長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【大賭博師】ランス・スロット
賭博場のフロアを貫通する縦穴から這い出たのは見上げんばかりの巨体。
翼を持つ四足歩行タイプ。いわゆる西洋の竜だな。
黒い鱗といい、漂う禍々しいオーラといい、まるで御伽噺に登場する邪竜そのもの。
穴蔵でなんちゅうもんを飼ってんだ。
突如として現れた黒竜はパニックを呼び起こす。
客はもちろん、給仕や従業員まで誰も彼もが大騒ぎ。
慌てて逃げ出した連中で出入り口は鮨詰め。
店側の数人が使役するドラゴンを喚起したことで、精神的に追い詰められたVIPが発狂。
しかも【ジュエル】から解放されたドラゴンは指示を無視して好き勝手に行動する始末だ。
目につく全てを手当たり次第に攻撃する個体、同士討ちを始める個体、逃走を図って人混みに突撃する個体。
恐慌は連鎖して収拾がつかない混乱に発展する。
「おい支配人。何だあれ」
「私が思うに、この特典武具のせいでは?」
「まだ振ってないだろ」
自前の不運をなすりつけるなアンラッキーマン。
しかし、女神様も粋な計らいをしてくれる。
ピンチとスリルのベクトルが違うぜハニー。
流石にアレが暴れるなかで平然と座り続けるのは正気の沙汰じゃない。さっさと逃げないとデスペナになる。
問題はろくに動けないことだな。
火傷のダメージで足が棒のようだ。
野郎二人で心中なんて笑えない。
どうにかならないものか。
たとえば凄腕の竜殺しが空から降ってきたり。
そうそう。あんな感じで、黒竜相手に近接戦仕掛けるバトル特化ビルドのアサシンガールとか。
「シータじゃん」
何でこんなところにいるのやらさっぱりだが、襤褸を纏った戦闘マシンが黒竜の体を踏みつけ駆け上がる。
跳躍からの三回転半捻り。
立体機動で空中に躍り出たやつは、無防備を晒す黒竜の喉元に手甲剣を突き立てた。
『ヒュヒュヒュ』
クリティカルヒットは痛打にならず。
わずかなみじろぎでシータは振り払われた。
それでどうしてこっちに落ちてくる!?
「他に着地場所あっただろ……」
俺たちが使用中の卓に墜落、チップの山をぐちゃぐちゃに蹴散らしつつ当の本人は無傷だ。
シータは俺の文句を無視。
体から取り出した少年をこちらに放り投げる。
「は? 何してんのお前」
「……」
こいつが何を考えてるのか読めない。
具合の悪そうなガキ一人託してどうしろと。
俺が欲しいのは事情説明だ。謎を増やすな謎を。
だから無言でバトりに戻るのはやめろって。
その小さいお口は飾りかな?
「ぅ、う……」
「ああくそ! 起きろパズー!」
「ぱずう……?」
「バカお前シータときたらパズーだろ。あの国民的アニメ知らないの? とにかく説明しろ。何があった?」
暫定パズー少年を叩き起こす。
ティアンだとか病気っぽいとか、そんなのはどうでもいいんだ。いやまずいのかもしれないが、今は良し悪しの判断材料すら足りないんだよ。
「……分からない」
「ああ? 分からないで済んだらポリスメンは全員無職になるだろ。言える範囲でいいから早う答えろ」
「本当に分からないんだよ! 目が覚めたらあいつは倒れてるし、下はなんだか怖いし、お姉ちゃんを探そうとしたらあいつがドラゴンで、それで」
あいつ・イズ・誰。
ダメだな。どうにも話が要領を得ない。
もし恐怖で錯乱しているのだとすると、このガキの言うことはあてにならないだろう。
「いいえ。その子は正気ですよ」
「お前の話は聞いてねえよワースレス」
逆にこいつは実に分かりやすい。
苛立ちと諦めがハーフアンドハーフだ。
「説明が欲しいのでしたら差し上げましょう。私の想像通りであれば、あの竜は人間ですよ」
「トチ狂ったか?」
精神保護でも守れない心があるんだな。
「彼に限らず、ここのドラゴンは全て人間が姿形を変えたものなのです。私の雇用主はそうした<エンブリオ>を有しています。金策に丁度良いと仰られていましたね」
あー……マジなのか。
つまりドラゴンにしたティアンを賭博場の景品として売り捌いていたと。度胸あるなこいつら。
「事が露見しなければ問題はありませんでした。ありがたいことに、お得意様の庇護を受けておりましたので。荒事は彼に任せていましたが」
ワースレスの視線が黒竜に向く。
「彼は適合率が高かった。故に人の器を保ちながら、竜に成った。侵入者を排除する戦闘狂として」
「さてはおめー殺る気だな。だがいいのか? ただ俺を倒しても自慢のトリックが公開されるだけだぜ」
「致し方ありません。もともと支配人業は単なる仕事ですので。地下の存在まで明るみになった今、私に取れる選択肢はこれだけです。……それに、友人の頼みでもなければこんなゲームやりませんよ。せめて最後はあなた方に一泡吹かせてやりましょう」
ワースレスの手にはあからさまな自爆スイッチ。
賭博場ごと崩落させるつもりか。
「全【ジュエル】を解放後、起爆装置を点火。ドラゴンは一匹残らず処分します。王国にはモンスターと意思疎通を図れる読心術の持ち主がいるそうですからね」
なるほどね。黒竜がこの場の生物を皆殺しにして、その後は爆薬で木っ端微塵にする算段なわけだ。
やつの言葉に反応したパズーが身を起こす。
「やめろ……まだお姉ちゃんが……!」
「知り合いがいるのですか? それは運がない」
安っぽい悲劇のようだ、と。
ワースレスは同情にならない言葉を投げる。
それはゲームのストーリーを鼻で笑うようにも、物語の特別な役柄を羨むようにも見えた。
別にどうでもいいけどな。
俺に関係のない話は好きにやってくれ。
……だが。
何をはい終了みたいな雰囲気を出してやがる。
「おいおい、まだゲームは終わってないだろうがよ」
どうせこのままだと俺はデスペナだ。
なら負け越しで納得してやるものか。
奪われたチップと景品のドラゴン。
それくらいは回収しないといかん。
「泣く暇があるなら肩を貸せパズー」
「え……?」
「歩けないんだよ椅子倒してもいいから!」
病人に鞭を打ってテリトリーの範囲から逃れる。
ワースレスから二メートル距離を取れば、俺は元通り自前のスキルを使えるからな。
これで両手に女神様だ。具体的にはフォルトゥーナの車輪を生やして二輪走行スタイルになる。
まるで妖怪だな。……誰がてけてけだ!?
「シータぁ! こいつ死なない程度にぶっ殺せ!」
俺の叫び声で瞬時に飛んでくる銃弾。
黒竜とバチバチにやり合う傍ら、きちんと指示を聞いて適切にワースレスを瀕死に追い込む見事な手際。
しかも水銀の網で拘束済みときた。
ふーんやるじゃん殺戮マシーン。
はい特典武具を回収して。
あ、自爆スイッチが落ちてる。もーらい。
と思ったけど持てないわ。咥えるか。
「……無駄な足掻きです。返しなさい」
「
結界内では最弱最強でも、外からの攻撃には無力!
結局のところ戦闘じゃ使い道が限られるんだよ。
ジョブが【生贄】だから殴り合うこともできないただの的、そう【賭博師】よりも弱々ね。
「宣誓ー! 僕たち私たち賭博師は【契約書】に則りー、不正堂々、最後まで戦い抜くことを誓いまーす!」
つまり逃がさないということ。
覚悟しろよワースレス。
「ルール変更だ」
◇◆◇
□■<ドラゴンズネスト>
黒竜の鱗に白銀の飛沫が跳ねる。
巨軀を相手取るシータは小回りを活かして敵を翻弄し、高速戦闘を繰り広げていた。
骨肉に囚われない流動体は絶えず移ろい、その都度に求められる最適解を体現する。
迫る鋭爪を液状化して潜り抜け。
重鱗の隙間を薄刃で切り裂いて。
『ヒュヒュヒュ』
しかし、黒竜は堪えない。
束ねた硬質の鱗は鎧兜以上の防御力を発揮する。その下の異常に隆起した筋組織が攻防一体を誇る天然の武装として機能しているのは言うに及ばず。
生身の性能もさることながら、真なる守備の要は立ち上る漆黒の瘴気だ。色彩こそ違えど《竜王気》に酷似した禍々しいオーラが攻撃の威力を減衰していた。
その正体は黒竜の体表から溢れる鱗粉だ。
呪詛を帯びた鱗粉は微量を吸引するだけで身体に不調をきたす代物。貧弱なティアンであればまず確実に感染して心身を蝕まれるだろう。行き着く先は衰弱か……あるいは症状を克服して竜に転じるか。
鱗の繋ぎ目に付着する紫紺の結晶体は鱗粉が凝固した塊であり、同様に竜化の呪病を振り撒いている。
シータは<エンブリオ>の副産物で呼吸不要だからこそ鱗粉の影響を最小限に抑えられていた。それでも融合中の生物には呪いが回り始めており、遠からずアマルガムの容量のうち四割は機能不全に陥る。
運動性能の著しい低下。
物質表出で消費するSPの枯渇。
予測通りの結末が訪れる前に、シータは目の前の敵、【尾神】黒竜を屠らんとする。
威容を誇る黒竜だが動作はどこか鈍い。まだ竜の巨体に不慣れなのだろう。人間であった頃の名残か、四肢や視線の運びが不合理だとシータの観察眼は見抜いていた。
ゆえに目標は背後。意識の陥穽となる死角に回り込み、脊髄を伝って脳を抉り出す。
幼い戦士の決断を……老兵は嗤った。
『いやはや。竜種とは斯くも素晴らしき哉。たかが毒霧で不覚を取る耄碌であれば、もっと早くに人の身を捨てるべきだったのかもしれぬ喃』
水銀を吸って倒れた【尾神】の一世一代の賭け。
感染した竜の因子を用いて、毒に侵された肉体を新たに造り変える試みは見事に成功した。
人から外れた姿を【尾神】は憂慮しない。
もとより彼は一切を捨てることで武芸の道を極めた男。老いて枯れ細るばかりの体に執着は抱かない。
『だが些か勝手が異なるわ。四つん這いでは棍を握れぬ。となれば、一から鍛え直さねばならん』
生涯を捧げた武術すら、捨てることを厭わない。
『此の様に――《リバース・サイクロン》』
一薙ぎ。
気配を断つシータを正確に打ち据えるのは武器に非ず、棘と鱗に覆われた強靭な尻尾だ。
鞭のようにしなる質量が描いた軌跡は円球。
振るい、払い、切り返す。
それは単純な攻撃の往復に過ぎない。
だが一呼吸で、複数方向から同時に繰り出す超々音速の連撃こそ【尾神】の奥義にして真骨頂。
「……ッ」
逆巻く暴風から逃れ出ること能わず。
シータは人型の維持が不可能な体積まで分解される。
『芥は散らして燃やせば良い』
粉微塵の破片になってなお、不定形のシータにとっては致命傷にならない。
先の経験でそれを理解した黒竜は破片をまとめて焼却しようと顎門に黒煙を燻らす。
「……」
『些か惜しいが、終いだ喃』
業火を吐くため、一拍の間が生じて。
「呼ばれず飛び出てじゃじゃじゃじゃーーーーん!」
空中に躍り出たランスが割り込む。
少し首をズラせば火線の軌道上に入る位置取りだ。
危険に身を晒して仲間を庇うには心許ない肉盾一枚。
賭博師一人に拘う必要はないと黒竜は捨て置き。
(否、何か策を弄しておる)
闘争で研ぎ澄まされた直感が警鐘を鳴らした。
黒竜はブレスを取り止め、咄嗟に尻尾を繰り出す。
奥義の反動が尾を引いた拙い一撃。それでもランスを仕留めるには十二分に事足りる、
「ムー! テー! キー! スーパーアーマー!」
はずだった。
ランスは健在で数一つ負っていない。
それどころか、打撃を受けたというのに吹き飛ばず、足場のない空中に留まっている。
「このタイミングで無敵バフを引き当てるとはなぁ!? ハッハー! 俺、メガラッキー! ありがとよ女神様! 世界で一番愛してるぜ!」
彼の手の中でサイコロが回る。
持ち主に恩恵をもたらした【賽遊終勝 ダイスターブ】なる特典武具、されどランスは《賽厄》を一度しか振っていない。短時間の無敵を獲得して打ち止めだ。
だというのに。
まだサイコロは回る。転がる。回転を続ける。
まるで、今しがた振られたばかりだと訴えるように。
「ようジジイ、お前今から代打ちな」
ワースレスの代理で黒竜が賭けろと。
戦況をまるで理解せず、ランスは己の都合だけを考えて不遜に言い放った。
「簡単な数当てだ。次の目が『5』より大きいか、小さいかを宣言してくれや。賭け金は一律一〇〇万枚で。急いだ方がいいぜ? 間に合わなかったら俺の勝ちね」
『シュシュ。面白いが、儂が乗る道理は無い喃』
「乗る反る降りるの話じゃねーよ。賽は投げられた」
そして会話の最中にサイコロが止まる。
「時間切れだ」
直後、黒竜の双翼が
『……ほう?』
「うわ溶けてら。グロいな。何のデバフだ? えーなになに、【菓子化】。そのまんまじゃん」
感心するランスの口ぶりは野次馬風。
彼の仕業でありながら、彼にも制御不能であるために。
【ダイスターブ】の第二スキル、《
その効果は、所有者のランスを攻撃した相手に【ダイスターブ】を振らせるというもの。
この《賽役》が効果を発揮した時点で、第一スキルの《賽厄》は発動条件が満たされる。
攻撃は幸か不幸を引き起こすだけ。
今の彼は、決して死なない人間サイコロ。
羽虫のように跳ね回るランスは本来なら【尾神】の足元にも及ばない弱者で、取るに足らない存在だ。
だが殺害は叶わず、喧しく騒ぎ立てながら邪魔をされるというのは、黒竜にとって目障り極まりない。
(此方から手を出さねば実害が無いのが救いよな)
あくまでスキルは受動的なもの。
攻撃を加えなければ発動条件は満たさない。
ランスを巻き添えにする薙ぎ払いやブレスの使用は躊躇われるが、工夫次第でどうとでもなる。
『負けが嵩もうと儂が知った事では無いわ』
「ああそうかよ。だったらその気にさせてやる」
ランスは両手の車輪で轍を刻む。
棘持つ鱗の凹凸を足がかりならぬ手がかりにして、竜の巨体を縦横無尽に這い回る様はまさにモンスター。
「一〇〇万、二〇〇万、三〇〇万ンンン! 一振りでチップがじゃんじゃん増えーる貰えーる!」
続け様に振るサイコロが不運を導き出す。
天より降り注ぐ落雷がランス諸共に黒竜を撃つ。
地から屹立する剣山は四肢と尻尾を縫い止める。
いずれも致命傷には程遠い小細工だが、無視を決め込むにはあまりに厄介。
「デェェェッド・オォォア・ラァァァック!」
『喧しい。が、其れもまた良き哉』
【尾神】が求めるものと方向性が異なれど、土壇場で一歩も引かない厚かましさは強さの一つ。
形はどうあれ、己に楯突いた勇者に対して、黒竜は相応の礼を返さねばならない。
剣山から四肢を引き抜いて尾を振るう。
しなる鈍器は敵を打ち据えることはない、ただ天井の岩盤を打ち砕いて崩落を引き起こすだけ。
「ばっ……!?」
『馳走を喰ろうて逝け』
要は黒竜が直接手を下さなければ済む話。
頭上を見て固まったランスを絡め取り、手傷を負わせないよう繊細な尻尾捌きで宙に放り投げる。
岩盤の真下、地下に繋がる穴の真上。足場がなければ身動きの取れないランスに生き埋めから逃れる術はない。
「ちょま、やばいやばいやばい!」
ランスは慌てて【ダイスターブ】を振る。
他に打つ手がない崖っぷちで、追い詰められた彼が引き当てたのは……
「ここで
無敵を含めた全バフの喪失。
怨嗟は瓦礫の奥に消えていく。
賭博師の身で助かる見込みは薄い。もとより下半身に火傷を負っていたのだ。落下ダメージで即死ものだろう。
脱落した敵は頭の隅に追いやり、【尾神】はもう一人の侵入者に向き直る。
『ふむ……未だ、奥の手を隠しておるな?』
「……」
わずかな時間で飛散した肉体をかき集め、かろうじて上半身の輪郭を再構成したシータは。
無機質な殺意の撃鉄を起こした。
To be continued