PERSONA5 The BlackJack   作:柴猫侍

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Ⅵ.Erosion

『はぁ……』

 

 今日も今日とてため息が出る。

 いわれのない嫉妬で疲れることなんて馬鹿馬鹿しい。いっそ、誰の言葉も耳にせず、気にせず、自分一人だけの世界を謳歌できればいいものだなんて考えたことは一度や二度じゃない。

 けれども、現実はそれを許さない。

 どんなに耳を塞ぎたくなるような言葉を投げられても、自然と聞き耳を立てては、ジクリと心が痛みを放つ。

 癒えるよりも早く、そして立て続けに迫りくる陰口は、着実に私の心を蝕み、傷つけていた。塞がらない心の傷口からは、膿のようにネガティブな気持ちばかりが溢れ出し、その日一日を憂鬱に染め上げる。

 

 でも、いつかきっと向こうが飽きて終わる。

 それが間違いだと知ったのは、取り返しのつかないところまで壊れかけていた頃だった。

 

 日に日にエスカレートするイジメ。

 次第に向けられる理不尽な嫉妬は、“言葉”ではなく“力”という形で現れるようになった。

 絶えない生傷。内側からも外側からも虐げられて、私は自分自身が生きているのかさえ曖昧になった。だって、心も体も痛みに鈍感になってしまったのだから。

 

 ただ、傷口から血が出る瞬間だけは生きていると実感できた。

 熱いものが溢れ出し、さっと体が冷たくなる感覚。

 きっとこれが死に近い感覚なのだろう。そう思うと、不鮮明な思考が恐怖と焦燥で叩き起こされて、否応なしに私が生きていると知らしめてくれた。

 

 ふと、家に帰った時に鏡を見た。

 そこに立っていたのは死人。

 殺された私が居た。

 

 

 

 だから、私は、刃物を手に取った。

 

 

 

『―――助けて』

 

 

 

 

 

 

 朝早くのジュネスにやって来た蓮とモルガナ。

 確かに瑛が言っていた通り、裏山の方へと目を向ければ薄い霧がかかっているように見える。

 

「あれがフクダの言ってた奴か……」

「見たところ普通の霧だな」

「まあ、それはこれから調べてみて分かることだ。沖縄みたいな例がない訳じゃない」

「ああ」

 

 夏には無人の研究施設に、王の無きジェイルがあったほどだ。イセカイの在り様が、自分たちの把握しているものよりもずっと多様であるとは何となく察している。

 だからこそ、考え付いた可能性の一つ一つを検証していく必要があった。

 心の怪盗団も、最初の頃は手探りで行き当たりばったりだった。ある意味原点回帰―――初心に帰ったとも言えるやり方こそ、今回の事件を解決する第一歩に他ならない。

 

「フクダと合流したらまずは聞き込みだ。ここのジュネスも建ってからそれなりなんだろ? 裏山の霧について知っている人間が居てもおかしくねえ」

「その後は現地調査か」

「だな。ジェイルに入れたら御の字ぐらいに思いつつ、準備は万端にしておくぞ。ちょうど色々買い物できそうだしな」

「それも瑛が来てから―――」

 

「おっ、はっ、よっ!」

 

「うっ」

 

 ペローンッ! と、パーカーのフード部分を捲り上げられ、視界が塞がれる。

 何者かという愚問は抱かない。

 

「おはよう」

「うん……って、あれ!? 眼鏡かけてる! もしかしていつもコンタクトだったの?」

「裸眼だ。だが、こっちの方が調子が出る」

「へー、なんだか新鮮!」

 

 伊達眼鏡に大層興味を抱く瑛が、フンフンと鼻息を荒げながら食い入るように蓮を凝視する。物珍しさを隠さない視線だ。秀尽に居た頃とは毛色が違う視線に狼狽していれば、存分に眼鏡を堪能した彼女は、ようやく顔を離してくれた。

 ようやく全貌が望める距離感になった。

 当たり前と言えば当たり前だが、休日の彼女は私服姿だった。

 制服のようなきっちりとした姿でも、体操服のような活発さを感じさせる姿でもない、どこにでも居る様な少女を彷彿とさせる清楚なワンピース姿だ。白いワンピースに赤いポーチというシンプルな装いだが、彼女の美貌も相まって輝いて見えんばかりである。

 加えて、花のような満面の笑顔を咲かせるのだから、同年代の男子からしてみれば堪ったものではない。

 

「私も伊達眼鏡買ってみようかな!」

「今日はそんな予定じゃない」

「分かってる分かってる! でも、今度普通に買い物に来た時は付き合ってね。雨宮くんのセンスで選んでもらおっかな」

「ハイセンス過ぎてついてこられないかもな」

「おぉ……予想外のビッグマウス……!」

「二人とも、お喋りはそこまでだぜ」

 

 挨拶がてらの談笑もほどほどにと割って入ったモルガナが、今日の概要を端的に説明する。流石はトリックスターの先導者たる猫とだけあって、説明も分かりやすい。瑛自身が怪盗団の一員としてノリ気なこともあり、話はスイスイ進んでいく。

 

「つまり、足で探すって訳だね!」

「ワガハイたちは探偵じゃねえが、その通りだ。加えて今回のジェイルへの侵入方法が不明瞭と来た。まずは万全の準備を整える為に道具の買い出しをだな……」

「……」

「ん? そんな小難しそうな顔してどうした」

「いや、怪盗団ってこういうお店で道具を調達するんだ~って……」

「だぁー! そんな細かいこと気にするな!」

 

 どうやら、華がないことを気にしていたらしい。随分と夢のない現実を見せてしまったが、アンタッチャブルも武見医院もない土地ではこれが限界だ。通販で揃えるにも、早急な調達ルートを確保してくれる有能AIが今は傍に居ない。

 違法改造(カスタム)してくれた武器商人や、独自の調合で作った薬を売ってくれた闇医者―――彼らとの繋がりこそが宝だと思い知らされる場面は一度や二度ではなかった。

 しかし、結局はないものねだりだ。揃えられるものだけでも揃えて用心するしかないのが現状である。

 

「買い物がてら聞き込みでもしよう」

「任せて! 私、ここの店員さんと知り合いだったりするから!」

「頼もしいな」

 

 そう胸を張る瑛を先頭にジュネスの中を練り歩いていく。

 求めるのは道具と情報。前者は新参よりも造詣が深い蓮が物色するとして、後者に関しては瑛が中心となって進んでいく。

 

 彼女の言う通り、多岐に渡る品が棚に並ぶ売り場や店子では、随分と仲が良さそうな店員を見受けられた。

 片や彼女の後輩がビッグバン・バーガーでバイトをしていれば、片や中年の女性が愛想よく笑顔を振り撒き、瑛と談笑をしていた。

 

「フクダの奴……去年来たばっかりだってのに、随分と顔が広いんだな。見てみろよ、通りすがりのバアさんから飴もらってるぞ」

「愛想がいいからな」

「そういうお前は不愛想もいいところだ。いやぁ~、懐かしいぜ。新聞部の女子に話を訊きに行く度ビクビクされてたのが」

「失礼だな」

「そんなこと微塵も思ってもねえ顔してるのに、よく言うぜ。だから眼鏡かけてても不良だなんだ言われてたんだよ」

「モルガナはそう思ってたんだな。今日のおやつは抜きだ」

「んなッ!?」

 

 と、他愛のない会話をしつつも道具を買い込む。

 すると、いつの間にか先を進む瑛に買い物袋を抱えた蓮が後を追うという形となり、傍から見れば彼女の買い物に振り回される彼氏という構図が出来上がっていた。

 周囲から薄々羨望と嫉妬のような視線を感じるが、いかんせん歩みが早い瑛に追いついていくのに精いっぱいで気に掛ける余裕もない。

 

 こうしてジュネスを練り歩くこと一時間。

 

「はぁ……ダメダメだ~。ごめんね、自分で言ったのに」

 

 屋上に存在するフードコート。その一角に佇むテーブル席で、口から魂が抜けかけている瑛が突っ伏していた。

 どうやら聞き込みにおいて手応えを感じられず、こうして項垂れているようだ。

 そんな彼女の傍らに歩み寄るモルガナは、慰めるように肩に手を置く。

 

「まあ、そんなもんさ。今回に限っちゃ標的の情報が少な過ぎる。何か聞ければ御の字って感じだ。道具を買い揃えられただけでも満足しようぜ」

「モナちゃん……なんて懐の広いにゃんこなの。ちょっと吸わせて……」

「猫じゃねーよ! ってか吸うな! ぐふっ!? 顔を埋めるなっつの……にゃはは、くすぐったい!」

 

 慰めを求めてモルガナを抱き寄せる瑛。

 そのまますぅ~っと音を響かせるや、モルガナがくすぐったそうに悶え始める。

このような真似をしてみたい気持ちは十二分に理解できる蓮であったが、流石に屋上で猫が騒いでいると人目が集まってくるため、程々で止めるよう割って入ろうとした。

 

 その時だ。

 

「―――おや? 君は……福田さんかい?」

「はいっ?!」

 

 猫吸いスタイルから飛び起きた瑛が、声の主に目を向ける。

 彼女に声を掛けたのは、三十代くらいの優男風の男性だ。瑛を知っている風の口振りであったが、今一度彼女の顔を覗き込むや、満足そうに頬を綻ばせた。

 

「ああ、やっぱり。元気そうで良かったよ。お友達の方は大丈夫なのかい?」

「あっ……お久しぶりです、(はざま)先生! え~っと……」

「おっと、ごめんごめん! こんな場所で話すことじゃないっか。彼氏さんも一緒に居るみたいだし……」

「か、彼氏じゃないです! 友達です! クラスが別の!」

「おや、そうなのかい? 私はてっきり……」

 

 やはり互いに知っている様子だ。

 

「知り合いか?」

「あ……うん。この人は間先生。心療内科のお医者さんなの」

「心療内科?」

「ジュネスの中にクリニックがあったでしょ? そこで働いてるの。っていうか、週一で学校にカウンセラーとして来てくれてるの知らない?」

「……知らなかった」

 

 てっきり与り知らぬ外部の人間だと思っていたら、がっつり学校にも顔を出す人間のようだった。

 神妙な面持ちで知らない旨を口にした蓮に、一瞬キョトンと目を丸めた『間』と呼ばれた男は朗らかに笑う。

 

「あははは。まあ、私の顔なんか覚えないくらい元気に過ごしてくれているのが一番なんだけれどね」

「えっと、間先生。一応言っておくと、雨宮くんは今年の四月に来て……」

「今年の四月に? なるほど、それなら知らなくても仕方ないさ。私が君たちの学校に訪れるようになったのは去年あたりからだからね。初めまして、私は(はざま) (じょう)。普段はクリニックで心療内科医として働いてて、時々学校の訪問カウンセラーをやらせてもらってるよ」

「雨宮 蓮だ」

「雨宮くんだね? よろしく」

 

 物腰柔らかに手を差し出す丈に、特に断る理由もない蓮が応えるように握手する。

 

「よろしく」

「……うん、なるほど。思っていたよりも平気そうで安心したよ」

「何のことだ?」

「いや、こっちの話だから気にしないでくれ」

「冤罪の話か?」

「っと! 彼女の前で口にしても平気なのかい?」

「もう話している」

「……そっか」

 

 誰を経由してか、蓮の冤罪事件について把握していたらしき丈は、瑛の方へと振り返るや、温かな微笑みを湛えてみせた。

 

「彼は君を信頼してくれているんだね」

「え? いえ……それはまだ……信頼してくれてるなら嬉しい限りなんですけども……」

「ううん、こうして人に言いづらいことを打ち明けられるのは、他でもない君の人となりが為せることさ」

「そう、ですかね……?」

「ああ、君は昔から優しい子だったさ」

 

 おどおどしつつ丈と会話する瑛は、普段の明るさが鳴りを潜めているように見えた。

 それに、彼の口振りからして知り合ったのは昨日今日の話ではないことが窺える。どういった関係であるか詮索するのは悩ましい部分であるが、モルガナの『聞いてみろ』と訴える視線が突き刺さり、仕方なく口を開く。

 

「二人の付き合いは長いのか?」

「ん? そこは人の感覚次第かな」

「それもそうか」

 

 しかし、呆気なく流されてしまった。

 これ以上深掘りするのもよろしくないと悟る蓮は、口直しにコーヒーを含み、一拍置く。

 そこで声を上げるのは瑛だった。何かに気がついたようにハッと面を上げた彼女は、真摯な眼差しを丈へと送る。

 

「間先生。絵美のことなんですけど……実は雨宮くんに相談してるんです」

「なんだって?! それは本当かい……?」

「はい! 雨宮くん、凄く頼りになって! 絵美のイジメも何とかなりそうなんです」

「それはよかった!」

 

 手を叩いて喜ぶ丈。

 恐らく瑛と丈の付き合いは、絵美のイジメ問題が始まりだろうか。

 

「いやぁ、雨宮くんだったかい? 凄いじゃないか! 私からも礼を言わせてくれ」

「別に何もしていない」

「あれ? ま、まあ、相談できる人が多いことに越したことはないからね。これからも福田さんの相談に乗ってあげてくれないかい?」

「医者と相談した方がいいんじゃないか?」

「私はあくまで心の傷に向き合うのが仕事だからね……情けないけれど、部外者の私が校内のイジメを解決することは難しいんだ。どこまで首を突っ込んでいいものか……それに当事者のお友達の方も内密にしたかったみたいだし。あくまで本人の意思は尊重したいからね」

 

 苦々しい笑みを湛えながら丈は言う。

 

「それじゃあ二人とも。これ以上若者の付き合いを邪魔するのは忍びないからね。私はこれくらいでお暇させてもらうよ」

「せ、先生!」

「ははは、冗談さ。でも、何か相談したいことがあったら気軽に連絡をくれるといい。案外、何の責任も持たない大人の方が動ける問題もあるからね」

「はい、お気遣いありがとうございます!」

 

 程々で話を切り上げた丈は、そのまま屋上から去っていった。

 蓮の印象としては、飄々でお人よし。加えて、心療内科医とだけあって、相手との円滑なコミュニケーションを築く為の所作が随所に窺えるヤリ手というものだ。他人に相談しにくいイジメ問題を打ち明けられているのも、彼のフレンドリーな雰囲気の為せる業と言ったところか。

 

 だが、

 

「苦手か?」

「……え?」

「あの先生のことだ」

「先生って、間先生のこと? ま、まさか!」

 

 あたふたと手を振りながら否定する瑛。

 しかし、余りにもあからさまな挙動に、モルガナも呆れてため息を吐く。

 そうした反応に観念したのか、彼女はバツが悪そうに俯いた。

 

「……苦手、っていうか……緊張するの」

「緊張か。実は怖かったり?」

「ううん、そんなことないよ! ホントにいい先生! 優しいし、話しやすいし……でも」

「でも?」

「話しやすいから……なんでも話しそうになっちゃって。それでね、私、嫌な部分まで口にしちゃいそうで……」

 

 深々と吐き出されたため息が、湿った空気に溶けていく。

 これから紡ぐのは自分自身の陰の一面だ。人目に晒したくない弱さでもある。しかしながら、信頼できる人間にだからこそ話せると腹を括った瑛が面を上げれば、神妙な、それでいて穏やかな面持ちを湛えた蓮が次の言葉を待っていた。

 

 ごくり、と喉を鳴らして唾が飲み込まれる。

 そうして喉を潤した後、瑛は背筋を伸ばして向き直した。

 

「私ね……人前じゃできるだけ善い人になろうって猫被ってるの。こういう見た目だしさ、性格まで悪かったら独りになっちゃう……っていうか、中学は実際ぼっちだったっていうか」

「性格が悪い瑛、か。想像できないな」

「悪い……って言い方はアレかな。なんていうか、暗い?」

「なるほど」

「これでも見た目で絡まれないように髪も染めてたんだよ? でも……それじゃダメなんだって気付いたのは、もう卒業した後だった」

 

 碧色の瞳は、今にも零れ落ちそうなくらいに揺れている。

 声音には後悔が滲んでおり、今にも辛うじて堰き止められている感情の波が溢れ出しそうであった。

 それを一歩手前で踏みとどまる瑛は、絞り出すように語を継ぐ。

 

「居場所ってさ、結局自分で作らなきゃダメだったんだよ。他人の居場所に入り込もうとしても突っ撥ねられるだけで……」

「出来たら苦労はしないな」

「それ! 自分で居場所作るなんて、ホントに強い人じゃなきゃ……でも私は強くないから、せめて善い人にはなろうって思ったの」

「どういう風に?」

「居場所がない人に『傍に居ていいよ』って寄り添ってあげられる人。くだらない理由で仲間外れになんかしない。イジメに真正面から立ち向かえるほど口も頭も回る訳じゃないけれど、イジメられている子を見捨てないように……って」

 

 だからこそ絵美に寄り添った。

 彼女がイジメられようとも、ずっと。

 理不尽な暴力に立ち向かう勇気や知恵がある訳ではない。それをできるのが一部の本当に数少ない人間である事実は嫌と言う程理解していた。それでも弱者に寄り添う慈善の心だけは。これこそが瑛という人間を成す根幹。

 

「でも、私……怖いんだ。みんな私のことを良く思ってくれる。絵美のことをイジメてる子だって、私に笑いかけてくれる。だから、そんな子のこと……全部を全部悪く思えない。酷いでしょ? 親友をイジメてる子なのに」

「瑛……」

「卑怯でしょ? 私だって絵美をイジメる子たちが許せない気持ちはホントなのに……なんで責められないんだろ。こんな……こんな悩み、割り切っちゃえればいいのに」

「本当にそうか?」

「え?」

 

 頭をぐしゃぐしゃと搔き乱していた彼女へ、蓮は今一度問いかけた。

 

「本当にそれは間違ってるのか?」

「間違ってるのか……って、ダメ、なんじゃないの……?」

「ダメかどうは自分で答えを出すしかない。でも、人の一面だけを見て悪人だなんだのと割り切ることがいいとは思えない」

 

 瑛の息を飲む声が聞こえてくる。

 

 彼女からしてみれば、自分を“好意を抱かれているから”という理由だけで、イジメの加害者を糾弾せずにいる卑しい人間と思っているのだろう。

 

 だが、蓮は見てきた。

 自分を傷つけた人間を許せず、忘れられず、癒えない傷から膿の如く湧き上がる憎悪で苦しむ人々。やがて誰にも打ち明けられぬまま時を経て、どうにもならない場面に直面した時、自分の思い通りになる超常的な力に縋り付いた末路を。

 

 彼らは間違いなく罪を犯した。

 だがこの夏、一人の人間が過ちを犯すまでに何が起きたのか―――そこへ目を向けなければならないと痛切に感じた。

 

 彼らもまた、救われるべきだった被害者だったと。

 

 だからこそ浮かび上がるものもある。

 

「瑛は優しいんだろう。一面だけを見て判断しない。良い部分も知っているから、悪い部分ばかり見て批判できない。違うか?」

「……そんな立派な言い方しないで。私はただ、自分が痛い思いをしたくないだけなんだと思う……痛いのも、痛い思いをさせるのも気分が悪いんだ」

「誰も傷つけたくない。大層な心構えじゃないか」

「ッ……!」

「でも、それだけじゃダメだと気付いたはずだ。あの時―――ペルソナの力に目覚めた時に」

「……うん!」

 

 反逆の意志。

 苛烈なまでの心の激情が身を纏った時、己は何を思っていたのか。原点を振り返れば、自ずと見えてくるものがある。

 

 あの時の絵美の姿は、未来の彼女の姿だったかもしれない。

 虐げられた過去に苦悩し、心を侵す恨みのままに他人を虐げ、過去の自分を再現する。

 そして、自分の立ち位置が変わったのだと()()()()()()()()―――あまりにも悲しい自慰の果て。

 

 それをどうしても止めたかった。

 何が何でも助けたい―――だからこそ目覚めた。

 彼女なりの反逆(ペルソナ)(すがた)に。

 

「―――ありがとう、雨宮くん。こんなこと誰にも話したことなんてなかったのに」

「気持ちが楽になったか?」

「うん……相談できる相手が居るって心強いね」

「絵美も同じ気持ちだったはずだ」

「!」

 

 それまで暗かった瑛の顔が、一瞬様々な感情が綯い交ぜとなったものから、満面の笑みへと花開いた。

 

「そういう訳だ、フクダ。ワガハイたちは仲間だ。別に隠し事があるのは構やしない。けど、一人で抱え込んで苦しむだけなんてのはナシだぜ?」

「……モナちゃんもありがと~~~!!」

「んにゃー!? なんでワガハイだけこんなスキンシップが激しいんだよ!!」

 

 頃合いを見て話に参入したモルガナ。が、すぐさま頬を擦りつけられるスキンシップにより、猫なりの決め顔が間もなく崩れた。一応怪盗団としては創設メンバーの一人であるのだが、最早威厳など形無しだ―――と思いかけたが、割と当初から雑な(このような)扱いだった気がする。

 

「あぁ~、癒される……ねえ、モナちゃん。ちょっとの間うちで飼われてみない?」

「飼われるってワガハイは猫か! それにワガハイにはアン殿という心に決めたレディがだな……」

「へぇ~、モナちゃんが心に決めたアンドノってどんな猫ちゃんなの? マンチカン? スコティッシュフォールド?」

「猫じゃねーっつの!!」

 

(ある意味猫だがな)

 

 女豹(パンサー)も一応ネコ科か。と、冗談は程々に。

 

「情報収集はこれくらいにしておこう」

「あれ? じゃあ、これから現地調査?」

「ああ」

「っとォ! 怪盗たるもの、オタカラまでの侵入ルートは自分の足で確保しないとな」

 

 瑛の抱擁(ホールドアップ)からヌルリと抜け出すモルガナ。何故かドヤ顔を浮かべながら、現地調査を促す彼の先導の下、二人はフードコートを後にした。

 

「それにしても先行きが長いなぁ……なにも手掛かりなしだなんて」

「珍しくもない。けれど、いつも結果的に俺たちは成してきた。そう焦る必要もない」

 

 下の階へ下りるエレベーターに揺られること十数秒。

 間もなく一階に到着するといったところで、エレベーター内に案内の機械音声が鳴り響いた。

 

『―――ナビゲーションを開始します』

「なにっ……!?」

「おい、全員離れるな!」

「う、うん!」

 

 開かれる扉。

 その先から押し寄せる濃霧が、三人を包み込む。

 逃げる間もなく視界が白に染まる。息が詰まりそうだ。咳き込みそうになりながら身構える三人。

 濃霧に覆われるのはほんの数秒の出来事だった。

 狭い部屋に満ち満ちていた濃霧は役割を終えるや、あっという間に部屋から消え去っていく。

 その先に広がる光景は何の変哲もないジュネスの景色。

 

 ただ一つ違うものがあるとすれば、

 

「……イセカイに侵入したか」

「ああ、そうみたいだな」

「あっ、二人とも! その恰好!」

「ジャックもな」

「えっ!? ……ホントだ!」

 

 エレベーター内の鏡で自分の怪盗服姿を確認した瑛が驚愕の声を上げた。その中にやや喜悦の色が混じっていたのは、初めて自身の怪盗としての姿をマジマジと観察できたからだろうか。

 

 しかしながら、予想だにしていなかったとはいえイセカイへと侵入できた。

 まさしく僥倖。これを逃す手はないと、蓮とモルガナの二人が視線を交わして頷く。

 

「ジャック、用心しろよ。ここからは何が起きてもおかしくねえ。常に辺りに注意を向けておけ」

「うん!」

「モナ。ここからジェイルまでは距離がある」

「そうだな。よし、まずは外に出るぞ!」

 

 認知の歪みの影響を受けておらず、然したる変化もないジュネスから苦労せず外まで出た三人。

 

 自動ドアを潜り、広い駐車場から見上げた時、()()は見えた。

 

「こいつは中々デケェな」

「これが……絵美のジェイル」

 

 禍々しい空の下、悍ましい雰囲気を漂わせる監獄の城が聳え立っていた。

 これまでに経験したジェイルと同様、スケールはかなり大きい。遠巻きに眺めても圧倒されるのだから、近付けば逆に全貌を窺うことが困難になるのだろう。その点、今回は予期せぬ幸運だったとも言える。

 手慣れた二人は兎も角、今回が初の潜入となる瑛の表情は強張っている。

 そんな彼女を奮い立たせるべく、声を上げるのはモルガナだった。

 

「いいか? ワガハイたちの狙いはエミの改心……つまり、彼女が奪い集めたと思われるネガイを盗み出すことだ! その為にはまず三つある牢獄塔を落とす必要がある!」

「牢獄塔……?」

「ジェイルの(キング)の欲望の根源とも言えるブツが守られてる場所だ! そこを落とせばジェイルの機能をダウンさせることもできる!」

「すぐに絵美のところには行けないんだね……」

「ああ、王の守りは固い。それに見ろ、あの檻をな」

 

 モルガナが指さす先。

 そこには鳥籠を彷彿とさせる巨大な檻が、数本のこれまた巨大な鎖に繋がれていた。ちょうど監獄城の中央―――それも天辺。

 いかにもな、それでいて忍び込む側からしてみれば接近さえ困難な場所に、瑛の表情も苦々しいものと化す。

 しかし、それも一瞬。すぐさま彼女の瞳は決意に彩られた凛然たる目つきになった。

 

「あそこに絵美が居るんだね……急ごう!」

「ああ。この戦力で潜入するのは心許ないが、状況が状況だ。次いつ侵入できるかも分からない以上、時間の許す限り潜入ルートを切り拓く!」

「出来る限り戦闘は避けて……だな?」

 

怪盗らしく隠密行動で

 

「だが、まずはジェイルの近くまでトばすぜ! モルガナ~……変☆身!」

「きゃあ!? バス……って、いよいよ……」

「皆まで言ってくれるなよ! さっさと行くぞ、乗り込め!」

 

 と行くには、落ち着きの足りない三人は先を行く。

 

 

 

 向かうは嫉妬の監獄城。

 

 

 

 

 

 

「―――やれやれ……厄介なのが忍び込んだものだ」

「追わないのか?」

「追うさ。彼には()()があるからね」

「なら急ぐぞ」

「そう急かさないでくれ。さぁ……待っていてくれたまえ、心の怪盗団」

 

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