長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□■中央大闘技場
試合開始の宣言と同時に交錯した攻防。
眼の良い者はしっかりと、その他の観客も結界の内部時間減速により、何が起きたのかは見てとれた。
フィガロが愛用するメインウェポンの鎖、【紅蓮鎖獄の看守】は少女目掛けて繰り出されたのだが。
「掴んだのか……素手で」
客席のグルコースは唖然として呟いた。
信じられないと目を擦る。
カメラを回す手は止まっていた。とても撮影どころではないし、撮影しても
「今のを見たか! 鎖の動きに合わせてシュッと手を添えて、ギャッと掴む! しかも引き寄せて奪い取ったぞ! 鮮やかな手並みだ!」
「めっちゃ元気じゃないですかアドラ。しかし、デンドロって無刀取りできたのでしょうか」
「……システム的には可能だろうけどさ」
従来のゲームと違い、フルダイブ型ゲームのデンドロは細かい仕様が現実的である。
装備枠に収めていない武器も手にすることができるが、しかしその状態で攻撃しても本来の威力は発揮されない。
装備の奪取が可能なジョブの代表例は盗賊や強盗系統があるが、奪った装備を運用するのはまた別の話だ。
「くぅ、もっと見たいのですが。動画映えする匂いがプンプンするのですが……物理的に見えませんね」
結界内の舞台を包む漆黒の半球。
蠢く影に遮られて二人の様子は窺い知れない。
攻防の直後、観戦や撮影は不可能になってしまった。
「キャッスル……いや、テリトリーか……? ショウカはどう見る。あの必殺スキル」
「迫力ありましたねー。じわじわと地面に影が広がって、そのまま狼の頭になってバクンと一飲み!」
「感想は聞いてないよ」
「普通に考えてガードナーでしょう。彼女、あんな感じの狼を連れていましたよね。ああいえ、武器に変形してましたからアームズとの複合でしょうか」
カジュアル層でもゲーマー。そして動画配信者。
なまじ知り合いで情報を持っているために、ショウカとグルコースは好き勝手な考察と推測を交わし合う。
基本<エンブリオ>のカテゴリーは決まっているために適当なことを言えば必ずどれかは正解なのだが。
「アドラは直接戦ったのでしょう? どうでした?」
四回戦で敗北を喫した相手の所感を尋ねると、
「分からん。一瞬でやられたからな」
「ええ……せめて中はどうなってるか教えろください」
「ハッハッハ! 分からんと言ったら分からん!」
全く参考にならない答えが返される。
はぐらかしている風ではない。
からかっているのでもない。
それもそのはず、アドラは本当に分からないのだ。
「なにせ、真っ暗闇だったからな」
闇というよりも影、絶えず濃淡を変える帳。
一寸先すら見通せない暗所。アレはそういう理だ。
視覚に頼った戦い方では、困惑したところに初撃で首を刎ね飛ばされるのもやむなしというところだろう。
さながら影の檻。察するに相手を翻弄するため……ではなく、そして
アドラの直感はそう告げているが、手札を暴けず敗北した身としては決着を待つしかない。
観戦しようにも影に包まれた舞台は見えず。
本人に聞いたとしても、簡単に手の内を晒すつもりはないだろうから。
◇◆
暗闇の中でも戦いは止まらない。
不可視の閉鎖空間という決闘らしからぬ試合運び。
当然、仕掛けた側は準備をしており困惑はない。
少女……アリアリアは仮面の具合を確認する。
先程まで影が纏わりついていたそれは特注の装備だ。
(暗視装置は機能してる。第一関門はクリア)
彼女は今日のために戦い方を組み上げてきた。
どうすれば自分の強みを最大限発揮できるのか。
相手に飲まれず、自身のペースに引き込むには。
そして、これがベストだという結論に達した。
(懸念していた初撃……発動前に潰される、というのは防げたわね。フィガロは対応力があるから、まずは様子見をしてくると思っていたけれど)
フィガロのスタイルは器用万能だ。
装備を強化して、どんな状況にも対応する。
相手の戦法を見てからメタ装備を身につける。
それができるだけの高いステータスと無数の武具を有している。故に、最初から癖の強い攻撃をしてくることはないだろうとアリアリアは読んでいた。
彼の性格上、序盤に強力な一撃で相手を倒すというのも考えづらい。
だから【紅蓮鎖獄の看守】を使ってきた。
伸縮自在・自動追尾の能力を持つ強力な武器だ。
それ自体は特別なスキルを持たない普通の装備で、単なる物理攻撃以上の効果は発揮されない。
(こうして奪い取ることができる)
鎖は今、アリアリアの手の中に。
所有者から離れた鎖は黒い影に染め上げられている。
まるでアリアリアを持ち主と仰ぐかのように。
彼女の意思に応じて従順にとぐろを巻く。
影に侵食された装備はアリアリアのものになる。
それは同系統の能力とぶつかり合うか、格上が付与した保護でもなければ抵抗は不可能だ。
マーナガルムという<エンブリオ>の特性であり、アリアリアが有する手札のひとつ。
アリアリアがこの戦いに無手で挑んだのは、何も見栄や酔狂というわけではない。
逆だ。武器を持ったら本気を出せない。
装備枠は左右の手でひとつずつ。闘士系統のスキルで追加されたとしても、とても足りない。
なにせ、武器は無尽蔵にふってくる。
自前の武器を装備したら枠が埋まってしまう。
相手は無数の武具を操る王者なのだから。
むしろ両手を自由にしていた方が掴みやすい。
(勝機は速戦即決。相手は戦闘が長引くほど強くなる……つまり試合開始直後が一番弱い。こっちの手札が知られていない今、ここで! ぶっ飛ばすわ!)
暗闇と同化した鎖が鎌首をもたげる。
一時的に視界を遮られて周囲を探るフィガロ目掛けて、銘の通りに鮮血を浴びんと本来の持ち主を襲った。
「……!」
空気を裂く音、あるいは肌に触れる風で攻撃を悟ったフィガロはその場から飛び退いた。
目は見えずとも彼はおおよその状況を把握している。
アリアリアが触れた瞬間に装備枠から外れた武器と、聞き慣れた鎖の音。ヒントは出揃っていた。
そして考える。
アリアリアが触れた武器は奪われる危険がある。
直接触れる近接武器はいけない。
銃か非接触の攻撃スキルにすべきだろうと。
失った鎖に代わる武器を取り出そうとして、
全身を包む悪寒が一層強まったことを感じ、
「《
フィガロの装備、その半数が影に
「……これは」
驚いたフィガロは思わず呟く。
起きた現象は先程と同じだ。しかし異なる点がある。
奪われた装備は複数、ただ個数よりも気にしなくてはならないことがひとつ。
今、アリアリアは触れていなかった。
装備を侵食して所有権を強奪するスキル。
強力だが、相応の条件が必要だとフィガロは考えた。
例えば使用者の接触。接近するリスクと引き換えならば十分あり得る類だ。裏を返せば、無条件で発動可能なスキルとは考えにくい。
その推測は正しい。
そして、ここまで分かればタネは掴めるというもの。
即ち……既に、常に、フィガロは触れられているのだ。
◇◆
マーナガルムのモチーフ元は北欧神話に語られる巨大な狼である。
死者を喰らい、月を捕らえ、天空を血で塗り尽くす。
天地万象を腹に収めて陽光をも翳らす魔狼。
アリアリアの<エンブリオ>は、彼女のパーソナルを色濃く反映した結果……伝承と酷似した力を発現する。
それが《
元よりマーナガルムは対象を問わない悪食だったが、実体という縛りを排していよいよ見境がなくなった。
飲まれた空間の内部は影に上書きされる。
キャンバスを絵の具で塗りつぶすように。
あるいは絵画の一箇所を切り取って、黒一色のピースに置き換えるように。
侵食した空間をマーナガルムが掌握する。
装備品の強奪は思いのままだ。
なぜなら、そこは狼の腹の中。空間はマーナガルムの影で満たされている。
飲まれた時点で既に接触しているのと同義。
己の法則を外部に展開するワールドではなく。
己の内部に法則を齎すルールであり。
己の腹に対象を留めるラビリンス。
此れを以て、其の本質は定められた。
【捕蝕叫影 マーナガルム】はかつての銘。
第五形態への進化、並びに必殺スキルの獲得。
何より、主人の渇望によって獣は再誕する。
TYPE:ラビリンス・ルール・アドバンス・ガーディアン・アームズ、【捕蝕叫狼 マーナガルム】。
世にも珍しい
◇◆
必中の装備強奪。
フィガロとの相性は良くない。が、しかし。
悪いと言い切るにはいささか弱い。
即座にフィガロは装備を改める。
侵食されたものは捨て置き、アイテムボックスから取り出した新しい武具を揃えて、体勢を立て直す。
速攻を目論むアリアリアがそれを許すはずもなく、再度《神触》を発動しながら肉薄するが。
――迫る矛先は影に染まらない。
カウンターで突き出された一槍を仰け反り回避するアリアリア。しかし未だ彼女は間合いの内側にいた。
凍気を噴き出す撃鉄式馬上槍は【撃氷大槍 ヨークルフロイプ】だ。
後ろに下がっても無意味と判断したアリアリアは氷を纏う槍を蹴り上げ、発射口を無理やりに逸らす。
攻撃から逃れる代償は【凍結】した左足。
使いものにならないと見切りをつけて、アリアリアは自ら足を砕くと、切断面に長剣を取り付けて義足とする。
その間もフィガロは無作為に攻撃を繰り出す。
攻め立てるはいずれも超常の武装。
特異かつ固有のスキルが影の空間を破壊しようと全方位に猛威を振るう。
そして、全ての装備がマーナガルムを拒む。
フィガロは全身を
マーナガルムは<エンブリオ>と特典武具には通用しない。侵食しても所有権を奪えない。
<エンブリオ>や特典武具で全ての装備枠を埋める者はそういないからこそ、アリアリアはこの制限を甘んじて受け入れていたが……何事も例外がある。
フィガロは王国随一の特典武具保有者だ。
流石に全ての枠を埋めるだけの特典武具は所有していない(装備枠の被りがある)が、彼は使用装備数と反比例する強化スキルを持つ。
所有権を奪われない武装に、装備枠の空白というデメリットをものともしない能力。
相性の話をするなら、アリアリアにとってはどうしようもない鬼門であると言えよう。
「チッ……」
攻撃の隙間を見切り、アリアリアは身を翻す。
退くのは愚策だ。時間は彼女に味方しない。
敗北と隣り合わせの殺戮圏で少女は踊る。紙一重の踏み込みが生死を分ける猛攻を前に、アリアリアは彼我の間合いを保って、あまつさえ距離を詰めていく。
全方位に向いていた武装がアリアリアに集中する。
それが示すのは二点。
フィガロは暗闇の中でアリアリアの捕捉に成功したということ。目が慣れたのか、スキルか、それとも生来の感覚故か。いずれにせよアリアリアの想定より遥かに早く、暗闇での優位性が失われた。
もう一つは、フィガロがこの空間の性質を把握したためだ。全方位攻撃でも空間は霞のように手応えがなく、外部に攻撃が届いた気配を感じない。つまりマーナガルムの内部は異空間に近く、破壊からの脱出は難しい。
例外は転移や空間破壊など、空間そのものに干渉するスキルかアイテムだ。ただしそれらは貴重な代物で、今のフィガロは適する装備を持ち合わせていない。……それでも構わないのだ。何にせよ、フィガロは対戦相手を倒すつもりなのだから。
「……?」
そしてフィガロは気がついた。
炎雷氷風を越えて、鋼の刃に身を晒す少女。
彼女を捉えきれない。
格闘技や古武術を修めた
それでも、本人の戦闘技術だけでは説明がつかない速度でアリアリアは肉体を駆動させている。
「特典武具フル装備? それくらい対策済みだっての」
ここまでは
アリアリアは鎖を巻いた拳を突き出して、振るわれた双剣をまとめて粉砕する。
強化されたフィガロの武装を玩具のように破壊する。
超級職に匹敵するステータスと攻撃力無しには不可能な芸当で、今の彼女はそれだけの力がある。
マーナガルムの能力は装備の侵食と、もう一つ。
取り込んだ装備とアリアリア自身の強化。
これは何も――侵食した装備には限らない。
マーナガルムの内部にいるなら……敵であっても、アリアリアの力として徴収される。
フィガロ本人と、その特典武具。
それこそアリアリアが望んだ『
第五形態時点でマーナガルムの容量は三十二。
その内、アリアリアは自前で六個の枠を消費している。
必要最低限まで装備数を絞った結果、アリアリアは仮面と胴体以外に装備を身につけていない。
武器を奪うから装備枠が足りない……というのは理由のひとつに過ぎず。
フィガロをマーナガルムの内部に留め置くため、彼が用いる装備を残りの容量に収めるため、アリアリアは限界寸前のラインを攻めた。
(通常、装備枠は全部で十四。【超闘士】はさらに十枠以上拡張されている。二十六個の容量でどこまでやれる分からなかったけれど、これなら)
「さあ、喰らい裂く時間よ」
勝機と見てアリアリアは畳み掛ける。
To be continued
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<二話で収まりませんでした
アリアリア&マーナガルム
Ψ(▽W▽)Ψ<魔空空間!
(U・ω・U)<あなた平成生まれでしょう