エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い 作:ツム太郎
「今から行く所は私のお気に入りの場所なんです。建物と建物の合間にちょうど出来ているので、大通りからは死角になっていまして」
「……」
「疲れた時に、一人でこっそり行くようにしているんです。店主も寡黙な方なので、変に噂が流れることもありません。これからは、二人で隠れて行きましょう……ふふ」
アステアに腕を引かれ、裏路地を進む。
アステアは楽しそうに話をしているが、未だに困惑しかない。
結局、俺を助けた理由は分からないままだ。
本心はバレている筈なのに、なぜ聖罰の餌食にしないのか。いや、むしろ俺を捕まえてララベルに言うことを聞かせるつもりか?
ただ封印することも考えられるが、ララベルの力は言わずもがな世界最強の部類だ。神託で俺を利用しろと命令された可能性もある。
ていうかそうだ、神託。
今もアステアの頭には、女神からの神託がひっきりなしに鳴り響いている筈。
一切違和感なく振舞っているように見える彼女だが、そんな余裕は絶対に無いと思う。俺に寄りかかっているのも、実は倒れそうなのを隠すためか……?
いや、ハルメイアに来た時も問題なくララベルとやり合っていたし、その可能性は低い。
やっぱり人質としてが一番あり得そ――
「コウ様、聞いてくださってますか?」
アステアの呼び掛けで我に返る。横を見ると、また不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「……悪い、聞いてなかった」
「もう、あんまり無視しないでください。貴方のお気持ちも分かりますが、一方通行だと寂しいではありませんか」
こうやって見ると、見た目は本当にただの女の子だ。見た目は、だけど。
シスター服を身に纏い、少女のように微笑む様は聖女そのもの。肌は白く髪は日の光を浴びて金色に輝いている。
しかし腹は真っ黒だ。誤解してはいけない。
彼女がどれだけ少女であろうとしても、聖女のように振舞っても。結局はララベルを狂面で封印した人間だ。
その本心を決して忘れない。今の様子も、何かの策略でしかないのだろうから。
逆にその隙間を掻い潜って、ララベルのために無事に戻らないと。
「さぁ、着きましたよ。コウ様……こーうーさーまー!」
「っ……あぁ」
「はぁ……考え事も良いですが、あまり浸かりすぎてはいけませんよ」
隣でしゃべり続けていたアステアは、返事の薄い俺にしびれを切らしたのか大声で名前を呼んできた。
ハッとして前の方を見る。気づけば目的地に着いたようだった。
アステアの言っていた通り、確かにこじんまりした喫茶店らしき建物が見える。
他の建物と同じレンガ壁。古ぼけているが、ホコリが立ってはいない。
店の中にはいくつか白いテーブルと椅子があり、庭の方にも同じ席がある。
「……」
微かに、紅茶のにおいがしてくる。
本当にただの喫茶店のようだ。客が一人もいないことを除けば。
「ほら、私の言った通り。誰も他のお客がいないでしょ?」
「……あぁ、そうだな」
「ふふ、ご安心を。このお店は私のお抱えというワケではありません。まぁ、金銭面で援助をしてもいますが。それも個人的なことです……少々お待ちを」
そう言って、アステアは楽しそうに店の中へ入っていく。カランとベルの音が響き、店の奥から店主らしき初老の男が出てきた。
仏頂面だったが、アステアの顔を見ると嬉しそうに顔を綻ばせて手を庭先に差し出した。席に誘導されている。
アステアはそのまま深く一礼し、ニコリと笑った後に外の方へと出てきた。
「外の席を使ってもいいそうです。今日は快晴ですから、外でお茶を楽しみましょう」
「……あぁ」
「もう、さっきからそればっかり。そんな不機嫌そうな顔をしていたら、せっかくの紅茶がマズくなってしまいますよ?」
いやこの局面で暢気に紅茶なんか楽しめるかよ。さすがにそんな余裕、今の俺の胸中には無い。
だが抵抗できないというのも事実。言われるがまま席に着く以外、俺に選択肢はなかった。
「どうぞ、私は奥の方に座ります」
アステアは先導するように進み、席に着いた。
俺を見て微笑み、早く座るように急かしてくる。
「……」
軽くアステアを睨みながら、ゆっくりと椅子に座る。罠の類も疑ったが、そもそもハメるのなら既に何かしてきている筈なのだから、考えるだけ無駄かもしれない。
……かもしれない、という推測でしかアステアの狙いが分からなかった。本当に、コイツは俺をどうしたいんだ?
「……」
「……」
座ってからの会話はない。耳鳴りがする程静かだ。
睨む俺、微笑むアステア。
会話は進まず、無駄に神経が過敏になっていく。ただの風さえ不快に感じた。
目の前の少女。その本性は知っていても、理解はできない。
だからこそ恐ろしく、ララベルと比肩する化け物のように思えてしまう。
「何か、お話してくださいませんか?」
切り出したのはアステアだった。
「い、いや、話すったって……」
「何でも構いません。最近の貴方がどんな生活をされていたのか、とか。とにかく貴方のお話が聞きたいです」
思わず頭を抱えそうになる。俺の何を聞きたいんだアステアは。
切り出し方もどこかおかしい。言ってしまえば、俺は女神の敵。つまりはアステアの敵となる。
だが彼女の言い方は、どこか仲の悪くない間柄のソレだ。気まずさ満点だが、憎い相手というワケでもない。そんな仲。
例えば、長年会っていない誰かと久々の会話をしているような。そんな感じがする。
「そうですね……では、ここ数日の暮らしはいかがでしたか?」
「……」
「言いたくはないですか、なら結構です。私は寂しかったですよ。たとえ貴方がコチラ側に来ることは無いと分かっていても、もしかしたら自ら門を開いてくれると。そう想い願った回数は100を下りません」
聞いてるこっちがむず痒くなるような事を平気で言ってくる。
アステアは赤く染まる頬を気にする様子も一切なく、ただ俺に自分の思いを言い続けた。
……だったら。
「なんで助けた?」
「はい?」
「あの場所で俺を殺すのが最適だった、違うか? 女神からも、俺のことは始末しろとか言われなかったのかよ」
「女神様の神託はありません。貴方の件は、私個人が決めたことです」
……女神は関係ない?
なんだ聖教会、一体全体どうなってんだ。女神も俺を無視って、ララベルの封印を考えてるのに、どうして犯人の俺を放置すんだよ。
やっぱり俺を傀儡にして、独自でララベルを抑え込むのが目的だったりするのか……?
コイツの豹変ぶりを見るに、そう考えるのが妥当かもしれない。
「俺を捕まえたって、ララベルはアンタらには従わない」
「ふふ、ご安心を。ララベル様、勇者も関係ございません」
「信じられるかよ大神官。俺を助けた理由を言え。あの場で、聖騎士団長にウソを吐いてまで助けた理由を」
「ふふ、女の思いを打ち明けろだなんて。女性との駆け引きは経験しておりませんか?」
「茶化さないでくれ。その理由が分からないと、アンタを信用なんてのは微塵もできない」
アステアをジッと見つめる。
彼女の瞳は一切揺らいでいない。本当にやましい気持ちが無いのか、やましい気持ちを隠しきれているのか。
「……ふぅ、仕方ありませんね。もう少し仲良くなってから言おうと思っていたのですが、お教えしましょう……お茶を飲みながら」
彼女にそう言われ店の方を見ると、ちょうど店主が紅茶を持ってきていた。
両手で持ったトレーには、アステアが注文したであろうティーセットや茶菓子が置いてある。
茶菓子はクッキーのようだった。
「お待たせしましたアステア様、ご友人様」
「いいえ、ちょうどいいタイミングでしたよマスター」
マスターと呼ばれた男はアステアにニコリと笑い、慣れた手つきでカップに紅茶を注ぐ。
一滴もこぼさず注がれた紅茶は、その強い香りを俺やアステアに届けた。
「……では、ごゆっくり」
マスターはそう言うと一礼し、そのまま店の方へと戻ってしまった。
アステアはカップを持つと口元で少し止め、香りを楽しみながらゆっくりと飲んでいく。
「前とは大違いだ」
「え?」
「前、一気に飲んでただろ。ソレ」
「あぁ、そうでしたね。ふふ、本当にはしたなかったです……あちっ」
アステアは恥ずかしそうに苦笑いとしながら口に紅茶を寄せ、その熱さにやられて少し舌を出す。
「……」
まるで別人。外見的な特徴は同じだが、その口調も振る舞いも全然違う。
なんというか、影に隠れた獰猛さも感じられない。無邪気に笑う子供のようだ。
芝居……いや、そんな感じすら一切感じられない。
「ふふ、やってしまいました。本当は猫舌なんですけど、気付けのためにすぐ飲んでいるんですよ」
「……あぁ、そうだな。いつものアンタは、そうしていないと女神の神託にも耐えられなかった」
「おや、ララベル様に聞かれたのですか?」
「そんな所だ。今だって、頭の中では命令がガンガン響いてるんだろ?」
アステアは答えない。微笑んだまま、視線を俺の動かない手元に移した。
カップに残った紅茶が、少しだけ揺れている。
「貴方も飲んでください。心配せずとも、もう毒は効かないでしょう?」
「……だからって飲むかよ。アンタの息のかかった人間が淹れたモノだぞ」
「ふふ、良い警戒心です。でも、あのマスターは仕事に私情を挟みません。私が命令しても、きっと美味しいお茶を持ってくるでしょう」
そう言って、再び紅茶を飲むアステア。手持無沙汰だったのか、茶菓子にも手を付け始めている。
飲め、と無言で訴えかけられているようだ。カップの取っ手に触れるが、持つべきかどうか……やっぱり迷ってしまう。
彼女の言う通り、俺の体は毒耐性を持っている……筈だ。だがソレを上回る毒だってあるかもしれない。やっぱ飲まない方が――
「もうっ、じれったいですね」
「あっ!? お、おい!」
カップをぶんどられた。
コップの縁をワシッと掴んだアステアは、目の前で俺の紅茶を飲んだ。俺のも熱々のはずなのに、口の中に含んでいる。
そしてチラリと俺を一瞥しながら、舌をもごもごと動かした後にゴクリと飲み込んだ。
「……どうですか? 毒など入っていないでしょう」
「う、うす……」
アステアは俺の手元にカップを戻し、減った分紅茶を注ぎ足す。
荒々しいがどこか気品っぽさを感じる。自分で考えてなんだが、相変わらず矛盾している動きだ。
「ふふ、では……改めて。クッキーもございます。ごゆるりと、楽しみましょう」
「……」
「あぁ、お菓子も心配ですか? ほら、私がちゃんと毒見してあげますから。何なら口移しで食べさせても良いですよ」
そう言って、アステアはクッキーを無造作に掴んで口へ放り込む。
ボリボリと音を立てながら、それでも笑みを絶やさない。
「んぐ、んぐ……ほら、安全です。これでお茶もお菓子も口にしないのなら、いい加減泣いてしまいますからね」
「えぇ……」
もはや疑念を通り越して混乱してしまっている。
ふと空を視界に映す。未だ日は暮れておらず、この茶会もまだ続くようであった。
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