長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□■2045年4月上旬
森の奥深く、翁面が舞い踊る。
しなれど折れぬ若木のように。
せせらぎに流るる花のように。
しじまに佇む枯れ木のように。
大地を押し上げる新芽のように。
力強くもたおやかで、一切の無駄を排した所作。
一挙手一投足に意味を込めた舞。
それをアリアリアは黙って眺めていた。
翁面こと【扇神】アタラクシア・カームがこの場所で修行を始めてから早三日が経過した。
その間、飲食はおろかログアウトすらしないで、彼女はひたすらアタラクシアを観察している。
アタラクシアは彼女を咎めない。
邪魔をしないならどうでもよいというように。
好きなだけ見ればいい。指導するつもりは毛頭ないが、見学するのはそちらの自由と告げて。
三日三晩、片時も舞を絶やさずにいた。
「……」
やがてアリアリアは視線を切り、静かに立ち上がる。
強張った身体をほぐすように一歩。
なめらかな足捌きで少女は舞い踊る。
それは眼前の翁面と寸分違わぬ、瞼を閉じるアリアリアの脳裏に焼き付いた型だ。
気がついた時には、アリアリアは宙を舞っていた。
「……ッ!」
空中で回転する体と視界に困惑しながらも舌打ちしたアリアリアは半ば反射的に体勢を立て直して着地する。
直後、足元に鉄扇が突き立った。
アリアリアは自分がお手玉よろしく投げ飛ばされたことを悟り、翁面に食ってかかる。
「何するのよ!?」
「こちらの台詞です。好きにすれば良いとは言いましたが、自分が何をしたのか理解しているのですか」
アタラクシアの顔は翁面に隠れているが、垣間見える口元と声音は激しい憤怒に染まっていた。
「別にあなたの邪魔はしてないわよ。私はただ、あなたの動きを真似しただけじゃない」
アリアリアはさらなる強さを求めて、翁面ことアタラクシアの技を盗もうとしたに過ぎない。
初めて出会った時にアタラクシアが披露した、意識の間隙を突く歩法。純粋な速度とは異なる技術の習得はAGIがかけ離れた強敵に対して有用と考えたからだ。
そして翁面の舞にアリアリアの求める極意が集約されていると見出した次第である。
付け加えると、機械仕掛けのゴリラを軽くあしらった防御術(?)の秘密を暴ければ上々と考えていた。こちらはアリアリアが観察する三日間で一度たりとも披露されなかったのだが。
とにかく、修行は邪魔していない。
アリアリアはそう主張する。
しかしアタラクシアの認識は違った。
「……真似? あんなものが私の模倣だとでも? 本気なら思い上がりも甚だしい」
彼にとって、アリアリアの行為は侮辱だった。
全てを費やして磨き上げた技術を軽んじるだけでは飽き足らず、素人のお遊びに大差ないと貶められた。
これは己の人生に唾を吐きかけられ、踏み躙られ、無価値と嘲笑されるに等しい蛮行である。
修行を妨げるより余程タチが悪い。
「この三日間で何を見ていたのです。同門なら折檻からの修行漬けを課すところですよ。稚拙な真似事は止めていただきたい。貴方のような未熟者が我が物顔で型を披露した暁には、我が一門の名に傷がついてしまいます」
故にアタラクシアは誅を下す。
勘違いをした不届き者が二度と猿真似で喜ばぬように。
舞台に立つ、立たないの問題ではない。
アタラクシアにとってはアリアリアの存在そのものが恥。決して見逃すことのできない汚点なのだ。
「出来が悪いのは百も承知よ。それでも続けていれば、いつかは」
「なりませんよ。貴方は私に届かない。才能とはそういうものです。生まれついての土台が異なる。例えるなら、徒競走の開始位置が他者より前にあるようなもの。そして一番足が速く、誰より努力をしている。少し頑張った気になっているだけの凡人が勝てるはずもないでしょう」
「っ……うるっさいわね!」
飛びかかったアリアリアの一刀はいとも容易く鉄扇に受け止められる。同時に、何がなんだか分からず攻撃を弾かれたアリアリアの肉体に一筋の裂傷が走った。
「他愛ない」
這いつくばるアリアリアを翁面が見下ろす。
「当たり前ですが、凡人と天才は違うのですよ」
――お前は凡人だ。
――天才には届かない。
――いい加減に目を覚ませ。
渦巻いた罵倒はアタラクシアからではなく。
反響する声、朦朧とする視界。
そしてアリアリアの視界は暗転する。
◇◆◇
□■中央大闘技場
回避が僅かに遅れた。
神速の斬撃が掠り、頭蓋が揺れる。
無意識に体を捻って追い打ちを捌く。
(やば、一瞬トんでた)
アリアリアは意識を覚醒させる。
鮮明に再現された記憶は走馬灯の如く。
戦闘中に自失した不甲斐なさに己を叱咤して、すぐさま状況の把握に移る。
幸い、零コンマ数秒にも満たない出来事だった。超級職に匹敵する速度を得たアリアリアにとっては瞬き一回分。無論引き延ばされた体感時間に換算してだ。
まだ勝敗はついていない。
流れに乗ったアリアリアが、後手に回ったフィガロの反撃を躱して攻め立てる。
凡庸な装備を用いるなら強奪し。
歴戦の特典武具を繰り出すのなら、その力をアリアリアは我がものにする。
それは手の内が明かされているか否か。
観察して、研究して、対策した。
とことん突き詰めた戦法の相性は上々だ。
知識はアドバンテージになる。アリアリアが唯一勝っている要素であり、現にこうしてフィガロと戦えている。
(……違う)
無限の刹那でアリアリアは焦燥を募らせる。
徒手空拳で武具を打ち払い、至近距離の格闘に持ち込みながら。接戦を繰り広げているからこそ……どうしようもなく理解してしまう。
(こいつ本気だけど、
事前調査で得た【超闘士】のカタログスペックと、こうして相対したアリアリアの体感には開きがある。
フィガロが余力を残していることは明白だ。
彼は無数の特典武具を持つが、なかでも特に有名な装備は二つ。両方とも使われておらず、即ち、アリアリアの実力はそれらを披露するに至らないということ。
決闘が始まって数分も経過していない今、装備の強化限界が訪れるのはまだ先の話。アリアリアが必死に食らいつくフィガロは……これでも全力には程遠い。
そして恐るべきは本人のバトルセンスか。
装備やステータスに依らない強さは、アリアリアが喉から手が出るほど欲する天賦の才能だった。
獣のような直感でアリアリアの攻め手は悉く潰される。それどころか一撃ごとにやり返される始末である。
徹底してメタを取っても、所詮はその程度。
これが凡人の限界だ。
天には届かず、伸ばした手は虚をかすめる。
何を悔しがる必要がある? 大健闘ではないか。
そんな言葉をアリアリアは脳裏から振り払う。
何がなんでも一番を取りたい訳ではない。
ただ一度でも、自分の限界を決めてしまったら、それで頭打ちになってしまいそうな気がして。
際限の無い渇望を胸に抱えて燻るのはごめんだった。
だからアリアリアは妥協しない。満足できない。
もっと、もっと、どこまでも。
飢えているから、上を目指せるのだと。
(ダラダラと続けた挙句に息切れしたら勝ち目ゼロ、一番みっともないじゃない)
渾身の一撃を確実に当てて仕留める。
フィガロが切り札を使わないならそれで良し。
負けた時の言い訳が一つ増えるだけだ。
アリアリアとしては全力のフィガロと相対する欲が無いでもないが、それはそれ。
(出し惜しみ、私が言える立場じゃないし。まだどこかに甘えが残ってたのね……開幕即死を狙うぐらいしないとこの男は倒せない)
まずは勝つ。
敵が本調子でなくても、初見殺しの不意打ちでもいい。
決闘で【超闘士】を下す。それすらできない人間が「全力を出せ」と非難するのもおかしな話だろう。
「■■■■■■■――!」
一歩、踏み込みは殺意を乗せて。
大地を揺らす、さながら震脚。
狂気に塗れた咆哮がフィガロの耳をつんざく。
アリアリアは《フィジカルバーサーク》の恩恵を受けたステータスを十全に発揮して迫り。
フィガロは――これは己を殺しうると――本能とスキルの両方で危険を察知して距離を取る。
警戒したフィガロに攻撃が届く確率は小数点を下回る。
これが今まで通りであったら分からなかった。
平然と、変わらぬ攻防を交えた不意打ちなら……あるいはフィガロも直前まで対応できなかっただろう。
しかし、アリアリアは真正面から突撃する。
溢れる殺意を露わに。今からお前を倒すと、いっそ教えてやるように分かりやすく、愚直な猛進だった。
結果としてフィガロは猶予を得た。アリアリアがどう動くか、集中して見定めるに足る時間だ。
それが二人の明暗を分ける。
『――――』
フィガロの背後にソレは現れた。
音も無く滲み出るソレは影に覆われていた。
今の今まで隠されていた真打だった。
紛うことなき――ゴリラであった。
直前まで敵意を示さず、存在を悟らせず、影の中で沈黙していた獣が剛腕を振り上げる。
正真正銘、アリアリアの切り札。
影に蝕まれた機械仕掛けの獣。
銘を【
「……!」
完璧な、背後からの不意打ち。
けれどもフィガロは異変を感じ取っていた。
【楢之力】が攻撃態勢を取った瞬間に、影の揺らぎと駆動音からソレの存在を認識した。
前門の狼、後門のゴリラ。どちらかの攻撃を回避した場合、もう片方にその隙を突かれる。
故にフィガロは防御を選んだ。
足を止める以上は確実に防がねばならない。
彼が信を置くのは、瞬時に使用できるのは、最も長く連れ添った特典武具【絶界布 クローザー】だ。
「――《絶界》」
完全防御結界とゴリラの拳が衝突する。
結界に遮られた拳は届かず。
最強の守りを突破することは叶わない。
だがしかし――触れた箇所がひび割れた。
「ッ」
初めて、フィガロが両目を見開いた。
この戦いで数度。その前の試合においても、対戦相手がフィガロを驚かせること自体はあった。
それは高揚と賞賛を伴うものだ。『次は何をしてくるのだろう』と期待に胸を躍らせる感覚に近い。
ただ今回は違う。
フィガロにとって《絶界》は最高峰の防御スキル。
それも【
「いや……そういえば壊せる人はいるね」
所有者に無断で借りてきたこの煌玉獣は、同シリーズの例に漏れず、超級職に並ぶ性能を有する。
二十一の贋作が八番目の機体に秘めるは“力”。
即ちパワー、筋肉、フィジカルである。
その筋繊維はゴリラの如し。
かつて【破壊王】と【粉砕王】という二足の草鞋を履いた化物を再現すべく、製作者が産み落とした獣だ。
『《
その膂力は、あらゆる防御を破り砕く。
攻撃力の値だけ防御力を減算して。
防御力が0に至ると、次は耐久値を削る。
触れるなら壊せる、そんな暴論の体現だ。
まさに暴力こそ力。力こそ暴力である。
ゴリラマッスルは破壊力。ゴリラパンチは粉砕力。
ゴリラは全てを薙ぎ払う。
惜しむべきは燃費の悪さだろう。
ただでさえ煌玉獣は膨大なMPを要求する。
加えて《破砕》は万全の【楢之力】が発動のみに専念して二度、戦闘を考慮すると一度限りの大技だ。
魔力切れの大食漢ゴリラは物言わぬ鉄屑と化す。
アリアリアは一度きりの切り札を使い切った。
そして……続く二の手は喉笛に。
少女がいた。
外界から遮断される
彼女が懐に潜り込んだ手段は単純だ。
《絶界》は対処法のひとつに空間跳躍がある。アリアリアは己の手札でそれを再現してみせただけのこと。
無敵に近い完全防御結界も、音や空気まで全て遮断するわけではない。毒や魔法こそ弾かれようが……あくまで『危険から身を守る壁』なのだ。
結界の内側には外部と変わらない空間が存在する。
現在、闘技場の舞台はマーナガルムが侵食している。
接触判定はあるだろう。それでも、ただ内部にいるだけなら直接的な危害は皆無である。
つまり結界内もマーナガルムの影響下ということ。
アリアリアはただ、影に己を収納して、敵の目の前に放出するだけでいい。
通常は影から武具を取り出すための効果が擬似的なワープとして機能する。
当然フィガロとて、背後のゴリラに意識を向けながら、合わせてアリアリアに気を配っていた。
動きは見えており、彼女とゴリラはどちらか、あるいはどちらもが本命の攻撃だと理解していた。
分かっていて、なお見落とした。
それはどこぞの何某が披露した歩法。
人間の意識を惹きつけ、間隙を突く技の猿真似だ。
派手な踏み込みと絶叫から始まる一連の動作はアリアリアが打った布石である。
本気の感情を乗せた動作なら、戦闘狂のフィガロが反応しないはずもなし。
自らを囮として【楢之力】を使う一手。
その切り札すら囮とする二の手。
(殺った)
振り上げる剣の義足。
文字通りの足刀を捻りで加速した回し蹴り。
低姿勢から放たれるアリアリア全力の攻撃は大太刀の抜刀のようでもあり、軌道は頸椎を目掛けて弧を描く。
結界発動中で身動きが取れないフィガロに、これを回避することは不可能だ。
(死ね――――――――ッ!?)
硬質な音が響いた。
澄んだ金属音が体の芯を揺らす。
足先の重みが失われる。あまりの手応えの無さと、ブレる視界に映った光景が全てを物語っている。
溶断されたアリアリアの左足が宙を舞う。
フィガロの手には一振りのブロードソード。
刃輝く超級武具【極竜光牙剣 グローリアα】。
必殺を受け止めたフィガロは、返す刀で、強者に手向けの一撃を贈らんとして。
「――《
――極光が影を切り裂いた。
◇◆
充満する影が晴れ、フィガロの勝利は明らかとなる。
決闘結界のリセットが発動するまでの僅かな時間、彼は今しがたの戦いに思いを馳せた。
実に良い試合だった。
“トーナメント”の本戦となれば、立ち塞がる相手も一筋縄ではいかない強者ばかりなのだろうと。
力を引き出しあった結果、えも言われぬ満足感と、全力疾走した直後のような心地良さに包まれている。
流れる汗を拭おうとして、はたと動きを止める。
それは両手が空いていないから。
左手に【グローリアα】。
そして右手は、手首から先が
最後の攻防でフィガロが負った傷である。
アリアリアの回し蹴りにフィガロは対抗した。
渾身の一撃をあしらうのはもったいないと感じたのだ。
どうせなら全力の相手と戦って勝利したかった。
勝ち方を選ぶ余裕と表現すれば聞こえが悪いが……アリアリアは、正面からぶつかりたいとフィガロに思わせる相手だったということ。
だから《絶界》を解除した後も回避はしなかった。
あの瞬間、フィガロは防御を捨てて、速度と【グローリアα】の強化に全力を注いだ。
足刀を弾いて斬り下ろす反撃は、狙い通りにアリアリアの攻めを完封した。それは間違いない。
「……まさか、その次があるとはね」
フィガロの《極竜光牙斬》と重なる
カウンターに対するカウンター。
斬り飛ばした左足が、
虚を突かれたタイミングだったこと。
身軽になるため防具を脱いだこと。
そして攻撃の最中、万が一手元が狂えば、決闘結界を破壊してしまうかもしれないという危惧。
諸々の条件があったとはいえ、ここは手首一本で済ませたフィガロの技量を賞賛すべきだろう。
事前に二度、影に紛れた不意打ちを経験していたがために難を逃れたが、フィガロ以外なら……彼とて初見であればどうなっていたか分からない。
フィガロに手傷を負わせ、極光に呑まれるアリアリアの顔は実に晴れやかだった。
まさに、一撃をお見舞いしてやったと誇らしげに。
どうだ見たか天才ザマアミロと高笑いしながら。
でもやっぱり悔しいぞこの野郎死ねぶっ殺すくたばれと可愛らしい悪態を吐くように。
そして……いつか必ず勝つと。瞳に闘志を燃やして。
フィガロは穏やかに微笑む。
「次も楽しみにしているよ」
新たな挑戦者の誕生を、王者は寿ぐのだった。
Episode A End
…………
Next Episode B
To be continued
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<遅くなり申し訳ありません
(U・ω・U)<なかなか納得のいく内容が書けず……
(U・ω・U)<そして未だ作者の半分は「フィガロが二度見た攻撃をくらうはずがない、直感と
アリアリア
(U・ω・U)<インテリ脳筋
(U・ω・U)<色々考えるけど最後には『Bで殴れ』ってなるタイプ
ルゥ
(U・ω・U)<影に隠れたMVP
(U・ω・U)<あとは狂化時の補助をしている
(U・ω・U)<ちなみにアリアリアが自前で埋めてたマーナガルムの六枠は
(U・ω・U)<本人・ルゥ・ゴリラ・仮面・上半身服・下半身服(左足負傷後は剣)です
回し蹴り
(U・ω・U)<以前戦った二人を参考に
(U・ω・U)<名付けるなら《弧太刀》