エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い 作:ツム太郎
「……」
「……」
座り込んでいた体に力を込めて、ゆっくりと立ち上がる。
椅子に座り直し、ララベルをじっと見つめた。ララベルも微笑んだまま、自分が座っていた席に戻る。
アステアとのやり取りで机は壊れている。そんな机の残骸を目の前に、コチラを見つめて俺の言葉を待っていた。
落ち着くために、深呼吸をする。揺れていた視界が、ほんの少し落ち着いたように感じた。
ララベルは何も言わず待ち続けてくれている。俺が自分から切り出す時を。
「……俺は。俺は、この世界の人間じゃない」
たっぷり数分時間をかけ、ようやく話し出すことが出来た。
突拍子もない俺の言葉に、ララベルは目を丸くしている。もしかしたら、上手く理解できていないのかもしれない。
「この、世界?」
「もっと別の、遠いのか近いのかも分からない別の世界から来たんだ。どうやってきたのかは分からないけど、気付いたらこの世界にいて、ララベルの目の前にいた」
ほんの少し、ララベルの瞳が開いた。見逃しがちな変化だが、それだけでも彼女が驚いていることがよく分かる。
当たり前だろう。いきなり異世界から来たなんて言われて、はいそうですかと納得できる人間がいたら逆に怪しい。
「地球って星の、日本って国で育った。俺の世界だと魔物は存在しないし、戦争とかもどこか遠い存在でしかなかった。法律が整備されていて、この世界よりかはだいぶ安全だったんだと思う」
「……なるほど、そうだったんだね」
しかし、すぐに元へと戻った。何か納得したかのような、そんな感じが彼女から感じられる。
「そんなに驚かないのか?」
「驚いたよ、心底ね。でも、同時に納得したんだ。なぜ君が自己の保身にここまで無頓着だったのか」
「う、ぐ……」
あの宿屋で言った苦しい言い訳を思い出して、恥ずかしい気持ちになる。
彼女の言う通り、俺には自分を守るという意識がまるでなかった。ただその場を乗り切るために出た苦しすぎる言い訳だ。
今思えば、相手が相手なら捕まってもおかしくない返答だっただろう。「自分は怪しいです」と直接言っているようなものだ。
「……あの時は、ごめん。嘘ついて」
「些事に過ぎないよ。君も不安だったんだろう? いきなり異世界から来たなんて、普通じゃ誰も信じないからね。だけど、それでは一つ疑問が生まれてしまった」
「……ララベルのこと、か?」
「そう、その通りだよ。君は抵抗も出来ず私の目の前に転移された。でもそれなら、なんで知る筈のない別世界の私を知っていたんだい? それも、君は私の境遇まで知っていた。その理由が、私にはどうしても分からないんだよ」
……やっぱり、その話になるよな。
異世界転移に関しては俺自身の身のことだが、ララベルの事に関しては別問題になる。
世界、そして自分自身の歩み。地獄のようだった毎日が一般大衆の娯楽でしかなかったと聞いたら、彼女はどう思うだろうか。
どのようなことが起きてしまうのだろうか。
「……」
やっぱり彼女のためにも、馬鹿正直に全部言うべきではないのかもしれない。
別世界を見れる装置か何かあったって誤魔化せば――
「ッ……!」
「コウ?」
「なんでも……ない……」
両膝を思いきりつねって、甘い考えを捨てる。また逃げようとする自分自身が許せなかった。
この期に及んで誤魔化してどうする。そのせいで、彼女は不安を堪えていたんだろうが。もう逃げるな、どんな結果になっても。
「……サァベイション・イン・ザ・ケイブ」
「ん? 何かの、呪文かい?」
「この世界の名前、だ。正確には、この世界を舞台にした物語の」
「物語……」
一言、口から出すだけなのに力がいる。
まるで鉛のように重く、喉の奥で出まいとしがみ付いていた。ソレを一つ一つ強引に剥ぎ取る感覚で、言葉を続けていく。
「俺は全部、見たんだ。ララベルが、村で神託を受けた時から、どんな目に遭って、どんな結末を、迎えたのか」
「……成程。私が経験したすべては、別世界の何者かによる創作物だった。そういうワケなんだね?」
「それはッ――」
思わず顔を上げてしまう。
否定しようとしたが、ララベルと視線が合い言葉を詰まらせてしまう。
すべて理解し、そのうえで事実を良しと受け入れたような。いやむしろ、諦観からの受け入れなのか。
とにかく、ララベルの目は深く濃い悲哀を帯びていた。
自分の悲劇、その正体を彼女は知った。
全ての頑張りが幻だったような、そんなことを言われて冷静でいられる人間はいるだろうか?
怒ることは無くても、酷く落ち込んでしまうかもしれない。そうなってしまったらと考えると、酷く悲しい気持ちになる。
やっぱり、選択を間違えてしまったのか。そんな後悔さえ自分の中に芽生えていた。
「……よく話してくれたね。嬉しいよ、コウ」
しかしララベルからの言葉は、至極優しいモノであった。
いつものように、俺を肯定するような言葉で。微笑みながらそう言ってきたのだ。
「それだけ、か? 嫌な気持ちになったりとか、しなかったか?」
「ふふ、そんなことあると思うかい? 君は自分の事を話し、私はソレを知ることが出来た。それだけで、私はとても嬉しいんだ」
そう言って、ララベルは俺の手を取る。包まれる俺の手は、いつの間にか小さく震えていた。酷く緊張してしまっていたようだ。
彼女はそんな俺の手の平を親指でなぞり、愛しそうに見つめている。仄かな熱がジンワリと伝わってきて、温かい気持ちになった。
「それに、君は間違えている」
ララベルは視線を俺に戻し、諭すようにそう言ってきた。
「まちが、え?」
「私はこの歩んだ道を、少なくとも自分で選んだ。この気持ち、感情にウソ偽りはないよ。私は間違いなく、自分で歩いた。一つしかない、細い道だったけどね」
「ララベル……」
「それに、君に対するこの感情も。決して偽りなんかじゃない。それだけは、誰にも違うとは言わせないよ」
ララベルが微笑んだ。
いつもと同じなのに、なんと言うべきか。本心というべきか、温かみのあるララベル本人の笑顔のように感じた。
村人の時、ただの少女であったララベルの。
「ありがとう、この世界に来てくれて。私はそれだけで、もう救われているよ」
「――」
言葉が出てこない。
ウソを吐いて、彼女を騙して。言い訳しながら自分の保身に走った。
その場の勢いで彼女を解放して、その後のことなんて考えないで。
彼女の気持ちも理解しないで、勝手に慌てふためいて。
置き去りにされても、その場で殺されても文句は言えなかっただろうに。
それでもなお、俺にありがとうと言ってくれた。
「俺、俺こそ……」
嗚咽が止まらない。
うるんだ瞳から、涙が容赦なく溢れてくる。
彼女の本心を知って、自分の愚かさを知って、それでも彼女に受け入れられて。
情けなく、辛く、ありがたく。容赦なく、形容できない感情が俺の中を駆け巡っていた。
「……ありがとう」
その言葉だけしか言えなかった。
薄暗く、窓の隙間からしか陽の光が入らない空間で。
俺は、彼女を受け入れることが出来た。魔に堕ちる決意ができた。
多分、世界中が俺とララベルの敵になるのだろう。想像すれば恐ろしいし、何が起きるか予想も出来ない。
それでも、俺はララベルの隣にいたかった。ララベルのためでもあるけど、今は俺自身が彼女のそばにいたいと思っている。
「……一緒にいて、くれるのかい?」
「あぁ、あぁ……! 俺はララベルといる。お前を、一人になんてしない……!」
「あぁ……コウ、嬉しいよ。本当に、本当に嬉しい」
ふわりと全身が温かく包まれる。いつの間にか彼女は立ち上がって、俺の目の前まで近づいていたようだ。
きっと情けない顔を俺はしているのだろう。でもそんなこと気になんてしないで、ララベルを見た。そして応えるように、彼女を抱きしめる。
相変わらず冷たい肌だ。でも、それが酷く愛おしい。そして、その中から感じられる仄かな熱も。
この瞬間、俺はようやくこのアニメ世界に、いや異世界に転移したような気がする。とても長くて見栄えの良くない道のりだったけど、ようやく観客から当事者になることが出来たんだと思う。
決して誰にも邪魔はさせない。彼女が迎えたバッドエンドの、その先を彼女と共に生きていく。
「……」
ふと、光を感じて目を開く。夕暮れの温かい光だ。
その時、窓の隙間から見える光が俺には神々しく見えて。まるで祝ってくれているかのような、そんな気さえした。
「……」
「……」
……。
……。
……。
……あれ?
ふと、意識が戻る。戻るくらいに、長い。
別に嫌だというわけではない。でも、ララベルが俺を抱きしめてから、もう結構立っていると思うのだが。
「ララベル……?」
「なぁに、コウ?」
「あの、少し離れないか? とりあえず体を休めて、これからどうするかも話し合わないと」
「あぁそれなら、君の目の前にいるのが一番休まるよ。君以上に安らげる場所はない」
「そ、そりゃ嬉しいけど……」
心なしか、彼女の腕の力が強くなっている気がする。
最初は少し強いくらいだったが、今は抜け出すことも出来そうにない。
あとなんか、口調が少し変じゃなかったか?
「それに、私は傷つかなかったワケではないんだよ」
「え……」
「私の傷、私の痛み。その全てが作られたモノだったなんて……あぁぁぁ、私は悲しかったよ。うん、本当に」
……なんか、俺でも分かるくらいに嘘くさい。
いや真実なのかもしれないけど、なんかララベルの言い方のクセが強い上に仰々しいせいで芝居っぽく感じてしまう。
こんな悪戯っ子みたいなララベル、初めて見た。どうしよう。さっきまでの感動が潜み始めている。
「だから、コウ」
「な、なんだっ――」
グイッと顔を寄せられ、言葉を最後まで言い切れなかった。すごい力だ、後頭部に当てられた手をどけることすら出来ない。
近すぎる。目の前一杯にララベルの顔があった。なんか、魔物の肉を食べていたことを知った時とは違う恐怖を感じる。
「今日はもう陽が落ちる。次の朝まで、一緒にいておくれ。私の前にいて、私を満たしておくれ」
「……」
「傷心の私を慰めてほしいんだよ。君も、私で満ちてはくれないかい?」
「……っす」
自分の今の状況を改めて理解し、顔が熱くなってくる。
疲れやら興奮やらで意識が擦り切れそうなんですけど。ララベルを見ても微笑むだけで腕の力を緩めてくれない。
しかし他ならないララベルのお願いだから断ることも出来ず。
「……」
「ふふ、コウ。私だけのコウ」
トリップし続けてるようなララベルを目の前に。
次の夜明けまで、俺はそんなヤバい体勢を維持し続けることとなった。
あ。
誓って言うが、やましい事は一切していない。ただ抱き寄せられた状態で一夜を過ごしただけだ。
ただまぁ、ソレがある種の仕置きよりもキツかったワケだけど。
ご指摘、ご感想があればよろしくお願いいたします。
鬼滅の刃面白いですね……新たな発想が啓きそうです。