長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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公平なイカサマはイカサマじゃない ①

 □【大賭博師】ランス・スロット

 

 俺の愛するホームタウン・ヘルマイネでは雨後の筍みたいに賭博場が建っては消えていく。

 あっさり失敗するのは大抵が素人だ。

 でかいカジノにケンカふっかけて潰されたり。

 客の<マスター>を舐めくさって潰されたり。

 カルディナの議会に目をつけられて潰されたり。

 なんなら特に何の理由もなく潰されたり。

 

 後ろ二つはご愁傷様と言うしかない。

 カルディナじゃ金で大抵のことが解決できるとはいえ、それでも敵に回したらヤバい勢力ってのが存在する。まあ向こうが因縁つけてきたら結局同じなんだが。やっぱこの国ブラックだわ。

 一度<セフィロト>のデブが暴れるところを見たことがあるが、金を湯水のように溶かして敵を消し飛ばすんだから笑えない。俺だったら全額ギャンブルに投資するね。

 

 その点、オネエが経営する賭博場はそれなりに世渡り上手な類だろうか。

 立ち上げてからこれまで、まったくと言っていいほど大きなトラブルに見舞われていない。

 評判も良く、固定の上客もついた今ではそれなりに利益を上げているようだ。

 これは俺の勘だが、恐らくオネエは方々にアガリを納めているはずだ。議会や商会持ちの大商人とはズブズブのねんごろ。太いパイプで繋がっているわけだな。

 

 そんな金持ちと、俺はギャンブルに興じている。

 

 賭博場<サテュロス>の中央にあるテーブルゲーム。

 山積みのチップを見て葛藤する三人の男を尻目に、俺は手元のカードを弾いて弄ぶ。

 客と向き合う形で俺は腰掛けていた。

 ギャンブルを仕事にする、まさに俺の天職だ。

 要するにディーラーとして働いている。

 

「おいおいどうしたよお財布(カモネギ)……じゃなかった、お客様。そろそろ鍋が煮えちまうぜ」

 

 ゲームの勝敗はもはや明らかだ。

 俺の前にチップの山。三人の前には無。

 元手ゼロでギャンブルはできない。

 カモネギ様におかれましては、このまま潔くゲームを降りるか、負けを取り返すためにもう一勝負するかをさっさと決めていただきたい。

 

「今どんな気持ち? 大口叩いてた割に秒でオケラになっちゃいましたけど」

 

 うーん優越感。お顔を真っ赤にする男たちは貴族か商家のボンボンといったところ。

 綺麗なおべべに鼻汁垂らして泣きべそかいてやがる。

 このまま種銭代わりに身ぐるみ剥いでやろうか。

 よっし出来高払いのボーナスを巻き上げる時間だ。

 

「そこまでよぅ」

 

 鯖折りからの投げっぱなしジャーマン。

 俺は咄嗟に体を滑らせて抜け出した。

 この、ほのかに香る葡萄のパルファムは。

 

「っぶねえな!? 何しやがるオネエ」

「仕事中はオーナーと呼びなさいねん」

 

 はち切れんばかりの筋肉を正装で押さえつけた漢女が、ブリッジをする俺のことを見下ろしている。

 

「それでぇ? 胴元が賭場を荒らして……ランスちゃん、自分の立場を理解してるのかしらん?」

「待てよ。俺はちゃんと接待したからな」

 

 今の俺はしがない雇われディーラーだ。

 癪に触るが上司のオネエには逆らえん。

 このいかにもネギに出汁まで背負ったカモな坊ちゃんたちはオネエの上客……その親類縁者だ。

 だから舐めプでちょいといい気分にさせて、程々に金を搾り上げるつもりだった。

 

「いい塩梅で大勝ちと大負けを繰り返してたら、こいつらがイカサマだって難癖つけるからさ。お客様のご要望通りにしたわけよ」

手加減と調整(イカサマ)抜きでやったのねぇ」

 

 素人が賭け狂いに勝てるわけないよなあ?

 こちとらLUC極振りぞ。アイテムドロップと一部スキルにしか適用されないから実際に運が良くなるわけじゃないとか、お前それ何回も言われてるから。

 その一部スキルが【賭博師】にあるって話だよ。

 俺の場合は実数値すらあてにならないがな!

 

 とにかくワンサイドゲームは退屈の一言だ。

 小手先の手妻も見抜けない相手だからな。

 これがイカサマの応酬になってくると張り合いが出て楽しいんだが、こいつら真正直に勝負しやがる。

 今日の女神様はご機嫌だぜ。マイハニーの寵愛を受けた俺に敗北の二文字はない。

 

 ギャンブルは勝負が読めないから楽しいんだ。

 決まり切った未来なんてナンセンスだろ?

 

「……もういいわぁ。裏に下がってちょうだい」

 

 オネエは坊々の機嫌取りに必死だ。

 店を持つのも大変だよな。

 

 

 ◇◆

 

 

 あまりに時間が空いて、俺のことを忘れてしまった紳士淑女の皆様に朗報だ。

 安心しろ。俺も記憶が若干飛んでいる。

 というわけで、前回までのあらすじを振り返るぜ!

 

 ここはカルディナの賭博都市ヘルマイネ。

 ギャンブルに明け暮れる俺ことランス・スロットは、賭博仲間のオタク・ギャル・オネエに捕まった。

 理由は単純にオネエの賭博場を荒らしたから。

 正体不明の怪しい用心棒シータにやられてさえいなければ逃げ切れていたはずだけどな。

 

 捕まって退屈した俺は必殺スキルを使い、致命的失敗(ファンブル)を叩き出して一体の<UBM>を特殊召喚。

 あれやこれやとぐだりつつも討伐自体は成功したんだ。

 

 ただ、戦闘の余波でオネエの賭博場が半壊した。

 しかもティアンの従業員が数人ビビって辞めた。

 そんなわけで、俺は賭博場<サテュロス>でタダ働きする羽目になったわけだ。

 

 回想終了。

 

 バックヤードに戻ったオネエがため息を吐く。

 

「弱いから警備の黒服は務まらない、給仕を任せたら走ってグラスを割る、ディーラーもダメ……あなたってば何ならできるのかしらん?」

「押忍、特技は賭博場をぶっ壊すことデッス」

 

 我が事ながら並べると酷い。

 俺だって真面目にやろうと思えばやれる。ただし賭博場というフィールドがまずい。これは相性の問題だ。

 賭場荒らしに期待するオネエにも責任はある。

 

「なら、ぶっ壊してもらおうかしらねん」

「マジで言ってる?」

 

 ライバル店にカチコミかけろってか。

 俺は鉄砲玉かよ。逃げ足はそれなりだとしても、ドンパチ方面はからっきしだぞ。

 いや……ギャンブルで大勝ちしろとか、必殺スキルにワンチャン賭けろとかなら……わりといけるな? なんだ、いつもやってることじゃないか。

 

「冗談よぅ。ランスちゃんは<ドラゴンズネスト>って名前を聞いたことあるかしらん?」

「それ賭博場か? 少なくとも行きつけじゃない。俺が知らないとなると新参、もしくは会員制だろうけど」

「両方らしいわよぅ。といってもここ一年二年で売上を伸ばしてる感じねぇ。一見さんお断り、セレブの紹介がないと案内すらしてもらえないんですって」

 

 そら知らんがな。俺はただのギャンブラーだぞ。

 会員制となると富裕層がVIP待遇で楽しむ裏の社交場のような位置づけだ、一般庶民なんか入れるかよ。

 それなりにヘルマイネ歴は長い俺でも、星の数ほどある賭博場を全部巡ることはできないからな。というか遊びに回る前にどんどん潰れていくんだわ。

 

「<サテュロス>はちょい高級志向の庶民派だろ。客層が違う店を敵視するのはあんまり良くないんじゃねえの? 目をつけられたら終わりだぞ」

「あらやだ。私は別にどうとも思ってないわよぅ。実は、お得意様から頼まれた仕事があるだけ」

「おい待て嫌な予感がする。まさか俺にその仕事をやらせようって魂胆か」

「せ・い・か・い! 話の早い子は好きよぅ!」

 

 オネエの筋肉が膨張する。逃げないから威圧するのはやめてくれ。同じ部屋にいるだけで暑苦しい。

 信じられるか? これ見せ筋なんだぜ?

 

「特別難しい話じゃないの。遊んできてほしいだけ」

「よし任せろ今から出発するぞ……ってなると思うかよ。胡散臭いにも程がある。絶対何か裏があるだろ」

「ま、そこまで単純じゃないわよねん」

 

 ちょっと心が動いたのは黙っておこう。

 だって会員制の超高級カジノだぞ。

 こういう事情がなかったら一生お目にかかれない。

 

「依頼主は探しものをしているらしいわぁ。私も詳しい話は聞いていないんだけど、どうも<ドラゴンズネスト>にそれがあるかもしれないんですって。でも少し調べたら後ろ暗い噂がぽろぽろと出るわ出るわ」

「明らかに戦力が要求される潜入捜査じゃねえか!? 人選ミスだろこれ。ギャルとオタクはどうした。こういう時こそあいつらの出番だろ!」

「二人とも休暇中。アンナちゃんは撮影旅行で、ソルデちゃんは……推しのライブだったかしらん?」

 

 はーつっかえ。これだから多趣味な人間は。

 やることがたくさんあってうらやましいなオイ。

 

「そうだあいつがいたろ。サインだかコサインだか」

「シータちゃん? あの子、ここに来たり来なかったりで気まぐれなのよねぇ」

「野良猫かよ」

 

 揃いも揃って役に立たない連中め。

 

「嫌なら無理にとは言わないわよぅ。でも、仕事を受けてくれたら貸しはチャラにしてあげる」

 

 どうやら本当に強制はしないらしい。

 オネエよ、滅多に見せないその気遣いが逆にやばい仕事だと証明しているんだぜ。

 要するに何があっても自己責任ってことだ。

 

 だがしかし。このまま退屈な仕事をさせられるよりは面白そうだと考えてしまう自分がいる。

 

「コイントスで決めればいいか」

 

 俺は硬貨を指で弾いた。

 表なら返事はイエス。裏ならノー。

 女神様の言う通りってな。

 

 結果は表。

 

 うっそだろ?

 お前さっきまでデレデレだっただろうが。

 運命の女神様まで俺を突き放すのか。

 こんちくしょう、そんなつれないところも含めて愛してるぜマイスウィートハニー!

 

 ……とりあえず雑誌でも買って腹に仕込んどこう。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■賭博都市ヘルマイネ 某所

 

 路地裏に紅い飛沫が咲き誇る。

 弧を描いて散り乱れるは時雨。

 壁に染みた彼岸花が、思わず咽せ返るような香りを漂わせていた。

 

 立っているのは朧げな気配の影。

 足元には先程まで動いていた肉が斃れている。

 物言わぬモノと化した塊に視線を落とした人物は、襤褸を翻して血溜まりを進む。

 骸に忌避は抱かず。さりとて供養も愛でもせず。

 足のやり場がなければ踏みつけて乗り越える。

 まるで路傍の石のように、ただ当たり前の風景として、視界に入れながら注意を払わない。

 

「あ、あの! ……うわ!?」

 

 襤褸の裾を引かれて呼び止められる。

 瞬間、人影は襤褸を脱ぎ捨てた。

 幼い声の主は勢い余って尻をつき、目を瞬かせる。

 混乱は首筋にあてがわれた刃で上書きされたが。

 

 スラムの痩せこけた少年を羽交い締めにするのは、少年と同等以上に薄汚れた身なりの少女だった。

 

「違うんだ! 助けてくれてありがとうって言いたくて」

 

 慌てふためいて訴える少年。

 敵意がないと判断した少女は彼を解放する。

 警戒は解かず、視線が手甲剣を収納した左手……“融け合う金属”の紋章に注がれたことも見逃さない。

 

「やっぱり<マスター>なんだね。そうだと思ったんだ、あいつらを簡単にやっつけちゃうんだから」

 

 少年は興奮冷めやらぬ口調で、物陰から盗み見た光景を戯曲の一幕であるかのように話した。

 富める者が貧しい者を虐げるこの国に暮らし、今日を必死に生き延びる彼にとって……血生臭い殺戮劇は刺激的であれど忌避の対象ではなかった。

 隣接する暴力に倫理観は麻痺していた。

 か弱いティアンには、目の前の<マスター>が御伽噺に登場する超常の存在のように感じられた。

 羨望であり、憧憬だった。

 

 投げ掛けられる賞賛に少女は応えない。

 する必要がなかった。何を思うこともなかった。

 早々に見切りをつけて少年の手を振り払う。

 

「待って! お願い、僕のお姉ちゃんを助けて!」

 

 地面の襤褸に少女が手を伸ばす。

 同時に少年は襤褸にしがみついた。

 

「あいつらの仲間に連れてかれちゃったんだ。たった一人の家族なんだ! <マスター>はお願いを聞いてくれるんでしょ? お金なら払うよ、少ないけど貯めてた分をあるだけ全部渡すから!」

 

 この国では飽きるほど聞く常套句だった。

 悲劇はそこかしこに満ち溢れている。少年が特別に不幸なのではない。貧民にとっては平凡極まる慟哭だ。

 全ての悲嘆を、怨嗟を、ひとつひとつ拾い上げていたら収拾がつかない。

 砂漠の砂を一粒ずつ、延々と瓶に入れていくような果てなき地獄の苦痛を味わうことになるだろう。

 

 彼に罪はない。

 だが、致命的に運がない。

 

 一口に<マスター>と言っても実態は千差万別だ。

 未来の悲劇を厭い、決して運命に屈しない者。

 過去の悲劇を憂い、決して滅びを認めない者。

 そんな御伽噺に紡がれる英雄であれば、彼の願いを聞き届けて、唯一の肉親を助けに向かうだろう。

 

 これはただ、目の前の少女がそうではないというだけの話だった。

 

「お願い……お願いします……! さっきみたいに……悪いやつらをやっつけてよ(・・・・・・・・・・・・)!」

 

 少年が叫ぶと同時に襤褸は裂けた。

 勢い余った少年は背中から倒れる。

 

 ――その直前、差し出された手が彼を掴んだ。

 

 少女は少年を支えて引き寄せる。

 曇った硝子玉が、感情を映さない無機質な双眸が、視線を揺れ動かす少年を見据えていた。

 

「あ、ありがとう……えっと」

「……」

 

 少女は爪先で地面に記号を記した。

 身振り手振りを合わせて何かを伝えようとしているらしい、とまでは少年にも察することができた。 

 

「ごめん。僕、字が読めないんだ」

「……」

 

 少女の無表情に初めて戸惑いが浮かぶ。

 少年は無学な己を恥じるが、仮に識字能力があったとしても、この世界に生きるティアンは解読不可能だろう。

 少女の書いた記号は異世界の文字なのだから。

 

「『θ(シータ)』」

「シータ……それが君の名前?」

 

 少女、シータは黙って少年を抱きしめた。

 少年は肉親以外の異性との接触に心臓を跳ねさせるが、しかし想像していた温もりや感触、胸の鼓動が伝わってこないことに違和感を覚えた。

 

(なんだろうこれ。冷たいのに熱くて、濡れてるのにサラサラしてる……?)

 

 疑問を口にする暇もなかった。

 体が水に沈むように、少年は抵抗すらできずに引き摺り込まれてしまう。

 

 否、少年だけではない。

 路地裏に転がる散らばった四肢に撒かれた鮮血、人だったそれの衣服……黒を基調として統一された戦闘員らしい制服までも、シータが伸ばした触手に絡め取られる。

 

 痕跡の一切を飲み込み、襤褸を纏ったシータは路地裏から颯爽と姿を消した。

 

 To be continued

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