長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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公平なイカサマはイカサマじゃない ④

 □人でなしについて

 

 彼女は生まれついての道具だった。

 

 

 ◇

 

 

 犯罪結社に造られたデザイナーベビー。

 少女の出生を説明するにはこの一文で事足りた。

 

 もっとも、生みの親にしてみれば長々と講釈を垂れる要素を山ほど抱えているようだったが。

 とある鳥の名前を冠したプロジェクトを主導する彼と組織の目標は超人の人為的な量産化であり、無数の失敗を積み重ねながら計画は最終段階に到達していたらしい。

 

 とはいえ、それは既に過去の話だ。

 

 ある日、何の前触れもなく、犯罪結社はたった一人の女性の手で壊滅に追い込まれた。

 皮肉なことに超人を生み出すという目論見は、その超人によってあっさりと潰されたのである。

 

 迫る脅威に対抗するため、生みの親に従い、少女とその姉妹たちは超人と交戦した。

 元より軍事転用を視野に入れた強化人間。

 犯罪結社の指示で暗殺や傭兵稼業に送り込まれていた少女は、並の人間を遥かに上回る身体能力を持つ。

 

 だが先に述べた通り。オリジナルには手も足も出ず、姉妹は一人、また一人と倒れていった。

 少女……八番目に製造された『θ』だけは、足場の崩落で戦線を離脱したので辛くも命を拾った。

 

 

 ◇

 

 

 親切な人物に保護された少女は、人間として新たな一歩を歩み出した。

 

 最初は何をするにも失敗がついて回った。

 少女は日常に馴染めない。

 過去の経験と知識が役立たない。

 牧歌的な暮らしも、人々が当たり前に抱く感情も、少女は持ち合わせていなかった。

 

 少女は己を組織の道具と認識していた。

 命令に従う忠実な人形。

 幾らでも替えが利く殺しの道具。

 

 生みの親は事あるごとに、少女は被造物であり、有用な道具であると言い聞かせていた。

 戦闘技術の教練では、己を武器として扱うように刷り込まれた。感情は刃を鈍らせる。指示通りに行動することだけを望まれ、余計な思考は徹底的に排除された。

 

 戦闘と殺戮こそ、少女の存在理由。

 少女の指は引き金。

 少女の腕は一振りのナイフ。

 肉体は携えた武器の延長線上にあり、武器と同化した少女を手繰るのは、生みの親と組織の役割だった。

 

 少女が拙い言葉で説明した自己分析に、彼女の保護者は辛抱強く耳を傾けた。

 長い思索の末、保護者は「これからは人間について学びなさい」と静かに答えた。

 少女は非人間的だが愚かではない。戦闘技術を身につけたように、人としての暮らし方を学習すればいい。

 手始めに保護者は真似から入ることを提案した。

 

 この手法は非常に適していた。

 少女は人間らしい感情を得た。

 少なくとも、見かけ上は。

 

 

 ◇

 

 

 少女の擬態は保護者が病に伏せるまで続いた。

 先天性の疾患だった。

 少女を引き取った時点で、保護者は既に余命幾許もない病状だった。

 

 保護者は最後に懺悔を口にした。

 少女を引き取った理由は善行ではない。

 保護者は天涯孤独の身。ただ一人で死にゆくことを恐れ、自分を看取ってくれる存在を欲しただけ。

 

 善人のふりをして少女を騙したこと。

 少女に家族の真似事を押しつけたこと。

 保護者は罪を悔やみ、罰を望んだ。

 

 少女は何の感情も抱かなかった。

 怒りや悲しみ、感謝すらも保護者に向けない。

 ただ『家族』の真似をして寄り添い、身近な『善人』のサンプルが見せた行動をなぞるだけだったのだから。

 

 最後まで、少女は保護者の道具だった。

 そうあれかしと請われた命令に従い。

 少女は存在理由に従って罰を与えた。

 

 そして少女は考える。

 長期間の学習のおかげで、保護者について多少は理解が深まったといえるのではないだろうかと。

 人間と同化すれば人間について理解できる。

 少女は新たな知識を身につけて……とあるゲームの謳い文句に誘われたのだ。

 

『<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの可能性を提供いたします』

 

 

 ◇

 

 

 故に少女は、世界の全てと同化する。

 世界を深く知るために。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 □■<ドラゴンズネスト>

 

 シータは拾い上げた右腕を断面に当てた。

 断面から垂れた金属が傷口を接合する。

 具合を確かめるように五指を開閉して、すぐさま予備の手甲剣を装備した。

 

 部位欠損の即時回復。

 そも手傷となっているかも疑わしい。

 驚異的な修復力に老爺は目を見張るばかりだ。

 

「……」

 

 シータは伸ばした両腕をワイヤーのように手繰り、再び老爺の死角を突こうとする。

 うねる軌道は手甲剣の狙いを掴ませない。

 

「ヒュヒュヒュ」

 

 老爺は物干し竿で背後を薙いだ。

 シータの両腕が半ばから断たれて白銀を散らす。

 技の起こりが見えていて、本体と繋がったままだというのなら、次の一手を示唆しているに等しい。

 老爺からしてみれば不意打ち未満の小手調べだ。

 

 シータとしても同様に。

 

「……《ハーモナイズ》」

 

 飛散した腕の破片から無数の武器が飛び出す。

 短剣から銃火器、加えて氷柱や石弾、風の刃まで幅広い魔法が老爺の全周を埋め尽くす。

 足を止めた瞬間に降り注ぐ弾雨が本命の攻撃だった。

 

「墳ッ!」

 

 老爺は裂帛の気合いでそれらを打ち払う。

 物干し竿を振り抜いて生じた僅かな隙。

 両腕を犠牲にして懐に接近するシータだったが、返す一振りの殴打が鳩尾に入った。

 

 老爺は手応えの軽さに眉を顰める。

 浅い深いの次元ではない。

 叩いても大本まで響いていない。捉えどころのない水を殴りつけているような感触だ。

 

 シータにダメージは見られない。

 攻撃が命中した箇所から、血の代わりに溢れるのは水と砂。そして液体状の金属で。

 物干し竿は接触部分が金属に取り込まれて、半分以下の長さになってしまっていた。

 長剣より縮んだ棒など間合いの優位も糞もあったものではない。老爺は物干し竿の残骸を投げ捨てる。

 

「さながら金属粘獣(めたるすらいむ)の如しか。昔、鉱脈を狩ったことを思い出すわ。液体のは手も足も出なんだ」

 

(しかし、同類にしては些か脆い。如何な術理だ?)

 

 老爺は歴戦の強者だ。

 血気盛んな<マスター>と交戦した回数は一度や二度では足らず、ティアンの身でありながら超常の法則を齎す<エンブリオ>についても造詣が深い。

 多種多様なスキルと能力を持つ初見殺しであることは嫌でも理解させられている。

 

 とはいえ、戦闘に関する特徴ならさておき、未知なる<エンブリオ>の特性を詳らかにできるだけの並外れた観察眼は持ち合わせていない。

 シータの肉体が変化すること。

 液体金属を基礎として構成されていること。

 同レベルの武芸者と比較して身体能力が低いこと。

 数合で読み取れたのはこの程度だ。

 

 全身置換とステータスのマイナス補正。

 二つの特徴はTYPE:ボディの共通項である。

 

 シータの【手脚合一 アマルガム】は全身を水銀に置換する第六形態の<エンブリオ>だ。

 ボディは非常に稀なレアカテゴリーであり、破格の固有スキルを備えている。

 アマルガムの特性は物質融合。

 生物や無機物、その他の形あるものを取り込み、肉体を構成するスキル《躯体同化》は大別するとラーニング型に当てはまるだろう。

 このスキルの影響で、シータのステータスは常人と細部の仕様が変化している。

 

 合計レベルは、肉体と融合した物質の総リソース量を示した数値に。HPは総量がどれだけ減ったかがダメージの度合いとなる(自分から融合を解いた場合は自傷扱いになりレベルも下がる)。

 ステータスや耐性も個々の部位で異なるので、シータ本来の能力が参照されるのはベースの水銀だけだ。

 

 物質の融合・排出には《ハーモナイズ》という別スキルを適時発動する必要がある。

 また融合時はシータ単独の合計レベルを基準に、完全支配できる生物は半分以下の相手のみ、物質の保持容量は二倍までという条件が課せられている。

 

 何はともあれ、重要なのは一点。

 シータに物理攻撃は意味をなさない。

 スライムの《物理攻撃無効》とは別種の特性だ。

 触れた武器や拳を取り込む、あるいは融合した物質を表に出してダメージを肩代わりさせる。

 シータが容量を圧迫しないただの砂や水を保持しているのは攻撃を受け流すためだ。

 

 物理型前衛超級職の【尾神】に打つ手はない。

 

「無敵の不定形とは化物染みておる、が……ヒュヒュヒュ、その力とて無限ではあるまい」

 

 古今東西あらゆる無敵には瑕疵が備わる。

 摩訶不思議な理屈を発揮しようとも、世界の理に準じる以上、力は等しく有限だ。

 

「御主の魂力(SP)は何時迄、否、何合保つか。賭けてみるのもまた一興よな」

 

 老爺はシータが抱える致命的な弱点を揶揄した。

 

 物質の表出中、シータはSPを継続的に消費する。

 SPの上昇補正と手甲剣を用いる戦闘スタイルに適した【刃拳士(エッジ・ボクサー)】をメインジョブに据えてはいるが、TYPE:ボディの例に漏れず、シータのステータスはSPをはじめ軒並み平均以下の数値に留まる。

 

 激しい全力戦闘はできて数分。

 長期戦にもつれ込むとシータは不利になる。

 対する老爺は物干し竿を失っただけ。代わりの武器はアイテムボックスに用意している。

 老爺は攻撃して、シータに防御を切らせるだけで勝手に相手が消耗するのだ。これほど楽な戦いはない。

 

「喃、小娘。何故殺す」

 

 だからこそ……老爺は問う。

 

 予備の物干し竿を地に突いた老爺は、シータの沈黙を困惑しているからだと誤解した。

 

「ヒュヒュヒュ。儂の発言が可笑しいか? 其方から仕掛けてきてと思うか? ヒュヒュ! 誠に道理よな! まあ聞け、御主という<マスター>が此処に居る時点で殺し合う建前なぞ消えておるわ」

「……」

「儂は此処の用心棒を任されておる。騒がしい客を摘み出し、竜の出所を隠し通すためにな。しかし御主は不死身。知った秘密を墓場まで抱えてはくれぬであろう。……彼奴らに義理を通して一先ず殺したが、結局は御主一人すら仕留められなんだし喃」

 

 シータを殺しても見逃しても結果は同じ。

 見て見ぬふりをするなら今まで通り。

 真実を吹聴するつもりであれば、今日殺したところで三日後には復活してしまう。

 

 奴隷制度が公然とまかり通るカルディナでは、人道的な観点から賭博場の行為が非難されることはない。

 ただし商品表示の偽造が問題だ。騙された富裕層は面子を傷つけられたことを怒り、ありとあらゆる手段を用いて<ドラゴンズネスト>を闇に葬り去るだろう。

 

「まあ其れは構わん。彼奴らの金蔓が潰れようと、女子供が人の体を失おうと、儂には関係無いのでな」

 

 極論、シータがドラゴンを解放して賭博場を破壊しようがどうでもいいのだと嘯く老爺。

 忠誠や利益に縛られていない彼が、それでも用心棒を務める理由はひとつ。

 

「――儂は強者と立ち合えればそれでよい」

 

 本音と建前が合致するからに他ならない。

 

「生まれて此の方、只管に技を磨いた。儂より優れた猛者を殺した。儂より劣る子を殺した。単に強くなる為。武の頂に登り詰める為よ! そして儂は【神】に至った!」

 

 【神】を冠する超級職は狭き門。

 この世界、<アーキタイプ・システム>に才能を認められた一握りの天才だけに許される頂点の座だ。

 すなわち、世界最高峰の武芸者になった証である。

 

「だが足りぬ。到底満足出来ぬわ。儂は更に上を目指す。武芸の道に終わりは無い。幾度と死線を潜り抜けた強者と死合い、打ち勝つ迄。ヒュヒュ。分かるか? 御主のような相手を求めておったのよ」

 

 一合交えた瞬間から、老爺は嗅ぎ取っていた。

 血と臓物が醸し出す生々しい死臭……ではなく。

 シータの魂に染みついた殺しの腕前を。

 

「儂の目は誤魔化せんぞ。御主は同類。殺すしか能の無い外道であろう。殺戮の果てに何を思い、何を望む? 存分に語らい! 殺し合おうぞ小娘!」

 

 歓喜に打ち震える老爺をシータは無視した。

 気絶したままの少年に近づいて様子を窺う。

 傷口をポーションで治療し、懐剣の柄を硬く握りしめる指を一本ずつ丁寧に剥がしていく。

 

「何をしておる……?」

「……」

 

 少年の手から懐剣を取り上げる。

 床に座り、倒れる少年の頭を膝に乗せる。

 腫れ物に触るように躊躇いながら髪を撫でる。

 

 シータは少年を看病していた。

 少なくとも老爺にはそうとしか見えなかった。

 

「何をしておる!? 其奴は御主が吹き飛ばしたのであろうが! 自らの手で敵を討とうとした小僧を、邪魔の一言で片したのだろう!?」

「……」

「百歩譲って小僧を労わるのはよい……否、正気の沙汰ではないにしても其れは捨て置こう。だが、御主の眼前には儂が居るのだぞ! 外道同士が相見えて、事此処に至り死合せずとは如何なる了見かッ!?」

 

 老爺は激昂した。

 シータの態度は武芸者に対する侮辱だった。

 老爺を無視する行為が意味するのは、彼女が【尾神】を敵と認識していないということ。

 全力でぶつかる前から、よりによって同類に見下されるなどあってはならない。老爺の矜持がそれを許さない。

 

 老爺は一歩踏み出そうとして、

 

「…………っ」

 

 体が動かないことに気がついた。

 目眩と頭痛に加えて、手足の痺れが広がり始める。

 

(毒だと? 馬鹿な、何時……)

 

 倒れ伏した老爺をシータはただ見つめていた。

 老爺の周囲に滞留する気体を、遠目から。

 

 アマルガムは全身を水銀に置換する<エンブリオ>だ。

 水銀は常温・常圧で液体の金属である。

 水銀は毒性を帯びており、肌の接触や気体を吸引することで中毒を引き起こす恐れがある。

 そして水銀は……室温で揮発(・・)する。

 

 シータは自分の体を散布しただけ。

 スキルを使う時はSPの消耗を免れないが。

 ただ<エンブリオ>を動かすだけなら、それは歩行や食事と同じ、コストやリスクのない動作なのだ。

 

「……よく分からないけど。私は、何も考えてなかった。あなたみたいには」

 

 老爺は答えない。

 

「……この子、言ってた。<マスター>は……お願いを聞いてくれるもの、助けてくれるって。私は……違う。殺すしかできないから」

 

 少年の頭を撫でるのも見よう見まね。

 ライブラリーで閲覧した映画の一幕を思い出して、戯れに試したに過ぎないのだ。

 学習で知識を得ても実際に活かせるかは別の話。

 

 ……だからこそ。

 

「私は、人間になりたい」

 

 答えになっているだろうか、などとシータは思いながら老爺の反応を待つ。

 一秒後、彼女は己の誤りに気がついた。

 

 ――彼はもう話せない。

 

 To be continued




余談というか今回の蛇足。

シータ
(U・ω・U)<本人的にはわりと理由があって行動しているらしい

Ψ(▽W▽)Ψ<男の子を吹き飛ばしたのは?

(U・ω・U)<水銀吸っちゃうでしょ

Ψ(▽W▽)Ψ<お爺さん無視したのは?

(U・ω・U)<毒が回るのを待つだけだった

(U・ω・U)<お前はもう死んでいる


アマルガム
(U・ω・U)<問題児

Ψ(▽W▽)Ψ<第六でも許されないドラよ

(U・ω・U)<実際問題、原作的に、上級のボディはどれだけの性能なのか興味は絶えない


(U・ω・U)<融合だけなら条件は緩め

(U・ω・U)<①対象を取り込む(吸収した部分だけ使用可能)

(U・ω・U)<②対象が実体を持つこと(幽体やテリトリー系列を含む<エンブリオ>、火・光・闇・聖などのエネルギーは不可)

(U・ω・U)<アイテムやモンスター、<エンブリオ>、<マスター>・ティアンを問わない

(U・ω・U)<超音速で走れる足を生やして、両腕を魔剣にして斬りつけるとかできる


(U・ω・U)<ただ十全に活用するには追加で条件があって

(U・ω・U)<③知らないスキルは使えない

(U・ω・U)<④融合対象の死亡・破壊によりスキルやステータスが反映されなくなる

(U・ω・U)<⑤<マスター>は自害で脱出できる(モンスターとティアンはずっと一緒♡)

(U・ω・U)<……とまあ、悪いスライムの廉価版と考えて頂ければ


(U・ω・U)<『大抵の物理攻撃と一部の魔法(水風土氷)を吸収できる』

(U・ω・U)<『装備や肉体ごと相手を取り込める』

(U・ω・U)<『取り込んだ物質を使用、その特性を発揮できる』

(U・ω・U)<この三点が主な特徴です

Ψ(▽W▽)Ψ<水銀は?

(U・ω・U)<それは一長一短かな

(U・ω・U)<今回みたいに毒は強いけど

(U・ω・U)<一部の地属性魔法や海属性魔法の対象にもなるので

(U・ω・U)<液体操作・固体操作で本体を操られてしまうデメリットがあります
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