エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い 作:ツム太郎
コウとララベルが王都に転移する少し前。
アステアはジースと共に、一目散に王城の地下を後にしていた。外に出た瞬間、眩しい太陽の光が彼女たちを包む。
何も知らない人が見れば、日の光を受けて輝くその姿に心を奪われているだろう。聖女である彼女たちは、それほどまでに神秘的な美しさを放っていた。
アステアの手には大きな宝石が埋め込まれた大きい杖があり、彼女はそんな杖を何のこともない顔で持ち続けている。
しかし右腕からは血がしたたり落ちており、傷が完全にふさがっていないことが分かる。
ゆえに何事もない様子であるからこそ、彼女は異様に見えた。
対するジースは軽装だ。
変わらぬシスター服を着ているだけで、それ以外の装備は見当たらない。そこら辺にいるシスターと何の違いもない外見だ。彼女が歩くたびに、ジャラジャラと鉄が擦れるような音がすること以外は。
「……本当に、ハルメイアへ勇者が来るのでしょうか?」
「確実に来ます。あの化け物なら、私たちの行動を根元から切り取ってくるでしょう」
二人は少々急ぎ気味の足取りで城門をくぐり、街の方へと向かっている。
すれ違う兵士や大臣、同じ信徒でさえも完全に無視して。
挨拶する者、睨みつける者、避ける者。全員が彼女たちを見て、様々なリアクションをする。
その中で、ひそひそと話をする者たちがいた。
「見ろ、アステア様がまたご機嫌斜めだ」
「勇者が目覚めたのも、アレの管理が甘かったからではないのか」
「あぁ嫌だ嫌だ。あんな田舎娘が大神官などと……昔はもっと淑やかで品のある女が――」
行き交う人達の中、裕福そうな貴族らしい恰好をした男たちがそう話している。その者らは、勇者復活に対する会議に出ていた者達だった。
「……」
そんな下卑た声も、アステアはまったく気にしていない。
ジースだけは声が聞こえた方向をキッと睨む。しかし歩くスピードを緩めないアステアに気づくと、少しだけ悲しそうな顔をして後に続いた。
男たちはそんな彼女たちが可笑しいのか、また笑い声をあげている。
「……気にしてはなりません、シスタージース」
「しかし、あのような者らの言葉を放置しておくなど……!」
「諫めようと説き続けようと、彼らは態度を変えません。負の感情というものは、女神様ですら入れない本性の根幹に根付くものなのですから」
歩を止めることなく、そうジースを言い聞かせるアステア。
コツコツと杖を突きながら脇目もふらず。ただ自分のするべきことを果たすために。
「彼らは我々と違い、女神の啓示を賜っていません。心の奥底では、黒い妬みが潜んでいるのです。この非常事態に付き合う余裕はありません」
「ですが、嫌味を言うだけで何もしないというのは……」
「余計な混乱を防ぐため、上は民の皆様に勇者の復活を教えていません。しかし必要以上に動けば、隠した情報はすぐに伝わってしまいます。逆に動かないことを、一番と考える方もいるのでしょう」
そんなことを話しながら、都を歩き続けるアステアとジース。
ふと、アステアはある方向にチラッと視線を向けた。その視線の先には、辺りを見回る兵士の姿が見える。
普段、兵士たちは能天気とまでは言わずとも、そこまで緊張して警備に当たってはいない。しかし今の彼らは顔を強張らせ、必要以上に辺りを見張っている。
きっと、別の理由を伝えられて警備に力を入れているのだろう。
だが裏を返せばそれだけであり、鈍感な者ならいつもと変わらないとさえ思うほどの変化でしかない。
世界の敵とさえ揶揄された勇者の復活だというのに、何故この程度の警備強化しかしないのか。
そんな疑問が、ジースを余計イライラさせていた。
「的外れな意味のない守備ばかり。これであのララベルを防げると、本気で思っているのでしょうか?」
「彼女の恐ろしさを目にしていない者の考えなど、得てして凡庸なモノにしかなりません。無駄に変化させて、失敗でもしたら責任を負うことにもなる。誰もかれも、そんな度胸は無いのです」
「そもそも、ララベルを防ぐのなら国民にも事情を話すべきです。それどころか、勇者の復活だなんて世界規模の大問題、いっそ他国にも協力を要請して――」
ジースが自分の考えを言っている際中、アステアはいきなりその歩を止めた。
一体何が? もしかして、もう目的地に着いたのか?
ジースはそう思うが、辺りにはまだそれらしい建物は見られなかった。
「シスタージース。確か貴方は聖教会に迎えられてから、まだ日が浅かったですね?」
「え、は、はい。それが何か……?」
「この際ですし、教えておきましょう。私たちが間接的ではあれ、守ることとなっている上層部の考えというのを」
「上の、ですか?」
「えぇ、時間も限られているので結論だけ。アレらが求めているのは、あくまで自分自身と自分の生きる場所、その周辺の安全だけです。それ以外は切り捨ててもいいとさえ考えています」
何の気なしに説明をするアステア。しかしその一言は非情なモノであった。
実を言えば、ジースも薄々感づいてはいた。この国を支配する連中は、国を見ているようで見ていない。
どれだけの犠牲が生まれても、どれだけの崩壊が起きても。
嘆くことなく事を鎮め、ゆっくりと正常に戻していく。いつも偉そうな顔をして会議をしている連中は、そんなことを何度も繰り返していた。
まるで、それこそが自分らの仕事だと言うかのように。
「それを踏まえて、先ほどの意見に答えましょう。なぜ民に勇者の復活を伝えないのか。至極簡単、その方が動きやすいからです」
「う、動きというのは、まさか……!?」
「様々な面で、ですよ。しかし一番の意味を持っているのは、おそらく逃亡でしょうね。一番早く、安全に逃げるための足止めです」
ジースはこぶしを強く握った。眉間にしわを寄せ、怒りの感情を隠そうとすらしない。
もし教えられたことが本当ならば、守るべき国民が肉盾として利用されようとしている。そのことを理解したために。
善政を敷いていると見せ、自分らを支持してくれている民を。
「どこまで、も、あの人たちは……!!」
「憎らしいですか、ジース?」
「当たり前です! まさか自分たちが逃げるために他者を犠牲にするなんて。人のすることではありません!」
「よろしい。では、そんな事態を防ぐために、我々が急いでするべきことは何でしょうか?」
そう言われ、ジースはハッと我に返った。水を掛けられたかのように、意識が冷静になっていく。
そうだ、非道があるのならばその道を塞げばいい。
我々がララベルを止められさえすれば、あとは以前の平和に戻るのだから。
ただ世界のため、女神のため。そして何よりも、アステアのため。
それがジースの中にある正義。己の中にある唯一のルールなのだから。
「……失礼しました。私が至らないせいで、無駄な問答を」
「謝罪は必要ありません。人の意思は原動力そのものですから。陰りがあるのなら正さなければ、いつか主幹を崩す大きな傷となってしまいます」
アステアはジースを見て優しく微笑む。
その内に獰猛さがあるのは確かだが、その優しさもまた彼女の本性なのだろう。
そう思わせるほどに、アステアの笑顔は自然であり、尚且つ美しかった。
「さぁ、着きました。ここにララベルが現れる筈です」
コツ、と杖を突く音が響く。
薄暗く、狭い裏路地の中。アステアの指さした先には、特になんの変哲もない建物の入り口があった。
特に装飾もされていない、レンガで固められた丈夫そうな建物だ。
ジースは考える。
これは誰かの家なのだろうか。いや、人の気配はまるで感じられない。
店でもなさそうだ。本当に、ただ建っているだけの建物。
だが、それ故に不自然でもあった。
「このような建物、なぜ今まで放置されていたのでしょうか?」
「放置されていたのではありません。気づかなかったのです。私自身、女神様のお導きが無ければ、ここに辿り着くことすら不可能でしたから」
アステアは建物の前に立つと、煙を払うかのように手を大きく振った。
するとどうだろう。扉から小さな光が発生したと同時に、バチンと何かが破壊されたような音が響いた。
ジースはこの音の正体を知っている。故に驚きで目を見開いた。
「認識阻害ッ……!?」
「ララベルが城を出る前に使ったのです。まさか追い出される直前に、こんなことをするなどと思ってもいませんでした」
アステアは扉を杖で数回突き、何も起きないことを確認して後に開く。
ギィ、と年季のこもった音が響いた。その奥にはテーブルと椅子のみ置かれている。
「奥の方は……台所ですか」
ジースはそう言いながら、中をキョロキョロと見渡す。
少々ほこりを被っているが、特に散らかっていることもない。
実に簡素な部屋だった。
「さぁ、勇者であろうと異物であろうと敬意は必要です。話し合いの場に、お茶の一つもないのは無礼が過ぎますね……シスタージース、頼めますか?」
「は、はいっ!」
「ふふ、良い返事です。では、この茶葉を使ってください」
アステアがローブから取り出した袋を受け取り、ジースはパタパタとあわてて部屋の中へ駆けていく。
先ほどまでの怒りはどこへやら。今のジースは年相応の少女のように見えた。
その様子を微笑みながら見るアステアは、気付かれないようにため息を吐く。
「あのララベルの心を動かした異物。あるいは私の陰りも……」
そんな呟きがジースの耳に届くことはなく。
アステアはそのまま建物の中へとゆっくり入っていった。
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