【朗報】人類、アンドロイドに勝利【やったぜ】 作:とっとと
廃墟街。
大反乱の折、放棄された都市部のことを指す。
此処は崩落の危険が極めて高く、また化け物のような形をしたアンドロイドの出現率も高い。
此処に派遣されるサバイバーは、引継ぎの手配をすることが義務となるほど剣呑な地だ。
『様子はどうだ、アンドレイ
…いや、そもそもお前は無事なのか?』
砂埃を被り、くすんだ黒いジャケットからノイズ混じりの声がする。
そのジャケットを羽織る見た目18程の茶髪の少年は、荒くなった息を整えながらノイズを吐くマイクへと口を近づける。
「…何とかな。 つか、そっちはどうだ? 掲示板の動画ちゃんと止まってんのか?」
発した声は小さい。息を潜めるかの如くそれは、今彼は隠れなければならない状況に置かれているということは明白にする。
それを察してか、マイク越しの声は小さくなる。
『問題ない。
して…対象の方はどうなっている?』
「だーめだ、完全に正気喪失してらぁ。話が通じねぇ。間合いに入った瞬間真っ二つコース」
アンドレイと呼ばれたジャケットの男は、廃材の山に隠れながら目を凝らす。
視線の先には、此処に潜んでいた「探し人」が二人。
地上に残存したレジスタンスであり、大反乱の真実を開ける鍵の一部を持つ者。
外見的特徴は一致している。
銀色の長い髪の幼い少年と、彼の抱く意識が無いと思しきウルフカットの黒髪の女。一見性別を見間違うが、それも含めた特徴だ。
女の方は意識が無いだけで辛うじて生きているが、少年の精神は恐らく限界を振り切っている。自身と黒髪の女の間合いに近づく者全てを敵と認識し、斬りかかることから、余程の極限状態にいたのだろう。
事実廃材から彼等を引っ張り出した瞬間、アンドレイは袈裟斬りを一度貰っている。
「…ったく、仕方ねぇなぁ」
『おい、何をするつもりだ』
「対象へ物理的説得を試みる」
『ッおいバカ!! お前自分が───』
ジャケットを脱ぎ捨て、少年は廃材の山から姿を晒す。
あらわになった彼の両椀には、夥しい程の幾何学模様の刺青が刻まれている。
それこそが、彼の持つ力そのもの。
「───▞▟▟███▟!!」
アンドレイは狂乱の中にいる銀髪の少年と相対する。両者の間にある距離はおおよそ30メートル。銀髪の少年ならば、この距離をおよそ三秒で詰めることが可能。
故に、アンドレイの生死は三秒で決する。
茶髪の男は引き攣った笑みを見せ、即座に自身の胸元で腕を交差させた。変化が起こるのはその三秒後。
瞬きが一度終わる瞬間、アンドレイの両腕に一振りの剣が食い込む。銀髪の少年が、開き切った瞳孔を向け、飢えた野犬が獲物に食らい付くが如く肉薄している。
ただの三秒。痩せ細った身体でなお、此処までの戦闘力。息の一つでも崩してくれないものか、アンドレイは今心からそう願う。
だがいついかなる時も現実は非情だ。銀髪の少年は、アンドレイの頭部目掛けて足を突き出す。とっさに顔を横に逸らし、回避する。その回避の一瞬を見計らい、少年は剣に力を込めアンドレイの腕を押し切ろうとするが───。
「!?」
「エデン商会新発売の再生塗料、その不良品だ。増加された再生力が強すぎて、異物を含もうがお構いなしってなぁ!」
剣と腕を一体化させたまま、アンドレイは体を回す。その勢いに引っ張られ、銀髪の少年は地面に振り落とされる。
ダメージは少ないだろう。
そう思いながらアンドレイは自分の両腕に刺さった剣を、口を使って引き抜き、地面に置いてから刀身を足で踏み砕いた。
「はっはは滅茶苦茶痛えなこれ!! …でもまぁ、お前の方が何倍も痛いんだろうけど」
武器を奪われ、壊されても開いた瞳孔はアンドレイを見ている。彼を、否「近づく者全て」を敵と断じている。一体どんな状況にいれば、そんな瞳をするようになるんだか、と茶髪の男は思った。
再生が終わる。力を十全に発揮できるようになり、構えをとる。殺すためではなく、受け入れる為の構え。
「安心しろって言われて、安心できるわけないだろうが…それでも言わせてくれよ」
実に愚か、実に愚鈍。
曲がりなりにも己へ刃を向けた、初対面の存在を、彼は殺そうなどといささかも思わない。
むしろ高らかに、こう叫ぶのだ。
「俺は敵じゃねぇ、お前の味方だ!もう大丈夫だ!」
…言葉とは不思議なものだ。空気に伝わる振動は、時として本当に人の心を揺さぶる。
アンドレイと相対する少年の瞳孔は、確かに揺らいだ。にも関わらず、アンドレイは少年にゆっくりと歩み寄る。
一歩ごとに、地に亀裂を残しながら。
「子どもがそんな顔をしていい訳がねぇ。
…お前はきっとずっと頑張ったんだろうな。俺はお前じゃないし、お前とは初対面だから、お前の辛さはわからない。お前の背負う荷物の重さはわからない」
身体が、固まった。
銀髪の少年は、動けなかった。
自分の間合いに動くものがあるのに、彼はそれを敵と認識できなくなった。
「けど、壊れそうなその体を支えてやることはできる。上等じゃねぇけど飯はあるし、薬も包帯もまだ余裕がある。
大丈夫だ、お前の抱えるその女の人もちゃんと助かる。
お前はきっと頑張った。ずっと頑張ってきた。
でももう、大丈夫だ」
アンドレイは、慣れた動きで少年を抱きしめる。
そうして、背中を穏やかに叩いてやる。
寝つけない幼児をあやすように。
銀髪の少年は、完全に固まった。
もう、力を振るえなくなった。
最後に、とても穏やかな声を聞く。
「───必ずお前達を助ける
だから、今はお休み」
ただそれだけだが、しかしそれだけで良かった。
この上ない安堵の中、少年は瞼を閉じた。
死ぬかと思った。
銀髪の少年と、彼が守っていた黒髪の女を抱えながらため息を吐く。
まさか地下に逃げ込んだ奴らが、此処まで強いとは。いや、こいつらが特別なだけかもしれない。
ジャケットを拾い、マイクを近づける。
やたら騒がしい。疲れた体に響くので切にやめていただきたい。
「怒鳴んなよ、俺は生きてるっつの」
『ファック!! いきなり通信途絶とか何考えてんだクソバカ!! お前の死亡確認が出来なくなったら引き継ぎも出来ねぇだろうが!!』
「その辺りも改善点だな、俺の。
まぁでもそんなカッカするなよ、禿げるぞ?」
『ぶち殺されてぇかこの野郎…!』
相変わらず口の悪い女である。
まぁ口の悪さの裏には心配とかあるのだろうが。そう考えるとこの罵声にも可愛らしさが見出せるかもしれない。
「取り敢えず商会と、ばあちゃんに任務達成報告お願い。説教は後でちゃんと受けるから心配すんなよカーリー。
それと消化の良い食料と薬、点滴の用意を頼む。医師がいるなら叩き起こしてくれ」
『…はぁ…その判断力を普段から使えよなぁ』
なんて会話をしていると、二つのトラックがこっち向かって来ていた。あちこちが凹んでいるが、人を乗せるには問題ない強度だろう。多分。
近場で止まったトラックから、二人の作業着を着た人間が降りて来る。ちゃんとサバイバー側の回収者だと把握してから、トラックへと足を進める。
「待機していた回収班は無事だよ」
『そりゃ良い』
回収者に誘導されつつ、トラックに乗る。
有事の際に備えて、戦闘態勢は解かない。
帰るまで、安全じゃない。
「…ん、どした? ふる」
ポケットにある奇妙なAI付きの端末が震える。取り出して画面を起動すると、俺の安否を確認するメッセージが大量に広がっていた。任務中だからと切っていたけれど、これを見てしまうと少し罪悪感が湧く。
「お、れ、は、無事、だよ、っと…」
自分の安全を知らせると、今度は今度で大量に安堵のメッセージが表示される。まるで子どもみたいなAIだ。だから愛着も湧くのだろうけれど。
AIのfoolとしばらく他愛もない会話をする。本当は保護した二人について聞きたかったが、俺は自分の馬鹿さはよく理解しているので、情報の混乱を避けるためにもちゃんと人が揃っているときに聞こうと判断した。
「…レジスタンス、か」
かつて地下に逃げ込み、生き延びた仲間。
その詳細はデータとしてFool-0から教えてもらい、ばあちゃんとカーリーから要約してもらってやっと理解できたけれど、当事者の話を聞いてみたいとは思っていた。
ただのデータと、実体験に基づく話は全くの別物だから。
地下で人はどのように暮らしていたか。
どうやって再起し、アンドロイドに勝利したのか。
そして勝利した後の敗北で、何があったのか。
知りたいことは山ほどある。
トラックに揺られながら、息を吐く。
ああ、俺達は俺達の敵を乗り越えられるのだろうか。