長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□■<プリコット侯爵領>
レジェンダリア北東に位置するプリコット侯爵領は霊都アムニールと同様に国土を巡る地脈が交差する要地であり、自然魔力が豊富である。
そのため、歴代の【妖精女王】はこの地を忠臣であるプリコット家に一任してきた。
プリコット家は長命種たるエルフの一族だったが、初代当主は種族の貴賤を問わずに万民を受け入れた。
今も種族平等の精神は受け継がれており、多様な種族が入り混じって暮らしている。
人間、エルフ、獣人、小人、妖精、吸血鬼……変わったところではサキュバスやオーク、
特に様々な種族が集うプリコットの街はまさしく文化の坩堝であり、それゆえに独自の発展を遂げた。
彼らは他種族の技術を積極的に取り入れ、新たな文化を開花させたのだ。
服飾、絵画、製菓、建築、細工物……etc.
例を挙げればキリがない。
当然、そこに住む者こそが文化の担い手だ。
街を歩けば奇抜な格好の人々に出会う。
どぎつい原色のオブジェがあるかと思えば、ハミングしながら揺れる住居が建っている。
さながら曲芸団の演目か展覧会のようだが、数ヶ月後、どれが国内外で流行していてもおかしくはない。
プリコットは最先端を往く“芸術の街”なのだ。
――そして、行き過ぎた者が集まる“変人の街”としても有名である。
「変態が出たぞーーーー!」
今日もまた、プリコットの街に響く声。
次いで上がるいくらかの悲鳴。
レジェンダリアの人々にとっては日常とも呼べる光景だ。
「今日は誰だ? また三銃士か?」
「いや、新顔らしい。逃げてきたやつが言ってた」
とはいえ、巻き込まれないなら平和なもの。
人々は呑気に会話を続ける。
もちろん騒動の場所から距離があると確認した上で。
「他の領地から移ってきたのかね」
「ここはお世辞にも治安が良いとはいえないからな」
「違いねえ」
ティアンと<マスター>が揃って笑う。
彼らが逃げ出さないのは危機管理能力が欠けているからではない。むしろその逆だ。
この程度の騒ぎは日常茶飯事。
日頃の経験から、彼らは問題なしと判断した。
ふと、彼らの頭上に影がよぎる。
空を翔けるは機械仕掛けの
背中に一人の男を乗せたそれは、薄紫の翼を広げて騒がしい方へと駆けていく。
「おお、騎士様が来たぞ」
「これで一安心ね」
彼らは飛び去る騎影を見送り、また各々の口と手を動かし始めるのだった。
◇◆
プリコット市街地、主にブティックが立ち並ぶ通りにて本日の事件は起きた。
新進気鋭のデザイナーが新作を発表した影響でいつも以上の賑わいを見せる人混みの中、店から出た一人の女性が違和感を抱いて周囲を見渡す。
「……?」
視線を感じる。しかし誰もいない。何もない。
気のせいかと首を傾げて、目線を下に動かすと……三対の瞳と目が合った。
「「「はぁい」」」
「キャアアアアアア!?」
足元に浮かび上がる三人の男の顔。
それぞれに粘ついた笑みが浮かぶ。
悲鳴をあげてへたり込んだ女性の眼前で、男たちは液体のようになった地面から這い上がる。
身につけた装備は彼らがそれなりの腕利きであることを示しているが、いずれも軽装で戦闘より逃走時の動きやすさに重きが置かれている。
「良いものを拝ませて頂いた」
「やはり俺の言った通り、白だっただろう」
「さすがは小兄者! 利き下着に関して小兄者の右に出る者はいない!」
彼らの発言で何かを察した女性はスカートを押さえるが、時すでに遅し。
「羞恥に悶える顔もヨシ! ゆけ、ジロー!」
「おうとも兄者!」
男の一人が指を動かすと突如として風が巻き起こり、布一枚の防御などたやすく引き剥がす……かと思いきや、荒々しいようで繊細な気流はかろうじてその奥を隠した状態で止まる。
「見えそうで見えない、それもヨシ!」
「そして仕上げよ! サブロー!」
「任せろ大兄者!」
男の掛け声と同時に、女性の頭上から霧のような雨が降り注ぎ、瞬く間に濡れた服が肌に張り付いていく。
「ほのかに透ける、実にヨシ!」
さらに<エンブリオ>のものと思われる雨は女性から反撃の活力を奪う。
それならばと女性は手で体を隠して逃げ出そうとするが、回り込んだ男たちは女性を包囲した。
逃げずにいた人々は様子見が半分、残り半分は野次馬と変態。一部の正義感にかけられた者は行動を起こす前に風と雨で無力化されてしまう。
「あなたたち……最低」
「フハハハハ! 眼福眼福ぅ!」
高笑いを上げた男は下卑た視線を向け、
『そこまでだ』
――白銀の騎士に遮られた。
彼はいつの間にかそこにいた。
実際は小細工をして上空から落下しただけなのだが、男たちは誰一人としてそれに気づくことはなかった。
騎士は羽織っていた外套を女性に渡し、三人組との間に入って彼女を庇うように立つ。
『お前たちが誰だかは知らないけど、犯罪行為は見過ごせない。神妙にお縄につけ』
騎士は降伏勧告をするが、三人組は聞く耳を持たない。
「こいつ何者だ? トラロックの雨を浴びて動けるなんて」
「兄者、どうしますか」
「狼狽えるな弟たちよ! こういう時こそ名乗りを上げて相手を威圧するのだ!」
三人はポーズを取って声を張り上げる。
「心のイチロー!」
「技のジロー!」
「体のサブロー!」
「「「我ら、アンダー三兄弟!!!」」」
三兄弟は内心で「決まった」と思った。
ただ、誰も彼らを見ていなかった。
騎士は女性を逃がし、人々を避難させ、さらに野次馬を散らすことに専念していた。
その場に残ったのは騎士一人であった。
「おのれ貴様! 我らをバカにするか!?」
『え、いや、そうじゃないけど……安全第一だし。というか逃げないのか』
「この名乗りなくしてアンダー三兄弟は始まらん!」
「我らは芸術と神秘の探求者!」
「そしてプリコットは芸術の街。辿り着いた理想郷、約束されたエルドラド! なぜ逃げる必要があろうか?」
『その芸術とやらは法に反するからな』
妄言をばっさりと切り捨て、騎士は鈍色の剣を構える。
彼は説得で自首を促すことを諦めた。
後は力づくで罪を償わせるほか方法はない。
当然のことだが、三兄弟はそれに抵抗する。
彼らはやりたいことをしているだけであり、罰金や指名手配といったペナルティを負いたくはないからだ。
どのみち、行いを改めないと三兄弟が指名手配されるのは時間の問題なのだが。
「しかし大兄者。こいつ見覚えないか」
「言われてみれば」
イチローは騎士の格好に注意を向ける。
和洋折衷の鎧、一角のヘルム、銀の手甲に白いブーツ。
個々の色調は似通っているが、全体としてはどこかチグハグな装備の数々。
見る者が見れば、いずれも一級品であるとの鑑定結果が表示されるだろう。
それも当然か。なにせ、騎士が身につけた装備の半数以上は<UBM>討伐MVPの証、特典武具なのだから。
「……まずいぞ兄者」
プリコットにいる、特典武具複数持ちの強者。
治安維持のため率先して動く剣士。
この情報で該当する人物は一人しかいない。
「こいつ、【征伐王】だ」
【征伐王】ひよ蒟蒻。
レジェンダリア所属の凖<超級>。
ジョブの名前の通り、秩序を守るため、侯爵家に雇われているプリコットの守護騎士。
国内では有名な<マスター>で、一部のHENTAIにとっては目の上のたんこぶのような存在である。
ジローの呟きにサブローは及び腰になるが、イチローはそれほど臆してはいなかった。
もとより【征伐王】の高名は聞き及んでいる。
謳われる逸話と同じくらい、何度もデスペナルティになっていることも。
そこから推測される噂……彼の弱点も知っている。
「問題ないぞ弟たち! いいか、よく聞け! こいつは
「そうか! やられる心配がないってことだな!」
「さすが兄者。そうと分かれば軽く伸してやるまでのこと!」
イチローの激励に高揚した二人は、各々がひよ蒟蒻を仕留めんと動く。
ジローは<エンブリオ>のスキルによる旋風の檻で標的を閉じ込め、【翆風術師】の奥義《エメラルド・バースト》を閉鎖空間内に発生させる。
サブローはデバフ効果のある雨を降らせながら、【剛弓手】の技量で《クリムゾン・スフィア》の【ジェム】を取り付けた矢を旋風の内部へと射った。
暴風と爆炎がひよ蒟蒻を包む。
逃げ道は旋風に囲まれた時点で潰されている。
二、三十メテルの高さで上空からの脱出は困難であり、仮に上へ逃れても風が爆炎を運んで来る。
たとえ耐久型であろうとも、ステータスや耐性が低下した状態では致命傷を免れないコンボだ。
やがて風が止み、ひよ蒟蒻が立っていた場所に塵一つ残っていないことを三兄弟は確認して、
『火に風はいいけど、雨を組み合わせたらダメじゃないか?』
ジローの眼前に無傷のひよ蒟蒻が接近していた。
「な、何で……」
『相性が悪かったな』
ひよ蒟蒻は手にした剣を振りかぶる。
しかし、三兄弟はそれをハッタリであると判断した。
ひよ蒟蒻は人を殺せない。決して殺さない。
つまり、ジローへの攻撃は致命打にならず、単なるフェイントか、せいぜいが牽制に過ぎない。
ジローは魔法による迎撃を、その後ろからイチローとサブローが攻めるコンビネーションの陣形を選択する。
戦況を把握してなお、ひよ蒟蒻は止まらない。
三兄弟が指摘した弱点はどうしようもない事実。
そこを突かれて敗北することも多い。というより、同格以下に負ける場合の敗因はほとんどがそうだ。
たとえ自分が倒れても殺さずを貫く。
ゆえに、彼は“
だからと言って、彼は無抵抗主義者ではない。
『《アドジャスト・ストライク》』
剣が頭蓋に叩きつけられると同時に衝撃波が発生、ジローの頭部は勢いよく地面に陥没する。
返す刀で放たれた矢を斬り払い、二の矢をつがえるサブローの顎を打ち据えて建物の壁まで吹き飛ばす。
そして、直感と【疾風槍士】の敏捷性により唯一逃げおおせていたイチローに片手をかざした。
『《パージ・パニッシュメント》』
【征伐王】の奥義により、光の柱がイチローを縛る。
身動きが取れなくなったイチローは最後の足掻きに<エンブリオ>で地面を液状化して潜航しようとするが、スキルは不発に終わった。
その他、手持ちのアクティブスキルを用いて脱出を試みるものの、すべてが機能不全に陥り効果を発揮しない。
「く、なぜだ!?」
『スキルは封じさせてもらった。これで詰みだ』
ひよ蒟蒻はイチローに近づくと顔を撮影して、手にした書類にイチローの名前と特徴などを書き連ねていく。
制圧した犯罪者の情報はリストにまとめて侯爵家に提供し、今後の治安維持に役立てるのだ。
具体的には犯罪抑制や再犯対策に加えて、指名手配をかける際の罪状確認に使用される。
『さてと、こっちも』
さらに、ひよ蒟蒻は倒れているジローとサブローに近づく。
「ええい貴様、弟たちから離れろ! 死体蹴りとは悪趣味だぞ!」
『いや、そんなことしないって。よく見てみろ。気絶してるだけで生きてる』
二人に手錠をかけながら、ひよ蒟蒻はわめき声に対して返答した。
気を失っている二人だが、攻撃が命中したはずの箇所は傷ひとつない。イチローはパーティの簡易ステータスに表示された彼らのHPバーが最大値のまま、一ミリも減少していないことに気がつく。
『今回は侯爵家の騎士団に引き渡して、被害者に謝罪と賠償金って形になると思うけど、反省の色がないようなら容赦しないからそのつもりで。お国がらとはいえ、ティアンへの行き過ぎた行為は慎むように』
「……<マスター>同士なら不問だと?」
『そんなわけないだろ』
ツッコミと共に入った一撃はイチローの頭蓋を揺らし、脳震盪に陥らせるのだった。