エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い 作:ツム太郎
「……コウ」
「大丈夫だ、必ずここに戻ってくるから」
ララベルの不安そうな目をあえて見ず、そのまま出口の方へ向かう。
あんな顔のララベルを見ていると、彼女から離れてしまうことを躊躇ってしまいそうになっていた。
部屋を出れば全てが敵だと言っても過言ではない状況になる。逃げ道は無い。
だけど、ララベルのためにも俺が行かないと。
「たとえ人のままででも、君がここにいてくれさえすれば……」
「そんなこと言わないでくれ。俺が、お前のためにやりたいんだよ」
「……分かったよ。ならせめて、これを着ていくんだ。この世界で、その黒髪は悪目立ちするから」
ララベルは目を閉じ、少し考えた後にゆっくりと立ち上がった。
彼女はそのまま棚の方へ歩いていくと、その中から古ぼけた黒色のマントを渡してくる。
古ぼけてはいるが、汚れてはいない。きっと有事のために手入れをしてくれていたのだろう。
「ありがとう、ララベル」
「……それと」
「ん? なん――」
グイッと引き寄せられる。勢いが良すぎて一瞬意識が飛びそうになった。
そのままララベルに抱き着かれ、顔を胸元に埋められている。少しだけ、まだ震えていた。
「……」
「……落ち着いたか?」
「……うん、もう大丈夫だよ」
ララベルはゆっくりと名残惜しそうに俺を離し、後ろへと下がった。
今にも泣きそうなのを必死にこらえて、強引に笑顔を作って俺を見送ろうとしてくれている。
罪悪感が無いワケではないし、恐怖だってある。今から行くところがどれだけ恐ろしいのか、十二分に理解しているつもりだ。
女神の世界、その正義を執行する聖教会。その警備は恐ろしく堅い。
少しでも怪しまれればアウトだし、下手をしたら俺自身が聖罰待ったなしだろう。
でも俺が何とかしないと。ララベルを聖教会へ近づけるワケにはいかない。
「じゃあ、行って来るから」
「……うん。必ず、必ず帰ってきておくれ」
ララベルの言葉を聞いて笑みを浮かべる。
ニッと笑いながら、意を決して住処を出た。
「……」
音を立てずに扉を閉め、少しだけ辺りを見渡す。アニメで見た通り、よくある中世ヨーロッパ風な街並みだ。
狭い裏路地。太陽の光は届かず、少しだけジメジメとしている。
ララベルが言っていた通りに聖罰が行われる直前だからか、人の気配も全く感じない。
確か昔の日本みたいな国は存在するはずだが、あまり交流は無い筈だ。俺のような日本人顔の黒髪がいたら、下手すればそれだけで異端扱いされかねん。
そう思い、マントに付いていたフードを深くかぶる。
「……ララベルから借りといてよかったな」
これのおかげで、それとなく動くことが出来るだろう。素顔のまま動くよりは何倍もマシであった。
顔を見せずに済むのはありがたいし、ただの旅人だと勘違いしてくれたらより嬉しい。
心の中でララベルに感謝しながら、彼女の言っていた道を進む。
目の前にある路地をそのまま突っ切って、開けた場所が広場だ。その先には堀があるから、中央の橋を渡らないと聖教会へは進めない。
あくまで一般人らしく。普通に橋を渡っていけば問題は無い筈だ。
「……よしッ!」
バチンと頬を叩き、目を見開いて歩き出す。
ここから先、ララベルの力は頼れない。俺自身で何とかして、目的のブツを手にしないといけないのだから。
そんなことを考えながら走り続け、数分もしないであろう後に強い光が見えた。
出口が近いらしい。大通りは、そして広場はもう目の前にあった。
「アッチが広場。出たらそのまま進んで、左側に沿って行けばアレがある……!」
よし、ここからが本番だ。とにかく聖教会へ行って、中に侵入しない、と――
「――」
思わず息を飲んでしまう。ほんの少し、呆けてしまっていた。
見慣れぬ道、建物、人。人は薄い布地の服を着ている人から、頑丈そうな鎧を着ている人もいる。パッと見で魔法使いだと分かる見た目の人もいた。
そして剣や盾、それに杖。それぞれ色んな武器を持っている。
ファンタジー、そして異世界。改めて感じるその二つの言葉が、俺の中で一気に駆け巡っていた。
「ッ……あれか」
そして、見たくなかったものも見えた。
大きな女神の像。ソレを背後に、純白の鎧や兜を身に着けた聖騎士団が大勢いる。そして、修道服を着た聖教会の連中も。アステアは……いない。
そのうちの数人が、みすぼらしい恰好をした人間を縛るロープを握っていた。おそらく、アレが今回の罪人なのだろう。
「……」
罪人は男性が一人に女性が一人。
悪い人間には見えないが、一体何が罪となったのだろうか。もはや知る由もない。
「……聖罰を、執り行う」
そう言った聖騎士の声は、凍てつくほどに冷たい。
叫んでいるわけでもないのに、その声は広場全体に隅まで行き届いていた。
その声が聞こえると同時に、広場にいた国民は祈りの姿勢をとる。
両手を眼前で合わせて指を交差し、膝を突いて頭を下げる。よくある祈りのポーズだ。
もちろん、そうでない人もいる。冒険者らしい連中が最たる例だ。だが刑の様子は直視せず、ソレを認識しないようにしている。
「……」
静かだ。
大勢いるというのに、誰一人声を出しはしない。
「……」
「……」
沈黙のまま、罪人とされる二人は静かに首を垂れた。騒ぐ気力すらないといった表情である。
罪人も、執行者も、聖騎士も、修道士も、シスターも。観客ですら、何一つ言葉を発しない。
聖罰。
神に捧げる罪人の浄化。
罪人が女神を前に、騒ぐことは許されない。
罪人から漏れる言葉の一つでさえ罪。故に命乞いも許さず、ただ沈黙のまま粛々と罰を待つべし。
それがこの世界における、聖罰という名の死刑に対する姿勢だ。
前の世界にて、他の漫画やアニメでも処刑の場面を見たことはあった。ほとんどの場合は刑の執行時、観衆がひそひそと話をしていたと思う。刑の不当を叫ぶ者だっていた。
その刑が不当なものであったら尚更だ。
だが、この場で騒ぐ者はいなかった。
聖罰に異を唱えることは、女神に対して異を唱えること。そんなことをすれば自分もタダでは済まない。故に誰一人として声を上げなかった。
聖騎士団も聖教会も、奴らは異端者を決して見逃さない。アニメでも、巻き込まれた人間が無慈悲に処される場面があった。
「……」
もし、もし彼女たちが無実だったら?
もしかしたら、聖教会や聖騎士団の不都合によって捕まってしまったのかもしれない。
胸糞悪い話ではあるが、ありえない話ではなかった。特に聖騎士団は刑の執行側であり、一切の容赦もない。
女神からの啓示はもちろんのこと、少しでも動機があればすぐに聖罰へと移すとんでもない連中だ。絶対に接触してはいけない。
今まさに斧を振り下ろそうとする執行者に、動かない罪人。
位置からして、最初に殺されるのは男性の方だろう。男は何処を見る様子もなく、何かを考えている様子でもなく。
ただただ、粛々とその刃を首へと受け入れた。
肉の切れる音。首の落ちる音。そして、置き去りにされた胴体が倒れる音。それらの音だけが、この場を支配していた。
異様、ただこの一言に尽きる。聖罰も、ソレを是としているこの場の全員も。
誰一人、女神の統率を不服とすら思っていない様子だった。ソレが在って当然とでも言うかのように。
「……次の者」
執行者は許されている最低限の言葉の後、躊躇う様子もなく次の罪人の前に立つ。
そう言われて女は少しだけ体を震わせたが、すぐに首を前に出した。
沈黙しながら今の状況を考える。
現在、この広場には大勢の聖教徒や聖騎士がいる。つまり、弊害となり得る多くの人間がここにいるワケだ。
広場を直接通れば悪目立ちしてしまうが、こっそり建物の裏から進めば通常時より侵入が簡単だろう。
ララベルの言った通り、夜よりも今の方が断然忍び込みやすい。
行くなら、今しかないだろう。
そんなことを思いながらこの場を離れようとしたが、叶わなかった。体が硬直してしまったのだ。
「ッ!?」
まるで時間が止まったかのような、そんな感覚を覚える。暖かさも冷たさも感じず、体でさえ自由に動いてくれない。
なぜそんなことになったのか。至極簡単な答え。
目が合ったからだった。
「……ぁ」
死を待つ人形に成り果てている筈の女が、何を思ったのか少しだけ首を上げて俺と目を合わせている。
ソレだけのことで、何かが起きたワケではない。
時間も僅か。
朧げで、暗く澱んだ眼。何も希望を抱いておらず、ただただ己の終わりを待つのみの瞳。
だが、確かに目が合った。そしてそんな彼女の目が、出会ってすぐのララベルを幻視させたのだ。
「……たす、けて」
ほんの少し、ほんの少しだけ彼女は声を漏らした。
死の間際、最後の力で救いを求めたのだろう。その目に、微かな光が映っていたように見えた。
しかし、声を上げたと同時に首が切断される。
ララベルの顔が、頭が。俺の目の前で切り落とされ、ごとりと落ちていく。
呆気にとられ、その場で立ち尽くしてしまった。動悸が激しくなり、視界が大きく揺らぐ。
吐き気がする程鮮明で、眩暈がする程恐ろしい。
そしてその恐れが、俺の行動を遅らせた。
「ッ!?」
我に返り、前の世界の知識を思い出す。
聖罰においては、いかなる騒音も許されない。
罪人は声を漏らさないように「下準備」がされ、観衆も声を上げないのが常識だ。
故に罪人は声を漏らさない。しかし、例外は必ず存在する。
もし刑の途中で罪人が声を上げた場合どうなるか?
罪人の末路は変わらない。今見たように、即処刑される。
精々が順番の変更くらいだ。
そしてここからが肝心。
漏らすべきでない罪人の声に、標的がいた場合どうなるか。
今のように、明確な誰かに助けを求める声だった場合どうなるか。
「……」
処刑人は彼女が見ていた先を確認し、ゆっくりと顔をこちらに向けてくる。
次いで、俺の近くにいた観衆たちが一気に離れていった。反応が遅れた俺だけ、ぽつんとその場に突っ立っている。
「……」
「……」
「……」
次いで、近くにいた聖騎士たちも。
彼らはフルフェイスの頑丈そうな白兜をかぶっており、その表情は読み取れない。
だが、読み取れないからこその恐怖が、俺の背筋を十二分に凍らせた。
しまった。
後悔する余裕もなく、聖騎士たちは続々と俺の眼前にまで迫ってくる。
観衆は声を上げず、人間でないモノを見る目でコチラを睨みつけていた。既に奴らの中で、俺は異端者になっているのか。
「ち……くそっ……!!」
逃げなければ。
そう思い、即行動に移す。気づけば、体も自由が利くようになっている。
ここで捕まるワケにはいかない。すぐさま踵を返し、裏路地へと走りだした。
自覚している以上のスピードで走ることが出来る。鍛えた覚えは無いが、脚力もそれなりに成長しているようだ。
だが、それ以上のスピードで聖騎士団の連中が追ってくる。
裏路地に入り、一心不乱に曲がりながら走るが、それでもガシャガシャと鎧の音は確実に近くなってくる。
「はぁっ! はぁっ! くっ……」
次第に息が上がってくる。
民衆が取り押さえに来ないのが幸いだが、それでもこのままではジリ貧だ。
このままでは確実に殺される。しかし逃げ続けることも難しい。
「……くそっ!」
侵入できそうな建物の入り口や窓を探す。
だが住人たちは聖騎士に追われている俺を見るや否や恐ろしい勢いで扉を閉め、俺が入ることを一切許しはしない。窓もしかり、侵入できる場所など存在しなかった。
当然か。聖騎士に追われている人間なんざかくまったら、今度は自分たちまで標的になりかねない。
「……」
立ち止まり、腰にある剣を睨みつける。このままでは逃げ続けても意味は無い。聖教会への道も遠くなる。
幸い、俺を追って来ていた連中は一般的な鎧を着ていた。まだそれほど強くない筈。
不意を突けば、何とかなるかもしれない。それに倒せなくても、逃げる時間さえ稼げれば良い。
相手は俺の背後、剣もマントで隠れている。やるなら今しかない。
「……やってやる」
足音が近づいて来た。
気取られないように、ゆっくり。
少しずつマントの中で剣に手を伸ばし、そのまま一気に引き抜いて――
「そんな物騒なモノ、仕舞っておいた方が良いよ」
不意に、耳元から声を掛けられた。
「――ッ!!?」
声。俺と同じ年か、少し上くらいの男の。
背後、吐息を感じられるほどの近距離。
まだ少し距離があったはずなのに、どうしてこんな近くまで!?
いや、そんなこと今考えている場合じゃないッ!!
「ハァッ!!」
反射的に剣を引き抜こうとした。
声から感じられたのは、背筋が凍るほど冷たい威圧感。
一切の迷いなく、俺の中の何かが背後の存在を殺せと叫んでいる。
「ダメだよ、危ないじゃあないか」
しかし、剣は想像通りに抜くことが出来なかった。
不発。剣の柄頭を掴まれ、初動を封じられてしまう。
なら距離を取れ。掴まれた勢いを逆回転に回し、全身全霊を込めて肘鉄を叩きこむ。
魔物の血で俺の体はかなり強化されている筈だ。鎧相手でも多少は響いて――
「ハハ……発想は悪くないけど。実戦、練習不足かなぁ」
「なっ!?」
止められた、指一本で。
一瞬でも気を逸らせればと考えていたが、意味を成していない。
だが、そんなことで止まってたまるか。
驚く暇なんてない。今すべきことを全力で考えろ。
まず相手の手を払って後ろへ飛び、すぐに回れ右してまた全力逃走が一番だ。
いっそこのまま聖教会へ。下手に警備を強化される前に、到着した方が良い。
そう思って下がろうとした瞬間、息が止まった。
「なんで、ここにッ……!?」
目に映った男の顔。見覚えがある。ありすぎた。
煌びやかな白色の鎧。聖騎士団の中でも、限られた人間が装着を許される聖鎧。
一切の濁りがない女神から与えられた聖剣。
綺麗な金色の髪をなびかせた、碧眼の男。
「聖騎士、団長ッ……!?」
「こんにちは、異端者君。今日は素敵な天気だから、紅茶なんていかがかな? 見晴らしの良い席を、用意しているよ」
聖騎士団長、ベルクター。
アニメにてララベルを痛めつけていた連中の一人。
そんな絶対に会ってはいけない人間が、目の前で楽しそうに笑っていた。
ご指摘、ご感想があればよろしくお願い致します。