「ハチドリとトマスとライナ、ミオとユミコの逃飛行」   作:藤沢 南

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理由ある美しさ

しかし、ハチドリの声色は続く。

「しかしな…ミオって名前も珍しいからな。変えた方がいい。秋津系の名前だろ?かぐらさんみたいないい名前付けたらどうだ。」

 

「そうねぇ。」

ミオは遠くを見つめた。紫かぐらさんは憧れの先輩だが、本人に断りもせず、勝手にその名をいただくのはおそれおおい。ミオの瞳は、十二歳の頃の少女の瞳に一瞬、巻き戻った。そして瞳を輝かせて、ハチドリに告げた。

 

「ユミコ」

 

その声を聴いた瞬間、ハチドリがトマスに替わった。

「ユミコ…。いい名前だ。かぐらさんと同じ3音節で、響きもいい。どんな意味なんだ?」

 

ミオの顔の赤みが深くなった。

「…意味は、秋津語で、確か…理由ある美しさ、そんなような感じだったと思う。でも、…この名前は憧れの人のものなの。私が子どもの頃に、ずっと憧れていた女の人がいて、その人のような素敵な女の人になりたかった。」

 

「初めて聞く話だな」トマスはうっとりとしてその話に聞き入る。

 

「うん。きよあ…。いや、なんでもない。」

 

トマスはニヤリと笑い、そしてミオから顔を背けた。

 

ミオはしばらくの間、メスス島の幸せな日々を思い出していた。少女時代の記憶をたどりながら、心の中でつぶやく。

 

『…そう、清顕にとっても憧れの人。…由美子お姉さん。私は時々陰でヤキモチを妬いていたっけ。私も子どもだったなぁ。料理がうまくて、優しくって、美人で、…生意気盛りだった私にもいつも優しくしてくれた、素敵なお姉さんだった。』

『由美子さんのようになれれば、清顕を独り占め出来ると思って、由美子さんを目指して料理とかいろいろ頑張ってたんだっけ。変に健気で可愛い少女だったな。私も。』

『でも、結果的には、…私のパパが由美子さんを殺してしまったのよね…。』

 

トマスは遠い目をするミオを、やや物憂げな瞳で見つめ、そして操縦席に戻った。ミオには背中を向けている。そして独り言を漏らした。

「…。清顕との思い出は、…大事にするといい。やつは俺の人生唯一の親友だから。」

 

「え?トマス?なんでわかったの!」

ミオは操縦席のトマスの背中にまとわりついた。トマスは、しまったという顔をしたが、ミオに向き合った。そして彼女の新しい名を呼んだ。

「ユミコ=フローレス、」

素敵な名前じゃないか。トマスは満足げにミオを見つめた。

 

ミオはその目を真っ直ぐ見つめ、言った。

「私、由美子さんの名前に恥じない女になるわ。イリアと結婚する清顕ですら、ずっと憧れ続けた人なの。そして、その人を、私…。」

ミオの両眼から涙がほとばしる。トマスは思わずミオを抱きしめた。

「トマス…。」ミオは何か言おうとしたトマスの唇を泣きながら塞いだ。自分の唇で。

 

しばらくの時が流れた。

 

ハルモンディアの放送は深夜時間に入り、電波を打ち切っている。サーという無機質な音がぎこちない抱擁と接吻を交わす彼女たちのBGMだった。

 

しばらくして、ミオは唇をトマスから離した。

「トマス、あなたは偽名は作るの?」

「そうだな、キヨアキとかどうだ?」

ミオは呆れた顔をした。そして吐き捨てるようにつぶやいた。

「女好きでスケベだけど、ライナの方がもう少し面白い事言うよ。」

トマスは頭をかいた。

「俺、さっきもハチドリの声で言ったけど、トマス=ベロアの名前は両親とミオしか知らないんだ。…そして、後ろで寝ている母上は何年もあんな状態だし。この世の誰も呼んでくれない俺の本当の名前、ミオには呼んでほしいんだ。…いや、ユミコ=フローレスには、俺の本当の名前を呼んでほしい。そして本当の俺を分かって、受け止めてほしい。」

 

ミオの目にまたも涙が光った。

「なに、トマス、あんただっていいこと言えるじゃない。素敵だよ、トマス。でも、ひとつだけ。」

ミオは泣き顔に笑いを見せながらコートの袖口で涙をぬぐった。

「私、ユミコ=ベロアって名乗る。」

 

トマスは驚いた。しかし、ミオはトマスに異論を挟ませず、一気に語りかけた。

「何、勘違いしないでよ。私、あなたのお嫁さんにして欲しいなんて思っているわけじゃないんだから。ええと、ええと、わたしの設定、あなたのお姉さんとか妹とかの方が都合よくない?戦争から逃げてきた健気な母と姉弟なんて感じで。」

 

トマスは穏やかに笑った。なぜか腕を組んでそっぽを向いているミオが可愛らしい。

トマスの意識の中、ライナとハチドリの声が脳裏に響いてくる。しかし、彼らは別の声で全く同じ事をトマスの心の中で叫んでいた。

 

『見てるか清顕。俺も、ミオのこんな姿を見せてもらったぞ。いつかお前に会う時、憧れのユミコさんの話もしてくれよな。それまで、元気で生きていろよ。

 

ーじゃあな、俺の人生の最高の友達。

 

ーそして、俺のクソみたいな人生に天命をくれた男。

 

ーありがとう、坂上清顕!』

 

ハチドリのノーズアートを描いた飛空挺は、ベラオへの降下に入った。トマスとユミコは、シートベルトを締め直す。ベラオの朝の光が、飛空挺を徐々に照らしていった。若い逃飛行カップルを歓迎するかのような、優しい光だった。

 


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