長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
藁にもすがる心持ち
□決闘都市ギデオン 【高位従魔師】サラ
四月最後の一週間。ゴールデンウィークがやってくるというので、クラスのみんなはウキウキしていたけれど……わたしの心はどんよりしたくもり空だ。
「お買い上げありがとうございました……」
「ちょっとバイト! 辛気臭い!」
だからというか、なんというか。
<ルルリリのアトリエ>のお仕事もうまくできない。
数少ないお客さんが気まずそうにそそくさと帰るのを見送って、お店がガラガラになってから、棚の薬を整理していたホノルルさんは目をつり上げた。
これは怒られちゃうなと思ったら、続けてなにかを言われる前に、リリアンさんが割って入る。
「まあまあ、ルル。気分転換に誘ったのは私だから」
「それとこれとは別の話。ただでさえ顔を隠してるのに、元気と愛想まで欠けていたら客が逃げるわ」
「包帯ぐるぐる巻きでフレンドリーだと逆に怖くない?」
「じゃあどうしろってのよ」
「うう……ごめんなさい」
わたしはもっとしょんぼりしてしまう。
元気を出そう、とは思ってるよ。
でも今回は難しいというか。
わたしが落ち込んでいるわけは、顔を隠している理由とおんなじだったりする。
「まだ男の子のまま……早く戻らないかな」
原因はカフカさんと戦ったから。
わたしの性別を反転するスキルの効果は数日が過ぎても解けていない。
お店のポーションや回復魔法はきかなかった。
ショックでしばらくログインできなかったんだけど、『ログアウト中は治らない』という噂があるらしく。
今は自然に回復するのを待っているところだ。
「やっぱり恥ずかしいし、変な声ですよね?」
「そうかな。いつもより少し低いけど普通だよ」
「所詮はアバターなんだから堂々とすればいいのよ。誰も気にしないわ」
二人の言うことは正しいと思う。
友だちはわたしを見て笑ったり、驚いたりはするけど、本当にいやな気持ちになることはしない。
知らない人は最初から変だと思わない。
だから気にしなくていい。落ち着いたらだいじょうぶ。
どうしてもわたしは気になってしまうけど。
意識して気持ちを切り替えていくよ!
「うん、がんばります」
『
肩に乗るジェイドが慰めてくれる。
ふわふわの羽毛が気持ちいい。
なんて考えているとドアベルが鳴る。
新しいお客さんがやってきたみたい。
「リリアンいるか……え、と、何をされてるんです?」
「ジェイド吸いです! 気にしないでください!」
しまった、ジェイドに顔をうずめちゃった。
顔を見られたくないと思ったらとっさに。
あやしまれないように有言実行しなきゃ。
やわらかい温もりを包帯越しに感じる。
モフモフでほわほわ……お日さまと草の匂いがする……すぅーはぁー。
『
「はっ」
危なかった。夢心地で寝ちゃうところだったよ。
ジェイド吸いは人をダメにする禁断の技だね。
わたしがぼうっとしている間に、お客さんはリリアンさんと親しげにお話している。
「いらっしゃい、ひよ蒟蒻くん。頼まれてた鎧の直しはできてるよ。破損寸前で全とっかえだったけど」
「仕方ないんだ。どうしたって被弾が」
「別に責めてませーん。悲しいだけです」
「次からは気をつける」
「本当かな? いつも口ばっかり。ルル、悪いけど二階に置いてあるから取ってきて」
「……はいはい」
ふてくされた様子のホノルルさんは階段に向かう途中、ひよ蒟蒻さんをギッと睨みつけた。
ひよ蒟蒻さんは目だけでなにかを訴える。なんだか謝って弁解しているみたい。
気持ちが伝わらなかったのか、ホノルルさんはフンと顔を背けて二階に上がっていった。
そんなやりとりをリリアンさんは気づいてない。
もしかしてあの二人、なかよくないのかな。
「どうしたの溜息なんか吐いて。またリップさん?」
「いや。別に何でもない」
これ以上聞かないでという雰囲気だ。
そしてわたしに視線で他言無用だと釘を刺す。
秘密にしてほしいなら言わないよ。ケンカするのはよくないけど、そういうのじゃないみたいだし。
「俺よりサラだろ。その格好どうした」
「そうなの。聞いてよお兄ちゃん、実はね」
かくかくしかじか。
リリアンさんは食い気味に状況を説明した。
「なるほど。カフカの仕業か」
「どうにかならないかな。レジェンダリアって女の子になれる薬とかないの?」
「そんなアイテムがあったら争奪戦だよ」
他にもわたしみたいな人がいるんだ。王国では見たことないけど、レジェンダリアでは珍しくないのかな。
元の身体に戻りたい、女の子だった人がたくさんいるとしたら。どこにも治療方法はない?
もしかして、ずっとこのままってこと?
「あ、いや、違う。トンチキTS……性別を変更する薬はともかく、元に戻す手段はある」
「本当ですか!」
やった! これで普通に遊べるようになる!
わたしとリリアンさんは喜んでハイタッチした。
ただ、言い出したひよ蒟蒻さん本人は眉間にしわを寄せている。なんだか気が進まないみたい。
「ひょっとして、やり方がすごい難しかったり」
「そういう訳じゃないが、困ってるんだものな。個人的な好き嫌いは置いておこう」
深呼吸をして、ひよ蒟蒻さんは指を立てる。
「可能性のある手段は四つ。正直そのうち三つは紹介したくないし、残り一つもお勧めはできない」
よっぽどいやなんだろう。いじわるとかじゃなく。
本当にいじわるするなら話してくれないもんね。
でも、わたしは引けない。
もう男の子でいるのはこりごりだ。
「教えてください! お願いします!」
「……分かった。まず一番簡単で確実な方法はデスペナルティだ。死ぬとアバターの状態がリセットされる仕組みを利用して、部位欠損なんかの治療にも使われる」
ひよ蒟蒻さんは自害システムを説明してくれた。
プレイヤー保護用の『自分で死ぬ』機能。
普通より失うアイテムが多い代わりに、どんな状態でも強制的に死亡・ログアウトできる。
デメリットも、他の人にアイテムを全部預けるという対策法があるらしい。持ち逃げされないように信頼できる相手を選ぶ必要があるけど。
あと戦闘中とか急なピンチには使いづらい。
「これがお勧めできない一つだ。遊戯派には、何を言ってるんだと笑われるけど」
「そんなことないですよ! わたしもおんなじです!」
ゲームだからと簡単に死ぬのは違う気がする。
ジェイドたちにとって、ここは本物の世界だもん。
選ばずにすむなら、できるだけ死なないようにしたいとわたしは思う。これっておかしいことかな?
「共感してもらえて何よりだ」
緊張を解いて、胸を撫で下ろすひよ蒟蒻さん。
だけどごめんなさい。
今回ばかりは真剣に考える必要がある。
考える! 必要が! あるんだよ!
わたしのデンドロライフのためにね。
本当に方法がなかったらやるしかないかも。
「残り三つは、まあ、どれも治療だよ。違いは過程というか、誰に頼むかって話で。この手の状態異常を治せそうな知り合いは三人程いるんだが……」
「なにか問題があるんですか?」
「能力面は申し分ない」
「人間としてはアウトってことだよね」
ひよ蒟蒻さんは静かに目を逸らした。
どうやらリリアンさんの指摘は図星らしい。
無言の間をごまかすように、聞こえないふりで華麗にスルーして、説明は続く。
「生粋の悪人でないことは保証する。きっと、おそらく、多分、頼めば話くらいは聞いてくれるだろう」
「自信なさそう!?」
「うん……特に<月世の会>はな……」
その名前は聞いたことがある。
王国のクランランキング第一位。
たしかオーナーは、
「【女教皇】扶桑月夜。彼女の回復魔法なら体を治せるかもしれない」
そうそう! 月夜さんだ。
王国にいる<超級>の一人。しかも、現実ではクランとおんなじ名前の宗教団体をまとめる教祖様だっけ。
「きっと馬鹿みたいな治療費を請求されると思う。払えなかったらクランに入信だとかの注意書きを添えて。リアルの生活と個人情報を差し出す覚悟がないなら、彼女に頼むのは避けた方が無難だ」
うーん。そうかなあ。
たしかにやりそうな雰囲気はある。
でも本当に困っていたら助けてくれそうだよね。
月夜さん、優しい人だと思うし。
前にメイデンのカグヤさんと三人でお話したとき、いろいろと相談に乗ってくれたもん。
もう所属が決まっているから、クランの勧誘はお断りしたけど。代わりにクランの先輩について根掘り葉掘り質問された。あれはなんだったんだろう?
「というか、そっか! 超級職なら! 月夜さんにお願いするのはアリかもしれない!」
「待て。話を聞いてたか? しかも知り合いなのかよ」
「なかよしです! 実は今度、手作りのご飯をごちそうしてもらう約束をしてます!」
「仲睦まじいようで大変結構ですが、月夜様の手料理を口にするのはおやめになった方がよろしいかと。控えめに申し上げて生命の危機に直結しますので」
「想像以上に友達してるな……で、何をしれっと混ざってる【暗殺王】」
いつの間にか、月影さんが店にいた。
月夜さんの秘書王で忍者(?)は伊達じゃない。
「そう警戒する必要はありません。単なる所用です」
「……何?」
「月夜様から、サラさんに宛てた伝言を預かっています。『
まさか月夜さんの方から連絡をくれるなんて。
ここ最近は元に戻る方法を探していたから、わたしの噂を誰かに聞いたんだろう。
ひょっとして心配してくれたのかな?
「わかりました! ありがとうございます月影さん! 月夜さんにもありがとうって伝えてください!」
「承りました。一刻も早く元に戻れるよう、私も
シャキッとおじぎして月影さんは姿を消した。
具体的には、ひよ蒟蒻さんの影に沈んでいった。
お店にくる途中でこっそり隠れたみたいだね。
知らないうちにタクシー代わりにされていたひよ蒟蒻さんは「これで何度目だ?」とつぶやいていた。
「はあ……月影さんのお陰で無駄足を踏まずに済むのは良かったよ。<超級>の見立てなら、呪いというのも間違いないだろう。後の二人は呪術の専門家だから僥倖だな」
言葉とは反対に声は重い。
ひよ蒟蒻さんには悪いけど、ちょっとネガティブに考えているんじゃないのかなと思う。
最初の例が月夜さんだったからね。
残りも普通にいい人の集まりかも。
「【呪術王】LS・エルゴ・スム。レジェンダリア有数の良識派で――」
ほらやっぱり、
「――変態で、ロリコンだ」
……んんん?
「ちょっとお兄ちゃん」
「分かってる。だけどな、どうしようもないことに、あの人は善良で、サラぐらいの年頃の子を絶対に見捨てない、この問題にうってつけな人材なんだよ」
「だからってロリコンはダメ! もしサラちゃんに変なことをしたらどうするの!」
「いや違う。リリアンは誤解している。LSさんはたしかにロリコンでショタコンだが、それは幼い子供を眺めて空気を吸えればいいので決して手を出さないという割とマシな部類の変態なんだ」
「どこがマシなのか全然分かりません! 変態に脳味噌を汚染されてるんじゃないの!?」
絶句したひよ蒟蒻さん。
目を見開いて本気でショックを受けている。
リリアンさんはぷんすこ怒り顔。
ぎゅっと抱きしめられて、わたしの目と耳は塞がれた。
なんにも情報が入ってこない。
ただ、二人の言い合いは続いているようだ。
困ったなあ。どうしよう。
わたしのせいでケンカになるのはよくない。
でも……うーん。
「あの、ロリコンってなんですか?」
「「え?」」
わたしの素朴な疑問に二人は固まった。
ケンカは中断。わたしの目と耳は解放される。
「変態はわかるんですけど。ロリ? とかショタ……? ってどういう意味ですか?」
「どうするのひよ蒟蒻くん。君の責任だよ」
「え、あ、その、すまん」
ひそひそと二人だけのないしょ話が始まる。
わからないから質問したら、なんだかケンカがとまったみたい。これってラッキー?
それはそれとして意味は気になる。
なんとなく、わたしみたいな子を指す言葉ということは話の流れでわかる。
ロリとショタの区別はなんだろう。あとはお尻に付いてるコン。キツネではないよね。
「ジェイドもロリなのかな」
『
ふたりぼっちで想像していると、ないしょ話に決着がついたようで、ひよ蒟蒻さんがこっちを向いた。
「LSさんは無しだ」
「え、どうしてですか?」
「聞かなかったことにしてほしい」
「でも! 元に戻れるかもしれないのに!」
「頼むよ、後生だ。最後の一人を紹介するから」
「むう……わかりました」
ひよ蒟蒻さんがあまりに必死なものだから、わたしはしぶしぶ質問をあきらめた。
まだ知ったらいけない言葉なんだね。きっと。
みんなを悲しい気持ちにしてまで聞かなくていい。
「ありがとう。どうか、そのまま純粋でいてくれ」
ほっとする二人の表情がやけに印象的だった。
また今度、パソコンで調べてみよっと。
To be continued
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<分かる人は分かるやりとり
(U・ω・U)<本筋に関係ない作者の嗜好
(U・ω・U)<あるいは名残
サラ
(U・ω・U)<無知の恥
(U・ω・U)<小学生だから当然その手の方面に疎い
ひよ蒟蒻
(U・ω・U)<前作主人公ポジ
(U・ω・U)<葛藤の末に人助けを取った
(U・ω・U)<前に二度、<月世の会>と関わっている
(Є・◇・)<貸し借りはプラスマイナスゼロだ
呼び方
(U・ω・U)<リリアン→ひよ蒟蒻の場合
(U・ω・U)<普段:くん付け
(U・ω・U)<素の状態:お兄ちゃん
(U・ω・U)<脱力時:お兄
(Є・◇・)<ちなみに血縁だからな
Ψ(▽W▽)Ψ<私もね!
呼び方2
(U・ω・U)<ひよ蒟蒻→○○の場合
(Є・◇・)<リリアン
(Є・◇・)<LSさん
(Є・◇・)<【暗殺王】or月影さん
(Є・◇・)<【女教皇】