PERSONA5 The BlackJack   作:柴猫侍

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Ⅸ.Keeper of Lust

 本来の決行日より一週間前の今日。

 半ば緊急的に集まった面々は、個人差はあれど険しい面持ちを湛えているのだった。

 

「してやられたな」

 

 そう口火を切ったのは久音だ。

 

「迂闊だった。敵に私たちの動向は筒抜けだったという訳だ」

「模倣犯にしては内容がデキ過ぎている。イチノセの言う通りだな」

 

 瑛が見せる画面に映し出される予告状。

 何も知らない大衆からすれば、またもや心の怪盗団が予告状を叩きつけたと信じて疑わない仕上がりだ。

 別に予告状の偽造自体は難しくない。大々的にばら撒いていることもあり、無数の画像がネット上に上がっている。見様見真似でそれらしくは作れるだろう。

 

 だが、内容はそうもいかない。

 今回の標的は地方の一高校生。何かしらの肩書があるのならば兎も角、それもない。

 そうした絵美を標的にするような文面を作るとすれば、怪盗団を騙って悪戯を仕掛けようとした身近な人物か、今回の蓮たちの会話を盗聴し計画を水泡に帰そうと画策した人物に限られる。

 

 不安に駆られた様子の瑛は、それぞれの顔色を窺う。

 

「ど、どうするの……?」

「予告状の効果は長くて一日だろう。それに何度も送っちゃターゲットへの効果も薄れる……」

 

 蓮に怪盗のイロハを叩き込んだモルガナの言葉は重い。

 認知世界のオタカラやネガイを顕現させる予告状の効果は永続ではない。可能な限り一度目で狙いの品を盗むのがベストであるのだが、それが自分たちのタイミングで送られたものでないことは予想外と言う他なかった。

 

『強行するか? それとも皆が集まるのを待つか?』

「難しいところだ。足並み揃えてならば兎も角、こうも急に集まれということになったら……」

「フム……」

 

 既にグループチャットで連絡はした。

 各人、驚愕とやる気を見せた文面を送ってこそくれるが、一同に会するとなると相応の時間が掛かってしまう。

 

 どうしたものかと顎に手を当てる蓮。

 

 怪盗団のリーダーは自分だ。ブレインやナビゲーションを担うメンバーも居るが、最終的な決定権――そして責任感を有している。

 

 万全を期す為に今回は見逃すか。

 リスクを冒して強行するか。

 

 様々な要素を考慮しつつ思案を巡らせる蓮は、不意に瑛と視線を合わせた。

 昨日までは明るかった笑顔が、今や不安と緊張に彩られて影が差している。不測の事態への不安は当然あるだろう。絵美を救い出せないかもという焦燥もあるだろう。しかし、それ以上に自分も標的にされている事実に恐怖を覚えているはずだ。

 

 心なしか呼吸も荒く、固く握りしめられた拳をずっと胸に当てている。

 その姿を目にし、決意した。

 

「――今日やろう」

「! ……レン、本気か?」

「罠の可能性も拭えない。が、俺たちの仲間も狙われている以上、見過ごす訳にもいかない」

「雨宮くん……!」

 

 ブレない瞳は意志の固さ。

 怪盗団の中心として幾度も訪れた危機を乗り越えてきた彼の堂々たる佇まいに、雨に濡れた子犬のように震えていた瑛の不安も拭い去られたようだ。

 それを待っていたと言わんばかりにモルガナは鼻を鳴らす。

 

「ヘッ! そう言われちゃあワガハイも黙ってられねえな!」

『ああ、仲間は見捨てない。それが怪盗団だ』

「皆……!」

「俺たちは先陣を切る。後続を後から来るメンバーに任せよう。一ノ瀬、済まないが現実からのバックアップを頼まれてくれないか」

 

 いくらジェイルに精通しているとは言え、久音はペルソナ能力を持たぬ一般人だ。

 現実に待機してもらいつつ、後からやってくるメンバーに状況説明するなど、サポートに徹してもらおうというのが蓮の考えであった。

 一瞬の思案の後、『分かった』と頷く久音は茶化すように語を継ぐ。

 

「君の頼みを断れる身の上じゃないさ。最善を尽くすよ」

「恩に着る」

「私が返す方だよ」

 

 これで大まかな役割は振り分けられた。

 残るは一人、

 

「瑛。お前はどうする?」

「え……私?」

「相手は瑛の存在を把握している。偽の予告状にお前を示唆する内容を綴ったのは、もしかするとお前にジェイルに潜入されると不都合だからかもしれない」

「……」

 

 僅かばかり俯き、考え込む瑛。

 キュッと噛み締められる唇は、彼女の苦悩が現れていると蓮には窺えた。

 

 今言い放った内容はあくまで憶測。

 文面に綴られていた”親愛なる友人”が瑛であるという確証はない。

 けれども、現に予告状を読んだ絵美が当の友人を瑛であると解釈し、わざわざ本人に相談したことは事実であり、それが怪盗団まで知れ渡ったのもまた事実。何の意図もなければ、このような真似はしないだろう。

 明らかに瑛の不安を煽り、牽制する意図が見受けられる。

 

 だからこそ問いかけ、聞き届けなければならなかった――瑛自身の覚悟を。

 

「私……行くよ」

「無理はしていないか?」

「うん」

 

 力強く、彼女は頷いた。

 

「勿論怖いよ。さっきから心臓がバクバク言ってるし……でも、これを逃したら絵美を助けられないと思うと、自分だけ震えてらんないんだ」

「親友だからか」

「当たり前じゃん。だけど、それだけじゃないの。今を逃したら、私……ずっと誰かに助けられてばかりの人生になっちゃいそうだから」

 

 だから、ともう一度語気を強めて紡ぐ。

 

「勇気を出して……怖くて、どうしようもなくて震えてる私の心も助けに行きたい」

「……ああ、分かった」

 

 そこまで言われれば連れて行かない訳にはいかない。

 口元に三日月を浮かべた蓮は、覚悟を決めた面々を順に見据える。

 

「敵の素性は不明。逆にこちらの正体は知られている……が、だからといって助けを求めている人を見捨てるのも、そう仕向けようとする悪人に屈するのも流儀じゃない」

 

 次第に不敵な笑みを湛える彼は、喉から発せられる言葉が不遜な声音に彩られることを自覚しながら、正体不明の敵を睨みつけんと眼光を閃かせた。

 

 我々は怪盗。

 正体不明の掠奪者。

 得体の知れない相手など、寧ろ望むところだ。

 

――その謀略の幕を引くのは他の誰でもない、心の怪盗団だ。

 

「全てひっくり返してやる……ショータイムだ」

『おぉ!!』

 

 

 

 

 

 

「――ねえ。私の心を頂戴するって書いてあったけど……大丈夫かなぁ」

「心配することはないぜ、ジャック。オマエはペルソナ能力に目覚めてる。本来無防備なシャドウも、今は仮面になって片時もオマエの傍を離れない。つまり、他人にどうこうされることはないって訳だ」

「あっ、なるほど……って、それならあの時の私の意気込みは!?」

 

 ソフィアの案内の下、ジェイルへの潜入を果たした四人。

 心なしか監獄城全体の警戒が高まっている中、ふとした質問を投げかけた瑛であったが、モルガナから明らかにされる事実に衝撃を受けていた。

 それもそのはず。あれだけ覚悟を決めたにも拘らず、実のところは同級生に行われているような認知改変を受ける可能性が杞憂だと知れば、拍子抜けを通り越して羞恥の余り赤面してしまう。

 

 しかし、嘘偽りない本音にこそ意味があった。

 瑛の肩に手を置いた蓮は、微笑みを湛えながら慰める。

 

「カッコよかったぞ」

「そ、そんな風に褒めても……てへへ」

「顔がニヤけてるぞ、ジャック」

 

 気恥ずかしそうにはにかむ瑛に、ソフィア――もとい、コードネーム『ソフィー』が茶化す。

 

 そうした緩やかな雰囲気も、いざ監獄城へ足を踏み込めば一変。仮面の奥に真摯な表情を浮かべ、颯爽と闇を駆けていくジョーカー、ジャック、モナ、ソフィーの四人。

 戦力としては必要最低限しか揃っていないが、端から負けるつもりはない。

 揃えられる道具も可能な限りは揃えた。

 久音から渡されたデータを用い、潜入ルートもより盤石にした。

 

「目的地はあそこだ」

「あれが……ネガイ」

 

 見晴らしのいい高所へとやって来た四人の視界に映る紅色の輝き。

 三人にとっては見慣れた、そして瑛にとっては初めて見る実体化した心のネガイだ。

 

 妖しい光を放つネガイには、油断すると魅入ってしまいそうな魔性を孕んでいる。

 思わず瑛も釘付けとなっていたが、本来の目的を思い出すやブルブルと雑念を振り払う。心のネガイを取り戻すのもそうだが、何より重要なのは絵美を改心させること。

 

 瞼を閉じ、深呼吸する瑛。

 吹き荒ぶ風をその身に受けた彼女は――刮目した。

 

「よしっ……行こう、ジョーカー! モナちゃん! ソフィー!」

 

 怪盗服をはためかせ、高所より身を投げ出す四人。

 強風に煽られ重力に引かれる彼らの落下速度はかなりのものだ。

 しかし、微塵も臆する様子を見せないジョーカーが、その練達した動体視力でタイミングを見計らう。

 

「ジャック!」

「うん!」

「モナ!」

「頼んだ!」

 

 蓮は瑛を、そしてソフィアがモルガナを抱え、侵入者を発見する為に点灯していたサーチライト目掛けワイヤーとヨーヨーと絡まらせる。

 振り子の要領で勢いをつけた彼らは、そのまま前方に聳え立つ一際巨大な看守塔へと迫っていく。丁度いいところで飛び降りれば、ネガイまであと少しという場所にまで辿り着いた。

 

 パノプティコンが採用された円型の刑務所の中央に、高い看守塔が聳え立つ造り。

 ネガイは看守塔の頂上。さながらサーチライトのように監獄城全体を紅い光で照らしあげている。

 

「よし……もうちょっと!」

 

『ダメだよ、瑛ちゃん』

 

「ッ……この揺れは!?」

「まずい! 構えろ!」

 

 あと少し、と意気込んだ瞬間、足元から地響きが鳴り始める。

 それが刑務所の天井であった足元が開いているが故と気づいた時には、四人は既に近くの凹凸に掴まりつつも刑務所の中へ落とされていた。

 

「ここって……あの時の!」

 

 一度見た光景。

 間違いなく自分がペルソナ能力に目覚めた場所だと察した瑛は、中央の看守塔からゆっくりと姿を現した絵美の(シャドウ)へと振り返る。

 

「絵美……!」

『瑛ちゃん、どうして? ここは誰も瑛ちゃんを傷つける人なんて居ない。悪口を言う人も居ない。誰も彼も瑛ちゃんが居ることを肯定してくれる場所なのに……』

「そんな場所、私は望んでなんかない!」

『嘘。私には分かるよ』

「っ……絵美!」

『そう強がらなくたっていいの。ほら、こっちにおいで』

 

 病衣を纏うシャドウ絵美は、優しい声音で瑛を誘う。

 それに対して瑛は、

 

「いらない」

『……瑛ちゃん?』

「他人を傷つけてまで手に入れた居場所なんて、私はいらない……!」

『……嘘だ』

「嘘じゃないよ。絵美……私、ちゃんと見つけられたんだ。本当に私が居たい場所……それは絵美みたいに陰で泣いている子を助けてあげられる()()()なんだって」

 

 他三人が武器を身構える中、ただ一人武器を取らず、仮面を脱ぎ捨てて素顔を晒す瑛が手を差し伸べる。

 

「そこには絵美の居場所もあるから。今度は……今度こそ、私が絵美を守るから。だからこんな場所なんてもういらないよ」

 

 だから、と瑛は微笑んだ。

 慈母のように優しい眦を湛え、

 

「こっちにおいで」

 

 親友の手を取ろうとした。

 

『瑛ちゃん……』

「絵美……」

『――違う』

「え……?」

『違う、違う、違う違う違う違う違う違う嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘ぉ!!!』

「っ!?」

『瑛ちゃんはそんなこと求めてなかった!! 瑛ちゃんはそんなこと望んでなかった!! 瑛ちゃんはそんなことそんなことそんなこと――!!』

 

 錯乱するように頭を掻き毟り、狂った機械の如く言葉が繰り返される。

 伝播する狂気は収監された囚人に伝播し、四方八方から絶叫と呻き声が上がり、四人の腹の底を揺るがす轟音と化す。

 気圧され一歩退いた瑛であったが、そんな彼女の背中を蓮がそっと支える。

 

「ジャック……やるぞ」

「ジョーカー……分かった!」

「気負い過ぎるなよ、ワガハイたちがついてるんだ!」

「大切な友達なんだろう? 絶対に助けよう」

 

 隣から飛んでくる激励の声に、瑛の意志の炎が猛りを見せる。

 噴き上がる蒼炎はやがて形を成し、真紅に彩られた軍医の姿を光臨させた。

 

「刻め、ナイチンゲール!!」

「奪え、アルセーヌ!!」

「威を示せ、ゾロ!!」

「ぶっ飛ばせ、パンドラ!!」

 

 並び立つ四体のペルソナ。

 壮観な光景を目の前に、ドロドロと――まるで掃き溜めに捨てられた悪感情を煮詰めたように粘着質な液体を滴らせるシャドウ絵美は、ギロリと眼球を見開いた。

 

『そうか……お前たちが瑛ちゃんを誑かしたんだ。それが傷つけることだって知らない癖に……許せナい……許サナァァァアアアアイッ!!!』

 

 次の瞬間、地面に滴り落ちていた黒い液体が膨れ上がり、勢いよく弾け飛んだ。

 

 シャドウのお出ましだ。幾百、幾千と目の当たりにしてきたであろう光景。

 しかしながら、紅い血管状の模様を浮かび上がらせるシャドウの姿は()()()()()()。これまでに見てきたシャドウも千差万別だ。奇怪な妖怪や絵画に出てくる神秘的な姿、時にはシャドウ当人がそのまま化け物然とした見た目となるパターンもあった。

 

 今一度相手の姿を観察する蓮。

 人間のような四肢はあるが、上半身には鋸や警棒を携えた四本の腕が備わっている。顔はなく、胸には一つだけ穴が開いていた。

 

 明らかに神話や伝承の怪物を模った存在ではない。そんな確信を蓮は抱いている。

 初見の瑛は理解できなくて当然であるが、モルガナとソフィアは少なからず現れたシャドウに驚いていた。

 

(いや……()()は後だ)

 

「来るぞ!」

 

 頭を切り替えた蓮の掛け声を受け、ほぼ同時に飛び退く面々。

 一拍遅れて飛びかかって来たシャドウ絵美の一撃は地面を抉り、周囲に無数のレンガ片をまき散らす。

 その圧倒的な膂力を目の当たりにし、瑛の表情も引きつる。

 

「なんてパワー!? 近づけない……!」

「無理に接近するな! 距離を取って弱点を探るぞ!」

 

 降り注ぐ破片を巻き起こす疾風で振り払うモルガナに続き、蓮が跳躍した。

 

「喰らえ!」

 

 蓮の声に呼応し、反逆の翼をはばたかせるアルセーヌが漆黒の奔流を解き放つ。

 着弾するや、大爆発を起こすエイガオン。何体ものシャドウを屠ってきた攻撃が通じるかどうか――誰もが事の行く末を見守る。

 

『ガアアッ!!』

「アバドン!!」

 

 土煙を切り裂いて飛来する斬撃を、アバドンで受け止める。

 埃の中から這い出てくる巨体には、これといった傷は見受けられない。どうやら効果は薄かったようだ。

 

「それなら……!!」

 

 今度は瑛のナイチンゲールが火球を繰り出す。

 

『コンナモノ!!』

「ッ、吸収された!?」

 

 しかし、今度は”アギダイン”を吸収される始末だ。

 立て続けの連撃を無力化される面々に対し、シャドウ絵美の刃が閃いた。剛腕より繰り出される斬撃は、そのまま暴力の波と化して四人に襲い掛かる。

 

「厄介な奴め!! だが、大味な技だな!! 隙だらけだぜ!!」

 

 驚異的な威力を孕んでいた一撃であったが、ペルソナを降魔させ身体能力が上昇している四人に避け切れない技ではなかった。

 さらりと躱し、隙を見出したモルガナの銃撃(パチンコ)が火を噴く。

 微かに”ガル”で弾道制御されている銀色は、拳銃の弾と遜色ない威力でシャドウ絵美の武器を握る手に直撃する。

 それで武器を手放すまでにはいかないものの、攻勢を緩めるには十分だ。

 

「フルパワーだ!!」

 

 刹那、ソフィアの背後に浮かぶ箱状の頭部を有す女性の姿をしたペルソナが、その掌から”コウガオン”を解き放つ。

 禁忌の箱(パンドラ)の名を冠すペルソナがもたらす祝福の光は、寸分の狂いもなくシャドウ絵美を呑み込んだ。

 

「どうだ!」

『ウグゥ……!』

 

 地面を穿つ光芒より現れた影がぐらりと揺らいだ。

 

 少しずつ光明が見え始める。

 複数のペルソナを扱える”ワイルド”の蓮でも、ただの一人ではこうも上手く事は進まない。誰かが誰かを守り、庇い、その間に仲間が試行し、思案し、見えてきた勝利へと繋がる糸を手繰り寄せるのだ。

 

「ナイスだ、ソフィア!」

「畳みかけていくぞ! そおりゃあ!」

 

 蓮が仮面(ペルソナ)を付け替える間、白い牙を剥き出しにする好戦的な笑みを浮かべるモルガナが奔る。

 担いだカトラスを振り抜けば、顕現したゾロより淡い光が迸る。

 それが怯んだシャドウ絵美に纏わりついたかと思えば、あからさまに彼女の動きが鈍くなるではないか。

 

『コノォ……!! ワタシノ……瑛チャンノ邪魔ヲシナイデ……!!』

「邪魔をしてるのはどっちかな」

『ッ!!』

 

 緩慢となった敵の懐へ潜り込んだ蓮は、その手に握るナイフを滑らせる。

 一撃一撃の威力は少なかろうが、連撃で畳み込めば確実に体力を減らせていける。

大ぶりな攻撃に対し、身を翻すように紙一重で躱していく蓮。傍から見れば曲芸染みた洗練された動きに、攻撃を仕掛けているシャドウ絵美のヘイトはみるみるうちに溜まっていく。やがて彼女の視線を釘付けにした蓮は、”マハスクンダ”の効果が切れる頃合いを見計らって飛び退き、

 

「そろそろ幕引きだ」

 

 取り出した拳銃の引き金を引くと同時に、背後で羽ばたくアルセーヌより”至高の魔弾”を繰り出す。

 幾条もの閃光が爆ぜ、巨体に凄まじい衝撃を叩き込んでいく。

 それは銃撃と呼ぶには余りにも苛烈。ほとんど落雷であった銃撃の嵐に晒されたシャドウ絵美は、息も絶え絶えとなりながら膝をついていた。

 

『グ……ギ、ガ、……!! 嘘……嘘嘘嘘嘘嘘!! ナンデ私ガヤラレルノ……!? 瑛チャンヲ守ロウトシテイル私ガ……』

「――嘘、か」

『!』

「その真実(こたえ)は……ジャックだけが知ってる」

 

 漆黒のコートを翻す蓮が、アルセーヌと共に闇へ消える。

 次の瞬間、シャドウの瞳に映っていたのは天使が舞う姿――否、瑛が華麗なステップを踏む姿であった。

 

 死闘の最中に一体何をしているのか?

 脳裏を過る疑問は、間もなくして彼女の体を鎧う闘気のオーラを目の当たりにするや、彼方へと消し飛んだ。

 

 恐怖を打ち破る為、自身の勇気を鼓舞する舞――”ブレイブステップ”。

 

 極限まで練り上げられた闘志を宿した今、最早彼女が剣そのものと言っても過言ではない。

 

「――行くよ、絵美」

 

 仮面の奥に佇んでいた瞳が蒼炎に彩られる。

 顕現する真紅を纏うペルソナは、その懐より取り出したメスを構えた。

 

『ッ……嫌、ダヨ……』

「ナイチンゲールッ!!」

『来チャ駄目ェェェエエエッ!!』

 

 絶叫しながらも武器を振り翳す怪物目掛け、果敢に飛び込んでいく瑛。

 

 一つ、縦振りの斬撃をターンで回避する。

 一つ、右から迫る薙ぎ払いを瞬時に屈んで避けた。

 一つ、左から迫る足払いから跳躍して逃れる。

 一つ、突き出される剛腕を柔らかく受け流し、そのまま宙がえりしてみせた。

 

 流麗な舞踏で四連撃を凌いだ瑛は、シャドウ絵美の頭上を翔ける。

 

 その時、誰もが白衣の天使を目の当たりにした。白いコートは翼のようにはためき、艶やかなプラチナブロンドの髪にも天使の輪が掛かっている。

 

 しかし、そんな光景に見惚れるのも刹那に等しい時間。

 瑛の背後に揺らめくナイチンゲールは、掌の上で踊らせていたメスを人間大の剣へと変化させる。

 四つの刃が閃き、それぞれがシャドウの握りしめていた武器を手から弾き飛ばす。

 空虚な音を響かせ、地面を転がる武器の数々。

 咄嗟に取り戻そうとするも、次の瞬間にはナイチンゲールの放った火柱が、それらを一山いくらの鉄くずへと熔かし尽くす。

 

『ア……』

「これでフィニッシュだよ」

 

 茫然と立ち尽くすシャドウ絵美に言い放つ瑛。

 どちらが勝者かは火を見るよりも明らか――いや、火を見るからこそ明らかと言うべきか。

 

「もうやめよ? これ以上、絵美を傷つけるような真似なんかしたくないよ」

『シャドウ……でも?』

「当たり前じゃん」

 

 戦意を失った絵美の姿が怪物のものから人の姿へと戻る。

 茫然自失とした絵美の瞳は虚ろで、とめどなく涙が溢れ出している。

 そんな彼女にゆっくりと歩み寄る瑛は、ためらいなく親友の震えた体を抱きしめた。

 

「シャドウでも絵美は絵美だよ。どっちが偽物で本物とかもない。どっちも本物。本物だから、自分の嫌な部分を受け入れることにもすっごい勇気がいる……違う?」

『……うん』

「私は私の嫌な部分なんて数えたらキリがないや。でもね、絵美を助けたいって気持ちは本当だったから……」

『なら……もう大丈夫そう』

「え?」

『今の瑛ちゃんなら、きっと助けられるよ』

 

 今にも泣き出しそうな笑顔で言い放つ絵美。

 しかし、その要領を得ない言葉に、瑛は困り果てて首を傾げる。

 

「助けるって誰を……?」

『瑛ちゃんが一番助けたかった人』

「私が……一番……」

『もうすぐ来るから』

「来る……?」

 

 言葉を繰り返すオウムとなる瑛。

 

 何度も噛み砕き、反芻し、飲み込んでいく。

 

 その度に胸の内に込み上がる不快感は留まることを知らず、みるみるうちに彼女の血の気は引いていった。

 直後、鮮烈な痛みが頭を襲う。

 

「うぅっ!?」

「ジャック!」

『私……信じてるから……今の瑛ちゃんなら、きっと……!』

 

 激しい頭痛に崩れ落ちる瑛を蓮が介抱する一方、光に包まれるシャドウは親友の身を案じる旨を告げ――在るべき場所へと還っていった。

 

「どういう意味だ、一体……!?」

「……」

「ソフィー?」

「おかしいぞ」

 

 騒然とする場の中、口火を切ったのはソフィアであった。

 

「ネガイが――還っていかない」

『!』

 

 (キング)に奪われた人々のネガイ。

 それが持ち主の下へ戻るどころか、散らばる気配も見受けられない。

 (キング)が改心しても尚、元に戻らないなど今迄はなかった。

 

 その時、蓮たちの脳裏に過った不安と懸念。それから生じた推測が、今となって現実味を帯び始める。

 

 ジェイルに君臨していた絵美の姿。

 偽物の予告状に隠された意図。

 三つあった力の象徴の持ち主。

 

 一つ一つの謎が紐解かれ、真実がすぐそこへと迫りくる。

 

 

 

 

 

『偽善仕立ての三文芝居をどうも』

 

 

 

 

 

 パチ、パチ、と軽い音が木霊する。

 頭痛に呻く瑛を抱きかかえる蓮の他、モルガナとソフィアが身構える先には一体のシャドウが佇んでいた。

 

 血塗れの白装束。靡く包帯。握られたナイフ。

 どれも見間違えることのない特徴だ。

 

「あの時のシャドウか。気をつけろ、モナ」

「言われなくても。切り裂き魔……! 見てねえと思ったら、今更ノコノコとご登場か? 役者は間に合ってるぜ」

『まさか。私抜きにこの監獄(ステージ)は成り立たない』

「やっぱり……オマエがここの真の(キング)か!」

『……』

 

 カトラスの切っ先を突きつけるモルガナが叫ぶ。

 

 一つ目の懸念、それは絵美ではなく別の何者かが真の主であること。

 

 二つ目は、

 

『そんなに苦しんで……どうして来てしまった』

「はぁ……はぁ……!」

『絵美はああ言っていたが、お前には助けられないよ。一度見殺しにしたお前には』

「う、ぐぅッ……!? はぁ……どう、いう……?」

『隠さなくてもいい』

 

 血が滲んだような色の口元が三日月を描く。

 紡がれる言の葉は、

 

 

 

『殺したかったんだろう?』

「……あ」

 

 

 

 瑛の脳天を殴りつけ、()()()()()()

 

 

 

――貴方、生意気なんだけど。――

――何様のつもりぃ?――

――まさか自分が特別とか思ってるクチ?――

 

 

 

『憎かったんだろう?』

「ぁ……あぁ……」

 

 

 

――ね~え~。なんで黒染めにしてこないのかなぁ?――

――不良だ不良だ! そんな悪い子の髪は切ってあげなきゃ!――

――キャハハ! それより今度誰かバリカンでも持ってこようよ!――

 

 

 

『辛かったんだろう?』

「ゃ……め……」

 

 

 

――ちょっと泣けば済むと思ってんの?――

――明日まで染めるかなんかしてこなきゃ……ってのはどう?――

――アッハ! それ面白そう! ……まさか逃げないよね?――

 

 

 

『だから、私が生まれた』

「ち……がッ……」

 

 

 

――ご、ごめッ……ほんと、ごめんなさい……!――

――今までのこと謝るから、()()下ろして……!――

――こ……殺さないで!――

 

 

 

『何が違う? どう違う? 違わないから私が居る。殺意(わたし)の存在を否定するのか』

「違う……違うッ!! ()()()()()!! ()()()()()!!」

 

 

 

 

 

 

 薬品の臭いが鼻をつく。

 

「――手首の傷……リストカットなんかもしてたんです。ああ、どうしてこの子があんなことをする前に気づけなかったのかしら……!」

 

 切羽詰まった母の声が、どこか遠い場所の出来事のように聞こえた。

 

「お宅の娘さんは解離性同一性障害……いわゆる多重人格障害に当たる症状が見られますね。過度のイジメによるストレスからでしょう」

 

 淡々と喋る医師の声も頭に入ってこない。

 

『――先日未明、〇〇県××市の中学校で女子中学生が起こした傷害事件ですが、学校の調査によると、同級生による執拗なイジメがあったと判明し……』

 

 テレビから聞こえてくる音声にも耳を貸さず、ひたすらに窓に映った自分の金髪と碧眼をなぞっていた。

 

 

 

 

 

 

『ク……ククク……クハハハハハハハハ!!!』

 

 苦しむ瑛から発せられた言葉を聞き届けた切り裂き魔は、狂ったように嗤い始める。

 途端に噴き上がる突風。切り裂き魔から解き放たれる魔力は凄まじく、三人も顔を顰めるレベルであった。

 

「間違いねえ、コイツは……!!」

 

 

 

『我は影……真なる影……!!』

 

 

 

()()()()()()()()()()!!」

 

 モルガナの声と時を同じく、切り裂き魔の体から伸びる包帯が周囲の牢屋へと突き立てられる。

 するとみるみるうちに包帯に血管の模様が浮かび、本体の切り裂き魔にどす黒い血液が供給されていく。

 それにつれて切り裂き魔の体は紅く膨れ上がっていく。

 やがてはち切れんばかりに肥大化した体を覆い隠すことは叶わず、あちこちの包帯が破れ、素顔が露わになる。

 

 それは瑛に瓜二つ。けれど、天真爛漫な彼女からは想像もつかないような憎悪に満ちた表情が、薄汚れた包帯の合間から覗いていた。

 

 

 

『殺してやる……私を苛めるもの……虐げるもの全部!! ズタズタに切り刻んでやるううううウウウウウウ!!!!!』

 

 

 

 

 

       

ジャック・ザ・リッパー

-Jack the Ripper-

 

 

 

 

 

彼女こそ、慈善と相容れぬが故に分かたれた殺意の衝動。

 

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