長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□【高位従魔師】サラ
「私達はここで創作活動をしているの」
あだしのさんの案内で中を案内してもらう。
まるで魔法の図書館みたいな空間のほとんどは物と人でいっぱいだから、歩けるところは限られる。
「小説や漫画、絵画、楽曲、映画、彫刻、裁縫……好きなものを、好きなように作る。要は作業場ね」
「趣味ってことですね!」
「ええそうよ。ゲーム内で作品を公開する人。ジョブクエストを進める人。三倍時間で原稿を仕上げて現実に出力する人。目的は様々で、誰も彼もが烏合の衆」
仲間や友だち、協力関係とは違う。
ほとんどの人は同じ場所で、同じ時間を過ごしているだけの他人だということ。
それが悪い意味じゃないことは、あだしのさんの言葉に込められた気持ちから伝わってくる。
「彼らの目的はここにある資料ね。闇に葬り去られた歴史書やら、貴重な文献が揃っているから」
「へえー! でも全部クラリッサさんのものじゃ」
「か、借りてるだけよ。放置されるより読まれた方が本も喜ぶでしょう? オホホホホ」
うーん。いいのかな? これについては、わたしが言うことじゃない気もする。
机に『死なない・盗らない・汚さない』って張り紙があって、一応ルールは守っているみたいだ。
あと最初の死なないってどういうこと? 一個だけちょっと怖いんだけど!
「あだしのさんは何を作ってるんですか?」
「よくぞ聞いてくれたわ同志」
目の前にドンッと本の山が積まれる。
現実の漫画やこの世界の歴史書などがたくさんだ。
全部の共通点は物語であること、ただそれだけ。
「拙者、生存ハッピーエンドしか認めない侍。全ての死亡キャラを二次創作で救済いたす」
「えっと?」
『Rrr?』
なんだろう。意味がよくわからない。
「物語の中で好きなキャラクターがいるでしょ」
不思議そうなわたしの顔を見かねて、あだしのさんは言葉を変えて説明してくれる。
「気に入ったキャラの活躍に胸を躍らせる。それがきっかけで、他のキャラを好きになる。そうやってストーリーにのめり込んでいくの」
「ふんふん。それで?」
「死ぬのよ。キャラが」
「なるほど」
どうしよう。やっぱりよくわからない。
「私が好きになったキャラばかり死ぬの。真っ先に。あっという間に」
「そんな……でも、いろんな作品にはたくさんのキャラクターがいますよ。きっとぐうぜんです!」
「例外はなかった。やがて、ついたあだ名が死神」
半分諦めてやけっぱちな声だ。かわいそう。
最初に泣いていたのも好きなキャラクターが死んじゃうことに対して悲しんでいたのかも。
「だから私は心に決めた。これまで死んでいった推しを、最高のハッピーエンドで供養することを!」
おおー! かっこいい!
みんな幸せが一番だもんね。あだしのさんの夢はすごい素敵だと思う。わたしは応援するよ!
「だけど問題があってね。私は物語どころか、何かを作るセンスが致命的に欠けていたのだわ」
「そういう理由でうちらが雇われたんすよねー」
部屋を一周して案内が終わったところで、最初に会ったPK二人が近づいてきた。
紙の束をいっぱいに抱えている。原稿かな。
「要はあだしのセンセーの代わりに、作品を作れる<マスター>が何人も雇われてまして。うちらは漫画方面のアシスタントをしてまっす」
「あだしの、仕事の時間だ」
PKさんは机に白黒のマンガを並べた。
これは下書きをペンでなぞった後の状態みたい。
あだしのさん、あとわたしに道具が配られる。
「まずは消しゴムかけをお願いするっす。原稿を破かないよう、慎重に下書きの線だけを消すんすよ」
「わかりました!」
さっそく借りた消しゴムで線を消していく。
けしけし……ごしごし……。
簡単そうでいて、やってみると意外と難しい。
慣れてないから集中力が必要だ。
でもこれ新鮮でわりと楽しいかもしれない。
隣ではビリビリという音と悲鳴、そしてPKさんのため息が絶えず聞こえてくるのだけど。
「きゃあぁぁぁ!」
「騒ぐな。少し破けただけだ。問題ない」
「ご、ごめんなさ、あぁぁぁ!?」
「もう駄目か。書き直しだな」
事件現場? のようなちり紙の山をかき集めて、PKさんは原稿だったものをわたしに手渡す。
「これを作画班に渡して複製を依頼してきてくれ。君の作業は我々で引き受ける」
「あ、なら私も」
「だめっすよー。あだしのセンセーが行ったらインクぶちまけるに決まってるじゃないすか」
「失礼ね! 修正液しかこぼしたことないわよ!」
ものづくりに向いていないのは本当らしい。
これ以上あだしのさんの集中力を削ってボツ原稿を増やさないために、わたしは急いで立ち上がった。
作画の人に、もう一度マンガの原稿を書いてもらえるよう頼みに行こう。
◇
「どうしよう。迷っちゃったかも」
四方を見渡せるから迷うはずがないのに。
どうやら目で見えている感覚より、この図書館はずっとずっと広いようだ。歩いても距離が縮まらない。
目印の本棚が移動するからいけないんだよ!
『
「そうだね。でも、どっちから来たっけ」
『……
ジェイドは自信なさげ。わたしとおんなじだ。
マップが使えるかな、と思って【P-DX】を起動。
だけど部屋の中としか表示されなかった。そうだよね。ダンジョンの一室だもん。いつものように地図とターコイズのナビに頼るのは難しそうだ。
周りの人に聞いてみるのが早いかな。
近くにいて暇そうなのは人魂と幽霊ばかり。<VOID>のティアンはみんな忙しそうにしている。
側を通るときにチラ見したら、古い詩集の切れ端やレジェンダリアの地図(うねうねした線が描かれている)とにらめっこしていた。
『おいそこな童』
「ほへ?」
わたしは声をかけられて振り返る。
ふよふよと幽霊が浮いていた。
ちょび髭を生やした貴族のおじさんだ。とんがった長い耳をしているからエルフのティアンかな。
その幽霊はじろじろとこっちを眺めて、ずずいとわたしに近づいた。
『何をしている。早く名乗れ』
「えっと、わたしはサラっていいます。この子は従魔のジェイドです」
『
幽霊は顔をしかめて不満そう。なにかまずいことをしちゃったのかな。
『ウオッホン。吾輩はネック・ボ・デイ・バルバーラⅣ世。本来ならば礼儀を知らぬ不心得者など言葉を交わすことすら不遜だが、特別に敬愛を込めてネック閣下と呼称することを許可しよう。類稀なる栄誉ゆえ、末代まで語り継いでよいぞ』
「あ、ありがとうございます?」
『ありがとうございますネック閣下、であろう!』
「ありがとうございますネック閣下!」
『まったく、どいつもこいつも吾輩を軽んじるとは……』
むー。急に大声で怒るのはやめてほしい。
ジェイドがびっくりして泣いちゃうから。
「それで、わたしになにか用ですか?」
『……』
ネック閣下はまた不機嫌に黙ってしまう。
うん、少しわかってきたかも。きっと丁寧な礼儀作法でお話しないといけないんだ。
問題はネック閣下の求めるルール、たぶんレジェンダリア風のやり方をわたしが知らないってこと。
とりあえず前に見た映画っぽく話してみよう。
「親愛なる、ネック閣下? 質問をしてもいい……ひとつ質問する許可を、わたしにいただけますでしょーか」
『……フン、よかろう。発言を許可する』
今のは正解だったね。よくわかんないよー!
「ネック閣下。よろしければ、わたしに声をかけた理由を教えてくれますか?」
『しれたこと。吾輩直々に仕事を与えてやろうとな。貴様のような者には勿体無い施しだ。喜べ』
【クエスト【骨折り損――ネック・ボ・デイ・バルバーラⅣ世 難易度:一】が発生しました】
【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】
わ、クエストが発生した。やっぱりネック閣下はティアン(幽霊?)で間違いなさそうだね。
いつもならクエストは迷わず受ける。ただ、今はあだしのさんのお手伝い中だ。寄り道になっちゃう。
「どっちを優先するかって言ったら」
『
「かなぁ」
クエストの名前がね……。
『何をしている。吾輩を無視するとはいい度胸だな』
とりあえずお話だけ聞いてみよう。
◇
ネック閣下とお話した後、マンガの作画班に会った。
破いた原稿を渡したら固まっちゃってさあ大変。
肩たたきと秘蔵のおやつで手を打ってもらったよ。
作画班の<マスター>が優しい人でよかった。
みんなリラックスできたのか、すごいテンションが上がっていたよね。睡眠はきちんととってほしい。
ついでにおもしろい話も聞けた。
「幽霊は話しかけてこない、だっけ」
ずっと滞在している<マスター>の話だと、幽霊はしゃべらないか、意味のない言葉しか話さないらしい。
死霊術師系統のジョブに就いてもおんなじ。
ここの幽霊はレイスみたいなモンスターや、死んだティアンの魂とは少し違うと言っていた。
「じゃあ、なんでわたしに話しかけてくるのかな」
『
「うれしくないかも」
ネック閣下とお話してから、歩いていると幽霊に声をかけられるようになった。
足元から床をすり抜けて現れたり。びっくりするから本当にやめてほしい。
人魂なんか後ろから着いてきちゃってるもん。
『戻ったか童。して首尾は』
「はい、ネック閣下。探しものは見つかりました」
『おお! そうかでかした! 褒めてつかわす!』
「ありがたきしあわせ?」
ネック閣下のクエストはおつかい系だった。
この図書館の中で探しものをする、っていう。
そしてネック閣下が探していたものは。
「これであってますよね」
わたしは古い首飾りを取り出した。
『そうだ! バルバーラ家に代々伝わる当主の証! 早くそれを吾輩に渡せ!』
「……」
『短い耳では聞こえなかったか? その首飾りを渡せと言っているのだ!』
「いやって言ったら?」
『……何だと』
いじわるをするつもりはないよ。
ネック閣下にとって、これを渡すのが一番いいことだと、わたしには思えないから。
わたしは首飾りをしまうつもりだった。でもそれより先にネック閣下が首飾りに手を伸ばす。
『いいから寄越せ! それは吾輩のものだ!』
ネック閣下は念力みたいに不思議な力で首飾りを奪って自分の首にかける。
チャリン、と音がした。
首飾りは床に落ちていた――ネック閣下の頭と一緒に。
『これは――どういうことだ――?』
ネック閣下は首だけでしゃべっていた。
首なしの体で浮かんでいた。
「あのね、ネック閣下。あなたはもう死んでるの」
『つまらん冗句を申すな。笑えんぞ』
「ジョークじゃないよ。聞いて。あなたはずうっと昔に、ここで死んじゃったんだよ」
わたしが首飾りを見つけたのは部屋のすみっこ。
ガラクタに埋もれるように、静かに眠っていたガイコツが首にかけていたもの。
首は綺麗に切られてて。地面に落ちるはずの首飾りを、ガイコツは、大事そうに握りしめていた。
『そんなはずは……吾輩は、バルバーラ家を継ぐため……魔女、そうだ魔女を、捕えに……』
ネック閣下が途切れ途切れの言葉をこぼす。
目はぎょろりと、グルグル回って、視線は定まらない。
胴体はなにもない首の上に手を伸ばす。
『ォ……オォ……首が、ない、ナイィ……なぜだ、何故、ナゼ……ワガハイの、クビがァァァァ!』
ネック閣下の首から灰色の血が吹き出す。
まるで止まっていた時間が動き出したみたいに。
わたしは怖くて動けなくて、頭から血を浴びた。
透明な血で服は汚れない。ただ背筋がひやりとした。
【クエスト【骨折り損――ネック・ボ・デイ・バルバーラⅣ世】を達成しました】
クエスト達成のアナウンスが流れた後、
『おいそこな童』
「ひっ!?」
『Rrr!?』
血の池に倒れた死体(幽霊なのに死体という表現はおかしいけど)のネック閣下の代わりに、最初の首が乗っているネック閣下が浮かんでいた。
「ね、ネック……閣下……?」
『ほう。吾輩の名を知っているか。だが、その呼称は不敬であるぞ。吾輩はネック・ボ・デイ・バルバーラⅣ世。バルバーラ家当主である。本来ならば鞭打ちに処すところではあるが、特別に贖罪の機会を与えてやろう』
【クエスト【骨折り損――ネック・ボ・デイ・バルバーラⅣ世 難易度:一】が発生しました】
【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】
これって、何度もおんなじことを繰り返すタイプのクエスト……だよね……?
「ごめんなさいぃぃぃぃ!」
ホラーは一回でお腹いっぱいだよっ!
To be continued
余談というか今回の蛇足。
ネック閣下
(U・ω・U)<ほとんど首なし◯ック
(U・ω・U)<彼のクエストを進めることで他の幽霊とも会話できるようになる
(U・ω・U)<クエスト発生条件は
(U・ω・U)<①アンデッド系モンスターのドロップアイテムを装備or司祭系統のジョブに就いていること
(U・ω・U)<②魂が穢れを知らない幼女であること
Ψ(▽W▽)Ψ<HENTAIじゃねーか
(U・ω・U)<お国柄だね
【バルバーラ家の首飾り】
貴い血族であることを示す、古めかしい装飾品
輝きは喪われ、栄光は地に堕ちた
汝、過ぎ去りし時に縋るのならば
抱いた願いは妄執に変わるだろう
(U・ω・U)<クリア時にランダムで装備補正とエンチャントが付与される呪われた装備
(U・ω・U)<カンストまで普通に使えるレベル
(U・ω・U)<2回目以降のクリアで付与効果をリセマラできる