長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□■ <魔女の森>・工房内部
薄暗い通路を闊歩する者がいる。
一人は古めかしい装束を纏う術師。
光の角度で色調を変える虹色の髪を靡かせた女。
神輿代わりの煌玉獣【
そして傍らには、人間とかけ離れた風貌を有する、無骨な黒鉄の甲冑を引き連れる。
同じ機械仕掛けであっても【堕天騎士】を
皇国の技術者なら人型機動兵器である<マジンギア>【マーシャルII】の前身……機械式甲冑の【マーシャル】を想起するだろう。
彼こそは【征伐王】ひよ蒟蒻。
魔女に呪われた敗北者である。
「く……こ、ろせ」
サラを逃がすため囮になり、さりとてクラリッサを害することもできず、進退に窮した偽善者の末路など……悪漢に捕まった生娘の運命よりも明白だ。
己と装備を呪われたひよ蒟蒻は、思考以外の一切の自由を奪われ、魔女の傀儡に成り果てた。
「そう焦らないでおくれ。私のユリウス。言われなくてもあの女はきちんと始末するさ」
「違う、お前の気が晴れないなら俺を殺せ。あの子は関係ないから手を出すな」
「あははっ! 優しいんだね君は! ……本当に、誰に対しても。いつだってそうだ」
鈴の音のような笑い声。痩せ細った指で口元を覆い、クラリッサは優越感を噛み締める。
誰からも愛された授かりの英雄。
決して誰の所有物にもならない男。
それを自分が支配するという妄想で悦に浸る。
故に。
「目障りなごみは掃除しないとね?」
視線の先には<VOID>のPK。
魔女の留守を荒らす不届き者。魔女は自分一人なら、家中をひっくり返す労力をかけてまで、隠れ潜む鼠を放逐する気分にはならない。
だが、二人の愛の巣なら話は別。
蔓延る羽虫は残らず、泥棒猫諸共に始末するのは至極当然な思考の流れであった。
「さあユリウス。私と君の共同作業だよ」
クラリッサの合図でひよ蒟蒻は抜刀する。
そこに彼の意思は介在しない。
人を傷つけたくないと願う少年は、呪詛に抗えず<マスター>に剣を向けた。
(自害システムは……駄目だ。俺が突然消えた時のクラリッサの反応が読めない)
救いの綱たるひよ蒟蒻の<エンブリオ>だが、呪いの影響で二十四時間は装備不可能である。
雁字搦めの【征伐王】は懇願するほかない。
「待て……待ってくれ。頼む、お願いだ。それは、それだけは……やめてくれ」
「しかしご覧よ。あの人間は私を害そうとしている。それに君が【鳥兜之悪魔】を壊してしまったからね。代わりが必要なのさ」
事実、魔女を守護する煌玉獣は破損している。
両腕は斬り落とされて武器を握ることが叶わず。
コックピットの装甲は一文字の裂傷が刻まれており、操縦席のクラリッサは無防備で外気に晒されている。
到底戦闘に耐える状態ではない。自己修復機には限度があるため、オーバーホールが必要だ。
それを成した業物はひよ蒟蒻の手に。
彼は魔女の守護者を仕留めるため、妖刀の技を借り、自らの策と選択によって失墜した。
鎖の黒刀【縛鎖業剣 バーテクス】は、隙あらば所有者の肉体操作権を奪う、怨念に塗れた特典武具。
呪われた武具であるならば。呪詛を書き換えて指向性を与える程度はクラリッサにとって造作もない。
闘争を求める魂は、諍いを嫌う騎士の楔として、大変有効な手綱である……実際は魔女の想定を僅かに下回る拘束だったが。呪詛と怨念は似通っているが別系統だからか。
ひよ蒟蒻は最後の抵抗として、自らを弱体化する特殊装備品……グリオマンP製の強化外骨格ならぬ、制限拘束型の弱化外骨格【バルムヘルツィヒカイト】を装備することしかできなかった。
魔女は些細な瑕疵を気に留めない。
騎士は自らの手に堕ちた。
もはや勝利は約束されたも同然。
どのような対価を差し出されようと、クラリッサが妥協する理由はない。
「それにだ。忘れてしまったのかな――
ひよ蒟蒻の願い虚しく戦端が開いた。
見張りの<マスター>に相対した彼は、使用可能なスキル群から最適な一手を
「――《
特典武具とジョブスキルの同時並列使用。
引力を操る籠手で対象を引き寄せ、半径二メートル圏内に距離を詰めた状態で抜刀術の体勢に移る。
幻術で彼我の間合いと動作を誤認させ。
白鞘で精製した幻覚作用を含む粉末を刀身に塗布。
倍化した速度でさらに二つ目の鞘を装備、溢れる雷光に弾かれた黒刀を射出する。
「――《
回避を試みたPKだったが、その足元から光の柱が伸びて、移動とスキルの使用を封じる。
立ち尽くす案山子となった的に目掛けて振るわれる超々音速の絶技はしかと骨肉を断ち――
「――《
――PKは
「……ふうん?」
気に食わない、とクラリッサは内心苛立ちを覚えながら先程の剣技について考察する。
無論AGIが三桁に留まる彼女は刃の軌跡を目で追うことはできなかった。ただ全ての工程を知らずとも、長い年月を生き延びた魔女は、魔剣についておおよその論理を推測してのける。
「斬られたと錯覚する剣技、だね」
ひよ蒟蒻の魔剣は何人も斬ることのない剣。
刃は骨肉に触れず、気迫と幻を以って敵を挫く。
戦闘狂気質の【縛鎖業剣】は強者相手でなければ真の刃を現さず、鎖を巻いた鈍器に等しい。
その性質と二重の幻術、神速の剣筋を組み合わせた結果が“不殺”の魔剣《活殺自罪》なのである。
「ッ……ハァッ……ハッ……」
初手の行動が人を傷つけなかったことにひよ蒟蒻は安堵する。
(……運が良かった。だが)
「いつの間にそんな芸当を覚えたんだい? 惚れ直してしまったじゃあないかまったく!」
倒れた<マスター>を【鳥兜之悪魔】が踏みつける。
血溜まりが光の塵になるまで擦り潰した後、クラリッサは呪術を練りながら、濁り曇った瞳で問い詰める。
「――で? ねえ、次は?」
「ぐっ……おい頼む、逃げてくれ!」
蜘蛛の巣を散らすように逃げ出すPK。
【征伐王】は彼らの背中を追い立てる。
非情な魔女は騎士の背中を眺めながら、獲物を探して、悠然と歩みを進めるのだった。
◇◇◇
□【高位従魔師】サラ
「……死んだわこれ」
逃げてきた<マスター>の記録映像を見てから、あだしのさんは真っ青な顔でブルブルと震えている。
ひよ蒟蒻さんとクラリッサさん。二人に対抗するため、<VOID>は非常事態宣言を発令した。
ティアンは裏口から外に逃げてもらい、<マスター>が防衛線を築いている。
ただ、みんなの士気は低い。
ひよ蒟蒻さんは有名な実力者だ。クラリッサさんもとってもすごいティアン。
あだしのさんは<VOID>のメンバーに、戦闘を専門にしていない人ばかりを集めていた。勝てるわけがないと思ってしまうのはしょうがないだろう。
【あだしの。撤退を進言する】
沈黙のまま、ノベルスさんがメッセージを表示する。
【蔵書はあらかた複写した。デスペナルティのリスクを抱えてまで留まる理由があるか?】
「でも……」
ちらりと、わたしに視線が向いた。隣で佇む【リグレット】にも。心配してくれるみたい。
デスペナルティとわたしたちを秤にかけて迷ってくれている。……迷うだけのデメリットがある。
【別にクエストが発生しているわけでもないだろう。味方はログアウトを始めている。潮時だぞ】
クラリッサさんの目的はわたしだ。
いやがる人を無理やり連れてはいけない。
だから、正直な気持ちだけ伝える。
「来てくれたらうれしいです。でも……無理しないでだいじょうぶ! あだしのさん、また遊びましょうね!」
戦う準備を整えて、防衛線に向かう。
「行こうジェイド!」
『
ちょうど会いたいと思ってたところだ。
クラリッサさんと【リグレット】、二人がお話できるように全力でがんばるよ!
◇
ひよ蒟蒻さんの強さは知っている。
今回は他にクラリッサさんもいるわけだから、わたしが正面から戦って勝つのは難しい。
「ターコイズ。情報をお願い」
『了承。検索:【征伐王】、【大魔女】。閲覧中……検索終了。検討、勝率、0.00002%』
「じゃあ、こうするなら?」
『……大胆不敵。否定、再検討、成功率0.002%』
提案した作戦はターコイズにダメ出しされる。
うーん、やっぱり無茶があるよね。
だけど可能性が百倍なんだったら……今できる限りの手段でやるしかないだろう。
もう一度【ジュエル】の設定を確認する。
なにがあっても従魔は無事でいられるように。
「……よし」
わたしが覚悟を決めるのと、
「っ!」
ひよ蒟蒻さんが、隠れているわたしを見つけて歯ぎしりするのは同時だった。
「《始まりは――」
「――《我流魔剣・活殺自罪》」
スキルの発動はひよ蒟蒻さんが圧倒的に早い。
わたしはなにもわからず、全身に電流が走ったことで、真っ二つに切られたと錯覚する。
当然スキルは中断。体は痺れて動けない。しまった、【麻痺】になるのは想定外だ。
だけど……他は作戦通りだよ!
倒れるわたしを岩に擬態したクロムが回収。
ひよ蒟蒻さんの足元からはニュッとターコイズが飛び出して、全身を丸呑みにする。
映像を観察してわかったことがある。
操られたひよ蒟蒻さんは必ず最初に魔剣を使う。
スキルのクールタイムが揃っていれば、一回は、絶対に死なない攻撃が来るから耐えられる。
距離を詰めた隙を狙って罠を仕掛ける。
ターコイズの零度より冷たい液体酸素でひよ蒟蒻さんを凍らせる。足を止めてくれたら十分だ。
奥義でパッシブスキルは封印できない。スライムの《物理攻撃無効》は有効なはず。
ポーションで状態異常を回復して様子を見る。
次にひよ蒟蒻さんが取る行動は二つ。
物理以外の手段でターコイズを攻撃するか、遠距離攻撃でわたしを狙うかのどちらかで。
困ったことに予想を超えて両方だった。
「《大気放出》」
ひよ蒟蒻さんを中心に突風が放たれる。
ターコイズは風圧で吹き飛ばされて散り散りに。
その破片混じりの風の刃を、わたしはジェイドに守ってもらうことでなんとか防ぐ。
そして、風の防壁を突き破って衝撃波が迫る。
「《波動掌転》、《ノウズダイブ》」
『《Astro Guard》……Aaa!?』
受け止めた衝撃波の内側から鳥の羽根が散らばって、クロムの動きが明らかに悪くなる。
そのままひよ蒟蒻さんはクロムを掴んで投げ飛ばし、シャベルのような形の槍を地面に突き刺した。
「《奈落の泥濘》」
「クロム! 使って!」
地面が底なし沼になる前に、わたしは土属性魔法の【ジェム】で岩の足場を作った。ジャンプしたクロムは足場の岩を再活用。ガレキを蹴り出す攻撃だ。
「《
『
ルビーは《セブン・キャスト》で七つの《クリムゾン・スフィア》を重ねて発射した。
ひよ蒟蒻さんはズバッとガレキを切り払う。
空いた片方の手は腰に吊るした魔導書に。白紙のページが舞って、ぐるぐると周囲を回転する。
「《叡智編纂:セブン・キャスト――クリムゾン・スフィア》」
ルビーの魔法はページに当たると無効化されてそのままわたしに返ってくる。
魔法反射の特典武具……それを待ってたよ!
ジェイドを【ジュエル】に戻して、
「《キャスリング》!」
転移したことで視界が一変する。
わたしがいた場所で、ターコイズに《クリムゾン・スフィア》が命中して大爆発が起こる。
ひよ蒟蒻さんを巻き込む距離。充満する炎と煙の向こうでパワードスーツが立ち上がる。
やっぱり耐えるよね。さすが前衛型の超級職だ。
きっとジェイドの《トルネード・ラム》だって効かないだろう。風属性の攻撃は吸収されてしまう。
だいじょうぶ。倒す必要はない。
わたしの狙いは最初からひとつ。
最初から、ターコイズには分裂してそのまま再生するよう指示を出していた。
どの位置取りでも入れ替われるように。
前衛を引き離して、クラリッサさんがガラ空きになった瞬間を狙えるように!
「こんにちは! おじゃましてます!」
《キャスリング》はわたしと従魔の位置を入れ替えるスキル。これで不意打ちする作戦だ。
「お願い、お話するチャンスをください! クラリッサさんにとっても大切なことなんです!」
「意味の分からない妄言だ。なぜ君にたかる害虫はこうも理解しがたい愚か者ばかりなのだろうね……ユリウス」
クラリッサさんはため息を吐く。
魔法やスキルの準備、それとアイテムボックスから道具を取り出すといった様子はない。
戦闘中とは思えない無防備な姿だ。
わたしにそのつもりはないけれど、攻撃されることを考えたりするものじゃないかな。
「――彼が、敵を通すわけないだろう?」
「――《パージ・パニッシュメント》」
地面から光の柱が突き出す。
わたしとルビー、ターコイズ、クロムまで一瞬で捕まっちゃった。
光に埋まって体がぜんぜん動かせない……!
ガシャンガシャンと重量感のある足音。青い炎の壁を突っ切ってひよ蒟蒻さんが現れる。
「それなら《喚起》! ジェイド、ひよ蒟蒻さんの後ろに《エア・ポケット》だよ!」
『
再び出てきたジェイドに指示を出す。
ひよ蒟蒻さんは風を吸い込む準備をするけど、そのぐらいならへっちゃらだ。
これは一時的に空気を真空状態にするスキル。
戦い方の幅を広げるためにみんなで考えた技。風が効かないなら、ほかの方法でやっつけたらいい。
ぽっかり空いた穴に空気が流れる勢いで、背中を引っ張ってしまおうってことだ!
「……《反骨推進》」
頭が光って
「ほぇ!?」
『進言。不可、抗力、反転。即、恩恵』
そうか、力の方向を逆にするスキルだっけ。
うっかりしていた。これじゃあ打つ手がない。
パワードスーツの腕が剣を振りかぶる。
一息でわたしは切られてしまうだろう。
最初に狙われたのがわたしでよかった。デスペナルティになったら従魔は自動的で【ジュエル】に戻る。
だけど【リグレット】は?
あの子は野生のモンスターだ。きっと助からない。
クラリッサさんと、あだしのさんたちも。
ここで負けたらぜんぶ台無しになる。
「……いや、だ」
それはいやだ。
理由はうまく言えないけどいやだ。
「だって、そんなの……」
頭が熱い。目がチカチカする。
脳みそをぐるぐるかき回されているような感覚。
「こんな終わり方……悲しいよ!」
だけどひとつだけ。
いま、口にする言葉ははっきりしていた。
「《
わたしが叫ぶのと、ひよ蒟蒻さんが苦しそうに剣を振り下ろすタイミングは同時で。
「――よくぞ吠えたわ!!!!」
「……?」
いつまで経ってもデスペナルティにならない。
不思議な思っておそるおそる目を開ける。
ひよ蒟蒻さんは腕をだらんと下げていた。
不自然に揺れるパワードスーツ。剣を握る指まで力が抜けてしまっているみたいだ。
まるで中身の体がなくなってしまったよう。
「流石は我が共犯者。物語における至高の結末を理解しているが故の発言ね」
次に気づいたのは周りの変化。
いつの間にか、雪が降り注いでいる。
わたしの肩にも積もっていて……ううん、これは雪じゃないや。きめ細かいネズミ色の
おんなじ間隔で耳を打つチクタクという音。
後ろでアンティークな時計板が浮かび上がる。
慌ただしく動き続ける秒針につられて、長針と短針はゆっくりと時間を進めている。
「それに……案外大したことないじゃないの【征伐王】。これなら楽勝よ楽勝」
聞き覚えのある声がする。ヴェールの喪服を着た女の人が、わたしの隣までやってくる。
「お待たせ。待ち侘びたかしら?」
ぷるぷる震えながら、最高にかっこつけたあだしのさんが助けに来てくれた!
To be continued
余談というか今回の蛇足。
ひよ蒟蒻
(U・ω・U)<中ボス(弱体化)
(U・ω・U)<行動がAI準拠になっている
(U・ω・U)<呪いの設定がオートマのため
《活殺自罪》
(U・ω・U)<レベル500以下限定で通用する対人魔剣
(U・ω・U)<強者相手だとバーテクスが本気を出すので使えない
【バルムヘルツィヒカイト】
(Є・◇・)<グリオマンPの作品だ
(Є・◇・)<強化外骨格は個別のステータスが設定されているから
(Є・◇・)<自分の高いステータスを発揮しなくて済む
(U・ω・U)<当然のように特典素材を複数投入している
《叡智編纂》
(U・ω・U)<【魔導白書 ピカトリクス】のスキル
(U・ω・U)<魔法をひとつだけ無効化してストックする使い捨てスクロール
(U・ω・U)<魔術万能攻略書
《反骨推進》
(U・ω・U)<兜型の特典武具【一角冑 ハープーン】のスキル
(U・ω・U)<抗力の真逆に推進力を生み出す
《エア・ポケット》
(U・ω・U)<真空状態を作り出す風属性の応用技
(U・ω・U)<スキルとしては成立してない
(U・ω・U)<サラは従魔と一緒に同じような技を考えて訓練している
(U・ω・U)<技名があると指示がしやすいからね
《■■■■■■■■》
(U・ω・U)<おや……?
(U・ω・U)<バベルのようすが……!
(U・ω・U)<ズッチャズッチャ
(U・ω・U)<おや……?
(U・ω・U)<バベルの変化が止まった!