『ジェイルってマジかよ!』
『EMMAは倒したはずなのに……まだ別に黒幕が居るって訳!? 絶対やっつけなきゃじゃん!』
『杏の言う通りね。それにしても、二人が無事で本当によかった』
画面に並ぶ文面。
それは掛け替えのない仲間から送られたメッセージであった。一年以上も前から続いている怪盗団のグループにて議題とされているのは、無論、今夜の出来事である。
竜司、杏、真からは驚愕と労いの言葉を投げかけられた。
彼らもまたイセカイに精通している人間。故に、少人数で潜り込む危険性も重々承知していた。
『マコちゃんの言う通りだね。怪我してたらどうしようかと……』
『ま、そこは流石の怪盗団のリーダーとモナだな! 踏んで来た場数が違うのだー、っとそれはさておき。面白い事件見つけたぞ』
続けて安堵のメッセージを送る春であったが、明るい語調の双葉が、突然一つのウェブサイトのリンクを貼りだした。
『見ろ。数年前の連続殺人事件だ』
『連続殺人? んなもん、今回のイセカイとはなんも関係ねーんじゃねえの……?』
『まあ聞け。私が注目したのは二人が見たっていう“霧”だ。この連続殺人はそっち界隈じゃ怪事件として有名でな、事件がもっぱら悪天候の後に起こってる。んでもって、死体はテレビのアンテナなりに引っかかったり変な場所で発見されたらしい』
情報に敏い双葉曰く、数年前に普通の事件とは一線を画す怪事件が発生したらしい。
これには訝しげな反応を見せた竜司も『マジかよ』と引いたメッセージを送った後、口を噤むように無反応になってしまった。
しかし、ここで怪盗団のブレインたる真がいち早く察する。
『まさか、その事件もイセカイと関係あるって?』
『可能性はなくはない。私が言いたいのは悪天候って条件がイセカイに繋がる“鍵”の一つじゃないかってことだ』
『いくら何でも話が飛躍しすぎじゃない?』
『どちらにせよ今じゃ情報が足りないね……私たちが直接行けたらいいんだけれど』
双葉の推論に杏が難色を示す。
これも続く春が言う通り、結局のところは情報が不足しているからという理由に帰結する。今回の事件はあまりにも突然で、原因が分からない。
故に、現場へ赴きイセカイへと侵入すること事件解明へと繋がるベストな方法だが、夏季休暇に向けてコツコツ貯めた旅の軍資金も使い切った面子に、いきなり東京から遠い田舎へ赴く資金も時間もない。
『……っつーか、祐介静かじゃね?』
『待たせた』
『お。オイナリ反応キタコレ』
『霧について調べてみたが、日本神話において
『急に反応したと思いやがったら!』
『なんかデジャヴ感じるかも……』
怪盗団において独特の感性を持つ男、祐介。
以前にもハッカー集団『メジエド』の情報を集める際、語源の方について調べた出来事を彷彿とさせるやり取りに竜司と杏がすかさず反応を見せた。
当時も頓珍漢という他なかった祐介の解答だが、今回についても同様と言う他ない。
『―――いや、案外イイ線いってるかもな』
『双葉?』
『認知世界、つまり集合的無意識だな。これで“霧がイセカイと繋がっている”っていう認知が神話として幅広く知られてるなら……』
『マジかよ……』
認知は歪で自由だ。
大衆の認知は集合的無意識の世界に影響し、様々な形へと変化させる力を持つ。それは時に、神に反逆する一人の
もしも人々の中に霧とイセカイが繋がっている認知が世界規模で広がっているならば、万が一もあるかもしれない―――それが双葉の見解だ。
『でも、そんなに有名な話なのかしら?』
『私も初めて聞いたくらい』
『だよなー。あくまで憶測の一つってことで軽く流してくれ』
だが、真と春の反応から見ても分かる通り、“霧がイセカイに繋がっている”認知は決してポピュラーではない。幅広い認知が強力に働く認知世界において、それは致命的な部分であった。
『私はもーちょい色々調べてみる。蓮とモナも勝手に突っ走るなよ~?』
『それがいいわ。私はお姉ちゃんにさっきの事件について聞いてみる』
『私も私でなんか調べてみる! 巻き込まれた子もだけど、これは怪盗団として見逃せないから!』
『事件の方はあんまり力になれないかもだけど、いじめの方なら会社の人に法律とか詳しそうな人を尋ねて力になれるかも』
『俺はもう少し霧について調べてみよう。何か分かるやもしれん』
『いや、多分それについてはもう大丈夫だわ』
『馬鹿な』
各々が今後の動向を示す中、祐介だけが竜司に止められて動揺したような文面を返す。これもまた彼ららしいやり取りだ。それでいて一つの目的に一致団結して取り掛かろうとする団結力の高さを実感し、思わず蓮も画面の前で微笑んだ。
そして、その想いは通話グループに加わっていない別のメンバーにも向けられる。
『ソフィアと善吉にも伝えようか?』
不意に投げかけた蓮の通知。
両者共に夏の間戦ってきた戦友だ。
片や、生みの親であり友人でもある者と旅に。
片や、長年の家族の仇を取っている真っ最中。
『もちろん! ま、向こうの状況配慮した感じで伝えるけどな』
『頼んだ』
『任された!』
画面越しでも伝わってくるような双葉のやる気から分かる通り、彼らもまた固い絆で結ばれた怪盗団の一員。仲間外れは良くないと情報だけでも共有する義理がある。
『それじゃあ今日は解散だ』
最後はリーダーらしく蓮が締める。
続けて面々の労いの言葉が連なったことで、今夜の作戦会議は終了したのだった。
刻一刻と変化する怪異が、現実を侵食しているとも知らず。
「おはよっ、雨宮くん」
「おはよう、瑛」
「おう、フクダ! おはようさん!」
「モナちゃんもおはよっ!」
朝の通学時間。一昨日、昨日と同じ曲がり角で出会った瑛は、目元に隈を浮かべながらも溌剌とした挨拶を投げかける。
「眠れてないみたいだな」
「そんなことは……あるかも」
「まあ仕方ないさ。あれだけのことが立て続けに起きりゃあ誰だって疲れる。だからこそ無理は禁物だぞ」
心労を気に掛けるモルガナに『うん』と返される瑛の言葉は、やはりどこか活力に欠けている。
「ま、暗い話もここらへんにしとこうぜ! こっからはお楽しみの
「アレ?」
「モルガナ、まさか
「どうして『アレ』で通じるの!? なになに!? 怖いよ!!」
仄暗い雰囲気を一変させるべくモルガナが提示する話題。
やや瑛を慄かせ過ぎているきらいはあるが、最早
「フクダ、お前はこれからワガハイたちと一緒にエミを変えちまった元凶を正す訳だ」
「それはもちろん! そのことに関係する話?」
「ああ。経緯はどうあれ、オマエはペルソナの力に目覚め、認知世界についても知り、友達の歪んだ心を正したいと願った。その志は心の怪盗団と同じだと言っていい」
「私が……怪盗団……?」
本人を前にファンを公言する瑛が、自身も怪盗団と言われている口振りを前に高揚したように落ち着きがなくなり始める。
「何かあるの? 団員の証のバッジみたいな物を渡されたり!?」
「物じゃねえ―――コードネームだ」
「コードネーム……?」
「知っての通り、ワガハイたちは闇に潜み人の心を盗む怪盗……いくら認知世界の中とは言え、本名を公言するのはスマートじゃあねえ」
「なるほど!」
流れのままに肯定する瑛だが、実際のところはよく分かっていない。
とは言え、イセカイに存在する認知の人物が倒された途端、現実のパレスの主が変心するといった事例もあることから、細心の注意を払うという意味では道理が通っているとも言える。
「ちなみに二人のコードネームは?」
「ワガハイが『モナ』! んで、レンが『ジョーカー』だ!」
「モナにジョーカー……モナちゃんはあだ名みたいな感じなんだね。何というか、すぐに連想しやすいっていうか」
「ガーンッ!!」
無邪気なまま遠回しに安直と言われ、あからさまにモルガナがショックを受ける。
―――確かに安直だったかもしれない。
名付け親の一人である蓮は、今更ながら反省してみた。
「でも、ジョーカーってかっこいいね! なんか、海外の映画に出てきそうな敵キャラみたいな感じでさ!」
「こいつは怪盗団のリーダーで切り札だからな。ワガハイが命名してやったんだぜ」
「え、凄い! モナちゃんがつけたの?」
「そうだぜ! どうだ、ワガハイのセンスは!」
だが、命名のセンスを褒められて気を良くしたことで、慰める必要もなくなった。調子のいい奴だとはちょっとだけ思わざるを得ない。
「それじゃあ私のコードネームは!?」
「そうだな……レン、何か候補はあるか?」
「うーん……」
顎に手を当て、熟考する。
恒例行事とは言え、ノリで決めることもあれば提案を却下されて本人が決めることも少なくなかった―――というより、大体本人が決めていた気がしないでもない。
瑛らしいコードネームを考えていく中、思いついた候補はと言えば、
「ダンサー」
「……なんか、緊迫した場面で呼ばれると合わないかも」
「ナース」
「もっと合わなくなってきたね……」
「ドクター」
「ちょっと待って! 最初は分かるけど、その次からは何を以て候補に挙げたの!?」
次々に出される候補に異議を唱えていた瑛が語気を荒げて問いかける。
「服装がそれっぽかったからだ」
「服……って、イセカイの?」
「ああ。白衣に見えた」
「言われてみればそうだったかも……あっ、ナースを挙げたのはペルソナから? ナイチンゲールってナースだったんだっけ」
「そうだ」
「でも、流石にナースとかドクターじゃ緊張感に欠けるかも……」
おっしゃる通りだ、と蓮も納得する。
パッと思いついたものが粗方却下された以上、また別の方面から考えなくてはならなくなった訳だが、うーんと唸っていたモルガナが突然ハッと面を上げた。
「そう言えばフクダ。お前、昨日懐からなんか取り出してなかったか? ナイフみたいな」
「ナイフ……あ、これのこと?」
指摘されるや、あっけらかんとした表情でバッグから取り出されたのは小型の折り畳みナイフだった。
銃刀法違反に抵触しそうなラインを攻める持ち物にギョッとする蓮とモルガナであったが、即座に瑛が弁明を始める。
「違うからね!? そんなおもむろに取り出してヒャッハー! って舐める為に持ち歩いてる訳じゃないから! ほら、一昨日のことがあったでしょ? あれがあったから護身用にって……」
「護身用にしちゃあ物騒だな……もっとスタンガンとかなかったのか?」
「一昨日の昨日で用意できないよ、そんなの……」
田舎にスタンガンが置いてある店など早々にない。
だからこそ苦渋の決断として
とは言え、瑛のナイフを目にした蓮が閃いた。
「―――『ジャック』」
「え?」
「ジャックはどうだ。ジャックナイフとも言うだろう」
「……あっ、ナイフからコードネームを取ったの?」
「それに有名な闇医者も『ジャック』がつくだろう」
「あ、なるほど!」
国民的闇医者と知られている者にも『ジャック』がついているなら、医療方面で歴史に名を残した偉人の姿にペルソナを顕現させた瑛に合っているかもしれない。
これには瑛の感触も悪くない様子だ。
何度も反芻するように頷いた後、ニパァ! と笑顔の花を咲かせる。
「うん! それじゃあ私はこれからコードネーム『ジャック』で! よろしくね、ジョーカー」
「よろしく頼む」
「よぉーし! コードネームも決まったことだし、今日から早速ジェイル攻略に取りかかろうぜ! おー!」
『おー!』
モルガナの掛け声と共に声を上げる二人。
朝から盛り上がる男女一組と猫に向けられる視線は生暖かいが、それも些細なことであった。
それは昼休みの出来事だった。
「なんだと!?」
声を荒げるモルガナ。
ここが体育館裏だったから良かったものの、校舎内で叫ぼうものなら、ただちに蓮が生徒指導室へ連れて行かれるところであった。
しかし、問題はそこではない。
「間違いないのか?」
「う、うん……絵美から、朝になってイジメてきた子たちが謝ってきたって」
「昨日の今日で、そんな……!」
昼休みでも貴重な時間だ。
だからこそ聞き込みに出て回ろうとした蓮とモルガナであったのだが、突然瑛に呼び出されるや、絵美へのイジメが止まったという事実を伝えられた。
「ねえ、二人とも。これっていいこと……だよね? イジメが終わるんなら、私たちがやれることはないし……」
「いいや、そうとも言えねえ」
「え?」
おずおずと物申す瑛であったが、モルガナがぴしゃりと言い返す。
「こんな突然の改心、ジェイルで何かあったに違いない」
「ネガイを奪われたか」
「かもな」
「えっと……それの何がダメなの?」
モルガナと蓮のやり取りに首を傾げる瑛。
いまいち事の深刻さを理解できていないのか、目を白黒とさせている。
「いいか、フクダ。ネガイってのは人が持つ願望そのものだ。こいつを
「それってつまり……絵美が、イジメた子たちのネガイを奪ったって意味?」
「ああ、そうだ」
イジメの被害者に加害者が突然謝るなど、普通に考えて可能性が低い出来事だ。
だからこそ今までの事件を鑑み、イセカイの中で改心するに至った事象が起こったと見るべきである。それが心のネガイを奪取されたという答えに繋がった。
「―――でも、ホントにダメなことなの?」
だがしかし、不意に瑛が問い返す。
「だって、イジメが終わるんならそれでも……」
「……」
瑛の言いたいことは蓮とモルガナも理解できる。
何も改心そのものが悪い行いではない。王のように人を盲目的に崇拝させ、破滅に導くやり方もあれば、悪い心だけを盗むことで善人にし、暴かれていなかった悪事を日の目に晒すこともできる。だからこそ怪盗団は寄る辺もなく不安と焦燥に駆られた弱い人々に支持された。
瑛も怪盗団を指示していたからこそ、“イジメが止む”という改心の結果だけを見た時、無理に絵美を改心させる必要があるのかと疑問を抱いたのだろう。
それに対し、蓮の答えは―――。
「ダメだ」
「どうしてっ!」
「改心に魅せられた人間は、最初こそそれだけで満足するかもしれない。だが、欲望に限界なんてない。膨れ上がった欲は、いずれ人の心や願いを足蹴にすることに、何とも思わなくなるようになる」
「絵美はそんな子じゃないよ!」
「俺たちだってそうなった」
「……!」
蓮の口から飛び出た言葉に、瑛が押し黙る。
あの怪盗団が、まさか悪人と同じ心持になっていたことなど、信じられるはずもない。
けれども真っすぐこちらを射抜いてくる視線が、真実から目を背けることを許さなかった。
「目的と手段が逆転することは往々にしてある。それを取り返しのつかないことを犯した後に知るのは遅すぎる」
「雨宮くん……」
「被害者だった彼女に加害者のレッテルまでも貼らせる訳にはいかない。イジメが止むことはいい。けれど、彼女の心を歪んだままにはしておけない……そうだろう?」
「……うん!」
真摯な訴えを聞き、蓮が伝えんとしていた想いを受け取った瑛は力強く頷く。
そうだ、絵美を助けるのは当然。それはイジメを止めるという意味でも、歪になってしまった欲望を正すという意味でも。
実態はどうあれ、一時的にでもイジメが終わったというのなら、残るは絵美の心のネガイを盗むことだけだ。
「やはり、イセカイに潜入する必要がありそうだな。しかし、入り口に入る手がかりが霧だけってのもなぁ」
目下の問題は、そこに帰結する。
いくらジェイルがあると分かっていても、潜入手段がないのなら手が付けられない。
「それなら霧が出やすい場所に行くっていうのは?」
「心当たりがあるのか?」
しかし、単純明快な答えが瑛から返ってくる。
反射的に問い返す蓮に『うん』と頷く彼女は、スマホを操作するや、とある地図画面を見せつけてきた。
「ほら、ここ!」
「ジュネスの裏山か?」
「学校からはちょっと離れてるけど、よく朝とか夕方に霧がかかってるのとか見るよ」
「なるほどな……行ってみる価値はありそうだ」
手がかりが少ない以上、些細な情報でも頼りにし、可能性を虱潰しにしていくしか活路はない。
少なくともジェイルとは街の広範囲に広がるイセカイだ。歪みの中心から多少離れた場所から侵入しても一向に問題はない。
「それなら明日の朝に行ってみよう」
「貴重な休日だが、構わないか? フクダ」
「うん、絵美の為だもん。休んでなんかいられない」
話はまとまった。
潜入の手掛かりを得るべく、明日の明朝ジュネスに集合することになった三人は、昼休み終了直前を報せるチャイムを耳に入れたのを機に解散する。
密かに、新たな面子を加えた怪盗団のミッションが始まる瞬間だった。
「……」
学校の敷地の外から覗き込む人影には、気づかぬままに。