長き旅路にて臨むもの 作:【風車之愚者】
□■理想を夢見る彼女の話
彼女は趣味人である。
それ以上でも、それ以下でもない。
ただ世にある娯楽を摂取するだけ。
日々供給されるコンテンツに一喜一憂する。
自分で何かを生み出すことはなく。
夢と幻想を鑑賞する傍観者であり。
異なる世界に干渉しない消費者だった。
理由は単純。
どんなに理不尽な物語が綴られて、その結末が認められないものであったとしても。
必ず誰かの手で幸せなイフが生み出される。
わざわざ彼女が、拙い技量で、原典を貶める駄作を書き記す必要などかけらもないのだから。
彼女は幸せな物語が好きだった。
勧善懲悪を超えた、登場人物すべてが最高の結末を向かえるハッピーエンドが大好きだった。
しかし現実はそう上手くいかないもの。
ご都合主義と呼ばれて忌避される構成。
誰も死なない物語が興醒めするのも理解はできる。
緩急があるからこそカタルシスが生じるのだと。
英雄は死に際が美しい?
人生は出会いと別れの繰り返し?
だからといって、肩入れした登場人物があっという間に退場してしまうことが平気でいられようか。
楽しい時間は瞬きの間に過ぎる。
夢はいつも唐突に終わりを告げる。
残響を抱えて、彼女は幸福な“もしも”を探す。
<Infinite Dendrogram>においても、彼女の行動原理は変わらない。
◇◆◇
□■十分前
走り出す少年と従魔の背中を見送る。
後を追おうとして、しかし……あだしのは最初の一歩を踏み出すことができない。
彼らを助けたい。それは本心だった。
デスペナルティは面倒だが、所詮はゲームにおける仮初の死。彼女が忌避するほどのリスクではない。
ならどうして足が動かないのか。
【酷い顔だ。何をそんなに怖がっている】
……怖がっている?
自分が? 何に対して?
彼女の脳は文字列を認識しない。
【言語化できないか。であれば代わりに一筆記してやろう。なに案ずるな。ちょうど遊戯に負けて暇なところだ。原稿なんぞより余程、容易な手遊びだとも】
メッセージは一度閉じられる。
わずかな静寂。
ペン先が紙を滑る音が聞こえた気がした。
【お前は死神――ジョブの【死神】ではないぞ――と呼ばれているな。その所以は、肩入れする創作の登場人物が軒並み死亡する結末を向かえるからだ。お前が肩入れするから死ぬというよりは、好みの性質が似通っているからこそ起こる悲劇だな】
自己犠牲の精神を持つもの。
博愛主義者、理想論者。
儚げな雰囲気。どこか危なっかしい言動。
言われてみればその通りだが、今の状況とあだしのの性癖に何の関係があるのだろうか。
【関係大アリだ。サラを好ましいと感じたな? あれは前述した性質に合致する人種ということだ。そして、お前は自分が好きになった相手が死ぬことを恐れて好意を抑えている……
「相変わらず迂遠な言葉回しね」
【それは批判か? 参考にはしないが】
編集者にでも食わせておけ、と宣う作家。
呆れるほど強靭な精神構造である。
【既に理解しただろう。お前は――】
◇◆
駆けつけたあだしのが目にした光景は、機械甲冑に襲われる小さな客人の姿だった。
相手は音に聞こえし【征伐王】。捕らえた犯罪者が殺してくれと懇願するまで痛めつける“半殺し”にして“生殺し”のひよ蒟蒻。敵に回すのはたいそう恐ろしい。
(……でも)
自らの共犯者と呼ぶ少年。
同じ願いを持つ、あるいは金銭にものを合わせて協力を取り付けた創作を得手とする同志達。
彼らと共に過ごした短くも濃厚な時を思う。
(幕引きは、まだ早いじゃない!)
オーダーメイドの愛杖を装備する。
彼女が扱う属性に特化した付与スキル群の補助を受けて高速で魔法を紡いでいく。
彼女の
創作活動を目的とする弱小サークル<VOID>レジェンダリア支部において、唯一別格として幹部の座に据えられた貴婦人であり、長らくロストジョブと化していた属性体系を再興した第一発見者。
そのメインジョブは【
腐属性魔法に特化した超級職である。
腐属性は闇属性と同様に対生物特化の属性だ。
非生物にはなんら影響を及ぼさない代わりに、生命ある生物に対しては耐久力を無視して徐々に肉体を蝕み、致命的な損傷を与えることができる。
「《
躊躇わず【腐姫】の奥義を使用する。
触れた箇所から腐敗する無色無臭の臭気を広範囲に散布する超級魔法。
あだしのは魔法拡張系スキルで改良を加え、圧縮した臭気を球状に整えて射出した。
狙いは【征伐王】。機械甲冑をすり抜けて魔法が命中したことを確認したあだしのはガッツポーズを取る。
(今の通じた? レジストされてない? よっし! これならいけるわ……!)
魔法の加工と発動隠蔽が功を奏した。
さらに今の【征伐王】は大幅に弱体化しており、希少な腐属性に特化した耐性装備など持ち合わせていない。超級職の奥義クラスの魔法は十分に通用する。
それでも本来なら時間が足りない。
全身に《腐海》の影響が回るまでは個体差でおよそ数分〜一時間ほどの間隔がある。
押し並べてスキルが遅効性のため戦闘においては使いどころが難しいのが腐属性だ。これではサラの窮地を救うにしても間に合わない。
――使い手があだしの以外なら。
「――《
暗い洞窟に降るはずのない雪が降る。
否、これは灰。彼女の<エンブリオ>。
あだしのの背後に顕現した骨董品の古時計。
TYPE:ワールド、【夢散積灰 サンドリヨン】がもたらすスキルのエフェクトだ。
灰は皆等しく平等に降り積もる。
しかして真っ先に影響が現れたのはひよ蒟蒻だった。
強化外骨格の内側で身体が瞬く間に腐り落ちる。
最初は皮膚が。次に肉、やがて骨まで腐敗の影響が到達するとまともに動くことすらままならず、支えを失った腕はだらりと垂れ下がって剣を取り落とす。
腐敗は腕だけに止まらない。早送りのように、ひよ蒟蒻は《腐海》の臭気に侵されていく。
(遅効性ならスキップすればいいってことよ)
サンドリヨンは触れた対象にかかっているスキルの経過時間のみを加速する。
制限時間付きのバフは一瞬で時間切れとなり。
腐属性魔法のような、継続して効果を発揮するスキルについては、過程を短縮して肉体の腐敗という結果を即座に導き出すことができる。
(ふ、ふふ……やったわ! やってやったわ! これで私も立派なPKよちくしょーう!)
大それたしでかしと今後の影響に震えながらあだしのはサラと合流を果たしたのだった。
◇◇◇
□【高位従魔師】サラ
ひよ蒟蒻さんが倒れたからわたしと従魔のみんなは光の柱から解放された。
助けに来てくれたことについ嬉しくなっちゃって、思わずあだしのさんの胸に抱きつく。
「あだしのさん! きてくれたんだ!」
「ホウァ……と、当然でしょう。あと残ってた同志をまとめて連れてきたから」
いぇーいとピースするPKの人たち。
最初の二人組とエクストリームの人もいる。
あだしのさんは気合いたっぷりに号令をかける。
「我【征伐王】ぶっ倒したり! 悪魔ロボは壊れてる! 残るは魔女一人、反撃の時間よやろうどもー!」
「「「うおぉぉぉぉぉ!」」」
やる気十分。これはなんとかなるかも……って、
「倒したらダメですよ? お話するために、ちょっと落ち着いてもらうだけ!」
「魔女の方はいっぺん殺さないと止まらないように見えるのだけれど?」
「だいじょうぶですよ! 【リグレット】と会えたらきっと! たぶん! おそらく!」
「憶測ぅ……ええい、ここまで来たら一蓮托生だわ。聞いたわね、全員サラを援護! できることがないやつは肉の壁になりなさい!」
その言葉でPKは一斉に走り出した。ほとんどは武器を持たないまま、体当たりする勢いだ。やることがないから囮として飛び出してくれたらしい。
みんなありがとう。あんまり無理しないでね!
わたしも準備をしなくちゃ。
岩陰に隠れている【リグレット】を手招きする。
最初は護衛を引き離したクラリッサさん一人の状態でゆっくりお話しようと考えていた。
だけどひよ蒟蒻さんが倒れた今なら、この子を連れたまま近づけるかもしれない。
「グ……あ、ア……う」
「げ。【征伐王】が立ったっす」
「総員、殺せ!」
PKの前に立ち塞がったひよ蒟蒻さんは満身創痍で動けているのが不思議なくらい。
呪いで無理やり立ち上がった感じ。PKを奥義で足止めするだけで、追撃はしてこない。もう手足が腐ってパワードスーツなしだと崩れ落ちてしまう状態のようだ。
PKの後ろに隠れてわたしはこっそりとひよ蒟蒻さんの防衛ラインを抜ける。伸ばされた手は、あだしのさんの追加の魔法を受けてついに腐る部分もなくなった。
みんなのおかげで、わたしたちはクラリッサさんの前までたどり着いた。
「また来ました!」
「しつこいな君。ユリウスを誑かすだけでなく、あんな目に合わせるなんて。この悪女め! 疣だらけの醜い怪物にしてやる!」
クラリッサさんは土色の杖を振る。ぬめぬめした粘液は呪いのひとつなんだろう。
ついでにおまけだと怪しい薬瓶の栓を抜いて、中身をわたしの頭にバッと振りかける。
『……』
だけど【リグレット】がわたしをかばった。
二つの呪いが直撃したのに平気そう。
【リグレット】はクラリッサさんに近づいて手のひらサイズのなにかをそっと差し出した。
ただクラリッサさんは警戒して受け取らない。新しい薬瓶を投げて【リグレット】を攻撃した。
傷ついてよろめいた【リグレット】は、地面に落としたなにかを拾って、またクラリッサさんに渡そうとする。
それは枯れた小さな白い花。
ユリウスさんのお墓に供えてあったものだ。
「……おま、え」
クラリッサさんが目を見開く。
驚いて言葉が詰まる直前の声に乗った気持ちは戸惑いと怒り。どうしてそれがここにあるのか、理解したくないという思いが込められていた。
「それはユリウスに贈った……」
『……』
大事なことから目を逸らさないでほしいと、【リグレット】は自分の胸から人魂を取り出す。蔵書庫に浮いているものより大きくて、輝いている、記憶のかけら。
それはパズルのピースがはまるように、もともとあった場所……クラリッサさんのところにふわりと飛んだ。
そして、光が弾ける。
『……術式は九割方完成している』
『
『すまないねユリウス。私は、君のいない世界で生きようとは思わないよ』
記憶は静かな独白から始まった。
暗い洞穴で一人、花飾りを見つめる後ろ姿。
自分に呪いをかけたクラリッサさんが倒れるのと、染み出た記憶が影の形を取るのは同時で。
誰かを象った人型の記憶は、気絶したクラリッサさんと花飾りをじっと見つめていた。
「……違うッ!」
膝をついたクラリッサさんは髪をかきむしって、わなわなと震えていた。核の記憶を取り出したせいで消えかかっている【リグレット】をにらみつけて。
「違うチガウちがう……あの日、ユリウスは私の手を取った……こんなものはデタラメだ……」
力なくすべる言葉だった。
本人が嘘だと、間違いだとわかってるから。
記憶の光景は実際に起きたことだと、呪いに詳しいクラリッサさんは一目で理解してしまう。
ユリウスさんはもういない。
どんなことをしても戻れない。
忘れていた、見ないふりをしてきた記憶が、どうしようもない現実を突きつけていた。
でも……【リグレット】の未練、伝えたかった思いはほかにある。今にも消えそうなのに、クラリッサさんを見つめて、悲しそうにしているんだもの。
鍵はユリウスさんと花飾り。
解決策がないなか、わたしは祈る思いで、地面に落ちた花飾りに《鑑定眼》を使った。
◇◆
【リーベシュネーの押し花】
深い眠りに誘う呪われた徒花
渡されなかった花飾り
魔女は雪星草に願いを込めた
五つは、友の御霊が貪られぬよう
一つは、愛する騎士を逃がすため
しかし、騎士は友と戦場に向かい
ついぞ帰りはしなかった
◇◆
テキストの一文に目が吸い寄せられる。
これを素直にそのまま受け取るなら。
わたしの推測はきっと合っていて、【リグレット】の気持ちにクラリッサさんは気づいていない。
居ても立っても居られなくて、わたしは花飾りを拾おうと走り出した。
「ッ、触るな!」
だけどクラリッサさんは許さない。
大事なものを奪われないように、呪いの薬をあたりにばら撒いて、わたしの足止めをする。
「これじゃ歩けない……」
【取材の一環だ。考えを聞かせろ】
「ノベルスさん? えっと、実は」
思いついたことを説明すると、ノベルスさんのメッセージはあきれていて、ため息が聞こえた気がした。
【仮定に希望的観測を重ねてどうする】
「それでも! なんにもしなかったら、なんにも変わらないじゃないですか!」
【……啖呵は及第点だな】
パタンと本を閉じる音。
洞窟の通路から男の人が顔を出す。
「いいだろう。力を貸してやる。現状、ここからどう転んでも最悪の結末に比べればマシだろうさ!」
「ノベルス!? 貴方部屋から出れるのね!?」
あだしのさんを無視して、ノベルスさんは本を何冊か手にした。
「今からお望みの脚本を書き上げる。お前は完成までの時間を稼げ」
「わかりました! ありがとうございます!」
「礼には及ばん。《
ノベルスさんのスキルで周囲が切り替わる。
不安そうなあだしのさんや瀕死のひよ蒟蒻さんの姿は見えなくなり……わたしは不思議なパステル色の空間に飲まれていった。
◇◆◇
□■【腐姫】あだしの
少年と魔女はノベルスが持つ本に吸い込まれる。
彼の<エンブリオ>は時間稼ぎとして非常に有効な手段のため、この場面で使用することにあだしのは何の疑いも抱かない。しかし。
「私は?」
異空間に隔離したのは二人だけ。
他の面々は洞窟に残ったままである。
戦える自分は同行した方がよいのでは。
そう、暗に判断の誤りを指摘するあだしの。
しかしノベルスはそれこそ誤りだと鼻で笑う。
「お前は仕事がある」
「ああ! そうね、先生が自分から執筆する気になったのだもの。雑事は任せて集中してもろて」
彼は作家だ。現実でもゲーム内でも。
まったく気紛れで筆は遅く、サボり癖があるためにまともな作品はここ数ヶ月拝めていないのだが。ノベルスは締切間近で尻に火がついたら腰を上げる、典型的な夏休み最終日型の創作者だった。
けれど彼の技量は確かなもの。
あだしのは一ファンとして、新作の作業に専念してもらいたい(あわよくば一番に原稿を読みたい)と考え、後片付けを始めようとした。
「
「……WHY?」
故に、その発言は理解が及ばない。
「サラは最高のハッピーエンドをお望みだ。ならばあだしの、お前が筆を取るほかあるまいよ」
「ち、ちょちょちょっと!? 全然意味が分からないわよモア説明プリーズ!」
「そのままの意味だ。裏や行間を読まなくていい」
「なおさら謎なんですけどぉ!」
猛烈な勢いで首を横に振る。固辞する。
恐れ多いし滅相もない。あり得ない話だ。
本職を差し置いてあだしのが物語を綴るなど。
「私は……上手く書けないもの。プロじゃないし。文章書けないし。そもそも物作り全般が苦手だし? できるなら最初から貴方達を雇っていないというか」
「やらない理由作りは一人前だな」
お前が言うな、とあだしのは思った。
夕食のメニューを理由にサボる癖して。
「先程述べたが。『自分が物語を貶めること』が恐ろしいか?」
「当たり前でしょう。私のせいで好きな作品が台無しになったら、腹を切るしかないじゃない」
「だが俺や連中を雇った。創作物を求め、そして先程は自らサラを助けに向かった」
「それは……」
続きが読みたい。幸せな結末が欲しい。
楽しい時間を終わりにしたくない。
そんな欲望を抑えきれなかったがため。
浅ましくも醜い自我の片鱗であった。
「貴方達は上手くやる。それにサラのことは話が別よ。共犯者として手を貸しただけ」
「一定の成果を見込んだと。原作を損なわなければいい。友人を窮地から救うに足る実力があればいい」
「そうよ。逆に私は駄作しか作れない」
ハンッとノベルスは嘲笑する。
「馬ァ鹿め! お前は駄作すら作れんわ!」
直前のサラの言葉が想起される。
あだしのが取れる答えは沈黙。
言葉遣いに言論で勝てるはずがないのである。
「……だが、今回は違う」
「何が違うのよ?」
「単純な話だ。これは物語の巧い拙いを競う場ではない。
まともな説得に応じない魔女と、文学が何かも理解していないモンスターが登場人物にしてメイン。果たして修辞技法や演出がいくらの足しになるだろうか。
それよりも重要なのは思い。心を動かすに値する、ハッピーエンドが見たいと願う感情。誰もが最初に抱く『最高の物語』を望む衝動。
「今回の一件、俺では小綺麗に纏まった小説しか書けん。だからあだしの。思うがままに願いを綴れ。駄作かどうかなど気にするな。そも貴様が千年鍛えたとして、俺と比べたら全て駄作に決まってるだろうが」
「……私の……思うままに……」
あだしのは己の胸に問いかける。
心の息子よ。望む世界は何色か。
見よ、妄想は熱く萌えているッ!
「……ご都合主義でいいのかしら?」
「好きにすればいい」
「死んだ人間が蘇っても?」
「蘇らせればいい」
「性癖を盛り込んでもいいのかしら!」
「盛れるだけ盛ればいい!」
To be continued
余談というか今回の蛇足。
腐属性
(U・ω・U)<DoT(damage over time)
(U・ω・U)<継続ダメージがメイン
(U・ω・U)<遅効性な分、期待値は高め
(U・ω・U)<あだしのは速攻で最大火力ぶちこむけど
サンドリヨン
(U・ω・U)<フィガロに使うとやばい