エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い   作:ツム太郎

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魔法は無理みたいです

「コウ、私のコウ。よく聞いておくれ。君に言っておきたいことがあるんだ。いや、むしろ言わざるを得ないかな。君がこの世界に来てから、もうかなりの日数が経ったと思う。いや君はほとんど室内にいたのだから実感は湧かないだろうけど、とにかく日が経ったんだよ。その間に気づかなかった私に非がある。本当に申し訳ないと思っているよ。でも直面しないといけないんだ、この現実にね。あぁ、本当に何故気付かなかったのか。もっと早くに気づいて、それとなく伝えておくべきだったんだ。私の怠慢だ、言い訳のしようもない。コウ、私は今から君を酷く傷つけてしまうだろう。本当に、本当にごめんよぉ……」

「お、おごっごごごご……」

「コウ、無視しないでおくれ。拗ねないで、私を見て、聞いていて欲しいんだ。いいかいコウ、君には魔法の才が、いやもっと言えば魔力が欠片も存在しなかったんだ。だから、その……君は魔法を使えないんだ。ごめんよ、コウ。ほら、こうやって薄布の格好で触れても、魔力の流れなんて感じないだろう?」

「わがった……わがったから離れてぐれ……」

 

 ゆっくり、ただひたすらにゆっくりと囁いてくるララベルの声が、俺の全身にゾクゾクと震える何かを伝えてくる。

 自分で言うのもなんだが、もはや虫の息と言っても過言ではないと思う。いやむしろ、息をしたらララベルの甘い匂いがしてくるから呼吸すらロクにできない。

 生物として最低限必要なことすらも制限しないと、今の彼女と向き合うことは難しかった。

 目を閉じて、頭だけでも彼女から離れようと必死に抵抗している。

 

 昨日は夕飯が終わったあとすぐに眠り、また朝から例の密着ムーヴが続いていた。

 前回と同じで指先一本動けない上に、首元にはララベルの顔。そして耳にゼロ距離で囁きかけてくる。吐息と水音が直に聞こえて艶めかしい、とか言ってられる状況ではない。

 

 普段ララベルは冒険者っぽい軽めの皮装備を身に着けている。彼女が封印された時に着ていた装備だ。

 正直言えば、昨日もその格好だったからまだ大丈夫だった。密着しても触覚で感じられるのはほとんど皮の装備なワケだし。

 

「コウ、どうだい? ほんの一端だけでも良いんだ。感じられるモノはあるかい?」

「なんも感じねぇ……! 何にも感じねぇッ……!」

 

 だが現在は白くて薄い布を身に着けているだけだ。布のように薄いのではなく、本当にただの布なのが重要。

 

 見た目だけでも体のラインとかモロ見えで視線に困るんだけど。純粋に寒くないんですか?

 今現在は気温的にそこまで寒くは無いが、それでも裸だと風邪をひくかもしれないというのに。

 ていうか、薄い布のせいで色々意識していなかった所が勝手に自己主張してくるし、今もなんか……なんか当たってるんすよ!

 

 ていうか普段は革装備だから忘れてたけど、ララベルも普通に出る所は出てる子だ。

 元の世界で秘密裏に買ったアニメ雑誌で確認済みである。彼女もアニメ業界に呑まれ、よくある世界観ぶっ壊しの水着姿になっていた。ポスターはお恥ずかしながら丁寧に切り取り、勉強机に隠してある。

 

 そしてそんな彼女のあられもない姿を知っているからこそ、今の彼女は精神衛生上非常によろしくない。

 訂正、特によろしくない。いつもよろしくは無いわ。

 

「聞いてるから……離れて……くれぇ……!」

「そんなに慌ててどうしたんだい? 教えてごらんよ。私に出来ることなら、なぁんでもしてあげるからね……ふぅぅ」

「ぎぃぃ、ぎぃぃぃぃぃィィ……!」

 

 耳に息をするな囁くな!

 本当にどうなっても知らんぞ!

 どれだけ懇願をしても彼女は動かない。ていうかこの子、俺の精神状態分かっててやってないか?

 

 全身にあらん限りの力を込め、振り払おうとしても体は言うことを聞きやしない。力みすぎて首を絞められた小動物のような声が出ている。

 

「ふふ、必死な君もなかなかどうして。そんな姿を見せてくれるなんて、嬉しいよコウ」

 

 わ、笑ってやがる。

 大の男、いやまだ高校生ではあるが。男一人が必死になって拘束を外そうとしているのに、焦るどころか微笑んだままかよ……!

 これが魔法の力なのか。アニメで見たモノとは種類が違うが、実際に体験するとその強力さに驚いてしまう。

 いや、ララベルが群を抜いて恐ろしい力を持っているのだ。さすがは魔王を倒した勇者、出来ればそのお力をこんな青少年一人のために使うのはよして欲しい。

 ていうか普通に腕力もおかしいんだけど。

 

「この……いいか……げんに……!」

「うん?」

 

 しかしそんな彼女相手でも諦めるワケにはいかず、何とか逃げようと力み続けていた。

 いやむしろ、彼女だからこそ誤った道を歩むワケにはいかないと言うべきだろう。

 

 俺はララベルと一緒にいると決意した。確かにした。

 だけどその理由は彼女が好きだからというと、全てがそうではない気もする。

 俺がララベルと一緒にいるのは、彼女を幸せにするためだ。ララベルは俺と一緒にいると安らぐと言ってくれるが、ソレに溺れて欲しいだなんて思ってはいない。

 

 ララベルの今までは不幸そのものだった。

 人として感じるべき楽しさや喜び、悲しみや怒りを経験することはなく。勇者として生きることのみを押し付けられだけの人生だった。

 俺はそんな彼女に、勇者としてではない視点で色んなことを経験してもらいたいと思っている。

 やりたいことを見つけたのなら、ソレを頑張って欲しい。その過程で他の誰かを好きになったのなら、少し寂しいがその人と一緒にいて欲しい。

 ソレが彼女の幸せになるのなら、俺は大手を振って見送る。

 

 そして、その過程で俺がララベルを縛るワケにはいかない。

 自惚れているワケではないけど、彼女は俺以外の救いを知らない状態だ。

 そんな状態のララベルに迫ることは、彼女に俺以外を見ないよう強制することに他ならない。

 言ってしまえば、ララベルに勇者の役割を押し付けた連中と同じである。少なくとも、俺はそう思う。

 

 だからこそ、俺は過ちを犯すワケにはいかない。甘い匂いや柔らかさが全身を襲おうと、鉄の心で逃げねばならない。

 これは俺自身が決めたことだ。

 だから何としても彼女から離れないとッ――

 

「オッ……!?」

「おや、これは驚いた」

 

 少し、ほんの少しだけ指先が動いたような気がした。本当にちょびっとだけだけど。今まで微動だにしなかったからこそ感じられた変化だ。これを逃すわけにはいかない。

 さながら地獄の盗賊に落とされた蜘蛛の糸。幸いにも糸を取り合う輩はいないので、遠慮なく取らざるを得ない。

 

「おッ……ゴッおッ……!?」

 

 次いで手、腕、肩、遂には上半身。感覚で言うと飴細工を砕く感じで、目に見えない極薄の何かがバリバリと砕けていくような感覚がした。

 この時点でやはり魔法的な何かで拘束されていたのは確定なわけだが、それ以前にその拘束を自分が破れたことに驚きである。

 

「とけ……たッ!!」

 

 最後に体全体が解放され、爆竹のごとき勢いで部屋の端まですっ飛んでいく。

 その過程でベッドの毛布をぶんどり、鎧のように全身をくるめてララベルを睨む。 

 今の俺は、きっと路地裏で襲われた少女のような恰好をしているのだろう。みじめったらしいが、そんなことを構っていられる余裕は俺には無かった。

 解放された喜びと羞恥、そしてほんのちょっぴり存在する心残りが俺の顔を熱くさせる。鏡が見れないが、きっとリンゴのように真っ赤なのだろう。

 

「ハァッ……ハァッ……!」

「おや、ここまで成長していたとは。ふふ、さすがはコウだね。嬉しいよ」

 

 汗だくになって息を乱している俺を、ララベルはうっとりとした目で見てきている。

 何ホント、俺を大切だと思ってくれるのは嬉しいけど、ここまでするかね普通!?

 

「ララベル、おま、ホント、止めといて、くれよ……!」

「ふふ、何をそんなに焦っているんだい。君だって、女性の体に興味はあるんだろう?」

「げ、限度があんだよ! そんなこと他の男にしてみろ、一瞬でアウトだからな!?」

「おや、心外だね。こんなことをしてあげるのは、君が相手だからだよ。それに、アウトになっても問題はないさ」

 

 余裕そうな顔をしているのが余計腹立たしい。いっそ一回押し倒して分からせるべきか……いやそんなことしたら最後、もっとヤバい状況になりかねない。

 

「何で言い切れんだよ。現に今だって俺我慢のげんか――」

「一度、路銀が尽きた時があってね。売る物が無いから、身売りでもしようかと思った時があったんだ」

「ッ……!」

 

 一瞬で血の気が引いていく気がした。現実が押し寄せてきたと言うべきか。

 考えつかなかったと言うよりも、考えないようにしていたと言った方が正しい。

 少し考えれば分かることだ。勇者とはいえ、大して支援もされていない一人旅。決して裕福なワケがない。

 途中で資金が尽きることなんて当然あるだろう。そんな時、どうやって金を稼ぐのか。

 手っ取り早く金を稼げる方法はいくつかある。しかし、彼女が言った方法はその中でも一番考えたくない方法だった。

 

「……ごめん、嫌なこと思い出させた」

「ん? 気にする必要なんて無いよ。本当に体を捧げたワケではないからね」

「は、いやでも、ならどうやって金を……?」

 

 俺が聞くとララベルは楽しそうに笑いながら立ち上がり、お腹の辺りを覆っていた布を少しだけ捲って見せる。

 思わず目を隠してしまいそうになったが、その後に見えた光景に目が留まり動けなくなってしまった。

 

「――」

 

 切り傷、刺し傷。火傷に打撲。痛々しい青あざから、ねじ切られたような跡まで。痛々しいなんて通り越した、無残な痕がララベルの体には見えた。

 

「これって……」

「安心しておくれ、痛みは感じないよ」

「そういう問題じゃなくて……そうか、女神の恩恵も弱かった頃。ハルメイアにいた時の……」

「良い答えだよ、まさにその通り。この城にいる時だと、まだ回復能力も上手く使えていなかったからね。その時の傷が残っているんだよ」

 

 平然とした表情でそう言うララベル。

 そんなことは分かっている。分かってはいるんだ。元の世界のアニメ雑誌に付いていた彼女の水着姿でも、その痛々しい傷跡は見えていたし。

 それでも、実際に見ると抑えきれないモノが湧いてくる。

 

「この体を見せると、男は漏れなく逃げてしまってね。その時に落とした財布を失敬したんだ。ふふ、魔に堕ちる前から、化け物だとよく言われたものだよ……失礼な話じゃないか。ねぇ、コウ?」

「……そうだな、許せない話だ。好きで傷だらけになったワケじゃないのに」

「ふふ……私のコウ。君もこの体、気持ちが悪いと思うかい?」

「思うワケないだろ。俺がそう思うと、本気で考えたのか?」

 

 そう言って、俺は自分からララベルの方へと近寄った。最近じゃ滅多になかったことだが、今は俺から近づかないと。

 身をかがめて膝立ちになって、彼女が見せてくれた傷をまじまじと見つめる。

 全部ではないが、目立つ傷はほとんど知っている。

 

「……右わき腹の傷は、最初にララベルが斬られた場所だ」

「ふふ、正解だよ」

「ヘソから少し離れた箇所にあるのは、傲慢ちきな槍兵に貫かれた箇所」

「ソレも正解。なるほど、よく私の世界を見てくれていたようだね」

 

 当たり前だ、何回見たと思っている。ララベルが泣きじゃくりながら攻撃を受け続け、何度心が折れても剣を放さなかった姿を。

 お前の痛み、悲しみ、憂い。残念ながら、当時に戻って分かち合うことはできない。

 それでも、そんな今の彼女を作り上げた傷を、醜いとか怖いだなんて思う気持ちは微塵もなかった。

 

「あと、確か左肩。魔法の火の玉を受けた傷があったよな?」

「おや、見せていない所まで。本当によく知っているんだね、嬉しいよ」

「全部全部、今のララベルを作り上げた結晶だ。嫌な気持ちになるワケないだろうが」

「っ……」

 

 ほんの少し、ララベルは言葉を詰まらせた。

 心底驚いたのだろうか。心外だ、ただ本心を言っただけなのに。

 

「ふ、ふふっ……!」

「お、おい。真剣に言ったのに笑うなよ……」

 

 いきなり笑い出したララベルを見て、急に恥ずかしくなった。

 全く意識していなかったが、だいぶクサイ事を言ってしまったかもしれない。

 

「ふふふ……あぁ、すまない。つい可笑しくってね。少しは拒絶されても仕方ないと思っていたのに、ここまでまっすぐ肯定してくれるとは。むしろ嫌われても可笑しくないと、覚悟していたのだけどね」

「いや、だから当たり前だろ。そんなことで嫌うやつがあるかよ」

「あぁ、そうだろうね。そうだとも、そうだからこそのコウだよ。本当に……ありがとう、嬉しいよ」

 

 そう言って、ララベルはニコリと笑った。

 いつもの微笑みとは違う。純朴そうで優しい笑みだ。

 

「ッ!?」

 

 覚えがある。

 ララベルが故郷の村で見せていた笑顔だ。感情の読めない微笑みではなく、本当に楽しそうな。そんな笑顔だった。

 村人に呼ばれ、振り向きながら笑うララベルを幻視する。角が無く髪も金色のまま、肌も年相応の少女らしい色の。

 子供たちや羊と戯れ、お店の手伝いをしながら、毎日を平凡に楽しんでいるララベル。

 いきなり女神の神託を得て、地獄を見ることになる直前の姿だった。

 

 ドキリと心臓が高鳴った気がした。

 別に今までが違ったワケじゃない。しかし、しかしだ。

 今のララベルが見せてくれた笑顔は本当に明るくて、綺麗で、優しくて、可愛くて。

 そして何処までも、残酷に見えた。

 

「どうしたんだい、コウ?」

「……」

 

 ふと我に返る。目の前には、いつもの微笑みを浮かべるララベルがいた。

 

「……いや、何でもない」

 

 目の前の女の子は、もう以前の彼女には戻れない。

 魔の底へ堕ちたら最後、二度と這い上がることは許されない。

 

「ごめん、やっぱり魔力は全然感じなかった」

「……そうかい。こればかりは、本当にどうしようもないね」

 

 だが、そんなことは関係なかった。

 戻れないのなら、今から導けばいい。彼女が幸せになれる道へ。

 俺は恐らく、そのためにこの世界へ飛ばされたのだから。

 

「でも、魔法に似たようなことなら今後できるかもしれないね」

「似たような? それってどういう……あぁ、魔物の力か?」

 

 ララベルの言葉を聞いて、自分の記憶を引き出す。

 数日前にアステアを飛ばしたように、ララベルは血を取り入れた魔物の力を使うことが出来る。もしかしたら、俺もその力が使えるようになるのかもしれない。

 

「その通り。でも、ソレを教えるのはまた明日にしよう。今までより効率も良くなるだろうからね」

「え、そうなのか?」

「うん、これからは裸でも大丈夫ということが分かったから」

「え゛」

 

 やっべ墓穴掘った。

 




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