エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い 作:ツム太郎
「まずはようこそ、ハルメイアへ」
席につくとアステアは微笑みながら、机の上で両手を合わせてそう言った。
間違えることもない。何度も見たシスター服に、特徴的な宝石杖。そして簡素なロザリオ。
ララベルを今の姿にまで貶めた連中の一人、大神官アステア。その張本人が目の前にいる。
一応友好的なことを言ってはいるが、目が全然笑っていない。見ているだけで喉が干上がってくる。
アニメエンディングのぶっ壊れた顔面を知っている分、建前でだけ見せる笑顔が非常に恐ろしかった。
「……」
たまらず横に座ったララベルの顔をチラリと見る。相変わらずの笑顔だ。
こういう時は不変の彼女が心強いが、果たしてどうなるのか想像もつかない。
アステアとララベル。
封印した者、封印された者。
本来は二度と会うことがなかったであろう因縁タップリの再会だ。正直嫌な予感しかしない。
「さて、まずは紅茶でも飲みましょう。せっかく用意したのですから、冷めてしまっては風味も落ちてしまいます」
そう言って、アステアは目の前のカップを持って口元へ運ぶ。
自分の席に用意されていた紅茶に視線を移すと、確かに湯気が立っていた。来るタイミングまで予想出来ていた、ということだろう。
……これ、毒とか入ってないよな?
鼻に届いてくる匂いは紅茶そのものだ。だが無味無臭の毒だっていくらでもあるだろう。
飲んだ瞬間ポックリとか笑い話にもならない。いや死んだら話も出来ないワケだけど。
「エルホワイトの純正物か。相変わらずこの茶葉が好きだね、大神官アステア」
「えぇ、リラックス効果に集中力の上昇。香りだけでなく効能も実に私好みです」
そんなことを言いながらグイッと紅茶を飲み干すアステア。とても大好きな人間の飲み方とは思えないが、それくらい彼女に余裕がないと思えば納得だ。
ララベルはそんな彼女が面白いのか、少しだけ笑みを深めてカップを口に寄せた。
そして少しだけ口に含み、ゆっくりと飲んだ後に俺の方を見る。
「うん、変わらず強い風味だ。コウ、安心して飲むといいよ。これに毒は入っていない」
「ほ、ホントか? なら、俺も少し……」
ララベルの言葉に安心した俺は、干上がった喉を潤すために紅茶を飲んだ。
前の世界で飲んだ紅茶と似た味に、少しだけスパイスのようなピリッとした刺激がある。
確かに強めだが、安心するようないい香りだ。ほどよく温かいのも合わさって、気分を和らげてくれる。
「……ふぅ」
「落ち着いたかい?」
「あ、あぁ。ありがとう」
紅茶のおかげで頭に余裕が出来てきた。故に少し思考する。
原作の知識が正しければ、アステアの頭の中では女神の啓示がひっきりなしに響いている筈だ。
啓示。
聞こえはいいが、言ってしまえば一方的な鬼電みたいなものだ。
女神から一方的に命令が下され、重要度によってその頻度や音量は変化する。
重要度の低い啓示ならば生活に支障は無いが、アステアに下されている啓示はララベルに関するモノ。つまりはウルトラCの超重要案件。
ゆえに当人の体調なんてお構いなしに、何度も何度も彼女の頭には啓示が響き続けている。それこそ、眠ることすら出来ない程に。
目元を濃い目の化粧で誤魔化しているようだが、その証拠であるクマは隠しきれていない。
「……美味しい紅茶だ。ゆっくり飲んだほうが、より一層楽しめると思うけど」
「ふふ、確かに貴方の言う通りですね。ですが、ご安心ください。もう少しで、またゆっくりと飲めるようになります」
俺の言葉にゆっくりとした口調で返すアステアが、かえって不気味に感じた。
啓示による苦痛は決して慣れるようなモノではない筈なのに、冷静さをまるで欠いていない。
本当なら、叫んで狂っても仕方ないはずだ。
しかしそうはならず、聖女としての自我を保つ彼女の強靭な精神力。もはや常人のソレではない。
いったい何が彼女をそこまで動かすのか。まるで想像できない。
ララベルの事も、俺の事もどう考えているのだろうか。いやそもそも、俺に関してはどこまで知っているのかも分からない。
「……」
少しだけ、息が詰まる。
知らぬ間にアステアを睨みつけていた。
焦りからか、恐怖からか、怒りからか。自分の感情が何なのかさえも上手く分析できない。
「ふふ、そんなに緊張なさらないでください。えぇと……あぁ、私としたことが。客人である貴方のお名前を忘れてしまいました。大変失礼であることは重々承知しておりますが、お名前を今一度教えていただけますか?」
「――ッ」
思わず体を硬直させてしまった。
名前まで知っている!?
なんで、いや、どうやって。確かに遠方を探知する魔法も存在するはずだけど、そんな細かいところまで探れるはずが……。
……いや、いや待て。違う。冷静に考えろ。情報を一つも与えるな。
俺の名前なんて知るタイミングあっただろうか。いや、そんな時は一切なかったはずだ。
あの村に襲撃に来た兵の生き残りが帰ってきたとしても、ララベルが俺の事を話しはしない……と思う。
大体、アステアは俺という存在を知っているだけで、それ以外の情報は全くないようだった。そうだ、知っている筈がない。
「……知ってるワケ、ないだろ」
「はい?」
「アンタらが俺の事を探れるわけがない。俺たちを追って村まで来た兵は全員、ララベルに倒され――」
「コウだよ、彼の名前は」
「ちょ」
言い切る前に、ララベルが俺の名前を言ってしまった。
え、割と頑張って考えたんだけど。別に良かったのか?
ララベルの顔を見ても微笑んだまま表情が変わっていないから、セーフだったのかアウトだったのかも分からない。
だが、彼女が会話に入ってくるということは、何か良からぬことを口走ってしまった可能性がある。
「ふふ、成程成程。村にまで、兵が……」
アステアはアステアで何かが可笑しいのか、手で口を隠しながらクスクスと笑っている。
ていうか、聞いてきたのに俺の名前ではなくて村の事を気にしているようだ。
まるで本当に聞きたかったことは、別にあったような。そんな顔をしている。
「……だから、なんだってんだ?」
「いえ、貴方は思っていた以上に素直で、愚かだということが分かりまして。コウ様、貴方は先程、村で何があったと仰いましたか?」
「気にすることは無い筈だよ、大神官アステア。そんなことより、私には聞きたいことがある。君たちは、彼に関して何処まで知っているのかな?」
ララベルが強引に話に入ってくる。笑顔のままだが……なんだろう、ほんの少しだが焦りを感じる。
なんだ、俺は何を言ってしまったんだ?
「いいえ、彼の呪縛を解くためにも必要でしょう。コウ様、貴方は先程なんと?」
「……すまん、忘れた」
「ふふ、お忘れに。随分とララベル様に教え込まれたようですね。まぁ良いでしょう、ではココからは私の作り話です。よく聞いておいてください」
アステアは足を組み、余裕たっぷりの表情で何かを始めようとしていた。
何を言われるのか分からないが、この世界で信じるべきなのはララベルただ一人だ。
それ以外、よりにもよって聖教会の言うことなんて信じる筈がない。
「まず手始めに、我々はあの廃村に兵を派遣なんてしていません。加えて言えば、あの村はとうの昔に滅んでいます」
「……」
「ご存知ではありませんか? 死体を生きているように操る魔物の外法を」
「あぁ、アンタらも似たような術を使うよな」
「辛辣ですね、良い事です。あの場にいた村人は、皆その外法によって操られた死体たちでした。ちなみに、死体の出所は封印の森。そこの警備にあたっていた兵たち約50名です。誰が彼らを殺したのか……言うまでもないでしょう」
淡々と話を続けるアステア。
なんだ、そんな話誰が信じるってんだ?
ララベルはあの森を逃げ切ったと言っていた。アニメでだって、彼女は直接人を殺してなんていない。封印される直前まで、人に対する優しさを完全に無くしてはいなかったからだ。
そんなララベルが、何人も殺して平気な顔しているワケないだろう。それじゃ正真正銘の化け物じゃないか。そんなこと、ありえない。
それに俺は、村人をしっかりと目で見たんだぞ。ちゃんと歩いている姿だって確認した。
「村人をご覧になりましたか?」
「あぁ、この目でしっかりとな」
「しっかりと生きていましたか? 顔に生気はありましたか?」
「だから、ちゃんとみ……」
断言できなかった。
言い切る直前で言葉を詰まらせ、自分が見たモノを思い出す。
俺は確かに村人を見た。それは確かなことだ。
だが、アステアの言う通り顔までは確認できていない。それによくよく思い返せば、あの村人は少し違和感があった。
村人が穿いていたのは赤色のスカート。言うまでもなく女性モノの服だ。
だが女性にしては、随分筋肉質でガッチリしていたような気がする。
目の前でしっかり見たワケではないが、服から覗かせる腕もかなり太かったような。
「兵士の死体が村人の服を着ていた。その可能性を完全に否定できますか?」
「ッ!?」
気付けば、アステアの笑顔が別のモノに変わっていた。
先ほどまでの優しいモノから、人を食ったかのような恐ろしいモノに。
俺が彼女に何を教えてしまったのか。なんとなくだが、ようやく理解できたような気がした。
全身に虫が這いまわるような、おぞましく気持ちの悪い感覚が襲ってくる。
もしかしたら、アステアの言ったことは本当なのか?
「そ、そんなモン、それこそ証拠が無いだろうが! そうだ、田舎は力仕事が多いんだから、た、体格のいい子だって、いても可笑しくない!」
たまらず声を上げてしまった。
一瞬でも嫌な可能性を考えてしまったせいで、焦りが一気に押し寄せてくる。
だがアステアはそんな俺が愉快なのか、さらに笑みを深めていた。
「えぇ、そうでしょうね。貴方の言う通り、コチラにも証拠はありません……ですが」
「ですが、なんだよ?」
「確証があるお話がもう一つ。コウ様、貴方はあの廃村で何を口にされていまし――」
直後、全身が強制的に硬直した。
正体不明の轟音。
アステアが言い切る前に、目の前から大きな音が響いたからだ。
何の音か、形容のしようもない。どこから聞こえてきたのかも理解が追い付かなかった。
「――なっ!?」
一瞬の後、何が起きたのかようやく理解する。
踏みつけられ、半壊した机。
遠くにまで蹴飛ばされた椅子。
宝石杖を前に構えるアステア。そしてその杖を、握り潰さん勢いで握りしめるララベル。
二人は机があった目の前で、表情を変えないまま睨みあっていた。
「おや、いきなり襲い掛かるとは。どのような趣でしょう、ララベル様?」
「この話は終わりだよ。君たちに言うことは何もない。早く帰らなければ、辺りを巻き込んで君らを殺す」
「まぁ恐ろしい。黙らない相手には恐喝、良い事です。しかし、だからこそ伝えなければ、彼のためにはなりません」
瞬間、ララベルの目が少しだけ開かれる。
まるで何かに気づいたような。いやむしろ気づかされたような。
握っていた手の力を弱め、ゆっくりとその手を戻していった。
「ララベル?」
「……」
ララベルは返事をしない。
いやそれどころか、微笑みすら消えている。無表情に、何もない空間を見つめていた。
そしてそんな彼女が、とてもつもなく恐ろしい。
「……もう一度、聞きましょう。コウ様、貴方はあの村で、何を食されていたのですか?」
「そんなこと、お前に言うはずが――」
「答えろ、貴様には返答の義務がある」
突如、アステアの口調が変わった。
彼女も最早笑ってはいない。ララベルを封印した時のような、恐ろしい女神の使徒である彼女がその場にいた。
今までとは比べ物にならない重圧が、体中に襲い掛かってくる。
正直な返答。それ以外の選択肢が頭の中から消えてしまっていた。
「……ララベルが、作ったスープだ」
「スープの中身は?」
「……知らない」
「やはりな。貴様は純朴で、愚鈍だ」
杖でトンと床を突き、猛禽類のように恐ろしい眼光を飛ばしてくるアステア。嫌な予感が全身を走り回ってくる。
おそらく、彼女が言うことを聞いてはいけない。聞いたらもう、戻れない。
そんな予感をバンバン感じるのに、視線を逸らすことすら出来なかった。
「教えてやろう、貴様が今まで食わされていたのは魔物の肉だ。ララベルと同じ、魔の者に成り果てる所だったのだ」
「な……そんな、そんな話、誰がしんじ――」
「証拠はない。だが貴様の体を、何かが蝕んでいる証拠はある。これを見ろ」
そう言って、アステアは修道服の中から小さな袋を取り出した。
彼女がその袋をゆっくり逆さまにすると、中からキラキラと光る粉が落ちてくる。
「……劇毒だ」
「は?」
「人間や弱い魔物なら、数分で泡を吹き死ぬ。貴様の茶には、これが入っていた。勿論、解毒の薬も持ってはいたがな」
「……」
「これを交渉の材料にするつもりだったが、予定変更だ。貴様は我ら聖教会が真に保護する。化け物の玩具にするワケにはいかない」
反論する思考すらまとまらない。
思い出すのは、紅茶を飲んだ時のスパイスのような刺激。あれがアステアの言う毒だったのならば。
効かなかった俺は、今何に成っているんだ?
気付けば、手がカタカタと震えている。
寒くもないのに、背筋が恐ろしく冷たい。
違う、今アステアが言ったことだって証拠はない。
さっき床に落としたのは、ただの砂糖だ。紅茶の刺激だって、そういう味だったってだけだ。
俺が魔物に、ララベルと一緒に?
そんな証拠ある筈が無い。
そうだ、ララベル。ララベルだ。彼女に聞けば、全部解決だ。
何の問題もない。アステアの言葉なんて信じるな。
そう思ってララベルの方を見る。
彼女は変わらず、何もない空間を見たまま動かない。
だが、それでも聞かないワケにはいかなかった。
「ララベル、違うよな?」
「……」
「アステアが言うことなんて、全部ウソだろ? 言ってたもんな、羊の肉だって」
「……」
「だ、黙ってないで答えてくれよ! 俺に食わせてくれていたのは、ただの肉なんだろ!?」
返事は返ってこない。
ララベルはただゆっくりと、顔だけを俺の方に向けてきた。
真っ白な髪を垂らし、人形のような動きで。
そして視線が合った、その瞬間。
「君は、なんと答えてほしい?」
ララベルは微笑むと、俺の顔を見ながらそう聞いてきた。
優し気に、そう尋ねるのが当然のように。
ご指摘、ご感想があればよろしくお願い致します。