エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い   作:ツム太郎

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選ぶべき道

 

「ら、ララ、ベル……?」

「……」

 

 どう答えてほしいか。

 そう言って、ララベルは口を閉ざしてしまった。いつもの笑顔を貼り付けて。

 彼女が問いかけてきたというのに、俺も何かを言えないでいる。

 なんて答えるべきなのか、思考をまとめることも出来ていなかった。

 何もしていないのに、心臓の鼓動だけがうるさく鳴り続けている。いっそこのまま倒れてしまったら。そう考えても、その音が強引に現実へ引きずり戻していた。

 

「答える必要などないでしょう、コウ様」

 

 話しかけてきたのはアステアだった。

 不意に話しかけられ、その方向を見る。アステアの顔は先ほどまでの優しい笑みに戻っていた。

 聖母のごとき、優しい笑顔。火に群がる蛾のように、ふらふらと歩み寄ってしまいそうになるほど温かく感じた。たとえその奥が、真逆の冷え切ったモノであったとしても。

 

「我々聖教会は、貴方を保護いたします。修道士として、貴方を迎え入れましょう」

 

 笑ったまま、右手をコチラにまっすぐ伸ばしてくる。

 必ず手を取るという、自信が込められているような。そんな気がする。

 この静まり切った中ででも、彼女の余裕は消えなかったらしい。

 

 素直に手を取ることが出来るか?

 いや、そんなはずない。相手はあの聖教会だ。言葉通りかどうかも怪しいし、保護という名目で何をされるかもわからない。

 

「……」

 

 俺は返事が出来ず、おもむろに自分の右手を見た。

 何のこともない。見慣れた自分の右手。

 だが、今では別の何かに見えてしまっている。

 

 化け物、あるいはそれ以上の何か。

 知らない間に人外になっていたなんて、思ってもいなかった。

 

「ッ!?」

 

 不意に、右手の自由が利かなくなる。細かく震え、皮膚の内側を何かが這いまわっているような感覚がした。

 うぞうぞとミミズのような生き物が動き、体の構造を変えているように感じる。

 気持ちが悪いのに、拒否することすら出来ない。

 やがてソレは皮膚を突き破り、一目散に俺の顔へと飛んできて、それで――

 

「ッ……」

 

 我に返り、浅く息をする。

 足の力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。

 汗が噴き出てきて、不快だというのに身動き一つとれない。

 恐る恐る右手を見ると、そこには元の右手があった。

 幻だ。俺の右手に何も異常は起きていない。

 

 だが、今にもそうなる可能性があるのかもしれない。

 俺の体は、そうなってしまっている。ララベルの手によって。

 その事実が、俺の根幹を酷く揺さぶってくる。

 

「……大神官アステア」

 

 返事が出来ない俺に代わって、アステアの手を取ったのはララベルだった。

 取ったというよりは、ソッと自分の手を添えただけだが。

 

「何か、ララベル様?」

「彼は酷く憔悴している。私の責任だよ。少し彼を休ませたいから、帰ってくれないかな?」

「それは無理なお話です。彼は今この場で助けなくては――」

「帰って欲しい」

 

 ララベルがそう言うと、アステアの体が黒い影のような何かに包まれた。

 一瞬だ。避ける暇すらなかっただろう。

 

「おや、これはこれは……ふふ。まぁ良いでしょう、楔は打ち付けました」

 

 アステアは大した抵抗をせず、ゆっくりと影に飲まれていく。

 それでも彼女は余裕そうな顔を崩さず、むしろ勝ち誇ったかのような表情をしていた。

 まるで俺がどんな選択をするか、その答えを分かり切っているかのように。

 

「ではごきげんよう、コウ様。良いお返事をお待ちしておりますので」

 

 影はアステアを完全に包むと、そのまま音もなく霧散した。

 彼女の宝石杖も、一緒に消えてしまっている。

 

「……」

 

 対するララベルは何の気もなく、ゆっくりと天井を見上げる。

 ジッと天井を見つめていると、彼女はフッと笑みを深めた。

 

「天井にも一人、潜っていたようだね」

「ララ、ベル……?」

「安心しておくれ、殺してはいないよ。見てくれは悪いが、影と影をつなげて飛ばしただけだからね。彼女たちは今、王城の地下にいる」

 

 そう言って、ララベルは自分の影をふよふよと浮かせて見せてくれた。その魔法を俺は知っている。

 アニメでも彼女が使っていた魔法だ。ある程度の距離なら、彼女は魔法を使わず人や物を転移させることが出来る。

 影に潜む魔物の血も取り込んでいるからこそ、彼女にだけ出来る芸当だ。

 

「……俺も」

「ん、なんだい?」

「俺も、出来るようになったのか? ソレ」

 

 震えた声で問いかける。

 薄汚れた暗い部屋の中。存在するのは俺とララベルのみ。

 沈黙し、すべてが沈んでしまうような空間で。しかし聞かずにはいられなかった。

 俺の体に、何が起きていたのかを。

 

「……いいや、まだ無理だよ。そもそも、君に食べてもらったのは違う魔物の肉だ」

「じゃあ、俺に食わせたのは、何なんだ?」

「毒に強い魔物、再生能力の高い魔物、硬い皮膚の魔物。一番多く食べてもらったのは、その三体あたりだね」

 

 ララベルの言う魔物には心当たりがあった。

 毒に強いというか、あらゆる毒を武器にするヴェルノ・サーペント。

 再生力というよりも、生命力のみが異常に高いイディオット・スライム。

 皮膚ではなく、この世界で最も硬い鉱物で覆われたキング・ゴレムス。

 どれもララベルが最初に取り込んだ魔物たちだ。そして、彼女がその三体を最初に選んだ理由も知っている。

 

「俺が、死なないように、か?」

「……そうだよ。まずは死ににくくすることが、一番大切だと思ってね」

「人間の体に魔物の血は毒だ。俺はララベルみたいに、特別な存在じゃない」

「大丈夫だよ。決して死なないように調整したからね」

 

 調整。

 何気ないその言葉に、言いようのない恐ろしさを感じた。

 この世界で魔物というのは、人間とは決して相容れない存在だ。だからこそ、そう簡単に人間の体へ取り込むことも出来ない。

 アニメの中でも魔物の血を体内に入れようとした人間はいた。だがそういった連中は漏れなく、血を取り込んだ瞬間跡形もなく爆散した。

 魔物の血と人間の血が争いあって暴走した、らしい。

 

 人間と魔物。

 二つの存在は決して交差することはない。それは血だけではなく、力から思想に至るまで。ありとあらゆる事柄において反目しあう。

 ソレが「サァベイション・イン・ザ・ケイブ」における常識であり、不変の事実であった。ただ一人、ララベルを除いて。

 ララベルが、彼女こそが、魔物の血を取り入れた唯一の人間だったのである。

 

 ……いや、違う。正確には、ララベルですら魔物の血に拒絶されていた。

 他の人間のようにもだえ苦しみ、内から体を爆散させ、辺りに血肉をぶちまけていたのだ。

 それでも彼女が生きていられたのは、呪いにも近い女神の加護によるものであった。

 加護のおかげというべきか、せいというべきか。ソレによって、ララベルは自分の体が限界を超えても動くことが出来る。

 アニメ序盤だとララベルは回復魔法の補助が必要だったが、時が経った後に自力で加護を活用することが出来ていた。出来てしまっていた。

 

 震えながら血を取り込んだララベルは、体を引き裂かれては再生し、千切られては回復し、潰されては治癒し。

 何回、何十回も続く激痛の中。気付けば、その身に魔物の血を閉じ込めることに成功したのである。

 髪は白く染まり、目は赤く染まり、角が生えた異形となって。

 

「なんで、なんで黙ってたんだ? なんで勝手に、魔物の肉なんて食わせたんだ……!?」

「……ごめんよ。君を怖がらせたくなかったんだ。時間をおいて、言葉を選んで説明するつもりだったんだ。それに……」

「それに、なんだよ?」

「……食べさせなければ、君は死んでいたんだ。あの森の中で」

 

 ララベルに言われて、記憶が脳内を駆け巡った。暑くもないのに汗が吹き出し、呼吸が荒くなる。

 ララベルと会った時、やっぱり俺は魔物に首を食いちぎられていた。夢でもなんでもなく、俺は既に死んでいる筈だった。

 ララベルに助けられていなければ、その時点でもう終わりだったのだろう。

 

「君の首には……そう、種のようなものを植え付けたんだ。私と同じ存在になるために必要な、私特製の種を。ソレを死なせないために、君には栄養を摂ってもらう必要があったんだよ」

「……種?」

 

 思わず首を触る。なんの変哲もない、ただの自分の首がそこにはあった。

 しかし、話を聞いた後では自分の首でさえも別の何かに感じてしまう。

 人を魔物にする種なんてモノは資料集にもない知識だ。知らないことを言われただけで、恐ろしく狼狽えてしまう。

 

「……あの森の兵士たちは、殺したのか?」

「そのとおり、漏れなく全員殺したよ」

「それも……俺のためなのか?」

「気負いして欲しくは無いけれど、正直に言えばね」

 

 なんとなくだが、疑問だった事柄にパズルのピースがカッチリとハマったような気がした。

 ララベルが言っていた調整。その方法が分かった気がする。

 つまり俺が今まで食べていたのは魔物の肉だけではない。調整として食べさせられていたのは、兵士たちの肉なのだろう。

 考えたくはなかったが、事実は俺が考えていたよりも酷かった。

 

「それに、あの滅びた村には村人が必要だった。君には、あくまでも平和な村に住んでいて欲しかったからね」

「なんだよ、ソレ。全部全部、俺のタメだって言うのか……?」

「うん、そうだよ」

「そうだよって……だったら、俺がハルメイアを滅ぼせって言ったら滅ぼすのか!?」

「もちろん、君の望みならね」

 

 全身が震えた。思わず息を呑んでしまう。

 さも当然のように俺の問いを肯定するララベルが、酷く恐ろしい。

 微笑んで、一切表情も変えず、間髪入れずに即答するララベルが。

 

「なんで、そんなこと簡単に言うんだよ?」

「……」

「俺は、ララベルを助けただけだ。それなのに、なんで俺にそこまでするんだ……」

 

 顔を伏せてしまう。

 もうララベルを見ることすら出来なくなっていた。

 怖いというだけではない。彼女をどんな目で見ていいのかも、もう分からない。

 思考することすら脳が拒否してしまっているようだ。

 

「……コウ。私にはね、この道しかなかったんだ」

 

 そんな俺に対して、ララベルは変わらず優しい口調で答えてきた。

 

「私は封印されるまで、魔王を倒すことだけしか考えられなかった。そのために必要なことだけを行っていき、そのためには非道と思えることもした。魔物に対しても、人に対しても。そのせいで魔王を倒した時には、善悪の基準が酷く曖昧になっていたんだ」

「……」

「何が正しくて、何がいけないのか。自信をもって区別が出来なかった。ただ、城に戻って人間の暮らしに戻れば、あるいは思い出すのかもしれないと。そんな希望を抱くことも、私には許されなかったけどね」

 

 ゆっくりと顔を上げ、声がする方向を見る。

 天井を見上げ、淡々と話し続けるララベル。悲哀や憎悪といった感情は一切こもっておらず、まるで絵本を読むように自分の歩んだ道を語っていた。

 その表情に、見覚えがある。

 

「これが正解なのだと、眠る直前に思いこんだ。私には、居場所などとうに無いのだと……でも、君が来てくれた」

「……俺が?」

「そう、来てくれたんだ。私の事を知っていながら、私を外へと導いた。閉じた道に光をくれたんだよ。これ以上に嬉しいことがあるかい?」

「俺の正体も分からないのに、嬉しかったのか? また道具として使われるかもしれなかったのに?」

「それでも、私は嬉しかったよ。君のことは分からない。正体も、私の所に来てくれた理由も。ちょっぴり不安で、悲しいさ。でもそれ以上に、私には君が大切だった」

 

 そう、あの宿屋の中。

 俺に一緒にいてほしいと言ってきた、あの時。無表情だというのに、怯えて泣き叫んでしまいそうな。

 そんな彼女の心情が伝わってくる。

 

「私は君といる時、昔の自分を思い出す。もう他人のような感覚だけどね」

「……村にいた時の、ララベルか?」

「そう、そうだよ。昔の私が何をされたら喜ぶか、何をされたら嫌がるか。そう考えて、嫌だろうと思ったことを隠していったんだ。そうすれば、君と離れなくて済むと思ってね。だからこそ、アステアに言われて動けなくなってしまった。私は君にどうするべきかと、考えてしまってね」

 

 そう言って、彼女は俺の頬を撫でる。

 前に触れた時と同じ、冷たさの中に仄かな温かさを感じる不思議な手だ。

 

「私にはこうなる道しかなかった。だけど、君はまだ道を選べる。アステアのもとで修道士になっても良い。あるいは冒険者に成れば、ある程度は大成できるかもしれない。ただ……もし君が残ってくれるのなら、私は」

「……ララベル」

「君が望むことは、何でもしてみせる。財が欲しいのなら、いくらでも取って来よう。従者が欲しいのなら、いくらでも従えてみせる。だから、その……」

 

 言い終えて、ララベルは口を閉ざしてしまった。

 数秒の沈黙が、無限に長く感じる。

 針に突かれているように空気が鋭く、それでいて重い。

 非常に流れる時間の中、やがてララベルは諦めたかのように小さく笑うと、首を横に振った。

 

「いや……これ以上は止めるよ。すまない、君に強制はしたくないんだ。私と同じ、一つの道しか選べない状況にはしたくない」

「ぁ……」

「君の傷は完治している。体内の種も、これ以上魔物を食べなければ消えるよ。これで君は、本当の意味で自由だ」

 

 そう言って、ララベルは部屋の出口の方へ向かう。

 ゆっくり、重い足取りで。

 もしかしたら、もう消えてしまうのかもしれない。彼女の背中を見ると、そんな気さえしてきていた。

 

「……」

 

 浮ついた感覚が宙回りして、酷く気持ちが悪い。

 乗り物酔いしたかのように、胃の中がグルグルと回っているようだった。

 

 かろうじて残った感覚をもとにララベルの背中を、いやララベルそのものを見て、自分自身を考える。

 ララベルが、どんな思いで俺を守り続けてくれたのかを。

 俺という存在が、ララベルにとってどれほど重いモノだったのかを。

 

「……」

 

 そして、自分が今この瞬間まで何をしていたのかを考える。ただただ、自分自身が情けなかった。

 

 言ってしまえば、俺は未だ異世界に来たという自覚がなかったのだ。元の世界の時と同じ、ララベルやこの世界をアニメ感覚で見続けていた。

 ただ、目の前に悲しいエンドを変えられるスイッチがあって。何も考えないで、単純にそのスイッチを押した。それだけでしかなかった。

 まるでコーラを片手に映画鑑賞するように、安全な位置で見る存在でしかなかったんだ。だからこそ、いきなり魔物化という形で劇中に引きずり込まれ、こんなにも動揺している。

 情けなく、子供のように喚きながら狼狽えて。

 

 この世界の事も、ララベルの事も、アステアや他の連中の事も。

 とっくに当事者になっていたのに、まだ自分は安全だと思い込んでいた。

 そのせいで、ララベルにここまで言わせてしまっている。

 

「……ララベル、待ってくれ」

 

 震える声で、彼女を呼び止めた。

 足を止め、振り返る彼女の顔は先程と変わらない。優しい笑顔のまま、俺の事をまっすぐ見つめている。

 ただ、ほんの少し寂しさが混じった表情で。

 

「なんだい、コウ」

「……俺には選べる道がいくつもある。そう言ってくれたよな?」

「うん、そのとおりだよ。君にはいくつも選択肢がある。どれを選ぶのも、君次第だよ」

「だったら……」

 

 自分が彼女のために何ができるか。

 劇を見る観客ではなく、登場人物の一人として。ララベルを解放した、ただの人間として。

 そう考えて、思い浮かんだのは一つだけだった。

 

「話したい、ことがある」

「……何を教えてくれるんだい?」

「全部だ。そう、全部」

 

 俺がこの世界に来た意味。出来ること。その全てが分からないし、あるいは何も出来ないのかもしれない。

 でも俺が今彼女に出来ることといえば、これくらいしか思いつかなかった。

 だからこそ――

 

「この世界のこと、俺のこと、ララベルたちのこと……俺の知ることを、全部話したい。それでララベルの不安が、少しでも晴れるなら……」

「……」

「聞いて、くれるか……?」

「……うん、もちろんだよ」

 

 俺は、彼女に全部話そうと思った。

 目の前の女の子を今度こそ救うために。その第一歩として。

 

 




ご指摘、ご感想があればよろしくお願いします。
色々あって遅くなってしまいました。申し訳ナス……。
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