長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【高位従魔師】サラ
小道を抜けた先に洞窟が見えた。入り口に魔法陣のバリアがある。ここで間違いないだろう。
てっきりタカクラさん夫婦のお屋敷みたいな洋館を想像していたからちょっと意外だ。
「問題はどうやって入るかだよね」
試しにバリアを触ってみると、指が弾かれた。
静電気みたいにビリビリする。無理やり通ったらわたしのHPが全部削られてしまいそうだ。
『無問題。期待、待機』
言われた通りちょっと待つと、右腕の【P-DX】に反応あり。これは探知用アプリの効果かな?
どうやら茂みの奥にスイッチがあるみたい。あれだね、植木鉢の下に合鍵を置いておきますみたいな。隠し場所を知ってる人は入れちゃうやつ。
ターコイズのおかげでバリアを解除すると、湿った空気が漂った。生温かいのにぶるっと震えちゃう。ガイコツやゾンビが出てくる【墓標迷宮】とは違う雰囲気で、遠足で行った遊園地のおばけ屋敷を思い出す。
「お、おじゃましまーす」
洞窟は入口からゆるやかに地下へ続いている。
奥のほうは暗くて進むの怖いな……と思いながら階段を一歩降りると、すぐ横の壁が明るくなった。
ボッ、ボッと壁の松明に火が灯る。ぼんやりと紫色の炎が道を照らしている。一本道で迷うことはなさそう。音と光にびっくりして固まってしまったのは内緒だ。
『……
「だいじょうぶだよ! ……たぶん」
クラリッサさんがお家として住んでいるんだから。もしモンスターがいても倒しているはず。
呪いを解く薬を見つけるのが今回の目的だ。こういうときは元気を出していかなきゃね。
「どんどんいこう! えいえいおー!」
『
『奮起、激励。鼓舞、前進』
「ゔぇぇぇ……」
…………。
…………。
…………。
い、いまのはだれ?
「だ、だれかいますかー?」
ほかに人がいるのかな。ひよ蒟蒻さんのお話にはなかったけど、可能性はある。
ジェイドもターコイズも反応してない。
だから相手はモンスターじゃない。敵でもなさそう。
とりあえずお話してみよう。クラリッサさんの同居人なら薬の置き場所を知っているかもしれない。
声は奥のほうから聞こえた。
まだ結構遠いかも。ここは、お互いの姿が見えるところまで近づいてみることにする。
だんだんと大きくなるうめき声。鼻をすする音としゃっくりがセット。聞いているわたしにまで、ぎゅっと胸が締めつけられるような悲しみが伝わってくる。
この気持ちを言葉にするなら。
どうしてこんな目にあわないといけないの?
どうしてこんなことが起こるの?
つらい、ひどい、苦しい。そんなやり場のない叫び。
わたしは心配になって岩陰をのぞき込んだ。
「ゔぅぅ……ご、こんなのっで、な"い"わ"ぁ……」
地べたに突っ伏す喪服の女の人。ぶんぶんと拳を打ちつけて、垂れる鼻水を帽子のベールでちーんとかんでいた。高そうな生地がカピカピになっているのがわかる。
「あの、だいじょうぶですか?」
「ゔぇ?」
女の人は顔を上げて首を傾げた。
しばらくフリーズした後、ヒュッと息を吸い込む。涙と鼻水は同時にしまってしわくちゃ顔に。みるみるうちに背中を丸めてしまった。
「ァッ……スゥー……」
「お姉さん?」
「ッス……サーセン……」
女の人は手に持った本で顔を隠す。
じりじりと後ずさりしてるけど、怖がっているとか、嫌われているのとはちょっと違うっぽい。
わたしが急に出てきたからビックリしたのかな?
とりあえずお話してみよう。まずは自己紹介だよね。
「こんにちは! わたしはサラっていいます!」
「ヒッ⁉︎」
「お姉さんのお名前、教えてくれますか?」
「アギャー!?!?」
悲鳴をあげてひっくり返っちゃった。
「び、美少年が……喋ってるぅ……しかも『ぼく』じゃなくて『わたし』なのね……ありかなしでいえば断然ありよ御馳走様です……」
「?」
わたしは女の人が落とした本を拾う。
薄いけど表紙がカラフル。中身はマンガみたい。すごい上手な絵だ。どんな内容なんだろ、どれどれ。
「あ、それはだm」
「……? よめない……」
「年齢制限! 神はここに!」
開いたページはモザイクだらけで何が書いてあるかわからなかった。そもそも人の本を勝手に読むのはあんまりよくないね。ちゃんと返そう。
わたしが本を渡すと、女の人は息を荒くしてじっくりと観察する。とても大事なものみたいだ。
「はっ。スゥー……驚かせてごめんなさいね? ここに人が来ることなんて滅多にないから。オホホ」
女の人は優雅に微笑む。
さっきまでとはまるで別人だ。綺麗だけど、ちょっと緊張してる声。たぶん今までが素だと思う。
「私はあだしの。ここを管理しているわ。貴方、危険だから早く帰った方がいいわよ」
「でも、わたし用事があって。呪いを解く薬を探しているんです。何か知りませんか?」
「知らないわ。そんな薬見たことない。というか奥には何もないし誰もいないから。残念だけど他を当たった方がいいと思う。幸運を祈っているわね」
入口の方にぐいぐい背中を押される。
あだしのさんは押しが強い。それと焦っているように感じる。わたしに言えない隠し事があるようだ。
でも戻ったらクラリッサさんと遭遇しちゃう。ごめんなさい、簡単に引き下がることはできないよ。
「お願いします! ちょっとだけでいいので中を調べさせてくれませんか?」
「だめよだめだめ。中を調べるなんてとんでもない。絶対に許可できません」
「だったらわたしは入らないので! 薬がないかもう一度確認だけでも!」
「くっ、この子しぶとい……!?」
と、押して引いての話し合いをしていたから。
わたしたちは足音に気がつかなかった。
誰もいないはずの洞窟の奥から、のそりと現れたのは二人の<マスター>だ。
「あだしの休憩長くね?」
「サボってんすか殺すぞー」
「空気読んでよバカぁ!」
あだしのさんが涙目で叫んだ。
怒られた人は何がなんだか分からない様子で、彼女にポカポカと叩かれている。
「痛い痛い。それで誰このショタ。新人?」
「違う! こんな小さい子に仕事させたら犯罪よ!」
「そりゃそうだ。……じゃ、侵入者だな。殺すか」
「ダメでしょ!? 流石にかわいそうじゃない!」
「あだしのセンセー。うちら一応PKなんすよー」
「殺し目的で雇った覚えはないから!」
ギャハハと笑う二人を押し留めるあだしのさん。
やっぱり悪い人ではなさそう。言葉はもちろん、声からぽわぽわで優しい感じが伝わってくる。
「貴方は敵じゃないのよね。サラくん?」
「はい! 敵じゃないです!」
「ほらね。この子は我々の不法侵入を咎めにきたのでも、抜き打ち監査でもない。ただの迷子よ。街に帰っても秘密にしてもらえばそれで十分!」
そうそう。わたしは戦うつもりはないからね。さりげなく帰ってと言われている気がするけれど、目的の薬が見つかるならぜんぜんオッケーだし。
だから不法侵入だって別に……んん?
「ここを管理してるんですよね?」
「そうね。ほとんど使われていないから、拠点としておあつらえむきだったの」
「使われてないって……でも、クラリッサさんが住んでるお家なんじゃ」
「クラリッサって誰? ここ魔女の寝ぐらよね?」
「……」
「……」
えーと。ちょっと情報を整理させてね。
洞窟はクラリッサさんのお屋敷(お家)だ。
あだしのさんは拠点として洞窟を管理している。
それについてクラリッサさんの許可をもらっているとわたしは思っていたけれど。
不法侵入という言葉。そして魔女の名前を知らないあだしのさん。つまり勝手に使ってる?
「クラリッサさんに怒られちゃいますよ」
森に入った時のことを考えたら、侵入者には容赦しないと思う。玉ねぎの悪魔に襲われるよね。
呪いの武器を操るロボットに、マジックアイテム製作が得意な呪いの専門家の組み合わせだ。
それをくぐり抜けて洞窟にたどり着いたあだしのさんたちも強いのだろうけれど。みんな顔が真っ青だし平気じゃないみたい。
魔女=クラリッサさんの名前を聞いた途端に走って逃げるくらいだもの。
「よっぽど怖いんだろうね」
『
悲鳴にならない悲鳴をあげて腰を抜かすあだしのさん。わたしを指差して口をパクパクしている。
「……う、う! うし!」
「牛?」
「うしろ! うしろよぉー!?」
バッと振り返る。
薄暗い闇の向こうに――真っ黒な影が立っていた。
「いやああああああああ!?」
「ほえっ?」
あだしのさんがわたしの手を引いて走り出す。
そのまま洞窟の奥に進むわたしたちを、謎の影は動かずじっと見つめていた。
◇
入り組んだ通路をあっちに曲がって、こっちに折れて、ぐるぐる迷った結果、目の前に大きな扉が現れた。
さっきのPK二人が扉の両脇で出迎えてくれた。
「無事か」
「え、ええ……なんとか撒いたわ」
逃げる途中、あだしのさんは壁のあちこちを触ってトラップとバリアを起動していた。
クラリッサさんが設置した侵入者用の呪いを、影を足止めするために使っていたみたい。管理していると言うだけあって内部の仕掛けを把握しているんだね。
「で、なーんで連れて来てるんすか」
PKの視線がわたしに注がれる。
歓迎されてないのはよく分かる。威嚇するジェイドをなだめて、わたしはゆっくり後退する。
「あだしのセンセー?」
「え、いやその、つい……だ、だってぇ。あのままだとこの子が襲われてたし」
「見捨てとけばいいものを」
「助けた後にPKするのか。とんだ偽善者だな」
「うぐぅ」
バッサリと切り捨てられて、あだしのさんはへにゃりとしなしなに。ちょっとかわいそう。
「……そうよ」
あ、一気に飛び起きた。
「この子を仲間にすればいいじゃない!」
身内に引き入れたら隠し事の必要はないし、ちょうど人手不足だし、なにより顔がいいし、とあだしのさんは指折りで理由を並べる。
PK二人もなるほど名案だと頷いた。
「「子どもに
「そうだったぁ!? ……いいえ、まだ中身は成人の可能性が……ばっちり年齢制限を受けてたわ……駄目じゃないの……どうしよう……」
「ハァ……アシスタントとかモデルやってもらえばいいんじゃないすか。激マブだし」
「それよ!」
三人ともひそひそ声でよく聞こえないや。
話がまとまったのか、あだしのさんはわたしに勝利のグッジョブを掲げた。
「サラ。今から貴方は共犯者よ」
「きょうはんしゃ……?」
目の前の扉がゴゴゴと左右に開く。
隙間から広がる中の部屋の光景、それを背にして腕を組むあだしのさんに圧倒されて息を呑む。
天井に映し出される満天の星。
神殿のような彫刻と内装は洞窟の中ということを忘れてしまいそうになる。
上から下までぎっしり詰まった重そうな本棚が、青白い人魂と一緒に、ふわふわ空中に浮かんでいた。
「ようこそ、新たな同志。ここはレジェンダリアに比類無き呪詛と怨念の殿堂。悠久を経た魔女の蔵書庫」
床は何に使うか分からない道具で埋め尽くされていて、ぽつんぽつんと椅子と机が置かれている。
席は黒い制服姿の人でほぼ満員だ。でもそれだけじゃなくて、人魂と半透明のオバケも座ってる……。
「そして今は
制服姿の人はみんな机に向かっていた。
調べものをしたり、文章を考えたり、絵を描いたり。
ペンと口を動かして作業と討論を同時に進めている。
あ、掴み合いのケンカになっちゃった。
「またの名を、
To be continued
⭐︎エターナル=出られない――!