エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い 作:ツム太郎
結果だけ言えば、ララベルが裸になって迫り来ることは無かった。ていうか、阻止した。
いやこればっかりは本当に防げてよかった。あぁもう、ホントつれぇ。
いつもと同じように眠った後、目覚めるとララベルの顔は視界の何処にもなかった。
あら珍しい。そんなことをのんきに考えながら、ララベルが言っていたことを思い出し、嫌な予感がして彼女を探す。
「ヌッ……!?」
途端、背筋を走ったのは極度の悪寒。
第六感というべきなのか。警鐘のように伝ってきたソレは、迅速に俺を行動へと移させた。
横を向き、机がある方を見る。そして目の前にいたのは、今まさに服を脱ごうとするララベルであった。
彼女の足元にはいつも着ている革装備が無造作に置かれており、薄い布服しか着ていない。
「おや、いつもより少しだけ早いね。ふふ、もう我慢できないのかな? 私も同じ気持ちだ――」
「良いから服を着てくれ。本当に頼む」
ベッドから飛び降り、猛ダッシュ。
自分でもビックリするほどの速度でララベルのもとへ駆け寄り、彼女が掴んでいた服の裾を握って定位置へ戻していく。
「おや、今日は積極的じゃないか。嬉しいよコウ」
「冗談じゃ、ないッスからッ……!」
勿論ララベルは俺に抵抗していた。いつもの笑顔でとんでもないパワーを出しやがる。
完全な拮抗、いや少し負けている。徐々に服は捲られていき、少しも経たないうちに彼女の可愛らしいヘソが顔を出していた。
そんな様子にドギマギしながら抵抗し続け数分。先に折れたのはララベルだった。いやむしろ折れてくれたのか。
「……仕方ない。食事にしようか」
気付けばいつものようにスープが机の上に置かれており、俺はソレを美味しくいただいた。いつものように美味しそうである。
願わくば汗だくの状態で食べたくなかったが、もう良しとしよう。
いやぁ、何も変わらない日常で本当によかったわ。
そんなこんなでいつものスープ(魔)を美味しくおいしくいただき、着実に自分が人外に染まっていくのを実感する。そんな日常。
正直落ち着くというか、なんかかんや楽しんでいるのかもしれない。
ララベルはほっとくとコッチを延々と見つめてくるし、下手すれば脱いだりするようになったけど。
それでも、彼女との毎日は楽しかったと思う。いやまぁ、惰性と言われれば否定できない部分もあるけれど。
しかし、そんな変化があるような無いような微妙な時間はそうそうと続きはしなかった。ある日突然、事態は急速に変化する。
きっかけは、椅子にドサリと座り込む音。
いつも通り素振りをしていた時だ。
一体何事かと思い手を止めて音の方向を見ると、そこには力なく座り込むララベルの姿があった。そういえば、今日は昼ご飯を食べてから彼女の顔が視界に入っていなかった。
当たり前なんだけど、妙に違和感があったのを覚えている。
「……やられた」
額に手を当て、悔しそうに顔を歪ませたララベルはそう独り言を呟く。
アステアと対峙していた時さえそんな表情をしていなかったのに、一体どうしたというのだろうか?
やられた、という一言ではどうにも予想がしにくい。だが彼女がこれほど狼狽えるのはただ事ではないのだろう。
このまま突っ立っているワケにもいかず、俺は焦りの正体を知るべく彼女に話しかけた。
「どうしたんだ、いきなり?」
「気付かなかった……いつ……いやタイミングはあの時だ。なんで、どうしてすぐに気付かなかった……浮かれてしまって……いたのか……」
「お、おい。ララベル、どうしたんだって」
「ッ……コウ……」
再度声を掛けると、ララベルはピクリと反応して俺の方を見た。
いつもの余裕そうな微笑みは無く、少しだけ眉間にしわを寄せている。
正直それだけで驚愕だった。焦る表情どころか、微笑んでいる彼女しかろくに見たことが無かったからだ。
「そんな顔するなんて、お前らしくもない。いったいどうしたってんだ?」
「……コウ、あぁコウ。すまない、私のせいで、君の覚悟を無駄にしてしまうかもしれないんだ」
ララベルの声は震えており、かなり動揺しているようだ。
いつもの彼女らしさがまるでない。言ってしまえば、俺と初めて出会った時のような不安定さを感じる。
本当に何かよからぬことが起きてしまっているらしい。
しかし俺の覚悟が無駄って、どういうことだ?
「……頼む、教えてくれ。一体何があったんだ?」
そう言って座り込むララベルの肩を持ち、まっすぐ彼女を見つめた。
ララベルは恐る恐ると言った様子でコチラの方を見ると、迷っているかのように何度も視線を逸らす。
しかし数回して意を決したのか、鉄よりも堅そうだったその口を開いた。
「……足りないんだ、魔物の肉が」
「肉? 分量をミスってたってことか?」
「いいや、君に対してそんな過ちはしないよ。奪われたんだ、アステアに」
……あぁ、マジかよ。いや、悲観するな。
何が起きてしまったのか冷静に考えよう。
ララベルの言う魔物の肉というのは、間違いなく俺が食べる予定だった肉だ。
ソレが今、ララベルの手元には無い。
そしてアステアがソレを持っている。奪われたタイミングは、恐らくララベルが奴に迫った時。
気を取られた瞬間、懐にでも手を入れられたということか。
「ソレを食べないと、俺は人間に戻っちまうのか?」
「いいや、それどころじゃないよ。人間と魔物は完全に相反する。一度は受け入れても、二度目は出来るかどうか……私の作る種も、次は意味を成さないだろう」
「今から別の肉を調達するのは?」
「……無理だろう。ここら一帯の弱い魔物では、時間稼ぎにもならないよ。次の夜明けまでには最後の一口を食べないと、君は私と同じではなくなる」
既に半ば諦めたような様子で首をゆっくりと横に振り、現実を認めたくないように瞳を閉じた。
ふと窓の方を見る。日はまだ明るいが、既に昼食を取ってからかなりの時間が経っていた。日の光が赤くなり、次第に消えていくのは時間の問題だろう。
「アステアは、聖教会か?」
「恐らくは、そうだろうね。でも、確信が無い。もしかしたら、聖教会から通じている王城の地下かも……」
ララベルの情報には覚えがあった。確か資料集の王城に関する項目に、そんな説明があったと思う。
聖教会の奥には、誰とも知らぬ地下路がある。その先には、罪人と断罪者のみが歩く冷たい祭壇があるのだとか。
それ以上の説明は無かったのだが、女神を祀る聖教会の儀式場みたいなのがあるのだろう。
「……」
だが、そっちの可能性は低いように感じた。
自分の脳にある知識をフルに活用させ、アステアという人物を考える。
アステアは用心深い。
普段はそんな本性が信じられないくらい穏やかな振る舞いをしているが、実際は狡猾で知略に長けている。
残忍な上、冷酷で間違いはない女だ。
そんな彼女が、権力が分けられている王城に重要な代物を隠すだろうか?
考えにくい、奴ならきっと自分の目が届く位置に置いておく。
「……いや、在るとしたら多分アステアの手元だ」
「なぜ、そう言い切れるんだい?」
「アニメの知識だけど、王城の権力は聖教会と聖騎士団が分割しているんだ。つまり王城は、聖教会の完全な支配下じゃない。それにアステアは、聖教会以外の人間を信用しない……男の多い聖騎士団が相手なら尚更だ」
もしかしたら、ララベルから奪った魔物の肉も。
「……うん、その通りだ。なら、聖教会に……早く行かないと……ね……」
そう言って椅子から立ち上がろうとするララベルの動きは、酷く鈍い。もとよりゆったりと動く彼女であったが、今はどうにも毛色が違う。
立ち上がろうにも、上手く動けない様だった。
「……どうしたんだ?」
「ん……ふふ、なんでもないよ……」
「嘘つけ、それくらい俺にも分かる」
「気を使って……くれるのかい? 本当に、嬉しいよ……」
「当たり前だろ、大体さっきから様子がおかしいぞ? まるで怯え――」
そこまで言って、ようやく理解して口を閉ざす。いやむしろ、なぜ今まで理解できなかったのか。
いつものように微笑むその顔が、酷く引きつっているように見える。さらにその手は、顔以上に分かりやすかった。
彼女に押し寄せているであろう恐怖が、震えに変えている。
考えてもみれば当然のことだ。
年端も行かない少女が散々痛めつけられた場所。その一端。
トラウマを抱えていない筈が無い。アニメを見ている人間からすればただの悲「劇」でしかないが、本人からすれば心を深く抉る現実だ。
願わくば、二度と足を向けたくなかっただろう。
いやもっと言えば、このハルメイアだって。
俺のことを考えて、苦肉の思いでこの場を選んでくれたんだ。
アステアと会った時だって、奴の眼前にまで迫って俺を守ってくれた。
本当なら、誰とも会わず世界の端で隠れていたかったのだろうに。
「は、はは……やはり、いざとなるとこうなるか。本当に、自分が情けない」
ララベルはそう言いながら、力なく笑って自分の手を抑える。必死に震えを隠しているようだが、そんなものでは隠せない程に震えは大きくなっていた。
「コウ、君は優しいから。いつも甘えるだけなのは、嫌だと思っていただろう。でも、違うんだ。甘えているのは私なんだよ。君がいるから、こうやって平然としていられる。優しい日々に浸かっていたのは、私の方だ」
「……ララベル」
「あぁ、でも。消えないんだ。目が、視線が。私を化け物のように、何度も何度も。あの城を見るだけで、碌に思考も出来なくなってしまう」
ララベルは見えるほどに顔を暗くし、両手で頭を抱える。
なぜ何かと理由を付けて、あんなにも俺に寄り添っていたのか。なぜ察することもできなかったのか。
思えば当然のことであった。というより、彼女は常日頃言っていたではないか。
自分を散々痛めつけた連中の住処に、今も俺たちはいる。その恐怖、そして不安を。
俺を相手に押し殺していたのだろう。そして冗談交じりの様に見せかけて、その実俺以上にララベルは恐怖していたのだろう。
「ララベル……」
「あぁ、そんな顔をしないでおくれ。本当に、なんでもないんだよ。君は私と共にいると言ってくれた。その思い、決して無駄にはしないさ。だからこそ――」
「それ以上言わないでくれ」
ララベルの言葉を遮り、俺は彼女の前に立った。
肩を優しく押すと、その身は抵抗なくゆっくりと椅子に戻る。
「……俺が行く」
「っ……何を、言っているんだい。駄目だよ、聖教会は君が思うほどに優しくはない。必ず君を捕まえる。アステアのもとへ辿り着くことすらも――」
「大丈夫だ。道は知っている」
ハルメイアの聖教会への道は大通りをまっすぐ進んだ先、王城に辿り着く前で何度か曲がった先に存在する。
大きな女神の像が飾られているから、見れば一発で分かるだろう。
信徒の祈りに限りは無い。朝、昼、夜。絶え間なく祈りを捧げ、不躾な願いの成就を請う。
だからこそ、俺も信徒に扮して聖教会へ入ることは容易だ。
入った後だが、それも問題ない。アニメや資料集を通して、アステアの部屋がどこにあるかよく分かっている。
見つかりさえしなければ、簡単に潜り込めるだろう。
そして魔物の肉を見つけたら、その場で食ってしまえばいい。
「でも、でも駄目だ。危険すぎる。君は知らないんだ、アレらは知識がある程度でどうにかなる相手ではないよ」
「……あぁ、分かってる。アイツらの本性も、ララベルへの理不尽な恨みも」
「だったら、君は行ってはならない。大丈夫だ、魔に堕ちなくったって、君さえいれば私は――」
「ララベル、大丈夫だ。俺がなんとかするから」
ララベルの言葉を遮り、近くに置いていた剣を持つ。
鞘におさめて腰に付け、一緒に彼女がくれた装備を身に着けた。
向かうべきは、聖教会。
「行くなら、日が暮れてからの方が良いか。制限時間は短くなるけど、可能性は高い方が良い」
「……コウ、ダメだ」
「ララベル、俺は――」
「行くことが、じゃない。時間だよ。もし行くのなら、今からがいい。紛れるのなら、今しかない」
……今? なぜ今なんだ?
考えながら窓の隙間を見る。
差し込んでくる光が、赤く優しい色になりつつある。もう夕方が近いのだろう。
夕方、夕方……。
「……ララベル、この建物って広場から近いのか?」
「その通り、ここを出て狭い路地を走ればすぐだよ。加えて言うと、今日は火の曜日だ」
ララベルの言葉を聞いて、ようやく彼女が言っている意味を理解した。
夕日が差し込む赤い広場、女神の敵を誅する瞬間。
今の聖教会、聖騎士団を象徴する公開処刑。
「聖罰か……!」
そう、女神に対する罪人を裁く聖罰が行われる時間だった。
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