エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い   作:ツム太郎

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先代勇者の怨念

 

「えいっ」

「おごぉ!?」

 

 不意の一撃。反応すらできなかった。

 一瞬アステアがブレたかと思うと、次の瞬間には俺の口の中に彼女の手が突っ込まれていた。変わらない微笑のまま、机に片足を乗せている。

 そして何かを舌の上にのせると、ゆっくり手を引いて席に戻った。

 何これ、机にあったクッキー?

 

「ふぉい、あにふんだ――」

「もっとどうぞ」

「ぶっ!?」

 

 今度は片手で俺の頬を掴んできた。縦に押された口が、少しだけ開かれていく。

 

「お、おごへほ……」

「え? おかわりが欲しいですか?」

「うぼぉッ!?」

 

 そしてその隙を見逃さず、アステアは追撃のクッキーを押し込んできた。

 おかげで口中クッキーだらけ。ていうか量が多すぎて噛むことすら難しい。

 

 吐き出すべきか?

 いや、目の前で無毒なのはアステアが証明したワケだし、粗相してマジギレされる方が厄介だ。

 

「……」

 

 どうにか口内で隙間を作り、少しずつクッキーをかみ砕いていく。

 いや旨いよ? 風味とかも良いし、ほどよいバターの味もする。

 問題は食わせ方よ。

 

「このお店のお茶はとても美味しいのですが、それに比肩してお菓子も美味しいです。特に今食べているクッキーは、茶葉を粉末状にして混ぜてあるそうですよ」

「……ほうか」

「あら? 貴方のお口には合いませんでしたか? 以前部下にお土産で渡した時には、とても美味しそうにしていたのですが」

「ひは、ふはいのはふはいへほ……」

「ふふ、そんなに口いっぱいに食べて。気に入られたようで何よりです」

 

 いや押し込んできたのはお前だろうが。なにウフウフ笑ってんだこの野郎。

 ていうかなんだ今の動き。まるで見えなかったぞ。あの部屋でララベルとやり合っていた時もそうだけど、単純な力も常人のソレではないらしい。

 やり方は野蛮人そのものだけど。

 

「ぐっ……んぐっ……ぶはぁっ!」

「ふふ、そんなに急がなくても。クッキーはまだまだありますよ」

「このッ……」

 

 コロコロと楽しそうに笑うアステアに軽く苛立ちを覚えたが、彼女は全く気にもしていない。

 

「……」

 

 体の調子は変わっていないから、毒は本当に入っていなかったのかもしれない。入っていたのが俺に効かなかった可能性もあるが。

 とにかく、アステアの言う通り俺の体に異常はなかった。

 いや遅効性の可能性もある。まだ気を許すわけにはいかない。

 

「さて、楽しいティータイムはこれくらいにして」

「おい」

「日もまだ沈みきってはいません。聖教会へ戻る前に、少しお話をするとしましょう」

 

 俺の言葉はガン無視して、アステアは何かを話し始めた。

 夕日を背に、彼女は少しだけ落ち着いた雰囲気になる。聖女と呼ばれる普段の彼女のようだ。なんていうか、こうコロコロと様子が変わるのも慣れてきている。

 

「そうですね、何から話しましょうか……コウ様」

「……なんだよ?」

「前提としてお聞きしたいことがあります」

 

 ……前提?

 

「何を今更聞くんだ? 言っておくが、俺がアンタらに言うことなんて一つも――」 

「貴方は何故、勇者ララベルを助けようとするのですか?」

 

 一瞬だけ、呼吸が止まる。

 問われた質問は予想だにしていなかった内容だった。

 思わず目を細めてしまう。また何か揺さぶりでも掛けようとしているのか?

 

「……なんでそんな事を聞くんだ?」

「いえ、純粋な疑問です。失礼ではありますが、部下に貴方の経歴を調べさせました。とは言っても、碌な情報は得られませんでしたが」

 

 あったりめぇだ。アニメ見て寝たら異世界飛んでましたなんて、天地がひっくり返っても分からんだろうよ。

 いや、コイツの場合ソレすら予想してきそうだけど。

 大丈夫だ、それだけはない。無い筈……無い事を祈る。

 

「そう、恐ろしいほどに分からなかったのです。貴方の全てが。故に、ララベルとの接点も分かりませんでした。だから聞きたいのです。親族でも友人でもなかった貴方が、なぜここまで身を捧げるのか」

「……」

 

 下手なことは言えない。何も分からないのなら、何を言っても情報に成りえるということだ。

 言葉の一つも気を付けないと、前のようになってしまうだろう。

 

「……知って何になる」

「いえ、深い意味はありません。貴方の信念、その根幹が何なのかを理解したかったのです」

「……」

「私の予想なら、そうですね……可哀そうだったから。コレが一番の理由なのでは?」

 

 優しく諭すように言ってくる。

 どれだけ抵抗していても、言葉の一つ一つが耳に届くと同時にじんわりと沁みついてくるような。そんな感じがした。

 

「ただ可哀そうだったから、ただ救いたかった。子供が悲劇の絵本を読んで、可哀そうだと泣きじゃくるように。あるいは悪者に腹を立てて、ついその顔に落書きをしてしまうように。そんな純粋な思いが、貴方の原動力なのではないですか?」

「……お前に関係あるかよ」

「あります、大いに。もしその通りだとするのなら、救われるのがララベルだけなのはズルいです」

 

 そう言って、アステアは視線を下に向ける。

 両手の指を合わせて、小さくため息を吐いた。思考に耽るように、あるいは祈るように。

 相手が相手だが、一枚の絵にもなるくらい綺麗に見える。

 

「なにも悲劇というモノは、ララベルだけの特権ではありません。あるいは餓死寸前の子供のように、あるいは食肉として殺される動物のように。大小の関係なく、世界は悲劇に溢れています。いえ、いえいえ。もしくは世界そのものが、悲劇という名前なのかも」

「話が飛躍しすぎている。何を言いたい?」

「……そうですね。貴方がもし可哀そうという理由だけなら、救うべき存在はもっといるということです。例えばそう……私とか」

 

 ……は?

 なんだいきなり、どうしてそんな話になる。

 確かにアステアにだって可哀そうなところはあるけど、ソレとララベルを一緒に出来るワケが無いだろ。

 

「……お前たちの啓示は、確かに哀れなモンだ。女神ってのも、もっと人の気持ちを理解しないと信徒も離れるだろうに」

「ふふ、優しいですね貴方は。ですが、私が話しているのはもっと昔。言ってしまえば、神官となる前です。先代勇者と言えば、貴方にはお分かりですか?」

 

 ……あぁ、そういう。

 アステアの言うことには心当たりがあった。

 アニメや資料集ではハッキリと言及されていない、サァベイション・イン・ザ・ケイブの過去話の領域。なぜ勇者が虐げられるのか、なぜ神官や聖騎士は女神の啓示を得られるのか。そういった物語の根幹に関わる話だ。

 しかし明言されていないとはいえ、資料集にはヒントが書かれていた事から大多数が行き着いたであろう説。

 ソレは先代勇者の暴走であった。

 

「先代にして初代。その者はララベルが勇者となった時から、おおよそ30年ほど前に現れました。性別は男、村人の出です」

「ソイツにもララベルと同じ扱いを?」

「……いいえ、むしろ厚遇されていたと聞きます。鍛錬もキチンと行われ、旅の途中で寄った各国も手厚くもてなしたとか」

 

 アステアはそう言って紅茶を飲む。

 数秒時間を置いた後、視線を俺に移して口を開いた。

 

「先代、もしくは初代であるその男は天才でした。天才の中の天才。不死性を除けば、人間の身でありながら実力は今のララベルと同等だったと」

「天才、か」

「えぇ。教えられた魔法は全て操り、あらゆる武器を熟達者のごとく使う。旅立つ時には、城の何者も彼に敵わなかったとか」

「……そんな強い奴が、魔王に負けたのか?」

「いいえ、彼は魔王に辿り着いてすらいません。彼を殺したのは……言うならば人です」

 

 アステアの言葉を聞きながら資料集の記憶を思い出す。

 先代勇者の怨念。その理由となった存在がいたはずだ。

 そして暴走するに至った事件も。

 

「……先代勇者の、恋人か?」

「えぇ、その通り。彼は天才でしたが、心は農民のソレでした。いきなり重い使命を与えられて、正常で在り続けるのは難しかったでしょう。そんな彼が心を許せたのはただ一人、共に村からハルメイアまで来た彼の恋人でした」

 

 アステアは淡々と本を読むように言葉を続ける。

 先代勇者の恋人についてまでは資料集にも書かれていた。問題はその先だ。

 

「美しい人だったと聞きます。外見だけでなく、内面も。全てを許し、全てを愛する。そんな絵に描いたような聖女であった彼女は、不滅なる善性とまで呼ばれていたそうです」

「……不滅なる」

「そう、ララベルの異名もその名から取られたとか」

「……」

 

 思わず怒鳴りそうになった衝動を抑える。酷すぎる皮肉だった。

 ララベルは旅の果て、人々に不滅なる異形と呼ばれている。似ている呼び名ではあるが、その意味は決して同じものではない。

 どこまでも馬鹿にしていやがる。

 

「その先代勇者の恋人は……どうしたんだ? 先代勇者を捨てて、他の男とでも結婚したのか?」

「分かりません」

「おい」

「本当に分からないのです、誰も。ある日突然、勇者の前どころか世界から消えてしまったのです。どこを探しても、彼女は見つからなかった」

「……」

「心の在り所を失った先代勇者は、日が経つにつれ冷静さを欠いていきました。言動も行動も荒々しくなり、目に映る全てを疑うような。あるいは幽鬼のように、見えない恋人を求め続けて歩いていたそうです……そしてある時、妙な噂が広まりました」

 

 ただの考察だった知識が、確信に変わっていく。

 優しかった先代勇者。その恋人。

 愛し合っていた二人、しかしその一方は暴走するに至った。あろうことか、人間を相手に。

 そして資料本に書いてあったあの一文。理由には簡単に辿り着いた。

 

「不滅なる善性は、人間側の手によって攫われた、と」

「……なるほど」

「明確な証拠などありませんでした。その噂すら、もしかしたら魔物の仕業だったのかも。しかしどのような過程であれ、先代勇者はソレを信じてしまった。愚かしくも、ただ純粋に……」

「そこまで、追い込まれてたのか」

「えぇ、彼は限界でした。たとえ天才であろうと、相手はすべての魔物を率いる魔王。その道は困難であり、何度も心が折れそうになったでしょう。そんな彼の拠り所、宿り木であったのが彼女でした。恋人を失った先代勇者は徐々に正気を失い、狂い、自分を失っていきました」

 

 人間からしたらたまったものではないだろう。

 先代勇者に人格的な問題が無いのなら、人質すら必要ない。

 むしろ魔王の討伐なんて大命を背負っているんだ。可能な限り助けて然りだろう。その恋人なんて、手を出して一利もない。

 先代勇者にとって心の拠り所だったらなおの事。むしろ手を出せばどうなるか、分からない筈が無いだろう。

 それこそ干渉しないようにするのが当たり前にも思える。いっそ国同士で決めていても可笑しくない。

 

 しかし、何者かがその禁を破った。

 その結果、何が起きたのか……。

 

「先代勇者は怒り、そしてララベルと同じ方法で魔に堕ちました。魔物を力で従え、世界を相手取ったのです」

「それで、倒されたのか」

「えぇ、各国の連合軍によって。従った魔物は全滅、そして先代勇者は捕らえられ、あの聖罰が行われる広場にて処刑されたのです」

「魔王は、その時何もしていなかったのか?」

「……何も。人間が滅びれば文句はないと、高見の見物をしていたのかもしれません」

 

 アステアは微笑んでいた顔を少し歪ませた。

 確かに、魔王から見れば絶好の状況だっただろう。

 宿敵である勇者は機能せず、それどころか人間を殺す暴走状態。下手に手を出さず、成り行きを見守り続けるのが正解だ。

 

「先代勇者の率いた魔物達は悪夢のように強かったそうです。ただでさえ強いのに、勇者がその力を分け与えた」

「……それで人間たちに攻め込んだのか」

「えぇ、諸国を無作為に。どの国も、相当の痛手を負ったそうです」

 

 アステアはゆっくりと目を閉じ、空を仰ぐ。

 少しだけ震えているように見えた。

 

「彼は狡猾でした。兵の少ない農村ばかり狙い、その被害を拡大させていく。男は殺され食料に、そして女は……」

「……魔物まで、襲ったってのか!?」

「ララベルと同じ、勇者は人と魔物の境界を曖昧にする。先代勇者は魔物側の境界を破いたのです。反転、とでも言うのでしょうか。魔物に本来無い筈の欲望を植え付けたのです。」

 

 本当に胸糞悪い話だった。資料本では「先代勇者の怨念」としか書いてなかったから、てっきり先代勇者単体での暴虐だと勘違いしていた。

 実際はもっとひどい。

 犯人が分からないのに、勇者が暴走。魔物ですら使って、物理的にも精神的にも深い傷を刻んだ。

 誰も救われない。

 

「先代勇者が殺された後、女神から神託がありました。世界に残された勇者の残滓を始末しろ、と」

「は、残滓って……まさか!?」

「えぇ、この件で生まれた子を全て殺せと言ったのです。その残滓を受けた母親と共に」

 

 体温が急に下がっていく。

 女神の判断はかなり極端だということは分かっていたが、そんな神託をするとは……本当に人を生き物だと思っていない。

 

「……くそッ!」

「気分を荒げるのも分かります。ですが、まだ終わりません。まだ先があります」

 

 アステアは顔をこちらに向け、鋭い視線を飛ばしてくる。

 一瞬怯みそうになるが、受け止めないワケにはいかなかった。

 根底が、ようやく今につながるのだから。

 

「生き残りがいたのです。庇われた者、隠された者。様々な方法で守られた子が、少しずつ育っていったのです」

「まさか、それが怨念……?」

「ふふ、怨念とは。言いえて妙ですね。ですが的を射ています」

 

 俺の言葉が可笑しいのか。いやむしろ腹立たしいのか。

 アステアの笑みが、今までとは気質の違うモノへと変わっていく。隠れ家で見た時の、獰猛で悲嘆を帯びたソレになる。

 そして両手をこちらに向け、懇願するように言葉をつづけた。

 

「そう、我々こそが怨念。数年前に女神の神託のもと集い、聖教会と聖騎士団を乗っ取った……先代勇者の子らです。誰もかれも、祝福などされずに生きてきた」

「……」

「私は子供の頃、父親を殺しました。母が死に、狂い襲い掛かってきた父親を。そして一人で生き続け、砂をかみ汚泥をすすって今の居場所を得ているのです」

「っ……」

「分かっていただけましたか? 悲劇なんてモノは、何もララベルだけではありません。貴方に救われる権利は、私にもあるでしょう」

 

 そして目を細めてコチラを見つめる。得意げに、あるいは儚げに。

 

「聖教会に来てください。聖教会で、私と共に暮らしてください。それで私は救われる」

「……」

 

 目を閉じて、自分の激情を抑える。

 彼女の言う悲劇が何なのか、しっかりと理解できた。先代勇者の怒りや、アステアたちの悲劇も……よく分かった。

 

 考察をネットに載せていた人たちの中で、誰かが「このアニメで本当の加害者はいない」と記していた事を思い出す。

 今なら理解できる。誰もかれも、好き好んで加害者になんてなりたくなかったのだろう。

 

「……ふざけんなよ、聖教会」

 

 分かったうえで、自信をもって。アステアを否定した。

 




ご指摘、ご感想がありましたらお願いします。
……こんかいちと駆け足過ぎたかもしれないです。
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