長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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公平なイカサマはイカサマじゃない ③

 □■<ドラゴンズネスト>

 

 洗練されたホールとは打って変わって、野暮で不衛生な地下牢こそがこの賭博場……ひいては施設を運営する非合法団体の醜悪な本質だった。

 無数の鉄格子にはドラゴンが拘束されている。

 衰弱して抵抗の気力を奪われ、床に伏せるだけの彼らは、売り払われる時をただ待つ物でしかない。

 

 脱走の危険すらないため、監視の任を帯びたゴロツキくずれの男たちは札遊びに興じる始末だ。

 

「失礼します!」

 

 故に、突如現れた人影に彼らは飛び上がった。

 彼らは組織内で底辺に位置するしたっぱだ。

 幹部か、支配人を名乗る者に職務怠慢を見咎められた場合は非常に面倒なことになる。

 

 声の主は朗らかな兎耳の少女だった。

 男たちはまず安堵した。

 そして己より力の劣る弱者に態度を大きくした。

 

「お前、給仕の女か? 何で入ってきた?」

「す、すみません! でもこちらでお客様の景品をご用意するようにと言われて……」

「ここはお前が来ていい場所じゃないんだよ! 奴隷は奴隷らしく、客に媚び売ってりゃいいんだ!」

 

 激しい剣幕に少女は身を竦める。

 恐怖に震えるその姿を見て、邪な嗜虐心に火がついた男が一人。少女の肩に手を回した。

 男は下卑た視線で未発達な肢体を舐め回す。

 ティアンである彼は兎の獣人に扮するようなバニーガールなる衣装の魅力を理解できずにいたが、なかなかどうして優越感をくすぐられるものだと実感する。

 

「まあ別に俺らも鬼じゃない。暇だろう、少し付き合え。その格好で酌でもして見せろ」

「でも、私まだ仕事が」

「暇だよな。なぁ!」

 

 怒声に怯んだ少女の腕を掴む男。

 

「ひっ」

「お前が黙ってれば問題ないんだよ。いつも金持ちを相手にしてるんだろ? たまには俺らみたいなのと飲もうや。それとも……お前も、あそこに入りたいか?」

 

 男は鉄格子に囚われたドラゴンを示す。

 牢の内側は漆黒の瘴気で汚染されており、食い散らかされた餌は蝿が好む腐臭を放っていた。

 腰を抜かして失禁した少女が必死に首を振る様子に、男たちは思い思いの野次を飛ばす。

 少女は羞恥で肌を紅潮させ、内股で衣装を押さえながらも、強引に男たちの前へ引き摺り出される。

 

「ほら注げ」

「……意味ないと思いますよ」

「あ?」

 

 縮こまる少女に痺れを切らした男は、聞き取った言葉を反芻して己の耳を疑い。

 

「だって、今から死ぬんですから!」

 

 絶命した。

 

 男の首を刎ねた少女が、残りを片付けるのにそう長い時間はかからなかった。

 全員の死亡を確認した少女の輪郭が蠢いて流体のように溶解する。直後、彼女は朗らかな兎耳の少女から、シータとしての容姿を取り戻していた。

 

「……」

『また無口になるの!?』

 

 無表情と沈黙も同様に。

 異なるのは首から生えたもう一つの頭だ。

 シータの変貌に驚愕する流暢な頭部は、彼女に飲み込まれたスラムの少年だった。

 

 路地裏からここに至るまで道中、少年にとっては未知の体験ばかりであったといえる。

 他人と一体化して眺める光景は想像の埒外にある。

 見慣れた街すら別世界に感じられるのだから、持たざる少年にとって縁遠い<マスター>……持つ者の視界を通して体感する日常は鮮烈な劇薬だった。

 

 シータは鮮やかな手際で情報を収集した。

 少年の姉を拐った悪漢について、彼らの身分と経歴から始まり、現在の所属と居場所まで。

 複数の容姿を切り替えて人心を掌握する様子に、少年は困惑するばかりで置き去りにされていた。

 

 辿り着いた先がこの賭博場だ。

 密かに侵入したシータは更衣室にて一人休憩する奴隷を殺害。取り込んだ遺体と瓜二つの容姿に変貌した。

 兎耳の給仕として施設内を探索する最中、発見した隠し扉から地下牢に足を踏み入れたのだ。

 

 過ごした時間は僅かながら、少年はシータの変化についてある程度の法則があると考えていた。

 複数の容姿はいずれも実在の人物だ。少年と同じように体内に取り込まれた肉体が表面化している。

 対象の生死は問わない。ただし自在に駆使するには遺体の方が適しているようだ。現に少年は己の意志で会話ができる。支配を完全には受け付けていない証拠だった。

 明確な言葉として表現はできず、曖昧模糊とした理解に留まるが、概ね少年の推測は正しい。

 

 そして無表情で無口な今の姿こそ、シータ本来の肉体と性格だということも。

 

『喋れるなら声に出してくれると、僕としては分かりやすいんだけど……あ、でも無理はしないで』

 

 少年は慌てて付け加える。一対の硝子玉が、少年の言動を非難しているように感じられたからだ。

 助けてもらう立場の人間が文句を言うべきではない。分不相応な態度だったと少年は反省した。

 

「……」

 

 シータは無言で兎耳の給仕に姿を変えた。

 

「これでいいですか? 戦闘には不向きですから、おすすめできませんが。あなたも気をつけてくださいね! この方みたいに油断したら死! ですから!」

『う、うん。ありがとう』

 

 男たちの懐を漁り、めぼしいものがないと判断したシータは周囲の物品ごと遺体を取り込んだ。

 

『何でも食べれるの?』

「食事とは少し違いますよ。うーん、どうご説明すれば伝わるのでしょう……勉強(・・)が一番近いですかね。こう見えて、“向こう”でも色々と学習中なんですから!」

 

 一転して饒舌になったシータは地下牢を探索する。

 少年も連れ去られた姉を探して目を凝らすが、牢に囚われているのはドラゴンばかりで人間は一人もいない。

 覗いてみても大抵は無気力で無反応だ。古傷が目立ち、牢屋の壁面には凹凸や爪痕が無数に刻まれている。

 手前の牢には、比較的健康で、唸り声で威嚇する個体や怯える個体が数体。厳重に鎖で繋がれていた。

 

 ドラゴンは等級で区分してあった。鉄格子には種族、ステータス、特徴、希少性を考慮した景品としてのランクと値段が表示されている。

 少年はなかでも異様な、とある項目に注目した。

 

『適合率……?』

「やっぱり気になりますよね? さすがお目が高い! モンスターの評価として、明らかに一般的ではない項目ですから。きっと手がかりになります!」

 

 口調に反して遊びのない調査を続けるシータは、やがて隠蔽された書類の保管場所を探し当てる。

 杜撰な偽装を取り払い、数枚を捲って、報告書形式の文面を流し読みしたシータは紙束に着火した。

 

『まだ読んでないのに』

「あなたにこのレポートは難しいと思いますよ。そしてご安心を。内容は全て暗記済みですから!」

 

 証拠隠滅を終えたシータは一部を諳んじる。

 

「被検体37564番 人間 男 感染、適合。

 被検体37565番 妖精 女 感染、処分。

 以下37566番〜37794番 37564番により処分。

 被検体37795番 吸血種 女 感染、適合。

 被検体37796番 獣人 男 感染、処分。

 被検体37797番 人間 男 抵抗、処分。

 被検体37798番 人間 女 感染、適合」

 

 単語の羅列に少年は理解が追いつかない。

 淡々と簡潔に記載されたそれは、まるで表に出せない実験記録か人知れず葬り去られた者たちの墓標のようで。

 

 思い違いだと否定してほしい。

 考えすぎだと笑ってくれ。

 かすかな希望を込めて少年は縋るが。

 

「ええ。あなたの考えている通りです! ここでは人をドラゴンにする(・・・・・・・・・)実験が行われていたようですね!」

 

 現実は非情だ。

 

「奴隷や誘拐されたティアンが素体にされていますね。初期ではモンスターにも同様の実験を行なっていたようですが、どうもレベルの低い人間は『感染』がより成功しやすいみたいですよ!」

『それって……じゃあ、お姉ちゃんは』

「ここのどれか、あるいは既に景品として売られたかもしれませんし、『処分』済みの可能性もあります!」

 

『あ、ああ……ぁぁぁアアアアアア!?』

 

 起きてしまった悲劇は覆らない。

 世界はどうしようもなく理不尽で、残酷だった。

 少年には運がなかった。致命的なまでに、運命に見放されていたのだ。

 

 悪漢に目をつけられなければ。

 その場に手を差し伸べる人がいたら。

 もう少しシータとの遭遇が早ければ。

 シータが現れず、姉と同じ目に遭っていれば。

 絶望に押し潰されることはなかったのに。

 

「泣かないでください!」

 

 少年の口が塞がれる。

 シータが少年の頭部を体内に収納する。

 彼女は優しく、言い含めるように。

 

「――敵に気付かれてしまいますから」

 

 ――少年が嘆くことすら許さなかった。

 

「突然どうされましたか? 大丈夫ですよ! 心配せずとも、きちんと悪いやつはやっつけます! 私はそのために生まれたんですから!」

 

 自由を奪われた少年は理解した。

 シータについて、欠片も理解できていなかったという事実を理解した。

 

「中で暴れたらダメですよ! ……私、あなたの気に触ることを言ってしまったのですよね? 申し訳ありません。まだ私生活での会話パターンに不慣れで。他の方の会話内容をなぞれば上手くいくと思ったのですが」

『……』

「分かりました! 『大丈夫。お姉さんはきっと無事だ』と返せばいいんですよね? 先程は大変失礼を」

 

 彼女は人ではない。

 まともな精神性を有する自分たちとはまるで違う。

 人間の形で、人間の真似事をするナニカだと。

 

(どうして、こんなのに助けてもらおうなんて)

 

 少年は過去の自分とシータを呪う。

 シータの体内から逃れることすらできず、ただ蹲るしかできない少年は微かな音を聞いた。

 

 少女の頭蓋が砕け散る音を。

 

 

 ◇◆

 

 

 給仕のバニーが力を失って倒れた。

 首無し死体をバニーガールと呼称していいのか、という問題はあるが。

 兎耳をつけた頭部は粉砕されて跡形もない。

 遅れて、力任せに引き千切られたかのような粗い断面から溜まった血が流れ出す。

 

「ヒュヒュヒュ」

 

 下手人は返り血を浴びる老爺だ。

 隙間風に似た呼吸は歯抜けから漏れる笑い。

 物干し竿を杖代わりに、捻じ曲がった腰を支える。

 

 枯れた老木と侮るなかれ。

 道着に包まれた肉体は衰えて、されど練り上げた技巧に一片の曇りもない。

 彼はひとつの頂に到達した武芸者であるからして。

 

「ヒュ」

 

 死角からの一閃を見切るなど容易い。

 

「ヒュヒュヒュ。しかと脳髄を散らした筈だが」

 

 老爺は痙攣するバニーの屍を見やる。

 それとは別に、本来の姿で臨戦態勢のシータ。

 老爺の頭上から突き出した手甲剣は軽々といなされて、不意打ちの報復は失敗に終わった。

 

「此れは異な事。よもや仕留め損なうとは、いやはや、如何なる手妻か御教え願いたいものだ。喃?」

「……」

「そう畏まる必要はあるまいて。儂は無頼の用心棒よ。仕事で鼠狩りに出向いたに過ぎぬわ。二匹……合わせて三匹とは大盤振る舞いの馳走よな」

 

 戯れに物干し竿が天を指す。

 シータは意味を理解しかねる内容だったが、老爺の視線が逸れた隙を見逃すほど愚かではない。

 

 不意の攻撃と用心棒という名乗り。

 老爺を敵とみなすには十分だ。

 

 だが、シータがそうでも少年は違う。

 駆け出すシータの右腕から少年の上半身が現れる。

 シータの意思に反する形で。

 

『お姉ちゃんはどこだ!?』

「ヒュヒュヒュ! 成程、妙な気配は其処か!」

 

 老爺は乾いた笑いで問いに応える。

 物干し竿が少年目掛けて振るわれた。

 少年は恐怖しながらも退かず、そしてシータも少年に配慮することなく、彼ごと右腕を突き出す。

 

 両者が交差する刹那、シータの腕が変化する。

 少年の体を排出する代わりに手甲剣へ。

 武具の拮抗は一秒足らず。シータの腕ごと手甲剣が千切れて吹き飛んだことで終いとなる。

 

 少年は尻をついてへたり込む。

 隻腕になったシータは間合いを離した。

 そして老爺は残心を取り、満足げに頷いた。

 

「小僧の蛮勇、小娘の技量、何れも見事也。ヒュヒュ……急くな小娘。死合は語らいの後でも良かろう」

 

 飛び掛かろうとするシータを物干し竿で牽制して、老爺は少年に向き直った。

 

「姉と言うたな。小僧、齢は如何程か?」

「……知らない。生まれた日なんて覚えてない」

「だが十歳(ととせ)離れてはおるまいて。そうさな、拐かされて来おった中に丁度その年頃の女子が居たやも知れぬ」

「今はどこにいる!? 答えろ!」

「ヒュヒュ……誠に残念よな」

 

 御主は運が無い喃、と老爺は呟いて。

 

「つい今し方、上に運ばれた(買われた)ばかりよ」

 

 少年の心を完膚なきまでにへし折った。

 

 もはや姉は人間としての姿を留めていない。

 このまま従魔として他所に売られたら、二度と会うことは叶わないだろう。

 助けに向かおうにも老爺が立ち塞がる。

 姉を救う以前に、少年の命は風前の灯だった。

 

「恨めしかろう。怨めしかろう。儂とて、御主の心情は理解できる。だが弱肉強食こそ世の習い。外道が与えてやれるのは血濡れた矛先しかあるまいよ」

 

 老爺は懐剣を引き抜いて少年に投げ渡す。

 死ぬならば、せめて一矢報いて見せろと言うように。

 

「儂は名を捨てた故、相応しき勇名を持ち合わせてはおらぬが……生涯を燃やして手に掛けた頂が一柱、【尾神(ザ・テイル)】こそ我が証! 冥土の土産に抱いて逝けェ!」

 

「う……うあああああ!」

 

 少年は懐剣を握りしめて吶喊する。

 走り出した足はもう止まらない。

 恐怖を蛮勇で塗り潰し、一直線に老爺を狙う。

 

 少年は無力なティアンだ。

 迎え撃つ老爺に敵う道理はない。物干し竿は認識すらできずに少年の体を打ち据えるだろう。

 それでも。何もできずに死ぬよりは百倍マシ、

 

 

 

 

 

「……邪魔」

 

 シータが少年を吹き飛ばした。

 

 気絶して転がる少年。

 鞭のように伸びた左手で、右腕を回収するシータ。

 

 彼女の蛮行を目の当たりにした老爺は行き場を失った物干し竿を下げることしかできない。

 

「御主、人の心とか無いのか?」

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

(U・ω・U)<敵より容赦ないシータさん

Ψ(▽W▽)Ψ<この人でなし!


【尾神】
(U・ω・U)<悪だけど悪人ではない

(U・ω・U)<物干し竿は文字通りの棒で

(U・ω・U)<某運命のNOMINの長刀じゃないです
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