PERSONA5 The BlackJack   作:柴猫侍

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Ⅹ.I`ll Face Myself

 リストバンド――親友との絆の証であり、目を背けたい傷を隠す道具。

 

 カッター――殺意と憎悪を覚えた相手へ振り下ろした復讐の武器。

 

 カルテ――見事犯罪者になってしまった自分へ授けられた免罪符。

 

「は……ははっ」

 

 喉からは乾いた笑い声しか出てこない。

 忘れていた。いや、忘れずには普通に生きられなかった。

 海外の血を受け継いだ自分は、世間一般には幸運と言われる見目麗しさを得て生を授かった。そして、均整を取るように見舞われた不運こそ、中学時代の陰惨な苛め。

 

 自分は優しい子()()()

 優しく在れば優しくされると――それが、中途半端な自分が人並みを享受できる手段だと信じて疑わなかった。

 けれど、そうした幻想はまんまと打ち砕かれる。

 

 醜い嫉妬でしかない悪感情を毎日ぶつけられ、目元の腫れは中々に治まらなかった。

 それでも家族に迷惑をかけたくない。ただでさえ不慣れな日本で四苦八苦している母に迷惑をかけたくないと、自分が抱えていた問題は自分だけのものとした。

 

(私は、私に優しくなかった)

 

 自身の中で渦巻くどす黒い何かが膨れ上がっていくことに気がつきながら、それは()()()()()()()()に相容れないものだと頑なに認めなかった。

 ある日のことだ。家のテーブルの上に無造作に置かれたカッターを見つけた。

 徐に手に取った自分は、何の気なしに刃を手首に添えた。

 プツリと白い肌が裂け、血が滲め始めた時――自分ではどうしようもない程に膨れ上がっていた黒い感情が、紅い激情と共に心に満ち満ちた。

 

 理不尽だ。不条理だ。

 ふざけるな。

 私は悪くない。

 ふざけるな。

 私の所為じゃない。

 ふざけるな。

 私だって好きでこんな見た目に生まれた訳じゃない。

 ふざけるな。

 それを妬まれるなんて。嫉まれるなんて。

 ふざけるな。

 それで傷つけられるなんて。

 ふざけるな。

 それで泣かされるなんて。

 ふざけるな。

 それで私の心が殺されるなんて。

 ふざけるな――殺してやる。

 

 次の日、屋上へ続く階段の踊り場に呼び出された。

 いつも通りニタニタと気色悪い笑みを浮かべる同級生。

 髪を切ってこなかっただとなんだと半笑いで捲し立て、とうとう鋏やバリカンを取り出してきたが、そんなものは眼中になかった。

 ポケットに隠し持っていたカッターを取り出した瞬間、彼女たちの表情が一変した。途中までは辛うじて余裕ぶっていた者も、こちらが話に耳を貸さずに一人を切り付けたら半狂乱になって泣き喚き始めたのだ。

 

 ごめんなさい。殺さないで。許して。

 そんな虫のいい言葉が次々に吐き出されていたが、ゲラゲラと笑う心の中の自分の笑い声に掻き消されて何も聞こえてはこなかった。

 すぐに騒ぎを聞きつけた教師に場は収められたが、自分の中の殺意と憎悪だけは悶々と胸の内に留まり続ける。

 

 事件はかなりの大事になり、自分もイジメの主犯であった生徒も転校を余儀なくされた。

 新天地にやって来ても尚、生まれ落ちたどす黒い自分は耳元で囁く。

 

 やり返さなくていいのか?

 あれで十分だったのか?

 いっそ殺してやればよかったのに――と。

 

 そうした幻聴も母が連れてきたカウンセラーとカウンセリングを続けていく内に聞こえなくなり、やがて自分があのような事件を起こしたことさえ忘れるようになった。

 

 そのままで居られれば幸せだったのに、どうして。

 

「どうして……」

「しっかりしろ、ジャック!」

「ッ……ジョーカー……?」

「敵が来るぞ!」

 

 そう叫ぶ蓮が瑛を抱え、モルガナやソフィアと共にその場から離れる。

 直後、巨大な怪物と化したシャドウから伸びる包帯の雨が、四人の立っていた場所に降り注ぐ。

 たかが布かと思えばかなりの切れ味だ。硬そうなレンガに刻まれる切り口は余りにも滑らかである。もしも人体に喰らえば豆腐のように切り刻まれることは間違いない。

 

「チィ!! あの野郎、以前戦った時とは比べ物にならないくらいにパワーアップしてやがるぞ!?」

「どうやらジェイル全体の力を取り込んでいるみたいだ。気を付けるんだぞ!」

 

 桁違いの強さの片鱗を見せるシャドウに歯噛みするモルガナに対し、ソフィアが冷静に分析する。

 ジェイルとは王にとっての監獄。ただ閉じ込める為だけではなく、時に攻防一体の城塞にもなり得るという訳だ。

 

「フタバの時と違って、悪い意味で自分の認知世界を思いのままにしてやがる……コイツ!!」

「それだけじゃない」

「なんだと?」

 

 口を挟むソフィア。

 彼女の瞳は目の前で暴れる怪物を前に揺れていた。

 

「これは……心だ。たくさんの人の心……悲しくて、怖くて、苦しくて、それで憎くなって……そんな現実(おもて)に出せない悪い気持ちが、あのシャドウに集まってきている……!」

「ッ……つまり、ジャック以外のシャドウの力も集まってる訳か!! クソッ!!」

 

 今まで戦ってきたパレスやジェイルの主は、自身の認知世界を思いのままに利用してきたことこそあるが、他人のシャドウの力を吸収するといった芸当を見せた覚えはない。数少ない例外を挙げるとすれば、一度現実と認知世界を融合しようと画策した聖杯くらいだ。

 規模こそ小さいが、それと同じ芸当ができる相手だとするならば苦戦は必至。それどころか戦力が足りるかどうかさえ疑わしい。

 

「どうする、ジョーカー!?」

「まずはあの包帯を絶つ。シャドウから力を吸収しているのはアレだ!」

「成程な、任せおぉっと!?」

 

 力を供給する管の役割を果たす包帯を絶とうと意気込んだモルガナへ、これまた血が滲んだように薄汚れた包帯が斬りかかってくる。

 紙一重で躱したが、背筋を冷やす思いにモルガナはブルリと身震いした。

 

「不味いな……味方が少ない分、攻撃の手がワガハイたちに集中する!! 反撃に出られねえ……!!」

「それでもやるしかないぞ、モナ」

「当たり前だ! ここで尻尾撒いて逃げるなんざスマートじゃねえからな。怪盗はきっちり仕事を遂行してこそだ!」

 

 激励の言葉ももらったところで、モルガナとソフィアがそれぞれ疾風の嵐と祝福の光を解き放ち、迫りくる斬撃の嵐を相殺する。

 

(だが、今は……!)

 

 しかし、モルガナの気がかりは、目の前の敵以上に他へ向いていた。

 

「ジョーカー! ジャックはどうだ!?」

 

 戦意喪失に等しい状態に陥っている瑛。

 今尚蓮に抱きかかえられている彼女は、息も絶え絶えといった様子で震えている。

 

「私……私……ッ!」

「しっかりしろ、ジャック。立てるか?」

 

 優しくも厳しい声音で蓮が問いかける。

 が、弱弱しく頬を涙で濡らす瑛は首を横に振るばかりであった。

 

「駄目……無理だよ……」

「諦めるのか?」

「諦めるって、何を?」

「自分の心をだ。あのまま一生憎しみに駆られたまま自分を押し殺すつもりか?」

「……分からない、分からないよ。確かにあれも私だよ。でも、あれを受け入れたら……私は私じゃなくなっちゃいそうで……!」

「……」

「それならいっそ、嘘で塗り固めたままの自分で居たいよ……私は……誰も傷つけたくないの……!」

 

 だからこその葛藤。だからこその苦悩。

 蓮に瑛の全てを推し量ることはできない。ただ、この触れ合ってきた短い間でも、彼女の優しい心根を垣間見る瞬間は幾つもあった。

 そんな彼女が自身に芽生えた殺意を認められるかと言われれば――答えは否。平凡で優しい少女だったからこそ、理不尽に向けられる嫉妬と悪意によって生じたどす黒い殺意は受け入れ難いのだろう。

 

 それこそ、心が二つに分かたれてしまう程に。

 

 これまでに何度も挫けそうな者を叱咤激励した経験はある。

 けれども、自分が彼女に掛けるべき言葉が見当たらず、蓮も一度は閉口してしまう。

 

「ごめんね、力になれなくて……私は傷つけたくない……私なんて、皆みたいに強くなれないよ……」

 

 ただ涙を流すことしかできない瑛は、そんな蓮へ謝る。

 

「それは違うぞ!」

「ッ!?」

 

 そんな時だ。

 煌々と眩く輝く光でシャドウの猛攻を押し留めるソフィアが、喉が張り裂けんばかりの勢いで吼えた。

 とてもAIが発したものとは思えない声。

 

 それもそのはずだ。これは、

 

「強いってことは、力で悪人を挫けることじゃない! 傷つけられることでもない! 強さは……意志の固さだ! 立ち向かおうとする心そのものなんだ!」

 

 彼女の()から迸った叫びなのだから。

 

「立ち向かおうとする……心」

「そうだ! 私は見てきた! 自分が悪い訳じゃないのに傷つけられた人を! それで心が歪んでしまった人を! 一歩間違えたら怪盗団の皆もそうなってしまったんじゃないかって教えてもらった!」

 

 誰もが足を踏み外す可能性のある局面があった。

 そこで道を踏み外さなかった者が居る。歪められ、外道に落ちてしまった者も居る。

 ほんの些細な掛け違いで簡単に人生が――心が歪められてしまうのだとソフィアは、()()()()()()()()()()()()()怪盗団と触れ合い、人知れず胸に刻み込んでいた。

 

「それと、もう一つ知っている! 一度踏み外してもやり直せるってことを! 人生は変えられるってことを! いいや、怪盗団が変えてみせる!」

「ッ……!」

「ジャック、私には分かるぞ! お前にはまだ反逆の意志が残ってることを! その仮面が教えてくれる!」

 

 言われてから、咄嗟に顔に触れた。

 反逆の意志の象徴たる仮面は――まだ着けられたまま。それ即ち依然として自身の心が挫けていないことを示していた。

 

「まだ立ち向かう意志があるなら立つんだ! それが強さだ! 人の心なんだ!」

 

 燻っていた炎に火が灯る感覚を覚えた。

 次第に道の先が開いて見える。なんだ、こんなにも単純な理由であったのかと。

 

「ジャック!!」

 

 ソフィアの声が、

 

「う……」

「ジャック!!」

 

 モルガナの声が、

 

「うぅぅう……」

「ジャック!!」

 

 ジョーカーの声が、

 

「ううぅぅぅううううぅぅぅうペルソナぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!」

 

 一人の少女を立ち上がらせた。

 

「ナイチンゲール!!!」

 

 絶叫に等しい咆哮と共に剥がされる仮面。

 蒼炎と真紅の衣を纏う貴婦人が現れるや、掲げるランタンからはこれまでとは比べ物にならない熱量を孕んだ一条の光線がシャドウ目掛けて発射される。

 

『う、ぎゃあああああ!!?』

 

 地獄の業火に焼かれたかの如く身を捩らせるシャドウ。

 その余波も凄まじく、牢屋へと伸びていた包帯の幾つかを焼き切ってみせていた。

 

「こ、こりゃ凄ぇ……!」

「絶景かな……だな」

「フッ……用意はいいのか?」

「――うん!」

 

 涙で腫れた素顔を晒す瑛。

 けれども、どこか清々しさを覚える面持ちを湛えた彼女は、苦しみ悶えるシャドウ目掛けジャックナイフを突きつける。

 

「待っていて……もうはっきりしたから」

『ウ、ギギギッ……!』

「私はあの頃、私を……他の誰でもない自分自身を助けたかったの。自分に優しくしたかったの。貴方はそんな私の影……そうでしょ?」

『違、ゥウウ……!!! 許セナイ……私ダケヤラレルナンテ不平等ダァ……!!! 私ハ悪クナイノニィイイイ!!!』

「……ごめんね、もっと早く気付いてあげられなくて」

 

 後悔するように目を伏せる瑛。それも一瞬の間だけ。

 再び瞼を開けた時には、決して目を逸らさない固い意志を感じられる瞳を、シャドウの方へと真っすぐ向けていた。

 

 その姿に周りの三人は心底感服する。

 自分たちとは違う。単なる反逆の意志ではなく、受け入れ難い過去と直面しようとする姿勢は並大抵の意志では為し得られない。

 明確な敵対者と対峙するのではなく、あくまで相手は己そのもの。

 

「ハンッ! 一時はどうなるかと思ったが……やっぱり只者じゃないぜ、オマエは!」

「そんなことはないぞ、モナ。誰だって持ってる力だ。誰だって持ってる可能性だ。自分を乗り越えられるのも心の強さだ。違うか?」

「違いないな」

 

 一皮むけて逞しい姿を見せるようになった瑛へ、三人が笑みを零して語る。

 そして、確信を得た。

 

 これからが――反逆の時だと!

 

「狙った獲物は逃がさない!」

 

 モルガナがカトラスを構え、

 

「それが心の怪盗団だ」

 

 ソフィアが照準を定め、

 

「その歪んだ心……」

 

 蓮が銃口を向け、

 

「私たちが頂戴する! ってね!」

 

 瑛が地面を蹴った。

 

 たった四人の怪盗団が、嫉妬と憎悪の拠り所となった悪意へと立ち向かっていく。

 

『私ニィ、近寄ルナァ!!!』

 

 対してシャドウは先程の“インフェルノ”で焦げ、幾分か短くなりながらも依然凶悪な切れ味を誇る包帯を鞭のように振るう。

 それを軽い身のこなしで躱す四人。

 だが、ただ敵も振り回す訳ではない。一度避けたと思わせてから、自身の体同然に動く包帯で背後から攻撃を仕掛ける。

 

 四人を狙う包帯の速度は凄まじく、直線ならば敵の懐へたどり着く前に追いつかれてしまうだろう。

 

 味方が味方であれば詰みの状況。

 しかし、この窮地においても盤上をひっくり返すのがこの男。

 

「ヨシツネ!!」

 

 蓮が仮面を剥がせば、刀を携えた鎧武者が参上し、全員に迫りくる包帯を放射状に広がる連続の斬撃でいなしていく。一瞬の内に叩き込まれる八度の斬撃。これには焦げついていた包帯もまんまと細切れにされる。

 まさか対処されるとは思っていなかったのか、シャドウは驚愕の余り目を見開いていた。

 

 そのようなシャドウの心火に焼かれる肉体は、ミイラのように干乾びているにも拘わらず、身を支える腕――特に手首から溢れ出す血は留まることを知らない。いや、それこそがシャドウに集う悪意そのものなのだろう。

 差し向けられる悪意に殺されぬよう、膨れ上がる殺意を自傷で絞り出す。

 苦い思い出が脳裏に過りつつも、瑛はその手を仮面にかけた。

 

「その流れを断ち切る……力を貸して、もう一人の私(ナイチンゲール)!!」

『それを貴方が望むのならば!!』

「ありがとう……! 刻むよ、これが私の心の力!!」

 

「ジャック、援護するぞ! いっけぇー!」

 

 後方からやって来るソフィアの支援により、シャドウの守りに穴が出る。

 それを突くかの如く跳躍した瑛は、召喚したナイチンゲールによる流麗な“剣の舞”を叩き込んだ。

 

 彼女の動きも中々に冴えてきた。思わず蓮もフッと笑みを零す。

 

「やるな、ジャック」

「そんなことないよ。でも不思議……今ならなんだってできる!! そんな気がするの!!」

「そりゃあそうさ!! ここはオマエの心そのもの……オマエが主役の舞台(ステージ)だ!! オマエを縛るものは何一つだってありゃしない!! 存分に見せつけてやればいい!!」

 

 瑛が覚えている全能感は何も根拠のない自信などではない。

 半身のシャドウがジェイルの力を吸い上げているように、残り半分の心を鎧う瑛もまたジェイルの力を利用することができる。

 イセカイとは、より強大な認知こそが上を行く世界。

 仮に、悪意に染められたシャドウがネガイを奪い、大衆の心を思いのままにしたとしよう。

 だが、現実の世界で見せていた天真爛漫で心根の優しい少女の姿は嘘偽りのないものである。故に、善意の瑛に力を与えるネガイもまた、遥か頭上で輝く宝石には含まれていた。

 

 それをほんの少し借り受ける。

 かつて、変革者(トリックスター)が人々にしてもらったように。

 

 トランプにおけるジャックは最弱の絵札。

 しかし、時にはキングさえも打ち砕くトリックスターとしての形態も備える存在だ。

 弱者にとって反撃の嚆矢となる存在、それこそが『ジャック』。

 

 この窮地を逆転させる存在が居るとすれば、彼女(ジャック)をおいて他にはいない。

 

「うん……! 皆、私のリズムに乗っちゃって!」

「その調子だぜ!」

「アゲアゲって奴だな」

「望むところだ」

 

 瑛を先頭に、四人全員がペルソナを召喚する。

 

「ナイチンゲール!」

「ゾロ!」

「パンドラ!」

「アルセーヌ!」

 

『喰らえ!!』

『ウアアアアアッ!!?』

 

 四体のペルソナによる一斉攻撃がシャドウに降りかかる。

 業火を煽る旋風に、呪怨と祝福の光が突き刺さった。混沌としながらも一糸乱れぬ同時攻撃には堪えたのか、流石にシャドウもぐったりと項垂れる。

 

「やった!?」

『グ……ゥウ……』

「いや……まだだッ!!」

『ウウウウオオオオアアアアアアッ!!!』

 

 様子を見る瑛にすぐさま注意を促す蓮。

 警告通り、ダウンしていたシャドウはすぐさま起き上がり、憎悪を孕んだ瞳を瑛へと向ける。

 

『オマエダ……オマエサエ居ナケレバァァァアアア!!!』

「なっ……なに、このシャドウ!?」

「こいつは……不味い!」

 

 悲鳴にも似た叫び声を上げるシャドウ。

 すると次の瞬間、手首から垂れ流れていた赤黒い液体から二体ほどシャドウが生み出された。頭部を布で覆い隠し、鎖を引き摺る姿。それは二度と忘れない恐怖を与える死神の如き存在。

 

「“刈り取るもの”だ! あんなモノまで生み出しやがるとは……!」

「刈り取るものって!?」

「強敵だ! どうする、ジョーカー?!」

「あれは後回しだ! 本体を止める!」

 

 一体でも苦戦する刈り取るものを二体生み出され、苦虫を嚙み潰したような表情になる面々。弱点らしい弱点のないシャドウであるが故、真面に戦っていては時間を食いつぶす羽目となる。加えて体力と精神の摩耗も必至。やり合うだけ無駄な相手だ。

 しかし、だからといって無視できる相手でもない。

 刈り取るものが四人を認知するや否や、緩慢だった動きが途端に俊敏と化し、モルガナとソフィアへと斬りかかってくるではないか。

 

「うおおお!? ワガハイかよ!!」

「そう簡単にはやられないぞ! ジョーカー、ジャック!! 私たちがこいつを引き受ける。その間に標的を仕留めてくれ!」

 

 二体の難敵をワンマンで食い止めると宣言するソフィア。

 それがどれだけの危険を背負うことか、蓮は理解している。だが、現状を打開するには自分たち――万能な“ワイルド”とジェイルの王本人、この組み合わせでしか成し得られない。

 

「頼んだ、ソフィー! モナ!」

「任された!」

「ええい、乗りかかった船だ! その代わり、仕事はきっちりこなせよ!」

「ありがとう、二人とも!」

 

 そして、刈り取るものを一手に担う役目も、AI故の素早い判断力で動くソフィアと、小柄な体で身軽に動くモルガナにしか任せられない。

 しかし、長々と時間を掛ければ彼らを危険に晒してしまうことには間違いない。

 急いで本丸のシャドウを叩きに向かう蓮と瑛であったが、

 

「何っ?! 見たことがない攻撃だけど……!」

「不味い、あれを阻止するぞ!」

 

 天を仰ぐシャドウが準備する銀色の光球。

 鈍い輝きを放つ魔力の塊にただならぬ気配を覚えた瑛は、平静を保ちつつも声に焦燥がにじみ出ている蓮の言葉を受け、その感覚が間違いでなかったと悟る。

 

 とある宗教において、最終戦争の起こる地を意味する言葉を冠す技。

 反撃を許さず、森羅万象の人と悪魔を吹き飛ばす暴力の波動――その最上位に位置する魔法の名は“メギドラオン”。

 

 一発でも発動を許せばパーティが崩壊する可能性を孕む一撃だ。

 

「どうすればいい!?」

「防ぐのは無理だ、怯ませて中断させるしかない! ジャックは包帯を切ってエネルギーの供給を絶て!」

「オッケー!」

 

 問答にかける時間も惜しいと言わんばかりに突っ込む蓮に続く瑛。

 相手に反撃を許さぬ猛攻“剣の舞”でシャドウの周りに張り巡らされる包帯を次々に切り裂く。

 その間、包帯すらも足場にシャドウの頭上へ跳躍した蓮はペルソナを光臨させる。

 

「射殺せ、メタトロン!!」

 

 姿が大きく変わっても耐性が変化していないことは、先ほどのソフィアの攻撃で見抜いていた。

 “メギドラオン”が収束し切る前に怯ませるべく、瞬く間に収束した光芒がシャドウを射抜く。

 ――“マハコウガオン”。広範囲を焼き尽くす光の矢は、包帯を絶たれてシャドウから力を奪うことができなくなった本体に突き刺さる。

 

『ヴワアアアッ!!!』

 

 祝福の光に焼かれるシャドウは耳を劈く悲鳴を上げる。

 弱点を突かれた激痛に身を捩らせれば、辛うじて残っていた包帯が周囲を巻き込み、結果として円型の監獄が崩壊を始めていく。

 崩れる建物の破片に巻き込まれぬよう着地した蓮は、尚ものたうち回るシャドウから目を離さない。

 

(これは……)

 

 

 

 

 

『ア゛……アアアアアアアアアア!!!!!』

 

 

 

 

 

(間に合わなかったか!)

 

 時すでに遅し。

 既に臨界点まで達していたエネルギーは本体を怯ませたからと言って止まるものではなかった。

 敵に狙いを澄ませる時間を与えずに済んだだけでも僥倖とするべきか――眼前に迫る絶体絶命的状況に対し、蓮は冷静に思考を巡らせる。

 

 仮に“メギドラオン”が暴発したとして、その範囲は広大だ。少なくとも現在立っている場所から逃げるには時間が足りない。

 とすれば、一か八かに賭けて守りの堅いペルソナを降魔させて耐えるしかない。

 

(いや、それよりも瑛のシャドウが――ッ!?)

 

 仮面に手をかけた、その時だった。

 

「お願い、ナイチンゲール!! あの子を助けて!!」

「ジャック!?」

 

 今すぐにでも爆発しそうなエネルギーの塊目掛け、ナイチンゲールを顕現させる瑛が吸魔を試みる。

 恐らくは爆発するより前にエネルギーを吸い尽くしてしまおうという魂胆なのだろう。

 しかし、余りにも危険だ。間に合わなければ至近距離で“メギドラオン”を喰らうのだから、命にも関わる。

 

 状況の流れから、それくらいの事態になるとは彼女も察していたはずだ。

 それでもシャドウへと飛びかかった――いや、飛び出したのは単純な理由。

 

――助ける為に。

 

「くっ……うぅぅうう……!!」

『私カラ離レロオオオ!! ソウヤッテ私ヲ苛メル……私ヲ傷ツケル!! ダカラ近寄ラナイデヨオオオ!!』

「絶対に嫌!! だって貴方は私なんだから!!」

『!!?』

「貴方は私!! 私も貴女!! どっちが影とかじゃない!! もう、私ならそのくらい気付いてよ!!」

 

 それと、と限界一歩寸前で踏みとどまる瑛は、思い出したかのように柔らかな微笑みを湛え、シャドウへと告げる。

 

「お礼を言うのがまだだったね。あの時、私を助けてくれてありがとう」

『――』

「貴方が居なくちゃ、きっと私はここに居なかった……ずっと弱くて、蹲って、一人で泣いたままの私だったと思うの。だから――貴方が居てくれて良かった」

 

 時が止まったように見つめ合う二人。

 

「ジャック!!!」

 

 そんな静寂を打ち破るように、自分の身を挺して瑛を庇いに向かう蓮。

 己が信じた正義の為、あまねく冒涜を省みぬ者だからこその行動だった。

 

 しかし、現実は無情――“メギドラオン”が殻を破り、破壊の産声を上げた。

 

「ジョーカー!! ジャック!!」

「ッ……!」

 

 刈り取るものを相手取るモルガナとソフィアも、思わず足を止めてしまう光景。

 爆発の余波は尋常ではない。吸魔されたにも拘わらず有り余るエネルギーは、少し離れた二人の下まで爆風を届かせた。

 

「うぐぁ!?」

「くっ!」

 

 さらに、気を取られたモルガナとソフィアの二人も隙を突かれてしまい、体勢を崩してしまった。

 すぐに追撃の魔の手が迫るが、真面な防御姿勢を取ることもできない。

 二人の命が刈り取られるのも時間の問題。

 

 救いの手を差し伸べる者は、

 

 

 

 

 

『しかと聞き届けた』

 

 

 

 

 

 生まれ落ちんとしていた。

 刹那、木霊する声に誰もが視線を向ける。

 

『!?』

「これは……ッ!?」

 

 間もなくしてあちこちに散らばっていた包帯の欠片が浮かび上がる。物によってはトドメを刺そうとしていた刈り取るものを妨害する軌道を描き、集まる先――そこは包帯が解かれ、干乾びていた肉体もなくなり、ただの巨大な影と化したシャドウの頭上だった。

 天高く聳え立つ看守塔に吊るされる包帯の繭は、背後に慈母の笑みを湛えるナイチンゲールに抱きかかえられながら、辺りを煌々と照らす蒼炎を迸らせる。

 

『何人たりとも押さえられぬ激情。例え血に染まろうと道を切り開かんとする覚悟……ああ、殺意よりも苛烈な自愛を抱いて貴方は突き進むのね』

「……うん。もう迷わないから」

『ク……クフハハハハハッ!!! 喜びなさい、契約の(とき)よ!!!』

 

 狂気を孕んだ笑い声と共に繭が解かれる。

 するや、暴虐の嵐から主を守った包帯は、迷いなくナイチンゲールへと向かっていく。

 真紅の体を包み込む純白。最初、混ざり合うことのなかった赤と白は、片や血へ。片や骨となり新たな心を形作っていく。

 

『我、命灯を掲げし貴婦人――ナイチンゲール』

『我、紅血の切り裂き魔――ジャック・ザ・リッパー』

『新たな真名を以て』

『今こそ、転生せしめたり』

 

 二つの仮面(ペルソナ)が、一つに生まれ変わる。

 

 白いコートにシルクハット。英国紳士風の恰好は切り裂き魔の頃と変わらない。

 しかし、コートの裏地を染める真紅の彩りや、女性的な肉付きは彼の貴婦人の名残を匂わせる。

 

 そして、執拗なまでに体を覆っていた包帯は、半分を残し背中へと行き場を求め――白亜の翼の形を成した。

 

 

 

我は汝…は我…

汝ここに、りを血盟の絆へと転生せしめたり

 

絆は反の翼となりて

魂のくびきを打ちらん

 

今こそ汝、「慈善」の究なる秘奧に目覚めたり

無尽の力を汝にえん…

 

 

 

 生まれ変わった怪盗が、そこには立っていた。

 そんな彼女の背後に佇む殺人鬼。ナイフを構え、血に濡れた唇で妖艶な三日月を描く影は叫ぶ。

 

『一人殺せば殺人者……百万人殺せば大英雄! 汚れた自分を受け入れるならば……己が身丸ごと真っ赤に染めて! 敷いてあげましょう、レッドカーペット!』

「うん……刻んでいくよ、私の生き様!」

『我は汝!』

「汝は我!」

 

 血に濡れる刃は───殺人鬼の凶刃か、救世主のメスか。

 

 

 

    使

ジル・ザ・リッパー

-Jill the Repper-

 

 

 

 貴婦人と切り裂き魔が死に、生まれ落ちた殺戮の天使。

 新たな自分を背負う瑛の傍では、共に包帯に守られた蓮が珍しいものを見たように目を丸めては、感心したような笑みを浮かべていた。

 

「大した奴だ」

「どういたしまして♪」

「……やれるか?」

「勿論!」

「よし……行くぞ!」

「私に付いてこられる?」

「手取り足取り教えてもらったからな」

「オーライッ!」

 

 二人の怪盗が駆け出す。

 仮面に手をかけ、引き剥がす時に()()は現れる。

 

「アルセーヌ!!」

「ジル!!」

 

 逢魔の掠奪者と殺戮の天使。

 宵闇に紛れて奪い去る者たちが向かう先に佇む刈り取るものは、身に迫る危険を感じ取り、咄嗟に身構えた。

 

「無駄だ」

『!!?』

「チャンスは自分で作るもの、ってね!!」

 

 そんな死神を穿つ銃撃と斬撃。

 “至高の魔弾”と“剣の舞”は隙のない二体の刈り取るものを打ち崩し、強引に包囲する好機を作り出した。

 こうしている間にもモルガナとソフィアの二人は復帰。

 見事に四人による包囲網が敵を取り囲む。全員が各々の銃器を敵へ向けている。

 

 絶対的優位。

 

 そこから始まるのは当然、

 

 

 

「トドメだァー!!」

 

 

 

 モルガナの掛け声と共に、激闘の幕が下ろされるフィニッシュが繰り広げられる。

 縦横無尽に駆け巡る怪盗による、目にも止まらぬ速さの連撃。

 斬撃と銃撃が入り乱れる舞台の上で、最後のステップを踏んだ瑛は、再度の一撃を掻っ攫っていく。

 すれば、限界を迎えた刈り取るものが体を留められぬようになり、首から液体を血の如く噴き出した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「最高のクルーだね!!」

 

 彼らが華麗に盗み出したのは――紛れもない勝利。

 




Not listening
【意味】:リズムに乗れてないね!
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