪が風でたなびくと、釣られて、仮面に漆黒の細波が立った。

 

『西、【剛闘士】――――』

 

 名前を耳にして、フィガロは記憶の片隅を掘り起こす。

 果たして彼女は期待に応え得るのか。

 

『東、決闘ランキング一位【超闘士】フィガロ』

 

 少女は顔を上げてフィガロを見つめた。

 表情は窺えない。仮面で口元以外が隠されている。

 桜色の唇は固く結ばれ、しかして柔らかに解けた。

 

「……不思議ね。思ったより落ち着いてるわ」

 

 大舞台に立ちながら、少女の心は穏やかに澄み切っており、全身は程よく弛緩している。

 心身共にコンディションは良好だ。

 観客の視線、強者の重圧、自身に起因する緊張、全てを跳ね除けた少女の感覚は研ぎ澄まされている。

 

 少女は舌舐めずりをして笑みを浮かべる。

 漏れ出す殺気を隠そうともしていない。

 一説によると、笑顔の起源は威嚇であるという。

 牙を剥き出しにして歪んだ表情は警戒の現れ。

 まさしく、原始回帰した野生の言語である。

 

 それに応えてフィガロは微笑む。

 会場内でただ一人、彼だけが少女を敵として認めた。

 交差する両者の視線は何よりも雄弁に物語っている。

 

 ――あなたをぶっ飛ばす。

 ――全力で戦おう。

 

 カウントダウンの最中にフィガロは武装を展開する。

 対する少女は無手。装備した防具も最低限に留まる。

 

『試合開始』

 

 先に動いたのはフィガロ。

 メインウェポンの鎖が自動的に伸びて迫る。

 しかし、布石を打っていたのは少女の方だった。

 

「――《天喰らう牙(マーナガルム)》」

 

 吼え哮るは餓えた獣。

 王者に牙を突き立てろ。

 

 To be continued

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