PERSONA5 The BlackJack   作:柴猫侍

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Ⅲ.覚醒

「あっちこっちにシャドウが居やがる! 用心しろよ、ジョーカー!」

「ああ」

 

 監獄塔と化した学校を駆け抜ける二つの影。

 辺りを徘徊するシャドウに見つからぬよう、壁や置物の陰に隠れる蓮とモルガナは、悲鳴が聞こえてきた方向を目指す。

 イセカイを徘徊するシャドウは、一般人が太刀打ちできるような存在ではない。一刻も早く瑛を救出しなければ取返しのつかない事態になることは想像に難くなかった。

 

「チッ、まだまだ上があるな……」

「掴まれ、モナ!」

「おう!」

 

 上を目指す螺旋階段に到着するや、普通に駆けあがっては埒が明かないと判断した蓮が袖口からワイヤーフックを射出する。

 飛び込むモルガナを腕に抱え、ワイヤーが巻き取られる勢いで上へと昇る。

 

「かなり広いな……」

「これも認知の歪み、か」

「ああ。『学校』を『監獄』とはな」

「……」

 

 難なく着地し、窓の鉄格子越しに外を見渡す。

 不気味な赤い空が広がる外はさることながら、暗雲を貫かんばかりに聳え立つ監獄塔のスケールにも圧巻される。

 イセカイ―――認知世界とも呼ばれる場所は、現実を生きる人々の認知や認識が大きく形を変えてしまう。

 

 学校を色欲に塗れた城と。

 あばら家を虚飾に飾られた美術館と。

 渋谷を暴食で肥やした銀行と。

 家を憤怒に埋もれた墓場と。

 会社を強欲で働かせる工場と。

 裁判所を嫉妬の巡るカジノと。

 国会議事堂を傲慢で築いた箱舟と。

 

 ありとあらゆる形へと変化する認知世界だが、それらにも二種類存在する。

 

「パレスかジェイルか……ジョーカー、お前の見立ては?」

「見ろ」

「ん? ……あれは!」

 

 蓮の視線の先に聳え立つ塔。

 その天辺には牢獄が建っており、中には幻想的な光を放つ光球が浮かんでいた。

 

「牢獄塔……! つまり、ここはジェイルって訳だな!」

(キング)も居る訳だ」

「ああ。だが、今は王の正体よりもフクダが優先だ」

「分かっている」

 

 漆黒のコートを翻し、先を急ぐ。

 パレス然り、ジェイル然り、認知世界を歪めるにはそれだけ強大な欲望を抱いた一個人の存在が居る。

 ジェイルにおいては“王”と呼ばれる存在。現時点では何者のシャドウが担っているか判断できないが、それを明らかにするのは今ではない。

 

「―――待て」

「何か見つけたかっ!?」

「床を見ろ。何か跡がある」

「跡? うーむ……まだ新しいな」

 

 捜索の最中、レンガの床に刻まれた謎の轍が目に付いた。

 鋭利な刃物で引っ掻いたような跡だ。それが延々と先へと伸びている。

 

(これは一体……?)

 

「おい、ジョーカー!」

 

 注意深く辺りを見渡しながら熟考する蓮。

 そんな彼にモルガナが掲げてみせるのは、一本の金糸のような髪の毛であった。

 

「こいつは……」

「……瑛の」

「ビンゴかもしれねえ。だが―――」

「急ぐぞ!」

「おうよ!」

 

 床の傷跡から発見された髪の毛。

 瑛の髪色に酷似したそれを発見し、二人は彼女の行く先に検討を立てると同時に、一時も無駄にはできないと駆け出した。

 軌跡のように刻まれた轍を辿り、先へ先へ。

 焦燥が背中を押すかのように、通路を駆けていく二人の速さは増していく。

 だが、それだけ早く突き進めば相応の足音が鳴り響くものだ。

 

『ム、なんだキサマらは!?』

『脱獄者か!? いや……侵入者?!』

『ひっ捕らえて殺せ!!』

 

 異変に気付き、看守姿のシャドウが次々に集まる。

 行く手を阻む敵に眉を顰めるモルガナ。

 次の瞬間、彼は己の仮面に手をかける。

 

「邪魔だ!! 速やかに黙らせてやる!!」

 

 蓮の一歩先へ躍り出たモルガナが、仮面を剥がす。

 刹那、迸る青い炎と共に反逆の意志―――ペルソナが顕現する。

 

「威を示せ、ゾロ!!」

 

 黒い鎧を身に纏ったマッシブな体形の騎士。

 これこそがモルガナのペルソナ、ゾロ。吹き荒れる疾風にマントを靡かせるゾロは、モルガナの心のままに構えていた剣の切っ先を押し寄せるシャドウへと突きつける。

 次の瞬間、波の如く迫るシャドウを一陣の疾風(ガル)が吹き飛ばす。

 

「いちいち相手してたらキリがねえ!! 一点突破だ!!」

 

 間髪入れず、バスへと変身したモルガナが残るシャドウをドリフトで一蹴する。

 しかし、ワラワラと湧いて出てくるシャドウの数は尋常ではない。騒ぎを駆けつけた看守のシャドウが通路のあちこちから現れる。

 悠長に構えていれば囲まれる。確かにモルガナの言う通りだ。

 だからこそ蓮も己が仮面に手をかける。

 

「ショータイム!!」

 

 モルガナカーを飛び越えて前へ躍り出る。

 前方には密集するシャドウの群れ。三十は下らない数だ。

 ナイフや銃で相手取るには些か敵の数が多いが、それでも予想の範疇。

 勢いよく仮面を引き剥がせば、不意に蓮の背後に黒と赤を基調とした紳士然とした服とシルクハットを被った存在が顕現する。

 

 漆黒の翼を羽ばたかせ、不敵な笑みを模った模様をバイザーに浮かべるペルソナ。

その名は、

 

「アルセーヌ!!」

 

 翼を広げる余波で複数体のシャドウが吹き飛ばされる。

 しかし、これはほんの序の口。

 にやりと口角を吊り上げる蓮は、アルセーヌの羽ばたきでたじろいだ敵の群れ目掛け狙いを澄ませる。

 

「喰らえ!!」

 

『ぐあああああああああ!!!』

 

 解放される呪怨の波動が怨霊の形を模ってシャドウを襲う。

 一瞬遅れて爆発するほどの攻撃。辛うじて巻き込まれなかったシャドウも、予想だにしていなかった攻撃に唖然と立ち尽くすだけ。

 そうしている間にも活路を拓いた二人は、颯爽と前へと突き進んでいく。

 

「追手に構う必要はねえ!! 行くぞ!!」

「ああ」

 

 尚も前方から襲い掛かるシャドウをモルガナがカットラスですれ違いに一閃し、蓮がハンドガンで眉間を撃ち抜く。

 前だけに目を向け突き進む彼らの勢いには、心なしか看守のシャドウも怯えた様子を見せる。

 

 そうしたシャドウの合間を掻い潜り、一人と一匹の怪盗は目指すオタカラの下へ走る。

 

(無事で居ろ、瑛……!)

 

 思いを馳せるのは、友達を想う心優しい少女。

 しかし、変革はすでに産声を上げ始めていることを、彼らはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

「んっ……んぅ……?」

 

 頭に響く鈍痛と共に目を覚ます瑛。

 意識を失う直前の出来事をうまく思い出せず目を白黒とさせる彼女であったが、ひどく揺れる体に異変を覚え、ゆっくりと隣を見遣る。

 

「ひっ!?」

『―――』

 

 自分を抱きかかえる存在。

 それは確かに拷問部屋にて器具を切り刻んでいた怪物―――否、怪人に他ならなかった。頑なにナイフを握りしめたままの腕で自分を小脇に抱える怪人に、瑛は声を失う。

 

(どこ、ここ……?)

 

 それでも自分の所在がどこか調べようとする思考力が残っていたのは幸いか。

 瑛は刺激しないよう視線だけで周囲を見渡す。拷問部屋と代わり映えのないレンガ造りの壁や床が延々と続く通路だ。

 だが、前方から仄かに差し込む灯りが終着点だと告げる。

 

(あれは―――)

 

 ベッドだ。病院に置いてありそうな簡素な造りのもの。

 

『……瑛ちゃん』

「え?」

 

 ベッドにばかり意識を向けていれば、不意に耳に入った友人の声に反応する。

 しまった―――などと後悔する考えは、彼女の姿を見れば欠片も過らなかった。

 

「絵美……?」

『どうしたの、瑛ちゃん? そんな不思議そうな顔して』

「いや、だって……」

 

 頭が追い付かない。

 何故ならば、ただでさえ非現実的な場所に移動したかと思えば、ナイフを振り翳す怪人に拉致され、あまつさえ居る筈のない親友と対面したのだから。

 困惑する瑛の視線に先には、病衣に身を包んだ絵美がベッドで上体を起こしていた。

 別人かとも勘繰ったが、金色に輝く虹彩以外は本人そのもの。

 顔も、声も、ちょっとした仕草でさえも。

 

「絵美……私に怒って、帰って……それで……」

『ああ、そんなこと? 大丈夫、私全然気にしてないよ』

 

 朗らかに笑う絵美の様子に、恐怖で強張っていた瑛の顔がほんの少し綻ぶ。

 

『立ち話も何だしさ。おいで、瑛ちゃん』

 

 絵美が告げる。

 すると、瑛を抱えていた怪人が歩み出し、そのまま彼女をベッドまで運んでいく。

 そのまま解放された瑛であったが、親友を目の前にして逃げる選択肢が浮かばぬまま自然とベッドに腰かける。

 

「あの……絵美?」

『なに?』

「その、ごめんッ! あの時はカッとなっちゃって……」

『気にしてないって。それより、瑛ちゃんが私のこと心配してくれて嬉しかったよ』

「絵美……!」

 

 放課後の喧嘩について謝罪する瑛であるが、これも絵美は微笑みを湛えて応えた。

 親友の笑顔を前に、瑛の緊張はみるみるうちに解けていく。

 ああ、これはきっと悪い夢だ。夢の中だから突飛な世界が広がっているし、怪人も居るのだろう―――そう割り切った瑛は、いっそのこと清々と開き直って絵美と談笑することにしたのだった。

 

『ねえ、私と瑛ちゃんが友達になった頃のこと覚えてる?』

「友達になった頃? うん、勿論! 絵美がタピオカ噴き出したのは大笑いしたなぁ~」

『あははっ! それを言ったら体験入部で踊った瑛ちゃんさ、ズボンのゴムが切れてダンス部全員にパンツ見せびらかしたよね』

「見せびらかしたって言うのやめて! 今でもネタにされると恥ずかしいんだから!」

 

 恥ずかしい過去を暴露され、瑛は茹蛸のように顔を真っ赤にさせる。

 

「もう、絵美ったらぁ!」

『ごめんごめん。でもね、それじゃないんだ』

「え……?」

『私さ、瑛ちゃんと約束したんだ。憶えてる?』

「約……束……」

『うん。私たちはずっと友達。ずっと傍に居るって』

「あ……うん! あははっ、そんなこと確かに言ったね。ズッ友宣言も懐かしいなぁ~」

 

 学校にうまく馴染めず、一人寂しく過ごす時間が多かったあの頃。

 そんな瑛の世界を変えてくれたのが絵美だった。

 色々な場所に連れて行って、色々な友達を紹介して。無色に見えた青春を、彼女が華々しく彩ってくれたのだ。

 

「それがどうかしたの?」

『……ねえ、瑛ちゃん』

「なに? そんな重そうな顔して……」

『私たち、ずっと友達だよね?』

「絵美……当たり前じゃん! 急にどうしたの? あっ、もしかして進学とかで悩んで……た、り……?」

 

 刹那、絵美の()()()が変わるのを瑛は見逃さなかった。

 黄金色の虹彩が濁る。

 ドス黒い感情が滲み出すかのように、彼女の顔にも影がかかる。

 

『―――瑛ちゃんの隣に居ていいのは私なんだよね?』

「……絵美?」

『だって、そう約束したもの。なのにあいつら、最初は可愛いからハブいてやろうなんて言っといて、いざ男子に人気が出たからって掌返して……!』

「ちょ……タンマタンマ! そうカッカしないで、ねっ? それはもう前の話だし……」

『許せない……許せない許せない許せない許せない許せない!! 瑛ちゃんの隣に居ていいのは私だけ!! 私だけの特権!! 後から出てきた奴らになんか渡せない!!』

 

 ―――おかしい。

 

 そう気づいた時には、すでに絵美―――いや、絵美の形をした怪物の狂気は溢れて止まらなくなっていた。

 

『あんな奴らが!! イジメる奴らが!! 犯罪者如きが!! 瑛ちゃんの隣に居ていいはずがない!! だってだってだってだって!! あんな奴ら許せないんでしょ? ずっと言ってたじゃない、イジメるような人が許せないって!!』

「そ、れは……!」

『嘘なんて吐かなくても大丈夫だよ? だからこうして()()()()()()()()んだから』

「え……?」

 

 絵美が狂気的な笑顔を湛えたまま、仰々しく腕を広げる。

 次の瞬間、仄暗い部屋の各所に佇んでいた蝋燭の火勢が増した。

 すると暗闇で窺えなかった部屋の全貌が明らかとなる。

 

「ひっ……!?」

『見える? 瑛ちゃん』

 

 怯え竦む瑛の顔に両手を添える絵美。

 その目的は部屋を取り囲むように並ぶ牢獄と、そこに捉えられている囚人をはっきりと見せる為だ。

 閉じ込められている囚人はいずれも学校で見知った顔。生徒も居れば教師も居り、いずれも牢獄から出してと呻き声を上げるばかりだ。

 

『あれが()()だよ』

「悪、者……って?」

『瑛ちゃんを苦しめる悪い奴らに決まってるじゃない。イジメた奴も、見て見ぬフリをする教師も、みんなみーんな悪者。ああして牢屋に閉じ込めておけば、悪さなんてできないでしょ?』

 

 さも当然と言わんばかりの言い草。

 許しを請うように呻く囚人と、彼らを眺めて悦に浸る絵美の狂気―――それらを目の当たりにした瑛はゾッと総毛立つ感覚を覚えた。

 

「お……かしいよ」

『……なんて?』

「おかしいよ、こんなのっ!!」

 

 背後から両頬に手を添えていた絵美を振り払い、瑛は立ち上がる。

 

「確かに絵美の言うことも分からなくない……けど! だからって」

『―――優しいんだね、瑛ちゃんは』

「へ……?」

『そうやって悪者にも優しいんだね。でも、それで苦しんでるのは瑛ちゃんじゃない』

 

 呆れたような眼差しを送る絵美が、押し黙る瑛に向けて語を継ぐ。

 

『誰にでも優しくするのは結構だけど、許せるかどうかとはまた別の問題でしょ?』

「そ、れは……っ!」

『優しいと悩みが多くて大変だね。他人なんか省みないで馬鹿やってる子たちが許せなくて仕方ないよね』

「違う! そんなんじゃないよ……!」

『ううん、無理なんかしないで。私だけが瑛ちゃんのことを理解できるから。そうやって一人で抱え込まないで』

「う、あ……」

 

 甘く囁く声。

 言葉を失う瑛は、ゆっくりと手を取る絵美を振り払えずに居た。

 それは相手が限りなく親友に近い容貌をしているからか。

 もしくは―――。

 

 

 

「おい、ジョーカー! 見ろ!」

 

 

 

「えっ……?」

 

 騒々しい音と共に響き渡る声。

 思わず振り返る瑛は、その流れで受け入れかけていた絵美の手を振り払う。『チッ!』と忌々しそうな舌打ちが聞こえるも、今だけは瑛の耳には入らない。

 彼女が目にしたもの、それは入り口で物騒な武器を構えるロングコートの男と、デフォルメされたような頭身の謎の生物であった。

 後者は元より、前者の仮面舞踏会にでも出席するような恰好には、直前までのやり取りを忘れるほどの衝撃を受ける始末だ。

 

「モルガナちゃんのこ―――!?」

「あいつは……フクダだ! 友達の女子も一緒だ!」

「変な生き物が喋ってる!?」

「変な生き物じゃねーし!? せめて断定しろよ!!」

 

 ガーン! とショックを受ける謎の生物、もといモルガナ。

 彼の横に構える男―――蓮は、瑛の無事を確認するやほんの僅か表情を緩ませるが、依然ベッドの傍に佇んでいた白装束の怪人に、臨戦態勢を取る。

 

「瑛、そこから離れろ!!」

「えっ、えっ、えっ!?」

『瑛ちゃんを困らせる悪者……!! 皆、やっちゃえ!!』

 

 逃げるよう勧告する蓮であったが、当然状況を飲み込めない瑛は右往左往するのみ。

 その間にも蓮たちに敵意を示した絵美が、応援を呼ぶ。直後、地面から沸き上がるように無数のシャドウが現れるではないか。

 

「こいつは……!」

「彼女がここの王か」

「エミって奴だったか!? だが、フクダの救出もまだなのに相手取るには……!」

「諦めるのか?」

「ああん!? そんな言葉、ワガハイの辞書にゃ載ってねェー!!」

「フンッ、その意気だ」

「我が決意の証を見よォー!!」

 

 ゾロ! と叫び声と共にペルソナを顕現させるモルガナ。

 次の瞬間、ゾロの解き放った複数の竜巻が、どこからともなく現れるシャドウを次々に吹き飛ばしていく。伊達に心の怪盗団として戦ってきた訳ではない。彼にかかれば烏合の衆など、マハガルダイン一発でどうとでもなる。

 

「とぉりゃー!!」

「頂いていく!!」

 

『ぐぎゃあああ!!』

 

 マハガルダインを潜り抜け、一人敵の懐へ飛び込む蓮。

 大技を前に隙を晒す敵の喉笛を掻き切るなど、今の彼にとっては容易い業。一閃、二閃と刃を滑らせてシャドウを何体か蹴散らした後は、残る敵に向けて銃口を構える。

 狙いを澄ませた不可避の銃撃。

 ゲームセンターで鍛えた、と聞けば安っぽく聞こえるが、正確無比な連射が次々にシャドウの眉間を捉えていく光景を目の当たりにすれば、そのような考えも失せるだろう。

 

―――イケるか?

 

 幸いにも一個体の強さはそこまでではない。

 このまま瑛を救出するだけならば、滞りなく事が運ぶかもしれない―――そのような考えが脳裏を過った直後だった。

 

「ジョーカー! 右だ!」

「ッ!!」

 

 白い影が迫りくる。

 咄嗟にナイフを構えて盾とした。が、繰り出された一閃の重さは尋常ではなく、蓮の体は弾かれるように壁側へと吹き飛ばされる。

 

「ぐっ!」

「ジョーカー! チッ、手練れが居やがるな!」

 

 すかさず蓮のカバーに入るモルガナが、白い怪人目掛けてパチンコで狙撃する。

 しかし、細身のナイフを構えた怪人は、迫りくる一発一発を丁寧に斬り落とすという人間離れした業を見せつけてくるではないか。

 

 単純な直接攻撃や銃撃は効果が薄い。

 そう考えたモルガナは、迷わずゾロを顕現させ、研ぎ澄まされた一陣の疾風を繰り出す。

 

「うおおおお!!」

『―――』

「アルセーヌ!!」

 

 モルガナの攻撃に身構える怪人であったが、背後から雄々しい声が響き渡る。

 そこには壁へ激突した蓮が居るはず。だが、いざ振り返ってみれば、アルセーヌを顕現させて頭上から急襲する彼の姿があるではないか。

 今尚、袖口からワイヤーを伸ばしたワイヤーを巻き取っている。そう、彼は壁へ激突する寸前にワイヤーフックを天井に引っかけて勢いを殺し、逆に壁を蹴る勢いも乗せて飛び込んできたのである。

 

 挟み撃ち。

 この間合いであれば回避する暇もない。

 例えどちらを防御しようとも、確実に片方の攻撃は当たる。

 言葉を交わさずとも仕掛けられる戦法は、長い間共に過ごしてきた固い信頼関係が為せる業だ。

 

『―――』

(背を向けた?)

 

 しかし、この連携を前にした怪人は、蓮に対して背を向ける動きを取る。

 不審に思う蓮。こうしている間にもアルセーヌが解き放とうとする“エイガオン”は臨界寸前まで凝縮していた。

 

「!!」

 

 だからこそ()()()

 

 今から攻撃を止めて暴発しようものならこちらが危ない。

 攻撃はする。けれど避ける。

 その心は、

 

「反射持ちだとっ!?」

 

 背後からの“エイガオン”を反射する怪人にモルガナが叫ぶ。

 シャドウにも属性による得手不得手が存在するが、その中でも特段厄介であるのが反射持ちの種族だ。

 無効化ならまだいい。吸収するなら、以後攻撃を仕掛けなければいいだけだ。

 しかし、いずれも一度は攻撃してみなければ分からない以上、不意のカウンターになり得る反射は厄介極まりなかった。

 

 それを寸前で回避する蓮。

 不規則に蠢く呪怨の力の余波はアルセーヌの翼を盾にして防ぐ。それでも頬を掠る攻撃に血が流れる事態は免れない。呪怨に対し耐性を持つアルセーヌで済んだからこの程度で済んだが、そうでなければ最悪の事態もあり得た。

 

 歯噛みする蓮の一方、当の怪人はと言えば真正面から迫りくる疾風を迎え撃つ。

 しかも、たった今アルセーヌが繰り出した呪怨の力を、そっくりそのまま模倣でもしたかのような魔法で。

 

「こいつ!!」

『―――』

「うぉあ!?」

「モナッ!!」

 

 正面衝突するガルダインとエイガオン。

 数秒拮抗する攻撃であったが、押し勝った怪人が怒涛の竜巻を霧散させる。その余波で小さな体のモルガナは煽られるように吹き飛ぶが、辛うじて猫の身のこなしで体勢を整え、無事に着地してみせる。

 

「―――やはりな」

 

 銃で牽制する蓮。

 怪人は難なく切り落とすが、その間にも彼はモルガナの隣へと駆けつける。

 

「やはりって……どういう意味だ、ジョーカー?」

 

 身だしなみを整えるように誇り塗れとなった体を軽く毛繕いするモルガナが、訝しげに訊き返した。

 蓮の観察眼を認めている彼だからこそ、切り札(ジョーカー)が見つけた情報は耳を傾ける価値があると理解している。

 

 だからこそ待つ。逆境を跳ね返す打破の一手を。

 

「あのシャドウ―――アルセーヌに近い力を持ってる」

「……なるほどな」

 

 それは二つの答えを意味していた。

 

 一つは、アルセーヌに類似した耐性を持つ怪人には、今の面子では有効な手立てがないこと。

 

 もう一つは、手札を変えてしまえばその限りではないという事実。

 心を鎧う意志の力たるペルソナは、一人の人間につき一体しか宿らない。

 だが稀にアルカナの旅路を辿る愚者のように、何も持たざるが故に何者にもなれる素養―――『ワイルド』を持つ者が居る。

 

「だったら、ここからがお前の真骨頂の出番だぜ! 見せつけてやるぞ!」

「ああ―――瑛は頂戴する」

 

 威勢よく声を上げるモルガナに対し、蓮は不敵な笑みと共に応える。

 

 

 

「……どういうこと……なの?」

 

 

 

 その時、一瞬の静寂を突くように瑛の声が澄み渡った。

 誰もが彼女の方へ意識を向ける。

 困惑した面持ち。当然と言えば当然と言える様子だが、彼女の視線は頑なに絵美のシャドウへと向けられていた。

 

『どういうことって?』

「あの人たち……分かるの! 雨宮くん! 同じ学校の!」

『ああ、暴行事件の子?』

「ッ、違う! それは冤罪だって! 今日だって絵美のこと話したら力になってくれるって言ってくれた人なんだよ!」

『―――冤罪かどうかなんて関係ない』

「え……?」

『私にとっては瑛ちゃんに悪い虫がつくのが許せないの。どんなに中身が清廉潔白な人だとしても、悪い噂が絶えない人と一緒に居たら、瑛ちゃんの評判まで悪くなっちゃうじゃん』

「絵……美……ッ!」

 

 現実の親友からは考えられないような口振りで紡がれる言葉に、瑛の顔が悲痛に歪む。

 シャドウとは、言わば現実の人格が抑圧する負の一面。大なり小なり個人が抱える欲望そのものと言って過言でない存在だ。

 加えて認知世界を書き換える程の歪みを持った人物であれば、抱える欲望も尋常ではない。そこは善人も悪人も関係ない。

 

『私は瑛ちゃんの傍に居られればいいの。それだけで―――』

「違う」

『……なんて?』

「間違ってるよ、絵美……そんなの……!」

 

 淀んだ金色がねめつけてくるも、瑛は臆さず鋭い眼光を閃かせる。

 

「そんな理由で除け者にするなんて、絶対に違う!! 嫌だよ!! そんなことされたら、私……!!」

 

 

 

許せない?

 

 

 

「う゛っ……!!!?」

『瑛ちゃん!?』

 

 刹那、頭に響く声と激痛に膝をつく瑛。

 咄嗟に駆け寄ろうとする絵美であったが、蹲って喘ぐ少女から吹き荒れる力の波により近寄ることさえままならない。

 唖然とする絵美の一方、遠目からその様子を眺めていた蓮とモルガナは『まさか』と口を揃えた。

 

「何……この声……!?」

 

不撓不屈の優しさは結構。

 

けれど、優しくあればこそ

許せぬものも見つけましたね。

 

「誰、なの……!!?」

 

我は汝、汝は我

 

己を押し殺してまで貫く信念があるならば、

さて、今こそ内に孕んだ激情を解放しましょうか。

 

「ぐぅ!!?」

 

さぁ…血盟を契る時です!

 

「ぅぅううあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 金切り声に似た悲鳴が轟く。

 次の瞬間、部屋を仄かに照らしていた蝋燭の火が一斉に消える。

 しかし、一つ、また一つと幽玄な青い炎が代わりに灯っていくではないか。

 やがて全ての火が灯った時、瑛は頭痛が治まるのと同時に違和感を覚えた。

 仮面―――激痛で滲み出た汗を拭おうとした時、顔面を覆う白いペストマスクが手を阻んだのだ。無論、身に着けた覚えなどない。

 ただ、自分が何をすべきかだけは分かっていた。

 はっきりと、鮮明(クリア)に。

 

 ()()()()を湛えた瑛は、心に従って仮面に手をかける。

 

 

 

「 ペ 」

 

 

 

それは心を鎧う仮面。

 

 

 

「 ル 」

 

 

 

それは欲望に呑まれぬ為の反逆の意志。

 

 

 

「 ソ 」

 

 

 

もう一人の―――自分。

 

 

 

「ナアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」

 

 

 

 引き剥がされる仮面。

 顔と癒着したそれを剥がすのは、顔面の皮を剥ぐに等しい行為。

 当然血飛沫が舞い、辺りに撒き散らされる―――が、それらが床に模様を描くよりも前に、爆炎のように噴き出す青い炎が瑛の全身を覆い尽くしていく。

 仄暗い闇を煌々と照らす炎。

 やがてそれが晴れると、制服とは似ても付かない装束を身に纏った瑛が姿を現した。

 

 背後に浮かび上がる()()姿()()()()()と共に。

 

『―――フフ、フフフ、フフフフフ。よくぞ呼び出しました、契約者よ。(わたくし)は貴方の心の海より出でし者……』

 

 右手に携えたランプを掲げた瞬間、無差別に広がっていた青い炎の全てがランプの中へ収束する。

 

 

 

『命灯を掲げし貴婦人―――ナイチンゲール!!』

 

 

 

 眩い光が、また一つ反逆の意志が灯った事実をありありと告げる。

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