「ハチドリとトマスとライナ、ミオとユミコの逃飛行」 作:藤沢 南
♩再び、ウラノス関連の臨時ニュースです。♩
ベラオに近づいているのだろうか、音質が明瞭になっている。
♩イーサン・セイラ容疑者は取調べに対し、娘ミオ・セイラがウラノスのスパイとして活動して、その後行方不明になっているとの供述をいたしました。なお、シルヴァニア王国女王エリザベート陛下は、この件に関し、「ミオ=セイラに恩赦を与えたい」と緊急声明を述べられました。しかし、この声明に対しセントヴォルト帝国、降伏したウラノス軍部より反対意見が相次ぎ、また恩赦の話は女王の一存で出されたものとされており、今後の動向は不透明であります。♩
ハルモンディア放送は容赦ない。ミオの心を削るニュースをこれでもかと伝えてくる。
「…トマス、やっぱり私達、すんなり幸せにはなれない運命なのかもね。」
ミオは力なく笑う。そして父親の事を少しでも案じた自分を激しく後悔した。
「セシルの力も、まだまだ小さい、という事か。世論をコントロール出来るほど権力を持ち得ていない。ただ、その権力を持ったらセシルは、いやエリザベート陛下は独裁者だ。セシルがそんなものを求めるとは思えない。」
トマスもため息をついた。
「ただね、私はセシルが声明を出してくれた事だけで満足よ。」
ミオは突然、顔をあげた。その目には涙が光っていた。
「俺は、ミオがいてくれるだけで満足だ。」
トマスは、ライナの様な軽い口調になった。彼はその口調で続ける。
「それからな、すんなり幸せになれないなんて思ってないぞ、俺は。お尋ね者の人生なんて慣れっこだし。それに今回はお前がそばにいる。その事だけでも俺はとっくに幸せになっているんだ…。」
感極まったミオは彼の頬に口づけをした。
トマスは見たことの無い表情を見せた。顔がまだらになっている。どうやら照れ方も分からないのか。彼の精悍な顔つきが紅白のしましまに彩られた。
「トマス、口づけをした事ないの?」
トマスはそっぽを向いた。そして今度は照れを隠す為か、またも声色が変わった。「そういう事はライナがいる時にしてくれ。」ハチドリの冷徹な声だった。
ミオは可笑しそうに微笑んだ。「…トマスって、可愛いひと。」
ハチドリはミオの言葉を無視して冷静な口調のまま続ける。機械仕掛けのロボットのように。
「ミオ、あと3時間でベラオに着く。念のためだ、着陸前に偽名を考えてくれ。ミオ=セイラではこれからの生活に支障が生じるかもしれん。」
「え?」
「大事な話だ。俺は本名を誰にも知られていないから良いが。お前はまずい。ベラオの裏庭ともいえる、農業用の滑走路に着陸するから入国審査で捕まる恐れはないが、今後ベラオでしばらく過ごすのだから、ミオ=セイラを名乗るのはやめた方がいい。」
ミオは了解した。先ほどのハルモンディア放送のニュースを聞く限り、まだまだ本名を名乗るのは危険である、ということだ。
「じゃ、…そうね、ミオ=フローレス。セイラ家の養女になる前の私の名前。初めて他人に話すわ。こんな事…。」
ミオの顔に赤みがさした。考えてみれば、本当にこの名前の事は誰にも話していない。ずっと運命の男性と信じ続けた、坂上清顕にすら話していない事に彼女は気付いた。
「ミオ=フローレス…いい名前だ。セイラという名前がないだけで随分変わるものだな。」
ハチドリは思わず口に出してしまってから、しまったと思ったが、ミオは吹っ切れた顔をしていた。
…ようハチドリの旦那、あんな人物であってもミオの養父の名だ。そんな言い方をするものではない、と心の中に引っ込んだトマスはハチドリに耳打ちする。その心の奥底、ハチドリはトマスに頭を下げた。『すまん。』