エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い 作:ツム太郎
場所は変わり、王城ハルメイア。その地下。
変わらず陽の光が届かず、松明の光しかない暗い空間に蠢く何かがあった。
それは、言ってしまえば影。まるで生きているように質量の無いはずの影が動き、うねりを上げて溢れ出ていた。
影はそのまま溢れ続け、大きくなっていく。
そして人がスッポリ収まるほどの大きさになると、その中から二人のシスターをペッと吐き出した。
「……ここは、城の地下ですか」
「あいたっ」
アステアはしっかりと着地し、問題なくその場に立ち上がる。ジースは尻もちをついてしまい、思わずうめき声をあげてしまっていた。
アステアは尻を撫でるジースに呆れたような目を向けながら、体のあちこちを見て問題がない事を確認している。
「身体に異常はない。本当に転移させただけ、ですか」
「いたた……」
「シスタージース、立てますか? 貴方も体に問題が無いか確認してください」
「は、はい」
慌ててジースは立ち上がると、アリシアと同じように体に何かされていないかを確認する。
「……特に、なさそうですね」
「ふむ、ということは本当に帰らされただけみたいですね」
「いかがしますか? 今すぐにでも兵を集めて、あの建物に襲い掛かれば間に合うかもしれません」
「そうですね……大臣たちにも内密にお伝えした上で、聖騎士団からも手練れを集め――」
今後何をしていくかを考えている途中で、ハッとアステアは何かに気づいたかのように口を閉ざした。
そして苦々しく顔を歪めたのちに、足を止めて瞳を閉じる。長考しているようだった。
どうしてそのような行動をとったのか、ジースにはよく分からない。彼女は妙に思いながら、その場から動かないアステアに問いかける。
「アステア様?」
「……やはりある。いや、だがなぜ?」
ガン無視である。
ジースが話しかけても、アステアは反応しないで思考し続けていた。口元に手を当て、さらに深く考えているようである。
やっぱり体に何か仕掛けられていたのか?
若干へこみつつジースはそんなことを考えながら、今一度シスター服をもぞもぞと動かして体の調子を再確認する。
アステアはそんな彼女に気づかず、恐ろしいほどの早口で独り言を延々と続けていた。
「だがあの化け物が気づかないとは思えない。それなのに敢えて遠ざける原因は何だ? やはり彼か? いや、それなら別の方法を考える。ソレもせず呪いすら仕掛けないのは……」
「……傷の一つもない。何かを奪われた感覚も、ないです。あとは……」
「いや、考えるべきではない。一方だけを注視することは可能性を曇らせる。ここですべきは……何をしているのです、シスタージース」
アステアはふと思考を止め、自分の隣でシスター服を脱ごうとしていたジースに話しかけた。
ジースは両手で裾を掴んでいる真っ最中で、今まさに服を勢いよく脱ぎ捨てる直前だったようである。
「え、その、お腹とかを直接見て、呪いの類が無いか見ておこうかと……」
「はぁ……よく考えなさいシスタージース。あの局面ですぐに分からないような所に呪いをかける必要がありますか? もし掛けるのなら、いっそその場で殺すほうがよほど効率的です」
「あ、あぁー……なるほど」
「なるほどではありませんよ、まったく……貴方はたまに出るその天然をどうにかなさい。それだから貴族にも勘違いされるのですよ?」
軽く説教を受け、ジースは乾いた笑みを浮かべて服を正す。
それを最後まで見届けたあと、アステアはシスター服の中から小さな袋を取り出した。手の平にスッポリと収まるほどの大きさである。
麻布で出来た簡素な小袋だが、何か様子がおかしい。袋の下部が赤く染まり、その中心辺りからこれまた同じ赤色の液体が滴り落ちている。
いやもっと言えば、その液体は赤い上に黒色まで帯びている。
「……血、ですか?」
「えぇ、中には肉が入っています。おそらく魔物のソレでしょう」
「……あの男を、魔物化させるための?」
「十中八九そうでしょうね。しかし、可笑しい点がいくつかあるのです」
アステアは袋を自分の目の前まで寄せ、その上で袋を縛るヒモをプラプラと揺らす。
じんわりと血がにじんでいく様子を見ていながら、アステアは言葉を続けていった。
「まず量が少なすぎるのです。こんな少量を一口食べるだけで魔物化の効果を得られるのなら、彼はとっくの昔に手遅れでした」
「では、他にも肉が……あれ? アステア様、この肉はいつの間に?」
「先ほどララベルと接近した時に。懐に何かあるかもと思っていましたが……これは大正解でしたね」
アステアは無表情のまま袋を見つめ、そのままゆっくりと服の中へとしまった。
彼女はジースの方へ視線を移すと、ゆっくりと彼女の方へと歩き出す。
「あの屋敷へ向かうのは、止めておいたほうが良いでしょう」
「……なぜですか?」
「あの場、やはりララベルにとっての最適解は私たちの殺害でした。コウ様に真実は伝えずとも、私たちは殺したのちにそこらの荒れ地にでも捨てれば良かった」
極論ではあるが、確かにそうかもしれない。ジースはそう考えながら、アステアの考えを聞き続ける。
「しかし、彼女はソレをしなかった。私たちを生かすことに利点を感じたのでしょう」
利点。
その言葉を聞き、ジースは自分の脳をフル回転させて思考する。
あの場で、ララベルの居所という超ド級の情報を持った自分たちを殺さず、生かして帰す利点。
呪いの類、そんなモノさえ付与させず。
数秒思案し、考え付いた利点は一つのみであった。
「……まさか、抑止として?」
「えぇ、おそらくその可能性が濃いでしょう。手を出すな、代わりに手を出さない。言ってしまえば、不可侵の間柄になりたい、と。そういうことでしょうね」
ジースの考えを聞いて満足そうに笑いながら、ジースの前で止まった。
抑止として自分たちは生かされた。ソレはなんとなく納得できるジースであったが、逆に疑問も残っている。
抑止として扱いたいのなら、やはり無傷ではなく何か呪いを付与するべきだ。
何かしらの鎖が無ければ、抑止の意味すらなく何度も侵入を許してしまう。
いくらコウという存在がいても、そこまで甘いララベルでないことはジースも分かっているつもりだった。
「倒したいとすら思われていない、ということですか?」
「そうとも取れますし、あるいは信頼の証拠としてかもしれません」
「信頼……ですか」
先に手を出さないということを証明し、逆に相手にもソレを強制する。
互いに互いの力を理解しており、そのうえで成せる信頼を利用した抑止。
「私とジースしか来なかった所から、私たちしか居場所を知らないことをララベルも分かったのでしょう。だからこそ、彼女はこの手を取った。私たちが情報を広げなければ、彼女に干渉する者も増えないと」
「……そこまでララベルは信じているのですか?」
「えぇ恐らくは。まったく、光栄なことですね」
不快そうに顔を歪めるアステアだったが、すぐに顔を元に戻した。
「まぁ、ソレは良いでしょう。それよりもシスタージース。コウ様をちゃんと見ましたか?」
「え? は、はい、確かに。天井から顔は見ましたが……」
「それならば結構。最優先だった目的は果たしています。後は結果を待つとしましょう」
意図を理解できない質問をされたジースは首をかしげるが、アステアは全く気にする様子がない。説明する気も無いようだ。
彼女は宝石杖を振るってジースに付いてくるよう促すと、彼女は地下の出口へと向かう。
少々早歩きであることに面食らったジースは、急いで彼女の後を追った。
「ど、どちらへ!」
「準備を。と言っても、目立ったことはできませんが……精々が料理の腕を上げるくらいでしょう。あぁ、あと貴方には調べ物を一つしてもらいましょうか」
「は、はぁ……料理ですか?」
「えぇ、おそらく半月ほど彼女らは動きません。そしてその後、おそらく不可侵を彼方から破ってくるでしょう。私の予想が正しければ、コウ様が単身で」
「あの男が……一人でですか!?」
ジースは驚きながら、同時に違和感を感じた。
アステアの声色。ソレが、ララベルの話をする時と比べて明らかに違う。
まるで子供のように楽しそうであるのだ。先ほどまでの忌々しそうと言うべきか、憎々しげであった感じから。
その違和感が、少しだけジースの歩みを遅くしていく。
「あぁ、あのお方。コウ様。やはり想像通りの方でした。また早く、早くお会いしたく思います」
「想像通り……どういうことでしょうか?」
「初対面の人間の言葉すら信じてしまう純粋さ。親しかった者さえ疑ってしまう愚鈍さ。その全てが……ふふ、そっくり」
「アステア様……? アステア様、お待ちください!」
早歩きでアステアを追いかけるジース。
しかしアステアに追いつけず、遂には走って彼女を追う。それでもアステアには追い付けない。
そんなジースを尻目に、アステアはただただ楽しそうに歩いていた。
いっそ不気味ささえ感じるような笑みを浮かべて。
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