「ハチドリとトマスとライナ、ミオとユミコの逃飛行」 作:藤沢 南
ナビゲーションシステムの画面にはハルモンディア北方の島々が写っている。トマスはその中で、パトリオティスの頃に世界地理の知識として頭に叩き込んだ島を探した。
ベラオ…。
その島はハルモンディア皇国の元領土であったが、今はセントヴォルトの一時的な支配を経て再びハルモンディアの勢力下にある。素朴な国民性で、住み良い島だとのことだった。戦争の影響の及ばない島だったのでしばらく身柄を隠すにはもってこいの場所だ。
『俺たちは運が悪けりゃウラノスとセントヴォルトの両方からのお尋ね者。運がよけりゃどちらからも追われる事はない、ただ、…』
『…万が一の事を考えると大陸より、戦争の影響が薄かった島に逃げ込んだ方が正解だ。』
トマスは頭を左右に振って、結論を出した。
『ベラオを目指す』
飛空艇のナビゲーションシステムによればあと半日でベラオに到着する。
トマスはオートパイロットモードに切り替え、操縦席でしばし休憩をした。
「トマス…」
1時間ぐらい経った頃だろうか、静けさを優しい声が破った。
「ミオか、よく寝られたか?」
金髪の美しい女性が、トマスの傍に寄った。
「ねぇ、私たち、これからどこへ行こうか?」
ミオの表情にはあてもない逃避行への迷いも不安もなく、エアハント士官学校時代の快活な笑顔があった。…悪いな、清顕。みんな。みんなが待ち望んだミオのこの笑顔をこの俺が独占しちゃって。
トマスは無言で爽やかな笑顔を返した。
ミオは彼の腕を優しく握りしめた。
「トマス、…ライナでもハチドリでもないのね、私、わかるよ。」
エリアドールの7人はもちろんの事、誰にも見せたことのない素顔。トマス=ベロアという青年が、ミオ=セイラの目の前にいた。
…みんな、ごめん。私だけが、ライナの正体を独り占めしちゃってる。ふふん。
ミオがいたずらっぽい笑顔になった。
そこへ、2人だけの甘い世界を邪魔するような音が。
♩ハルモンディア放送 ニュース♩
♩既報で報告いたしました、ゼノン容疑者は取調べの際、8人の工作員の存在をほのめかしました。その内、4人はユリシス宮殿崩落の際に死亡が確認されています。しかし、残る4人の行方は不明、ウラノス警察庁とセントヴォルト警察が合同で行方を追っているということです♩
♩なお、ワルキューレ隊長、坂上清顕大尉にも協力が求められましたが、ワルキューレ隊はこの件につき、一切関与はせず、戦後処理に専念するとの意思を示しております♩
「ゼノンめ、喋りやがったか…」
トマスの顔が険しくなり、声色がライナのものに変わる。ミオは甘い雰囲気から一点、心配そうに彼の顔を見つめる。
「ライナ、私達、これからも追われるの…?」
「大丈夫だ。今度は俺はゼノンからは自由になっている。命に変えてもお前を守る。」
沈黙が流れた。オートパイロットモードの飛空艇は、何事もないように夜の闇の中を穏やかに飛び続けている。
「ただ、出来るだけ安全なところに行きたいものだな。今、俺はハルモンディア勢力下の、ベラオを目指そうと思う。知っているか?」
ミオは思い出してみた。外交官をやっていた父親が喋っていた気がする。
『次の転勤、ベラオ駐在ならしばらくのんびり出来るのだがなぁ…。あそこは平和な美しい島だ。メスス島はこないだの戦争で焼け野原になってしまったが、ベラオは戦争とも無縁だ。…』
その後、ミオの父イーサン=セイラはクロノスダール首都ルブラへ転勤となり、そこでミオの人生は暗転してしまうのだった。
…パパ、いつから人生をあんな奴に絡みとられてしまったのだろう…。
ミオはふと父の事を案じた。ユリシス宮殿で再会した、育ての父。会いたくて仕方がなかった父。でも再会したその姿は彼女の思い続けてきた父の姿ではなかった。