エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い 作:ツム太郎
こうしてアステアとジースは先回りをし、勇者と会う準備を終えた。
アステアは椅子に座ってララベルと異物であるコウを待ち、ジースはもしもの時のために物陰で隠れている。
万が一戦闘にでもなったら、相打ち覚悟で封印魔法を仕掛けられるように。
たとえ無駄だと半ば分かっていたとしても、自分の責務を全うするため。
さて、そんな覚悟を決めた二人を窓から眺める一人の男がいた。
純白の鎧を着ており、近くに置かれている剣も恐ろしいほどに白い。
短い金髪に整った容姿。
名をベルクター。ハルメイアを牛耳る組織の一つ、聖騎士団の長である。
彼は今、ララベルたちがいる所とは別の建物から彼女らを見ていた。
窓に身を乗り出し、足を組んで悠然と。
世界の敵とまで言われた勇者を前に、不自然なほど冷静であった。
「……思ったより早かったな」
「それは、どれのことだ?」
質問は彼のすぐ横からされていた。男の声だ。
一見何もない空間のように見えるが、目を凝らすと通常あり得ない揺らぎが視認できる。そう、まるで風にたなびくカーテンのように。
正体は掴めないが、確実に何者かがソコにいるのは確かだった。
「全部さ。勇者がここに来るのも、アステアが感づくのも。それに、あの方のこともね」
「本当に感じたのか? 我々では誰一人感じ取れなかったが……」
「君たちじゃ駄目さ。探知も碌にできない半端者じゃ、あの微細な気配は感じ取れない」
ベルクターは視線をララベル達からそらさず、頬を緩めて質問にそう答えた。
そんな彼の態度が気にくわないのか、空間の揺らぎが強くなる。怒気を隠す気が無いかと思うほどの激しい揺れだ。
「あまり怒るなよ、本当のことじゃあないか。それに、彼女らに気取られたらどうするんだ?」
「貴様、調子に乗るなよ……」
「あぁ怖い怖い。とにかく、私が感じたのは確かさ。何の因果か、ララベルが復活した時とほぼ同じタイミングにね」
そう言うと、ベルクターは視線を少しだけ変える。怒気がこもった声は、毛ほども気にしていないようだった。
彼の視線の先。そこで立っているのは、聖教会も狙う一人の凡人。
「黒髪とは珍しい……君は何者なんだろう。あまりにも重なりすぎている事象の上に、単身で立っているだなんて。とりあえず初手は聖教会に譲ったけど、次は僕らだね」
「……あまりふざけた真似はするなよ」
「ふざけるだなんて、心外だ。私はいつだってほん――」
ベルクターは最後まで言い切らず、顔を硬直させて動かなくなった。
指先一つ動かさず、息すらしていないように見える。
「どうした? おい、返事をしろ」
「……見られた」
「は?」
「一瞬、視線が合ったんだ。彼女と」
そう言った瞬間、彼のいる部屋に奇怪な音が響く。
鉄が擦り切れるような、キィィ……と静かで気味の悪い音だ。
ベルクターは依然振り向くこともなく、わずかに頬を緩める。
「……くく。まったく、バレたら即撤退とはね。潔いと賞賛すべきか、薄情と罵るべきか」
返事をする者は既に部屋におらず、先ほどまで在った空間の歪みもなくなっている。
だが、そんなことは彼にとってどうでもいい事なのか。いやむしろ、ベルクターはこの状況を楽しんでいるように見える。
浮かべるのは笑顔。今にも鼻歌を歌いそうな、子供じみた無邪気な笑みだ。
「さて、彼女がその気なら私はもう死んでいる筈だけど。生かされているってことは、まだ存在意義があるのか? うん。これは確かに、信憑性がある」
笑いを堪えることが出来ないのか。ベルクターは顔を押さえてくつくつと笑い続けている。
肩を震わせ、抑えきれない感情に悶絶しているようだった。
「あぁそれにしても、あの子の殺気は変わらない。全身を貫かれるような、身震いする程度では済まされない負の滂沱……この一瞬で、何回死んだかも分からないな。素晴らしい」
ベルクターの笑みが深まる。だが、先ほどまでの無邪気なモノとは違う。
陰湿で底の無い、まるで人のモノとは思えない歪んだ笑顔だ。
普段の聖騎士である彼を知る者が見れば、きっと恐怖で悲鳴を上げてしまうほどに。
「さて、勿体ないけどこの辺で帰るとしようかな。これ以上邪魔をして、やっぱり殺すなんて事になったら大変だ」
瞬間、彼のいた場所に風が吹く。優しく弱い、そよ風にも満たない風。
そんな風が部屋を駆け、気付けばベルクターはその姿を消していた。むろん、置かれていた剣も消えてしまっている。
残ったのは何もなく。先ほどまで彼が座っていた場所も、誰もいなかったかのように熱を失っていた。
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今回短め。次回少し遅れますが、楽しい三者面談始めます。