エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い   作:ツム太郎

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距離感がバグってる

 受け入れ、受け入れられた日から数日。何の異変もなく俺たちの日々は平和に過ぎていった。

 

 アステアたちが再びこの住処に襲ってくることはなく、俺たちは安穏と暮らしている。

 聖騎士団や国の連中も来ず、コチラを認識しているのかどうかも怪しい。

 そこに不安が無いかと言われればウソになる。ここは王都ハルメイア。いわば敵陣のど真ん中だ。次の瞬間何が起きるか分かったモノではない。

 だが、それ以上にララベルと一緒にいられることが嬉しかった。俺は毎日少しずつ元の世界の事を話し、ララベルからもこの世界の細かい知識を教えてもらっている。とはいっても、ほとんどアニメや資料集で見たことがあるような内容だったけど。

 

 あの日からも変わらず食事を続けている。魔物の肉の入った、ララベルお手製のあのスープだ。

 肉の正体が分かってすぐの頃は多少ウッとしたものだが、今では何も気にせず食べれている。これもひとえに、ララベルが美味しく調理してくれているからだろう。

 違いがあるとすれば、魔物の血の過剰な摂取を防ぐために混ぜていた兵士の肉、つまりは人間の肉が無くなったことくらいか。

 ララベル曰く、俺の中にある魔物の血が定着してきているおかげで、もう人肉で調整する必要はないらしい。

 普通に恐ろしい話ではあるが、もう開き直っているせいか吐き気も何もない。ただひたすらにスープが美味しいです。

 

 違いといえば、俺とララベルの生活にも今までと変化があった。

 大きく分けて二つ。一つ目は俺の鍛錬だ。

 ララベルから貰った剣。この世界で一般的な、鉄製のショートソードを振り回す毎日だ。素振りは基本。

 時たまララベルに稽古してもらっているが、大半は振った剣をサクッとはじかれて終わり。最初はそれだけで筋肉痛待ったなしだったが、今では数回打ち合いが出来るようになっている。

 げに恐ろしきは魔物の血というべきか。たった数日でまさかここまで筋力が上がるとは思わなかった。ゲームのステータスアップなんて目じゃない。数値を確認するまでもなく、自分が頑強になっていくのを感じる。

 さすがに剣術なんて覚えるのは無理があるが、基礎的な体力の向上はそれだけで喜ばしい。

 

 鍛錬に関しては以上。次は二つ目の変化について。

 ていうか、こっちが主な変化である。

 ララベル、いよいよもって様子がおかしくなってきたのだ。主に距離感が。

 

「コウ、私のコウ」

「何でございやしょうや?」

「ふふ、変わった言い方だね。聞いたことがないのに意味が伝わるなんて、不思議な感覚だよ。ソレも前の世界の言い方なのかい?」

「……まぁ、そんな感じだけど」

 

 現在、ララベルとの距離がさらに縮まっている。

 いや距離だけでなく、その時間も飛躍的に上昇している。一息つく間、などという生ぬるいモノは存在しない。

 具体的には、俺の視界の端には常にララベルがいるようになったのだ。

 食事をしていようと、風呂に入っていようと、ベッドで寝ていようと。ふと気づく間もなく彼女が瞳に映るようになっていた。

 俺が彼女を見れば確実に視線が合うし、何をしていても紅眼を輝かせたララベルが目の前にいる。

 比喩だとお思いだろうか。残念だけど、本当に目の前なんです。

 

 この家にはある程度の家具があったので、それなりの家事もすることが出来た。故に俺も多少手伝ったりしている。

 電気の無い環境での家事なんて初めてだし、洗濯機を使わない洗濯はすごくシンドイ。

 だけども守られてばかりではコチラも申し訳が無いので、その一部を手伝わせてもらっている。

 

 んで、その間ララベルが何をしているか。

 最初の頃はベッドや椅子に座って、ニコニコ笑いながらコチラを見ているだけだった。

 視線が合うと楽しそうに笑い、俺も気恥ずかしさと嬉しさが入り混じってついつい笑ってしまっていた。

 

 でも最近は違う。いつの日からか、俺が何をしていてもほぼゼロ距離でコチラを見つめてくる。

 男女の仲は冷めるにつれて掛け算で距離が離れていくと聞いたことがあったが、彼女の場合はそんなモノ存在しないらしい。ゼロに何を掛けてもゼロということか。

 そして暇さえあれば、今現在のように耳元で囁いてくる。唇が触れそうな距離、なんて生易しいモノではない。ガッツリ触れてくるし、なんならねぶりついてくる時もある。

 その都度俺の体が脳から首にかけてドルンドルンと激震する。本当に勘弁してほしい。

 

 そして顔を向ければ延々と微笑み続ける。ちょっと怖い。

 今更な話だと思うけど、表情筋どうなってんの?

 

 逆に、ララベル自身が何かしていても関係ない。というか、彼女が何かしている姿を最近見ていない気がする。

 ララベルが俺とゼロ距離で見つめあっていると、知らないうちに気づけばスープが出来上がっている。洗濯も干されているし、何なら綺麗にたたまれている。生乾きなんてこともない。

 他にも掃除とかしている様子もないのに気づけば部屋は綺麗になっているし、用があると言ってその数分後にはもう済んだと言う。相も変わらず俺を見つめながら。

 

――あの、少し離れない?

――良いじゃないか、私はこうしているのが一番安らぐんだ

――さ、左様で

――それにここはハルメイアだ。私もずっと心細い事は、君なら分かってくれるだろう?

――ぐ……

――ふふ……さぁ、君も私を見ておくれ

 

 こんな感じのやりとりになるから断ることも出来ない。なんかアニメ知識の事をバラしてから、その事すらも利用されている節がある。

 このままじゃ開いてはいけない何かが開いてしまいそうだ。不快かどうかと問われればもちろん不快ではないが、このままでは理性が焼き切れてしまう。

 

 何とかしなくては。そう思って突破口を考え始めてから早3日。ぜぇんぜん良い案が出てこない。

 最早お手上げ。ララベルと一緒にいると言ったワケだし、彼女が喜ぶならまぁええか。我慢できなくなったら鎖か何かで縛って貰おう。

 そんな感じで自己完結しようとしていた時。

 ついに妙案を思いついたのであった。

 

「……あ、そうだ」

「どうしたんだいコウ?」

 

 間髪入れずララベルが聞いてくる。彼女のお顔は今日も視界右端をジャックしている。俺の両肩に手を乗せ、吐息が感じられるほどの距離だ。怖い。

 前まではいつも悲鳴を上げていたが、馴れというのは怖いモノだ。逆に彼女が視界から消えたら不安になってしまうかもしれない。

 

「魔法、教えてくれないか?」

「魔法……かい」

 

 そう、魔法。というか、自衛手段。

 俺が部屋から出られず何も出来ないでいるのは、結局は俺に自分の身を守る手段がないからだ。

 いくら常人より成長が早いといっても、熟練の騎士を相手に戦うのはさすがに厳しい。それならば、簡単でもそれなりに使えそうな魔法を教えてもらうのが手っ取り早いだろう。

 ……どれくらい難しいのかは見当つかないが。資料集だと努力さえすれば身分に関係なく覚えられると書いてあったと思うし、無理な話ではないだろう。

 

 そして対人において一層強くなる。もしくは逃げれるようになれば、ある程度の自由時間が許される……かもしれない。

 それに行動の幅が広がれば、買い物とか他の面でも手伝えるようになると思う。

 

「一応、理由を聞いても良いかな?」

「ほら、剣ばっかりじゃなくて魔法も覚えていたら便利だろ? 囲まれたりしても逃げ道を作りやすいし」

「……ふむ、なるほど。つまり外に、ひいては私からも一定の距離をとりたい。そういうことで良いかな?」

 

 なになになに?

 俺全く違う理由言わなかったか?

 間髪入れず返事してきたし一秒すら考える時間なかったと思うんだけど、一を知って十どころか万くらい知ってない?

 

 と、そんなことを考えていると、ララベルは不意に視線を逸らし暗い表情を見せてきた。

 目元を手で覆い、いかにも悲しんでいるような様子だ。

 ここ数日で分かったことだが、彼女が芝居をするときは俺でも分かるような表情の変化をしてくる。

 

「……私と居続けるのは、苦痛になってしまったのかい? あぁ、とても悲しいなぁ」

「そ、そんなつもりはないって! ただ、時たま自分一人になりたい時もあるんだよ。ララベルだってそんな時くらいあるだ――」

「無いよ。私はいつも君と在る」

 

 はひぇ。反論の余地どころか付け足しや補足すら許さない物言いだ。

 完全に詰んでしまった。

 

 逃げ道なしのお手上げ状態になってしまい、もはや思考すら動こうとしなくなった時。

 ララベルは愉快そうに笑いながら、俺の目の前から離れていった。

 

「魔法を教えるのは大丈夫だよ。今すぐにでも始められる」

「あれ、良いのか?」

「もちろん、他ならない君の頼みだ。それに、少しだけ反省しているんだ。確かに、君にも自由はある程度必要だろう」

「……なんか、気を使わせてゴメン」

「あぁそんな、謝る必要なんてないんだよ。私が君に甘えすぎていたんだ。これからはゆっくり、君との時間を過ごすとしよう」

 

 なんかだいぶ物分かりが良い。

 普段なら離れようとすると頭を両手でガッと掴んで放そうとしないのだが、今回は妙にすんなり受け入れてくれた。だがまぁ、今は気にしないでおこう。

 

 何はともあれ、魔法を教えてもらえるのだ。

 魔法と言えば剣の対、ファンタジーにおけるメインの片割れ。いやむしろ代名詞と言っても過言ではないだろう。頭の片隅では何度もちらついていた存在だ。

 見るだけでなく、もしかして使えるようになるかも。そう期待した時も実はあった。

 正直楽しみでしょうがない。いやホントに、どんな方法で教えてもらえるのか――

 

「……何してるんスか?」

 

 フワッとしていた気分が落ち着き、ふと正気に戻る。

 気付けば俺は床に座ってあぐらをかき、その後ろからララベルが抱きついていた。膝を突き、しな垂れかかる感じで。

 胴体だけではなく、腕から手の先までピッタリだ。当然のように俺の肩に顎を乗せている。

 

「ふふ、君の要求通りさ。魔法の使い方を教えているんだよ」

「いやだから、なんで体を密着させてんの?」

「魔法というのはね、一から魔力を形成して発動するまでの総称なんだ。君の世界で言う、工場を作って物を生産するまでの流れと一緒だよ。言葉でその全てを伝えるのは意外と難しくてね。感覚で覚える部分もあるんだ」

「は、はぁ……」

「だからこうして、体を密着させて魔力の流れを教えているのさ。君の世界にも、体で覚えるという言葉があるだろう?」

 

 そう言って体をさらに寄せてくるララベル。

 なるほど確かに、初歩の初歩なら体で覚えるのが一番なのかもしれない。古今東西あらゆる面でその原理は適用されているようだ。

 しかしなんだ、まったく魔力の流れなんてモノは感じない。というか、冷静に感じようとすることすら出来ない。

 ララベルの熱と呼吸、そして程よい重みが全身に襲ってくる。今までのゼロ距離見つめ合いとはまた違ったヤバさを感じる。

 

 こんなことになるなら魔法教えてもらうなんて……あれ、もしかしてハメられた?

 なんかヤケにあっさりと許してくれたと思ったら、コレのため?

 

「ふふ、コウ。君はいつも心地いいね。このまま溺れてしまいたいよ」

「ま、魔法。魔法はもうい――」

「動いてはダメだよ。せっかく教えているんだから、私を……いや魔力の流れを全身で感じるんだ」

 

 ひ、ひぎぃ。もぞもぞ動いて脱出しようとしたらガッチリ固められた。ていうか単純な力だけじゃない。指先一本も動かせない辺りを見ると何か仕掛けられてるみたいだ。

 あぁオイ、指を絡めるのは止めろ、本当にやめてお願いします。理性が死ぬ。

 いやホント、撤回するから許して……おいコレいつまで続くんだ?

 

 そんなことを考え続け数時間。

 結局ララベルの「食事にしようか」という言葉と共に解放され、気付けば日が暮れていた。つらい。

 




ご指摘、ご感想がありましたら宜しくお願い致します。
気付いたら新年が明け、あっという間に約半月過ぎてしまいました。
相変わらず投稿が遅くて申し訳ないですが、今年もよろしくお願いします(激遅)。

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