エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い   作:ツム太郎

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助かったけど助かってない

 

 ニコリと笑うベルクターからは、温かみといったモノを一切感じられない。

 むしろ真逆、姿勢を正し粛清を待てと言わんばかりの威圧感。同じように笑ったらぶっ殺すぞみたいな、独裁に近い傲慢ささえ感じられる。

 

「さて、冗談は良いとして……君は何者だい?」

「……」

「身なりは冒険者のようだけど、汚れが全くない。履いている靴さえ泥一つ付いていないね。駆け出し……にしては装備の質が良すぎる。この都の住人なら、君くらい珍しい顔は忘れない筈だけど、ソレも記憶にない」

 

 ベルクターはふむふむと顎に手を当て、品定めするように俺を見続ける。

 蛇に睨まれた蛙、程度の話ではない。少しでも妙な真似をすれば、腰からチラついて見える聖剣の餌食だろう。

 ふざけた振る舞いをしているが、実力は本物だ。少し強化された程度の俺じゃ赤子と同等だろう。

 

 俺の中で焦る気持ちがドンドンと膨れてきた。

 どうやったらこの化け物を撒ける?

 どうしたら、コイツの目を掻い潜れる!?

 

「ソレに、なんだろうね。魔法の才は無いように見えるけど、魔を感じる。本当に奇妙だ。君、名前を教えてもらえるかな?」

「ッ……」

「はは、だんまりかい? 寡黙な人は好きだよ」

 

 しかし、と。

 一方的に話を切りながら、彼はその右手を聖剣に添える。それだけなのに、自分の首の在処が相手に握られているようだ。

 

「これもお仕事なんだ。君とはもう少し話をしていたいけど、そうもしていられないんだよね……これが最後だよ。君は誰で、何が目的なんだい? 答えなければ、この場で君は本物の異端者になる」

 

 ほんの少しだけ、握られた聖剣が刃をのぞかせる。

 何百人もの血を吸ったというのに、その身はゾッとするほど純白に輝いていた。

 

「……」

 

 状況が悪すぎだ。

 避けなければならなかった聖騎士団との接触。それによりにもよって、超危険人物の団長。

 そんな奴相手に、どう誤魔化す。いや、もしかしたらどうやっても意味すらないのかもしれない。

 

 不意打ちは不可能。半端な言葉は意味を成さない。

 このまま黙っていたら捕まるか、それとも殺されるか。ベルクターの様子を見るに、この場で殺される可能性が高い。

 

「答えられない、かな?」

「……」

 

 どうする、どうすればいい。

 今もベルクターは、鞘から聖剣を抜きつつある。ゆっくりとゆっくりと、まるで制限時間を知らせるかのように。完全に刃が見えた時、俺の命も終わりということなのだろう。

 だが諦めるワケにはいかない。俺が死んだら、ララベルはどうなる。

 考えろ、俺の出来ることを。

 

 俺の武器となるモノはなんだ?

 魔物の力、未だ使い方すら分からないのに?

 腰に付いている剣、ありえない。マジモンの聖騎士、しかも団長相手にどうやって勝つんだ?

 アニメの知識……も正直アテになるかどうか。

 ハッキリ言って、アニメでも資料集でも聖騎士団に関する情報は限りなく少ない。

 ほとんど登場する場面が無いのだ。ララベルを痛めつけていた最序盤が花だったと言われる程に。

 

 あと頼りに出来るのは、不確定な領域の知識だ。

 アニメや資料集に明記されているワケではないが、その中の知識から導き出される考察の領分。

 今使うのはリスクが高すぎる。もし仮に正しかったとしても、一般人が知らない危険なモノだらけだ。

 下手をすれば状況を悪化させる可能性もある。

 

「……」

「残念だよ。何か面白い話が聞けると思ったけど、意味はなかったみたいだね」

「ッ……!」

 

 ベルクターの一言で尻に火がついた。

 悩んでいる暇はない。何もしなければ、この場で殺されてしまう。ヤツの様子を見るに、捕らえられることもない。

 だったら、今ここで出来ることをしないと。背に腹は代えられない。

 

「……さすが」

「ん? なんだい?」

「さすがは、先代勇者のちす――」

 

 しかしソレも叶わなかった。

 暗転。覚悟を決めて言おうとした途中、視界を何かに阻まれたのだ。そのせいで声を止めてしまう。

 自分の瞼に触れる何かからは、確かに体温を感じる。たぶん手だ。

 一体誰が。そう思う前に、手の主が声を発した。

 

 

 

「いけませんよ、聖騎士団長。貴方の任務は、信徒をいたぶる事ですか?」

 

 

 

 割り込んできた者の声を聴き、全身が硬直する。

 声だけで分かる。ベルクターもヤバかったが、目を覆っている手の主も同等にヤバい。

 

「おや、ご機嫌麗しゅう大神官アステア。貴方のような方が、どういった御用でこんな場所に?」

「用も何も、同じ神に祈る者を庇うのは当たり前でしょう」

 

 ……うっそだろ、なんでコイツまでいる!?

 声の正体は大神官アステア。

 ハルメイアに来た俺たちを待ち構えていた聖教会の重鎮が、俺とベルクターの間に立っていたのだ。その手には、あの宝石杖が握られている。

 

 彼女は俺に当てていた手を離すと、以前見た笑顔のまま俺の方へ振り向いた。温かい、聖女を思わせるような笑顔だ。

 だが逆にその笑みが、相も変わらず不気味で恐ろしい。

 

「こんな所にいらしたんですね。もう、本当に心配したのですよ?」

「な、にを……」

「何って。貴方は先日、神託を受けて聖教会の信徒となったではありませんか」

 

 キョトンとした顔でさも当然のように言うアステア。何をいけしゃあしゃあと言ってるんだコイツは?

 たらりと流れる汗を不快に感じながら、笑みを深めるアステアと目を合わせる。

 彼女の表情は一切変わらない。

 

 ……いや、待て。今のこの状況、俺にとっては逆に好都合だ。

 アステアが勘違いしてくれているおかげで、俺は女神の信徒だと思われている。そしてこのまま話が上手くいけば、ベルクターも俺に手を出すことはできない。

 切り抜けた後が大問題なワケではあるが……今はとにかく生きてこの場を乗り切るのが一番大切だ。

 

「神託を……ソレは本当ですか大神官?」

 

 ベルクターは納得がいかないような表情をしてアステアに問いかけた。立ち振る舞いも先ほどまでの人をいたぶるような感じではなく、整然たる騎士のような振る舞いに変わっている。

 外面が良いのはアニメ設定そのまんまのようだ。

 

「えぇ、確かに。私の直属の部下であるジースが、女神様より彼に関する啓示を賜りました」

「ジース……彼女がですか」

「彼の名前はコウ。つい先日、遠くの農村よりこの地に来られました。既に洗礼は終え、今は私たちと共に生活している身です。そんな彼が、女神の代行である聖罰を妨げるなど、ありえません」

 

 淡々と事実をでっち上げ続けるアステアに戦々恐々とする。

 ベルクターはベルクターでヤバい目つきでこっちの方を見てくるし。聖騎士の振る舞いはどうした。

 どうすんだこれ、いや黙っているのが得策か。

 

「しかし、彼が罪人の沈黙を破らせたことは確かです」

「本当に彼でしたか? 私もあの場に居合わせましたが、私には彼の隣にいた男を見ていたように見えましたが」

「……ふむ、なるほど。ではあの罪人が助けを求めたのはこの御仁ではなく、その近くにいた男、と」

「その通り。故に彼は無実、貴方のお世話になることも無いでしょう」

 ……会話が早すぎて追い付けねぇ。

 やけに良いテンポで会話が進んでいく。いやむしろ良すぎる。アステアはともかく、ベルクターのこの異常な物分かりの良さは何だ?

 さっきまで俺を怪しんでいたというのに、アステアの一言で全て合点がいったという感じである。

 

 もしかして、予め話を合わせていたのか……?

 いやだが、それならなんでこんな回りくどい事を?

 奴らの最終目的はララベルの無力化。これは確実だ。

 手っ取り早く終わらせるなら、この場で俺を殺すのが得策だろう。ララベルが怒り狂うのをリスクに感じたのか?

 駄目だ、追いつくのに必死で思考がまとまらない。

 

「では、真の罪人はその男ということですね?」

「えぇ、間違いなく。処罰はお任せしても?」

「はい、コチラの不手際ですので。必ず」

「それと、彼に罪を被せようとしたあの執行者も処罰を。標的を誤った執行者に、執行者たる資格はありません」

「えぇ当然に。全てはコチラの不手際でしたので」

 

 違和感をそのままに、二人の話はそのまま終了しそうな勢いで進み続けていた。

 ……ん? いや待て。今俺の隣にいた男に処罰って言ったか?

それってまさか、俺の代わりに殺されるってことかよ!?

 

「まっ――」

「では、私はこれで。コウ殿、先ほどは失礼な対応をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 俺の言葉を遮り、ベルクターは俺に跪いて謝罪してきた。

 胸に手を当てて頭を下げ、本当に申し訳なさそうな様子だ。怪しさ満点ではあるが。

 彼はしばらくその状態のままでいたが、すぐに立ち上がって広場の方に戻っていく。呆気に取られている俺と、視線を一切合わせずに。

 ベルクターは凄まじい速さで走って行き、数秒もしないうちに姿が見えなくなった。

 

 残ったのは俺とアステアのみ。他にこの場にいる人はいなくなった。

 ポツンと立ち、置いてけぼりにされている気持ちである。

 

「……」

 

 あまりに流れが早すぎて脳が追い付いていかない。とりあえず俺は助かった……のか?

 いや、無傷でヤバい奴から助かったのは確かだが。助けてくれたのはもう一方のヤバい奴だぞ?

 

「……何か、失礼なことを考えていませんか?」

 

 話し始めたのはアステアだった。

 見ると彼女は、少しだけふくれっ面になってコチラを見ている。不機嫌であることを隠す気もないらしいが、どうにも子供っぽい。

 

「……悪い」

「ふふ、本当に素直ですね。良い事です」

 

 そう言ってアステアは俺の腕に抱き着き、そのまま裏路地を奥へと進もうとする。

 聖教会とは別の方角だ。助かったのは良いが、肝心の標的から離れてしまう。

 

「では参りましょう。コチラの方へ」

「お、おいアンタ。どこに行こうってんだ?」

「まだ夕食まで時間があります。お茶でもいかがですか? ぜひ紹介したいお店があるんです」

「は? いやそんな――」

「良いですから、一緒に来てください。それとも……ご褒美は必要ないですか?」

 

 そう言って、アステアは修道服の中から小さな布袋を取り出す。ソレを見て、思わず目を見開いてしまった。

 袋は清潔そうではあるが、その下部が僅かに赤く染まっている。間違いない、ララベルから奪った魔物の肉だ。

 アステアは俺に見せびらかすように袋を弄ぶと、すぐに服の中へと戻してしまった。

 

「っ……」

 

 聖教会にあると思っていた魔物の肉が、あろうことかアステアの手元に……!

 なんとか声を上げることは抑えられたが、焦りが尋常でない。可能なら、今すぐにでも奪い返してしまいたい。

 だが、実力的にソレが出来ないのは明らかだ……ちくしょう。

 

 いやでも、だったら本当に意味が分からない。

 てっきり俺が聖教会側についたと勘違いしていると思っていたが、今の様子ではそうじゃない。

 むしろ魔物の肉を求めていることがバレているなら、すぐにでも処罰したいはず。

 

 何が、目的だ?

 分からない、分からないが……今は従うしかない。時間は限られているが、目的の代物が目の前にあるのだから他に方法が無いだろう。

 

「……」

「分かって貰えましたか? では参りましょう」

「あ、あぁ」

「ふふ……少し疲れましたので、体を寄せさせてもらいますね」

 

 そう言って、アステアは俺に体重をかけてくる。

 だがそんなことに気を回す余裕もなく、俺はアステアと共に歩き始めていった。

 




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