エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い   作:ツム太郎

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解けて歪む

 

「ふざけている、と」

「……」

「貴方にはそう見えますか。私の過去、現在、悔恨、屈辱。その全てが」

「……あぁ」

 

 一瞬だけ、アステアの表情から怒りが漏れる。だけど次の瞬間には悲しみの表情へと変わった。

 彼女にとって俺がどれだけの存在かは分からないが、ソレで全てが許されるわけない。

 

「お前の過去は分かった。お前の母親も、辛かっただろうさ」

「なら、なぜ――」

「なぜか? その全てを差し引いてでも、お前らの所業は悪魔のソレだったからだ」

 

 同情もしている。憐れんでもいる。

 いっそ救えたらと、ほんのちょっぴりも考えなかったと言えば、多分嘘だ。

 だけど、それを上回る感情が勝っていた。

 

「なぜララベルをあそこまで貶めた? 女神の神託があったからか?」

「……はい。女神は我々を集めた後、次の勇者の管理を言い渡しました。自由の一切を奪い、人として扱うな、と」

 

 小さな声で、しかしハッキリとアステアは答えた。

 コイツらを纏めた理由はなんとなくだが分かる。散り散りになった勇者の力を掃除しきれないのなら、いっそ集めて利用すればいい。

 そんないっそ清々しい程の物扱いから来た考えなのだろう。神託という首輪があるからこそ出来る暴君のような策だ。

 

 こいつ等はその犠牲者。

 分かっている。分かってはいる。

 だけど目覚めてすぐのララベルが、脳裏から離れなかった。あの暗い目が、俺の中からアステアへの同情をかき消していく。

 

「あの子が俺になんて言ったか分かるか? 自分じゃ何が正しいのかも分からなくなっていたって、そう言ったんだぞ。そこまで追い詰めた自覚はあるのか?」

「……従う他に道はありませんでした。国の人間も、先代勇者への腹いせがあったのかもしれません」

「あの子がお前らに何かしたのか? いつか殺すだなんて言ったのか……!?」

 

 言葉にすればするほど、聞けば聞くほど、ララベルへの理不尽を思い出して怒りが増してくる。

 魔物化の影響なのか? こんなに怒りっぽい性格じゃないはずなのに、震えるほど憎かった。

 

 コイツらが今も苦しんでいることは事実だ。

 女神の神託を守らなければ、自分たちの神託もまた鳴りやまない。寝ることも許されないくらいのソレが、聖教会や聖騎士団の連中を苦しめ続ける。

 

 俺の怒りは……言ってしまえば、八つ当たりなのだろう。

 アステアを通して、女神を否定しているような。つまりは俺すらもこいつを八つ当たりの媒介にしている。結局誰も、女神に直接言えないから。

 その事実が腹立たしくて、手に込める力が強くなる。

 

「ララベルは何もしていなかっただろ。なぜ少しも助けようと考えなかった!?」

「……人間は、女神の管理があってこそ今があるのです。女神の神託、その力が無ければ、結局魔物に押し潰される。勇者という存在も、女神の指示のもとで扱う他には――」

「その結果があの子なんだろうがァッ!!」

 

 叫ぶと同時に、力いっぱい拳を机に叩きつける。ただ叩きつけただけだというのに、机はミシミシと今にも壊れそうな音を出していた。

睨みつけているというのに、アステアは表情一つ変えやしない。

 

 だが言葉は止まった。

 もう聞きたくなかったし、認めたくなかった。アステアの言い分も、何も解決できない現状も。

 

「……貴方は、本当に」

 

 アステアは呟くと机に身を乗り出し、息を荒げる俺の頬に手を寄せる。

 ララベルにも同じことをされたというのに、感覚が全然違う。

 

「……」

 

 幼げというか、おぼつかないというか。彼女の本来の感情が漏れてくる。アステアの目に憂いが濃く見えて、俺の怒りも少しずつ引いていった。

 同時にこの店に来る前、楽しそうに話しかけてくるアステアを思い出す。今思えば、その姿はまるで家族に話しかける子供のようにも見えた。

 

 そして今聞いた話。アステアが殺した存在。

 ……なんとなくだが、コイツが俺に何を求めているのか分かった気がした。

 

「コウ様、あぁコウ様。貴方が愛おしいのに、酷く憎らしいです」

「手をどけろアステア」

「何故あの子なのですか。何故もっと前に、私のもとへ来てくださらなかったのですか。そうすれば、あるいは……」

「……俺は、アンタの父親には成れない」

 

 ハッと目を開いて、硬直する。

 数秒経った後、アステアは俺から手をどけた。

 

 音もなく席に戻る。

 何もしていないのに酷く焦燥しているような、諦めているような。そんな顔をしていた。

 力なく笑って、視線を下に向ける。

 

「……父は、純粋な人でした。騙されているとも知らず、母が私を産んだ時も自分の子だと喜んで」

「でも、アンタは先代の子だった」

「えぇ、事情も聞かされず母が兵たちに連行され、理解できず混乱していました。そして直後に真実を知らされ、絶望に顔を染めたのです」

 

 アステアは話をしながら紅茶を飲む。さっきのゆっくりと楽しむ感じではなく、一気に。

 きっと、自分でも話すのが辛いのだろう。

 

 俺も視線を逸らし、一口飲む。さっきと同じ強い風味のはずなのに、随分と薄く感じた。

 アステアはカップを置いて手を合わせ、自分の顔を寄せる。落ち着こうとしているようだったが、感情を殺しきれていない。

 

「先代勇者は、何も暴れて奪っただけではありません。言葉巧みに人を欺き、その人心を操った。私の母も、何を言われたかは分かりませんが、進んでヤツを受け入れた」

「……父親は、ずっと騙されていたのか」

「えぇ、母も当たり前のように貴方の子だと言って。ですが、私にだけ教えてくれました。選ばれた子なんだと、誇らしげに……ふざけた道化です」

 

 ポツポツと話し続けるアステアの手は震えている。

 言葉の一つすら苦痛であるようで、もう見ていられなかった。

 

「仰る通り、私は貴方に父を見出していたのかもしれません。いえ、実際そうなのでしょう」

「……」

「その優しさ、純粋さ、愚鈍さ、脆さ。全てが父と同じだった。父が真実を知った時の顔と、自分の体がどうなっているかを知った貴方の顔が、酷く似ていたのです」

 

 アステアは顔を歪め、もう泣きそうだった。

 弱弱しく、まるであの聖罰で見た囚人のように。そして己の罪を告白するかのように。

 彼女の奥底、普段の優しさと傲慢さの根源を見ているような。そんな気さえした。

 ……痛々しいにも限度がある。

 

「父は全てを知り、狂ったように笑ってしました。そしてひとしきり笑った後、ナイフを持って駆け寄ってきたのです」

「……もういい」

「抵抗し、暴れました。部屋を滅茶苦茶にして、必死にやめてと叫びながら。そうしてしばらく経って、父が動かなくなって。ゆっくり視線を移すと、その胸に――」

「もういいッ!!」

 

 叫ぶと同時に、アステアが言葉を止める。

 既に彼女は聖女のような様子ではなかった。無情な聖教会の人間でもない。

ただ救いを求める子供のソレだった。ララベルの敵だってのに、悪いのはこっちの方だとさえ錯覚する。

 

「……」

 

 カップに手を伸ばす。

 あまり紅茶は残っていなかった。それでも最後の一口を飲み干し、気持ちをどうにか落ち着かせる。

 

聖教会は、そしてアステアは許せる相手ではない。王城の連中も、聖騎士団も、世界中の人間も。

奴らはそれだけのことをした。罰を受けて当然、報いを受けて当然。

そんな奴らを助けるなんてありえない。吐き気がする偽善、いやそれ以上の自己満足でしかないだろう。

 

「……クソ」

 

だが、それでも――

 

「……救えるかは、分からない」

「……」

「ララベルと一緒にいる中で、少し寄り道が出来そうだったら。そんでもって、ララベルが許したら……無視はしない。だけど、助けるかどうかは別だ」

 

 俺に言えるのは、ソレだけだった。自ら救おうだなんて毛ほども思ってはいない。

 でもララベルとの道中で、傷ついて道端に倒れ伏すアステアを見かけたら。その時は何も考えずに目を瞑ったりはしない。

ただ、それだけのことだ。

 

「……ふふ」

 

 俺がそう言うと、アステアの目に光が映った。

 次いで少しだけ微笑む。さっき見せた笑顔とは全く違うモノだった。

 

「絶対に助ける、とは言ってくださらないのですね」

「あぁ、薄情なのは分かっている。友好を結ぼうだなんて思ってないからな」

「十分です。いえ、むしろそうでなければ」

 

 そう言うとアステアは少し黙った後、俺の目の前に紙切れを置いた。

 いきなりのことで少し面食らったが、見ると紙には何か書かれている。かなり乱れていて、何を意味しているのか分からない。

 

「……なんだ、それ?」

「今の一言で、貴方のことを深く理解できました。故に一つ、最後に問わせてください。こうやって話し合う機会は、もう二度と無いでしょうから」

 

 唐突すぎて質問の意図が分からなかった。

 何故今そんなものを見せたのか。そしてどんな内容なのか。

 

「今じゃないといけないのか?」

「ご安心を、すぐに終わることです。先ほど不滅なる善性に手掛かりは無いと言いましたが、実は一つだけ。彼女が消えた日、彼女の部屋でコレが見つかりました」

 

 不滅なる善性の手掛かり。その言葉に反応し、出された紙をチラッと見てみる。

 彼女の言う通りなら随分と古いモノであるはずだが、妙に新しい。一目で疑念が生まれた。

 

「……本物か? どうにも綺麗すぎるような気がするぞ」

「写したモノを持ってきただけです。本物は厳重に保管してあります」

「ふぅん、そういうことか」

「魔法や地学など、あらゆる専門家に事情を伏せた上で解析させたのですが、全くその意味を理解できなかったのです。貴方ならもしかしたら、と思ったのですが……」

 

 そう言われて納得し、改めて書かれている内容を見てみる。もしかして元の世界の知識なら、とも思った。だが、あいにくどれも当てはまらない。

 文字のように法則があるように見えて、そうでもないように感じた。魔法陣とも違う。見たことがあるような気がするようで、その実何なのかは結局分からなかった。

 俺はアステアへ結果を知らせるため、目をつぶって首を横に振った。

 

「……やはり、貴方にも分かりませんか」

「あぁ、悪いな」

「いえ、ダメもとで聞きましたので。この件は忘れてください」

 

 アステアは微笑んだ後、紙切れを服の中へ戻した。もう少し見ながら考えてみたかったが、専門家でもないのだから仕方ない。

 

 そう思っていた時、アステアは見覚えのある袋を机の上に置いた。

 見間違えることはない、ララベルから奪った魔物の肉だ。

 

「ッ……」

 

 目を見開き、思わず息が詰まる。

 奪わなくてはならないと思っていたソレが、今アステア本人から目の前に差し出されていた。

 

「貴方に、お返ししましょう」

「おい、俺はララベルの味方だ。そんな事して、女神の意思に反するんじゃないのかよ?」

「構いません。貴方がその道を選ぶのなら、私もその後押しがしたい。そう思っただけです。勿論、貴方が聖教会の門をくぐるのなら、今でも歓迎はしますが」

「冗談はよせ。味方になるつもりは微塵もない」

「……そうですか。残念です」

 

 アステアは名残惜しそうな顔をしていたが、ニコリとほほ笑む。

 杖にも手を掛けてはいない。どうやら本当に渡してくれるようだった。

 何かの罠である可能性を考えたが、疑い続けても手に入ることは無い。膠着していても、時間が無駄に経つだけだ。

 

 そう考えながら数秒アステアの顔を見続け、意を決して袋を取ろうとする。

 素早く、彼女の気持ちが変わらないうちに。そう思いながら手を伸ばし、あと少しで届きそうだった、その時。

 

「……本当に」

 

 取るに足らないたった一言。

 その小さな呟きが、どうにも不可思議に聞こえた。なんというか、今までとはまた明らかに気質が違うような。

 言ってしまえば、何か不穏な雰囲気を感じさせる声だった。

 

だが手を止めようにも、既に袋は指先に触れるほどの距離。今更引っ込めることは出来なかった。

 

「まぁ、それも良いでしょう……ふふ」

 

 そして触れた瞬間。

 辺りの景色がグルリと一変する。ソレが転移魔法だと気づくのに、さして時間はかからなかった。

 




ご指摘、ご感想がありましたら宜しくお願いします。
今回特に難産となってしまいました。申し訳ないです。
色々とよそ事をしていたら、こんなに間が空いてしまいました。

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