PERSONA5 The BlackJack   作:柴猫侍

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Ⅷ.Blood of Villain

 

「うーん! 噂に違わぬボリューム……これがげんこつハンバーグか! こっちに来てみたら一度食べたいと思っていたんだよ!」

 

 歓喜の色を滲ませる女性。徐にナイフを手に取った彼女は、向かい側から投げかけられる視線も厭わず、眼前に佇む拳大のハンバーグへ刃を入れる。

 スッ……と滑り込んだナイフは、赤々に煌めく肉汁を滴らせる肉塊の断面を露わにした。

 すると香ばしい肉の香りが広がる。ファミリーレストランでは珍しい炭火焼だ。ただでさえ芳醇な薫香に炭火の香ばしい風味が加わり、そのクオリティはチェーン店とは思えぬ高さへと昇華する。

 

 しかしながら、どこにでもある――そんな安心感が漂うファミリーレストランにてテーブルを囲むのは、中々に珍妙な組み合わせの面々だった。

 おどろおどろしい監獄城からファミリーレストランへ場所を移した五人。

 彼らの内、声を上げたのはモルガナだった。

 

「まさかあんな場所でオマエらと会うとは思わなんだ」

 

 一見ただの鳴き声にしか聞こえない声を理解するのは、今まさにハンバーグを口に運んだ女性ともう一人。

 

『ああ、久しぶりに会えて嬉しかったぞ』

 

 立てかけられたタブレット端末に映し出される赤髪の少女。

 通話アプリで話している――訳ではなく、実際に電子世界に存在する彼女はただのAIなどではない。

 心の怪盗団との繋がりにより、人工知能でありながらも人の心を持つに至った怪盗団の一員。

 

 その名も、

 

「ソフィア。それに一ノ瀬もどうしてあそこに居たんだ?」

 

 コーヒーを片手に尋ねる蓮は、隣で知りたくてたまらないと言わんばかりにうずうずしている瑛を一瞥しながら問いかけた。

 それに応えるのはハンバーグを頬張っていた女性。

 

「なに、こっちに来ていたのは本当に偶然さ。君の地元を見てみたいっていうソフィアのリクエストでね。ただ、この子の鼻がイセカイを感じ取ったみたいでね。それがまさかこんな事態になっているとは……」

『実は双葉から連絡を受けていた。間に合ってよかったぞ』

「なんだって? それは本当かい、ソフィア」

『済まない、一ノ瀬。どうしても気がかりでな』

「ふふんっ、人間に隠し事をするAIなんて初耳だよ。君の生みの親として鼻が高いね」

 

 名は一ノ瀬(いちのせ) 久音(くおん)。東鳳大学でAIの研究をする才色兼備が似合う女傑であり、ソフィアの生みの親である。

 

 今年の夏――心の怪盗団が復活するに至った一因であるジェイル。そのきっかけを作ることとなったのが他ならぬ久音の仕業であるが、自身が生み出したソフィアの説得により改心し、事件が収束してからはソフィアと共に人を知り、過去の自分を見つめ直す旅に出ていたはずだった。

 これを偶然と呼ぶべきか運命と呼ぶべきか。

 しかし、どちらにせよ異変が蔓延る町にやってきてソフィアが反応しないはずがなかった。

 

 ジェイルを創り出す存在――それは久音が基盤を作り上げた人工知能・EMMAが、人々の欲望を一身に受けることにより、認知世界にていつぞやの聖杯同様に君臨した偽神だ。

 ソフィアは、そのようなEMMAのプロトタイプである人工知能。それ故、ジェイルを感知できる能力が備わっていた。日本中を巡っていた心の怪盗団も、その能力の恩恵にあやかっていたからこそ世直しの旅へ赴けたと言っても過言ではない。

 

 瞼を閉じれば、彼女との思い出が鮮明に蘇ってくる。

 温かな懐古と再会の喜びを感じるのもほどほどに我に返って蓮は、窮地に駆け付けた仲間へ微笑んだ。

 

「ああ、助かった」

『困った時はお互い様だ』

「しかし、ソフィアが来たとなれば心強いな。これで神出鬼没のジェイルに対抗できるってモンだ」

『任せてくれ』

 

 無機質さを感じさせぬ天真爛漫な笑顔。

 見る者を魅了する表情を湛える彼女がAIだとは思えぬ瑛は、度々啞然としながらも、意を決したように口を開いた。

 

「あっ、えっと、ソフィアちゃん……?」

『ああ。私はソフィア、人の良き友人だ。そして蓮やモルガナたちの仲間だ。よろしくな』

「う、うん! よろしくね! 私は瑛! 私も雨宮くんたちとは仲良くしてるよ」

『そうか、なら私たちも仲間だな』

 

 すぐに打ち解けた両者を見遣り、一人感慨深い面持ちを湛える久音。

 例えるのなら、友人と仲睦まじく触れ合う子供を見守る親のそれだ。これまで自身の感情に希薄であった彼女も、他ならぬソフィアに諭されることにより人らしさを――心を取り返した。

 だからこそ浮かべられる表情には、蓮もモルガナもあの戦いが無駄ではなかったと実感できる一幕であった。

 

 しかし、呑気に談笑するのはここまでだ。

 ほぼ同じタイミングでコーヒーを口に含み、気を入れ直した蓮と久音。二人は本題に入らんと真剣な眼差しを交差させる。

 

「さて……ジェイルから戻る時にも軽くは聞いたが、現状を詳しく把握しておきたい。説明を頼めるかい?」

「ああ」

 

 ともすれば、ジェイルの生みの親と言っても過言ではない久音だ。

 EMMAが関与していないとは言え、現に心の監獄が存在している以上、彼女以上の相談役は居ないだろう。

 

「そうか……つまり、絵美という子のジェイルがこの町に誕生してしまっている訳だね?」

「心当たりはないか?」

「済まない。はっきり言って、その子にはまったく心当たりがないな。特に王にされた理由がね」

「そうか……」

「とは言え、『何も分かりません』じゃあ情けないにも程がある。これまでのケースを踏まえた上での推論なら語れるが……どうだい?」

「頼む」

 

 真面目な話し合いの始まりに、談笑していた瑛とソフィアも聞く態勢に入った。

 

「まず、第一にジェイルを生み出せる存在が居ることは確かだ」

「そうだな。聖杯然りEMMA然り、強大な力……歪みを生み出す根源がなけりゃあ現実と認知世界は繋がらねえ」

「モルガナくんの言う通りさ。その歪みを生み出す根源こそ」

「欲望、か」

 

 そう言って蓮が目を伏せる。

 

 欲望と一口に言っても種類は多様だ。

 軽い願望や肥大化した野望。善悪を分け隔てることなく、人の心には大なり小なり欲望が蠢いており、特にそれらが一つに収束される時に歪みは広がっていく。

 欲望を抱く人間は、往々にしてそれらの成就を神に託す。

 そうして生み出された不定形な”神”という偶像は、流れ込む欲望により形を得、力を得、やがて人々の認知世界において神として君臨するようになる。

 

 集合的無意識の世界において、人々の認知は馬鹿にはならない。

 不安を拭い去る安心な拠り所を求めるあまり、怠惰に堕落した人間が生み出した偽神と二度も戦ってきた怪盗団だからこそ分かりうる事実。

 

「……良くも悪くもEMMAの存在は大きかった。サービスが停止されてからもEMMAを求める声はあちこちから聞こえてくる」

「確かに便利でしたもんね。他のアプリを入れてみたけれど、どーしても見劣りしちゃって」

「それだよ」

「へぁっ?」

「EMMAという拠り所を失った人の欲望は、新たな安住の地を求めている……って言うと、少々臭いかな?」

「えっと……つまり、他の便利なアプリを探してるっていう意味ですか?」

「概ねね」

 

 瑛の言葉に頷く久音が言いたいのは、つまりこうだ。

 

「EMMAに成り代わった者が居ると私は推測する」

「? 成り代われるAIアプリがないんじゃないのか?」

「発想を変えてみるんだ。別に心の拠り所がアプリである必要はない。宗教なりメディアなり、人の注目を集められればなんだって構わないはずだ」

「なるほど……そういうことか」

「何か分かったのか、レン?」

『私は分かったぞ。少し待て』

「え? え? ちょ……私話についていけてない!」

 

 ただひとり困惑する瑛を余所に、ソフィアは調査を始める。

 プロトタイプとは言え、彼女の検索能力はEMMAにも劣らない。生身の人間では不可能な速度で導き出される答えには、他の誰もが注目していた。

 

『――よし、出てきたぞ』

「ねえ、ソフィアちゃんは何を調べてたの?」

『ここ最近……特にEMMAがサービス停止になって以降、話題になったアプリやトレンドだ。その中でも比較的新しいものに絞ってみたぞ』

「なる……ほど?」

 

 こてん、と瑛は首を傾げる。

 いまいち把握できていない彼女に代わり、久音が話の先を続ける。

 

「……EMMA然り、獅童の事件然り、政府関係者の中に認知訶学を知っている者が居たことは紛れもない事実だ」

「まさか、政府関係者が?」

「可能性は捨てきれないな」

「チッ……フタバの母親の研究を悪用されてるって訳か」

「あくまで可能性の一つさ。ただ、偶発的なイセカイの発生を除くのならその線が一番濃いだろう」

 

 一般人には効き慣れない認知訶学という学問。学問そのものは意外にも古くから存在していたものの、蓮たちが知る認知訶学と一般の認知訶学との間には大きな認識の違いがある。

 あくまで心理的な学問の一つであった認知訶学を、イセカイを通じて他人に干渉するという認識に至ったのは、つい最近の出来事だ。

 怪盗団の一員、双葉の母親・若葉も認知訶学を研究する人間であったが、口封じの為に認知訶学を応用した廃人化によって始末された。このように誰にも知られることなく他人を始末する手段として政府に目をつけられた認知訶学は、怪盗団の活躍により獅童 正義が逮捕されるまで数多くの犠牲を生み出してきた訳だ。

 

 有用性は十二分に証明されている。

 あとはそれを利用出来得るだけの知識と技術を持った人間が居るか、だ。

 可能性があるとすれば、若葉のように認知訶学の研究員として政府に通じていた者であるだろう。

 

「獅童や大和田の周りが臭いか」

「しかし、残念だけれど私たちじゃ彼らの周りを洗うのは困難……というより不可能だ。対処療法になってしまうが、私たちは今回のジェイルを何とかすることを第一の目標にしよう。……ソフィア、さっきのデータは長谷川警部補に送ってくれないか?」

『任せろ』

 

 いきなり事件の根源にたどり着けるはずもない。

 だからこそ、政府関係者を洗う為に協力してくれる人物が居る。

 

 長谷川 善吉。警視庁公安部に所属する()()だ。

 その実、彼の正体は――というより、成り行きで心の怪盗団と行動を共にし、ペルソナ能力に覚醒してからは怪盗団の一員として事件解決の立役者となったナイスミドルである。

 彼は事件解決後、近衛と嗾けられ認知訶学を悪用していた国会議員の大和田の余罪を洗い出すべく奔走していた。大和田には叩けば出る埃がいくらでもある。そこへ情報提供の体でデータを渡せば、大和田に協力していた認知訶学研究者も洗い出せるという寸法だ。

 

 その間、自分たちは目先のジェイルを攻略する。

 心なしか各々の面持ちが険しくなった。

 

「さて……それじゃあ次にジェイル攻略の進捗状況をまとめようじゃないか」

「力のコアは三つ集めた。後は……」

「それについてなんだが」

「?」

「どうやらあのジェイルには鳥かごが存在していないようなんだ」

「……確かな情報なのか?」

「私が調べた限りでは、だがね」

「ふむ……」

 

 久音の口から紡がれた内容に、蓮は眉尻を下げながらカップを手に取りコーヒーを一口含む。かなり長い間話し込んでいた為か、コーヒーもすっかり冷めきってしまっていた。

 一方で蓮の深刻そうな雰囲気を察したのか、恐る恐るといった様子で瑛が問いかける。

 

「そんなに不都合なの……?」

「いや、手間自体は省けたと言ってもいい。ただ、なんにしても例外ってのは厄介ってこった」

「例外……えっと、その鳥かごがないことが?」

「正確には鳥かごの鍵がないことだがね」

 

 モルガナの説明を補足する久音が続ける。

 

「鳥かごとはジェイルに(キング)を閉じ込めておくための檻そのもの。(キング)がどこへも逃げられないよう、鳥かごにはあらかじめプロテクトが掛かっているのさ」

「プロテクト……ですか?」

「ああ。(キング)にとって触れられたくないもの……例えば、辛い過去の思い出とかだ」

「ッ……!」

 

 サァ、と瑛の顔が蒼白と化す。

 

『大丈夫か?』

「う、うん……大丈夫……大丈夫だから」

「……あまり聞いていて気分のいいものじゃないことは許してくれ。けれど、目を背けたくなる過去が人の心を縛るのに効果的、という論理だけは頭の隅にでも置いてくれ」

「はい……」

「話を戻そう。”鳥かごがないと何が問題なのか”……それは結局のところ鳥かごの中と外がフリーアクセスになってしまう点だ」

「話を聞いてる限りじゃ、(キング)が鳥かごの外に出たら、私たちみたいな侵入者に狙われて危ない……って感じですよね?」

「そうだね。そこにもう一点、心のネガイを奪わせて大衆を自在に操る歯車として(キング)を操れなくなるという問題だ。簡単に言えば管理が難しくなるって訳だね」

 

 一通り話を終えた久音は、鉄板の上に転がっていたハンバーグ――その最後の一かけらを平らげ、残り少ないコーヒー全てで胃袋の中へと流し込む。

 冷え切った肉とコーヒーの味わいはお世辞にもよろしいとは言えず、苦渋に満ちたような表情を浮かべる久音。それは己の過去の過ちに対する忸怩たる思いもあるからだと察するのは、蓮たちにとって難しくはなかった。

 

「……ふぅ。今回のジェイルを生み出した黒幕が未熟なだけか、もしくは別の狙いがあったのか。厄介だとすれば後者だ」

「だが、動かなければ何も始まらない」

「その通りだ」

『予告状はいつにする?』

 

 久音の懸念に対し、強い意志を宿した眼差しを向ける蓮。

 社会のはぐれものを率いた義賊の長たる少年の姿に、ソフィアは心より滲み出るやる気を抑えられないと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる。

 そして、今となっては怪盗団の一員だが、ファンでもある瑛は脳内で木魚の音を響かせた後、ハッとした様子で立ち上がった。

 

「予告状……予告状って、あの!?」

「シーッ、静かにしろ!」

「! ……ごめんなさい」

「……鳥かごがないにしろ、生徒たちの様子を見る限りエミが心のネガイを奪っていることは確かだ。けど、それを盗み出す為にも手順がある」

「だから予告状を?」

「人の欲望ってのは、奪われると自覚して初めてはっきりと浮かび上がるモンだ。だから、ワガハイたち心の怪盗団が盗むって予告してやるのさ」

「なるほど、そんな意味があったんだ」

 

 『ただのパフォーマンスだと思ってた』と零す瑛であるが、それがイセカイを知らない一般人の感性だ。人の思い至らない部分にこそ真意が隠されている。

 なればこそ、見極めなければならない。

 今回の事件、その裏に隠された黒幕の真意を――。

 

「予告状は皆が集まってからだ。来週の土曜日でどうだ?」

「異論はないな」

「私もオッケーだよ!」

「足は私に任せてくれ。ここから東京なら車で半日もあれば十分さ」

『了解した。グループチャットで伝えておくぞ』

「頼んだ、ソフィア」

 

 この場に居るメンバーに了承を取って決行日を決める蓮を一瞥し、カップの中身を空にした久音が立ち上がる。

 

「よぉーし! 今後の予定が決まったことだし、今日はお開きにしよう! ほら、君らは先に帰った帰った! 会計は私が済ませておくから!」

「え!? 幾らなんでも初対面みたいな人に支払わせるのはちょっと……」

「いいんだよ、このくらい。気が引けるっていうなら、今度美味しいご当地グルメでも教えてくれないかい? それこそAIアプリじゃ見つけられない穴場をね」

「はぁ……ゴチになります!」

「うん、ゴチになってくれたまえ!」

 

 食い下がっていた瑛も、大人の顔を立てるべく適当な頃合いで快活に感謝を述べる。

 席を立ち、レジへと向かう面々。改めて久音に礼を述べながら一足先に店外へと出ていく瑛の背中を見遣る蓮は、転がる鈴の音が止むのを見計らい、不意に足を止めた。

 

「一ノ瀬」

「……なんだい?」

「三つ目の力の象徴……覚えているか?」

「ああ、私も気になっていたところだ」

 

 振り返らぬまま、淡々と話を続ける。

 

 それは最後の監獄塔で見つけた、とある物についての話。

 

「カルテだったかな」

「心療内科のものだった」

「心当たりでも?」

「ああ」

「成程ね。案外核心はすぐそこに迫っているのかもしれない」

「決めつけるには証拠も少ない」

「分かっているよ。こればっかりは怪盗団(きみたち)に任せるさ。だが、私なりにも出所を調べてみるよ」

「頼んだ」

 

 一区切りついたところで店員がレジへとやって来た。

 久音はすぐさま真面目な雰囲気から一変、陽気を振り撒くような満面の笑みを咲かせて店員に対応する。怪盗団も吃驚の二十面相であるが、今はそれよりも回収した力の象徴へ思考が向いていた。

 

「カルテか……所々黒く塗りつぶされていたな」

「……」

「どうした、レン?」

「いや……モルガナ。一つ聞きたいことがある」

「なんだ」

 

 バッグの中から顔だけ出すモルガナに、視線は外へと向けたままの蓮が問いかけた。

 

「仮に心が二つあったなら……その人のシャドウはどうなる?」

「心が二つ? どういう意味だ?」

「明智のようになるのか?」

「!」

 

 もう一人のワイルド。

 神の掌で踊らされた道化師。

 ”憎悪”と”嘘”の仮面を使い分けた裏切り者。

 

 もしも彼のような人間が居たとするならば――生まれ出る影もまた二つになるのだろうか。

 

「……無くはない話だ」

「そう……か」

 

 意味深な問答を経て外に出る二人。

 山の方を見遣れば、頂上の方は白い霧に覆い隠されている。遠い景色に見えるが、肌に張り付く湿気は今立っている場にも届いていた。

この事件の真相は、近くにありながらも手の届かない――距離感が狂う不鮮明さを感じずには居られなかった。

 

 

 

 

 

 

「これで午後が暇になったな」

「だね。丸一日予定空けてたからどうしよっかな」

 

 本来ならば、丸一日かけて攻略するはずであったジェイル。

 それを半日で済まし、昼食も奢ってもらった蓮たちは手持無沙汰になってしまっていた。時間にゆとりができたと言えば聞こえはいいが、突然の余暇を与えられた瑛の脳裏に巡るのは、来週に決定した決行日についてである。

 否応なしに脳裏を巡る不安と緊張。傍から見ても分かる程に落ち着かない様子の彼女へ、怪盗団のリーダーたる蓮は気を利かせんと声をかける。

 

「今から不安になっていても仕方がない。気晴らしにどこかへ遊びに行くか」

「……それもそうだね。いつもどんな風に緊張解してるの?」

「占いに行ってみたり、医者に診てもらったり、取材のネタを提供したり、将棋をしてみたり、勉強してみたり……だな」

「へぇ~! 東京に住んでたら、そんなにやれることがあるんだね」

 

「感心するトコそこかよ……」

 

 もっとツッコむ場所があるだろ、とモルガナが呆れつつ声を上げる。

 

「まあ、何にしてもメリハリってのは大事だぜ。やる時はやる、遊ぶ時は遊ぶ。それがスマートな怪盗ってモンだ」

「どうする? ジェイルに行ったんだ。疲れているだろうから、このまま家に帰るのも手だぞ」

「う~ん……ううん、今日は遊ぶ! 明日はダンスの練習あるし、放課後も時間取れないから。ちょうどいい息抜きの機会かも」

 

 最後の文化祭前だ。部活動も相応のスケジュールが組み込まれており、中々怪盗として活動できる時間を取り辛い。こうした点は帰宅部が少なくなかった怪盗団との違いだろう。

 ならば、わざわざ彼女が作ってくれた休暇をお開きにするのは『勿体ない』の一言に尽きる。いよいよ遊びへ赴く雰囲気になった二人と一匹は、自然ととある方角へ足を向ける。

 

「ねえ、雨宮くんってゲームセンターに行く方?」

「友達に誘われてなら」

「おぉ! 雨宮くんってなんかUFOキャッチャー極めてそうなイメージ。狙った獲物は逃さないぜ……って感じで♪」

「初めて言われた」

「あれれ、違ってた?」

「レースゲームとシューティングゲームも極めてる」

「おぉ~っと、これはビッグマウス! ここまで極めてるとゲームセンター……いや、夜の帝王だね!」

「語弊がある言い方だな」

 

 と、談笑しつつジュネスの一角に佇むゲームセンターを目指していた。

 男友達とはよく足を運ぶ場所だが、こうして女子とやって来ることは地元に帰ってきてから初めてだ。

 

(真はガンナバウトに夢中になっていたが……)

 

 正直、女子が夢中になるゲームが分からないといったのが本音だ。

 当時俗な娯楽に疎かった真ならば兎も角、お堅い彼女と正反対な性格に等しい瑛ともなると好みも変わってくるだろう。

 

「瑛は何で遊んでるんだ?」

「私? ほら、あれ!」

 

 浮足立つ様子を隠せない瑛が指さしたのは、そこそこ大きい筐体を構えるアーケードゲーム。

 タイトルは絢爛な装飾で飾られており、人が乗ると思われる場所もまた鮮やかなに光り輝いている。

 実際に稼働している筐体を見れば、ゲームセンターでも一際目立つ躍動感溢れる踊りが繰り広げられているではないか。

 

「ダンスゲームか」

「うん! 『ダンシング☆スターナイト』っていうゲーム。名前くらいは聞いたことあるでしょ?」

 

 ダンスゲームと言えば? と問われれば真っ先に上がるであろう根強い人気を誇るビッグタイトル。それが『ダンシング☆ナイト』――略して『ダンナイ』シリーズである。スターナイトはその内の三作目であり最新機である。

 

 ラップとボーカルメインの洋楽ディスコナンバーと落ち着いたJPOPを揃えた一作目『ムーンナイト』。

 中高生向けの陽気なポップナンバーが人気を博した二作目『オールナイト』。

 そして三作目、お洒落なジャズナンバーを揃えた『スターナイト』は、曲自体の評価が高いと巷では有名だ。

 

 手広く遊んでいたつもりの蓮であったが、ダンスゲームは盲点であった。

 そこはかとない興味を引かれるように、自然と彼の脚も筐体の方へと向かっていく。

 

「面白そうだな」

「でしょでしょ?!」

「そういやコイツが躍ってるのは見たことねえな」

「あれ、意外。私の中だとキレッキレな動きでシャッフルダンスとか踊ってるイメージなんだけど……ショータイムだ! って」

「おいおい、あんまり幻想持ち過ぎるな。澄ました顔で初心者晒すのがコイツだ」

「練習すればできる」

「うん! 今度は私が手取り足取り教えてあげるんだから!」

「ああ、よろしく頼む」

 

 こうしてダンスゲームデビューした蓮。

 その後、足を縺れさせて派手に転倒するとは想像しておらず、頭を下げて瑛に教えを乞うことになるのであった。

 

 

 

――瑛との距離が縮まった。

 

 

 

 

 

 

「うぅん……昨日は張り切り過ぎたかな……くぁ……」

 

 昨日長時間に及ぶ交流を経て帰宅した瑛。朝のシャワーを終えて尚、体に襲い掛かる睡魔に耐えられず、目尻に大粒の涙をこさえて大きな欠伸をする。

 今日は午前から予定が立て込んでいる。文化祭に向けての練習も大詰めと言ったところだ。きっと練習後はファミレスかカラオケにでも集まってガヤガヤと談笑するだろう。しゃんとしなければ、午後にはダウンしてしまうに違いないという確信が脳裏に過る。

 

(観たい番組もあったけど……今日は諦めて布団に入ろっと)

 

 どうせ録画もできるし……、とテレビのリモコンを手に取った、その瞬間だった。

 

「ん? 電話……誰から?」

 

 机の上に放り投げていたスマホが着信音を鳴り響かせる。

 反射的に端末を手に取り、画面に映る時間と名前を見る。気の置けない仲であれば軽い挨拶で済ませて出立する時間であるが、今回ばかりはそうもいかなかった。

 

「絵美……? はーい、もしもし?」

『あっ……もしもし、瑛ちゃん? ご、ごめん、朝早くに……』

「ううん、全然大丈夫だよー! ……それよりどうしたの? なんかあったの?」

 

 電話を掛けてきた相手は騒動の渦中に居る親友。

 そのただならぬ雰囲気を感じ取り、瑛の眠気も彼方へ消える。

 

『え、と……こ、こういうの、誰に相談したらいいか分からなくて……っ!』

「絵美? 落ち着いて……ゆっくり話してみて」

『うん……その、変なメールが届いてね』

「メール? よくある詐欺メールみたいな奴じゃなくて?」

『なんていうか、詐欺っていうより……ごめん、見てもらった方が早いと思う。チャットの方に画像送るね』

「画像? ……分かった。一旦切るよ」

『うん……』

 

 終始、絵美の声色からは不安がにじみ出ていた。

 一体何事かとチャットを開き、送信された画像を目の当たりにした瞬間――瑛は瞠目した。

 

「これっ……!?」

 

 

 

 

       

        殿 

        

           

             

         

           

            

         

 

 

 

 

 今日送られるはずのない予告状。

 さらに標的に加えられている人物は――他でもない、自分(あきら)だ。

 

 それが本物か偽物か判断つかぬ程に焦燥に煽られる瑛は、汗ばんだ指を走らせ、蓮へと電話を掛けるのであった。

 

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