長き旅路にて臨むもの   作:【風車之愚者】

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工房管理者

 □【高位従魔師】サラ

 

 ついさっきまで静かだった図書館は、作業を中断して集まった人のひそひそ声で騒がしさが増していた。

 突然の放送で呼び出されたのが十分前のこと。

 <VOID>のメンバーはティアンを含めて全員が、他の<マスター>はちらほらと、あだしのさんの緊急警報にただならぬ気配を感じてやってきた。

 

 この場にいない人には音声で内容を伝えるらしいから、よっぽど大変な出来事が起きたみたい。

 雇われのPKがあっちこっちを走り回っていて、地属性魔法で作った即席の朝礼台に上がるあだしのさんは深刻な表情を浮かべていた。周りは厳重な警備が目を光らせる念の入れようだ。

 

「残念なお知らせよ」

 

 マイク代わりの指輪を通して、あだしのさんはみんなに聞こえるため息を吐いた。

 

「我々の楽園、あるいは缶詰部屋であったここの平穏は先刻破られたわ。何が起きたか既に知っている同志も多いことでしょう。それでも改めて説明させて」

 

 しんとした空気のなか、視線が壇上に集まる。

 

「……かねてから、ある噂があったわ。魔女の蔵書庫にはモンスターが潜んでいると」

 

 モンスター。それが幽霊や人魂のことを指しているんじゃないのは、周りの人の様子でわかった。

 

 噂と小声とわたしが聞いた話をまとめて考えると。

 幽霊はダンジョン(クラリッサさんのお家)では岩や本棚とおんなじオブジェクト、ゲームの背景のような存在というのがほとんどの<マスター>の考えらしい。

 わたしは、ネック閣下とお話ができたから、クラリッサさんの魔法が理由じゃないかとひそかに思っている。幽霊とお話できるようにするとか魔女っぽい。

 

 とにかく幽霊はモンスターとは別物。

 ここはみんなが趣味に集中できる場所。

 安全な作業場のはずだった。

 

 だけど、そうじゃないとしたら。

 

「噂は真実よ。同志が一人襲われた」

 

 合図で<マスター>が壇上に立つ。

 その人は泣いていた。悔しそうに絵筆を抱えて。

 装備の感じは絵師系統かな。あの人が被害者のようだ。襲われたというけれど、見た限りケガはない。

 しかも健康的で肌はツヤツヤ。元気いっぱいでエネルギーが満ちあふれているような?

 

「壊された……めちゃくちゃに」

「参考画像を出すわね」

 

 布製のスクリーンに魔法の映像が映る。

 並ぶ二つの写真はおんなじ角度から図書館の机を撮影したビフォー・アフターのようだった。

 比べると片方はきれいに整理整頓されていて、もう片方は物が壊れて散らかっている。

 ひどい、勝手に人のものを壊すなんて……!

 

「ご覧なさい。神をも恐れぬ所業だわ。この理想的な環境を台無しにするなんて!」

 

 あだしのさんは拳を握って力説する。

 最初に散らかった方の画像を指差して、次に整理された方の画像に舌打ちをしながら。

 

「彼が一番作業しやすいよう、手の届く範囲で完結させた一種の芸術を! こともあろうにモンスターは完膚なきまでに破壊したのよ!」

「筆は箱に仕舞われてた……取り出すのめんどい……なくした絵の具も戻ってきてる……きもい……」

 

 逆じゃない?

 

「徹夜中に寝落ちして起きたら、風呂上がりでさっぱりしてるし……目の前に出来立ての食事が置いてあるし、普通に美味いし……やばいマジで。駄目人間になる……飢えた精神が、創作意欲が失われていく……」

 

 健康的な生活でわたしはいいと思う。

 よく食べてよく寝る子は育つって言うよね。

 ただ、その言葉にみんなは震えている。

 

 ある人はそんな恵まれた環境にいたら堕落すると、心の底から恐怖をつぶやいて。

 またある人は全自動介護サービスは現実に実装してくれ、なんて涙を流したり。

 別のグループは幻覚じゃなかったのか、俺もあった、とおんなじ経験について話し合っていた。

 

「由々しき事態よ。今後の活動に差し障りが出る。そこで私にいい案があるの」

 

 あだしのさんは自信満々に胸を張った。

 混乱するみんなをはさんで、置いてけぼりなわたしとあだしのさんの目が合う。

 

「現時刻をもって仮称“ブラウニー”捜査本部を設立するわ。頼んだわよサラ捜査本部長!」

「ほへ?」

 

 新しい肩書きが増えた。今日で三つ目、新記録だ。

 それとブラウニーってお名前かわいいね。

 

 

 ◇

 

 

 ブラウニー(仮)の捜索をあだしのさんが手伝ってくれることになった。

 

「モンスターのことは従魔師に聞けと言うわ。専門家の意見を聞かせてくれるかしら」

「うーん、そうですね……そもそもブラウニー(仮)はモンスターなんですか?」

 

 わたしはブラウニー(仮)を見たことがない。

 他の人のお話を聞いた限りだと、これまでの被害者はみんな一人のときを狙われている。どうやら徹底的に人前に姿を見せない恥ずかしがり屋さんのようだね。

 

「私は何度か遭遇したから。いつも突然で名前は確認できてないけど」

 

 初耳だ。それなら話が早いね!

 

「貴方も見たでしょう。あの密かに佇むシルエット」

 

 言われてわたしは思い出す。

 洞窟に入ってすぐに現れた謎の影。あだしのさんに手を引かれてすぐに逃げたけれど。

 

「……おばけの?」

「お、お、オバケちゃうわよ! そんな非科学的な存在がこの世にいるわけないでしょう!?」

Rrrrrrrr(ゆうれいはいるのに)

 

 ストップだよジェイド。

 あだしのさんを怖がらせちゃいけない。動揺をごまかそうとして声が裏返ってしまっている。

 

 わたしだって急に驚かせてくるタイプのおばけは怖いんだから。いないならそれでいい。

 アンデッドはだいぶ慣れた。図書館の幽霊は普通にお話するならだいじょうぶ。

 

 おばけの話はさておき。

 あだしのさんの証言から考えると、ブラウニー(仮)はおとなしいモンスターのようだ。

 人を襲わずに身の回りのお世話をしてくれる。

 つまり人間の生活を理解している、頭がよくて友好的な種族だということ。

 

「こっちから攻撃しなければお話できると思います」

 

 あとはどこを探すか、わかっているヒントから目星をつける。人がたくさんいる場所にはいないはず。図書館に隠れているなら目撃情報はもっと多いだろう。

 図書館以外の、あまり使われていない部屋と通路かな。あだしのさんが作った洞窟内のマップを参考にあやしいエリアをひとつずつ確かめて回ろう。

 

「ほとんど物置よ。変なものには触らないこと。前に同志が呪われて酷い目にあったから」

「どんな感じの?」

「全身からキノコが生えて苗床化したわ。魔道書を読んで発狂したのもいたわね」

 

 枝分かれした通路を進む。気分はアリの巣の中だ。

 自由研究でよくあるよね。透明な虫かごにゼリーを入れてアリの巣を観察するやつ。夏休み明けの登校日に、クラスの男の子が持ってくるのが大変そうだった。

 

 物置部屋はそれぞれ、標本の部屋、武器の部屋、魔道具の部屋みたいに分類してあるようだ。

 整理したアイテムの上には別の種類のアイテムが放り投げられている。途中でめんどうくさくなって、適当に山積みした名残りを感じるね。

 

 そうしてブラウニー(仮)の捜索を続けて。

 

「あれ。行き止まりだ」

 

 歩いてきた通路がぷっつり途切れた。

 左右とおんなじ岩の壁が目の前を通せんぼしてる。

 触るとゴツゴツでひんやり冷たい。わたしの力では押してもびくともしなかった。隙間や穴もなさそう。

 

 行ける場所は調べたから、ここがダメなら引き返すことになる。一回あだしのさんの意見を聞いてみよう。

 

「あだしのさ……」

「ウェヘヘ、っぱコレたまらん……ハッ!?」

 

 あだしのさんは地面に座り込んでいた。

 ニヤニヤしてなにかを読んでいる。さっきまでは持ってなかったよね。物置から取ってきたの?

 

「アッ……違うの。捜査の一環よ。見て、ちゃんと魔女の手記だから。フレーバーテキストが手がかりになる可能性はゼロじゃないでしょう」

「うーん。たしかにそうかも」

Rrrrr(そうかな)?』

 

 手帳を破いたページの切れ端が二、三枚。

 せっかくなので読んでみることにする。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 今日のユリウスは一段と凛々しい。

 鍛錬で流した汗を拭う姿は、完成された造形の肉体と相まって、精緻な彫刻のようだ。えっちすぎる。

 ……彼の汗を触媒にできないだろうか。十蔵に採取を頼もう。影が薄いから悟られるヘマはしないはず。

 

 しかし、あのエルフばかり構うのは気に食わない。

 職能の器も満足に埋められないくせに。

 オットーもオットーだ。将軍なら部下のしつけはきちんとしたまえよ、まったく。

 

 

 ◇◆

 

 

 今日はユリウスに二回も話しかけられた。

 記念すべき祭日だ。これはもう、婚姻の契りといっても過言ではないんじゃないか?

 甘い声音と天使の微笑みは王国の至宝だ。

 酒をせびりに来たヴォルフラムは「ただの挨拶だぞ?」とか宣っていたが……野蛮な肉ダルマは人の心の機微をまるで分かっちゃあいない。

 次に同じ事を抜かしたら毒酒を呷ってもらうからな。

 

 

 ◇◆

 

 

 ユリウスと出かけることになった!

 しかし着るものがない。流石に薬塗れのローブで市街に繰り出すわけにいかないだろう。

 黒鶴は相談しても面白がるだけで役立たずだ。

 詫びに、式を挙げる時は舞を披露してやる……? ば、ば、ばかばかバカ! まだユリウスには媚薬も飲ませてないんだぞう!

 

 業腹だがあのエルフに頼るしかないか?

 いや駄目だ。あいつは鍛錬しか頭にない。

 ……まあ、努力だけは認めてもいいさ。

 あいつが【征伐王】としての力を振るうだけ、ユリウスが戦場に出る機会は減る。それはいいことだ。

 

 

 ◇◆

 

 

 全員いるとか聞いてない!!!!

 

 くそくそくそ! みんな嫌いだ!

 

 ばーか! ばーーーーか!

 

 

 ◇◆◇

 

 

 クラリッサさんと仲間の思い出だね。文字から伝わる気持ちはとても楽しそうで鮮やかだ。

 クラリッサさんは仲間が大好きだったんだろう。ユリウスさんと、他のみんなもおんなじように。

 

「尊……」

「宝物みたいですね。元の場所に戻しましょう」

「そ、そうね。手掛かりではないものね」

 

 二人揃って顔を上げる。

 ところで、さっきからやけに暗いような。

 

 視線をあだしのさんの頭の上に向ける。

 ロウソクの灯りを遮るものの正体を見る。

 ぎゅっと集まってわたしを見下ろす人魂の塊。

 ふよふよと浮かぶそれは、目がどこにあるのかわからないけど、絶対にわたしたちを見つめている――!

 

「あ、あだしのさんっ!」

「さ、さささサラ! うしろ後ろ!」

 

 悲鳴は同時に。わたしが人魂にびっくりしたように、あだしのさんもまた、予想外のできごとに驚いた。

 

 ばっと振り返る。

 後ろは行き止まりで壁があるだけ……そして。

 どこからか真っ黒な影が現れる。

 

 暗闇を型抜きした薄い人型のシルエット。

 輪郭は帽子をかぶった紳士みたい。内側は塗りつぶされたのっぺらぼうで、目があるはずの位置は消えかけの炎のようにチロチロと揺れている。

 

 表示された影の名前は【リグレット】。

 

 指先で人魂を吸収(掃除機に負けない吸引力!)した【リグレット】はスッとわたしに近づいた。

 

「助けてくれたの?」

『……』

 

 相手は黙ったまま。お話する幽霊とは違うみたい。

 モンスターだから? けど質問に反応した。わたしの言葉を理解していて敵意は感じない。

 じゃあやることはひとつだよね!

 

「ありがとう。わたしはサラ、この子は従魔のジェイド。それとあだしのさんだよ。よろしく!」

Rrrr(こんにちは)

 

 わたしとジェイドのあいさつを聞いた【リグレット】は帽子を脱いで体を傾ける。うん、今のはあいさつを返してくれたって考えていいかな。

 

「聞きたいことがあるの。あなたはブラウニー……えっと、ここにいる人たちをお世話してくれた?」

 

 コツリ、と地面を叩く音。

 手にした杖で【リグレット】は肯定を表現した。

 

「つまり、敵……ってこと!?」

「あだしのさん。しー」

 

 ジェイドの《サイレント・カーム》であだしのさんの声が聞こえないようにする。ひとまず、お話が終わるまでお口にチャックでお願いします。

 

「みんなのためにしてくれたんだよね」

 

 コツリ。

 

「あなたの気持ちはうれしいよ。でもごめんね、お世話をしなくていいって人がいるみたいなの。次からはそっとしておいてあげられないかな?」

 

 コツ、コツリと音が二回。ニュアンスが違う。

 さっきのが肯定なら今のは否定だろう。

 この子にはお世話をする理由があるってことだ。

 

「お世話が好きなの?」

 

 コツ、コツリ。

 

「あなたのお仕事?」

 

 コツ、コツリ。

 

「うーんと、きれい好きだったり」

 

 ちょっと間が空いてコツリ。

 どうやら当たらずとも遠からずらしい。

 腕組みしてうんうんうなっていると、あだしのさんから無言で激しい主張を受けた。話したいのはわかったから、いきなり攻撃するのはダメだよ。

 

「プハ……もしかして私達と同じなのかしら」

「おんなじ?」

「つまり創作活動の同志ということね。でも、それはありがた迷惑というものだわ。満ち足りた環境でいい作品を生み出す人間はいないもの*1

 

 コツ、コツリと食い気味に強めの音。

 ちょっと怒っているみたい。心なしか【リグレット】の影が感情に合わせて吹き上がったような。

 

「ここを散らかされるのがいやなの?」

 

 コツリ。どうやら当たりみたいだ。

 想像してみる。お友だちが自分のお家に遊びに来るのは楽しい。ただ部屋のお片づけは大変だ。

 それがお友だちじゃなくて、知らない人なら。いやな気持ちになるのはしょうがないかもしれない。

 

 追い払うのが大変だから、早く作業が終わるように手伝うつもりだったとしたらつじつまが合う。

 わたし、この子は悪くない気がしてきたよ。

 

「あだしのさん。別の場所に移ってあげることは」

「い、嫌よ! ここは宝の山なの!」

 

 かといって、あだしのさんを無理やり追い出す権利があるのは【リグレット】とクラリッサさんだ。

 わたしができるのはお願いくらい。実に悩ましい。みんなが納得する方法があれば一番なのに。

 

『……』

 

 悩んでいたら【リグレット】は姿を消した。

 行き止まりの岩壁をすうっと通り抜ける。

 いなくなる直前、意味ありげな沈黙を残して。

 

「ついてきて、ってことだよね」

「え? 行くの? 敵対フラグじゃない!?」

「だいじょうぶです! たぶん!」

 

 戦闘にはならない気がする。なんとなくだけど。

 だって【リグレット】が本気で襲ってくるなら、場所を移動せずに攻撃してくるはずだ。あだしのさんたちを追い払うためにお世話という方法を取る必要もない。

 

 その証拠に石壁がゴゴゴと動いている。

 何十と組み合わさった魔法陣が起動する。

 魔女が大事に封印していた秘密の部屋。入り口の扉は内側から開いて、わたしたちに道を譲った。

 

「いくよ」

Rrr(うん)

「ちょっと! 置いてかないで!」

 

 広い部屋の中はがらんとしていた。

 あるものといえば六つの石碑だけ。

 

 ――【天将軍(ヘブン・ジェネラル)】オットー、ここに眠る

 

 ――【斧鉞王】ヴォルフラム、ここに眠る

 

 ――【旭影(サン・ライト)】十蔵、ここに眠る

 

 ――【扇神】黒鶴(ヘイホー)、ここに眠る

 

 ――【征伐王】オリビア、ここに眠る

 

 ――【流浪騎士(ナイト・オブ・ワンダー)】■■■■、ここに眠る

 

 名前がかすれて読めないひとつ。

 ひとつだけ白い花がお供えしてある石碑の前に、ぼうっと揺れる人型の影法師が立っていた。

 それは……きっと名前通りの存在だ。

 

 六つのお墓を指して【リグレット(後悔)】は訴える。

 

 立ち去らないというのなら、力を貸してほしいと。

 

 To be continued

*1
個人の感想です




余談というか今回の蛇足。

六つの墓標
(U・ω・U)<当然だけど中身は空っぽ

(U・ω・U)<刻んだ名前すら不正確

(Є・◇・)<……どういう意味だ

(U・ω・U)<クラリッサが覚えている名前だから

(U・ω・U)<仲間が死んで初めて、フルネームも知らないことに気づいたんだよ
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