エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い   作:ツム太郎

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終着、あるいは門出

 ぽたぽたと自分の顔に落ちる何かでコウは目を覚ました。

 

「コウ、様……!」

 

 コウの意識が戻った時、彼の目に映ったのはアステアの泣き顔であった。

 怒り、悲しみ、その二つではぬぐい切れない後悔の念。本来大神官が抱くべきでない感情が、彼女の泣き顔から見て取れる。

 だが、ソレでコウが止まることはなかった。

 

「……これ、は」

 

 瞬間、アステアの顔が驚愕に変わる。

 先ほどまで自分が痛めつけていたコウ。その体がみるみるうちに癒えていくのだ。

 いや、癒えるなんて生易しいモノではない。まるで最初からダメージなど無かったかのように、体の至る所の傷が消えていく。

 

「御下がりください、アステア様。何か様子がおかしいです!」

 

 突然の出来事に面食らったアステアに代わり、最初に動けたのはジースだった。彼女は事の異様さをいち早く感じ取り、即アステアのもとへと駆け寄る。

 彼女の叫びで我に返ったアステアは、少しだけ躊躇ったが後ろへ飛び退いた。涙をぬぐい、コウをキッと睨みつける。

 

「あれは、魔物の力ですか?」

「……そのようですね」

「では、やはりあの者は魔物に」

「……えぇ、堕ち切ってしまいました。もう、引き上げられません」

 

 アステアの反応が鈍く、遅い。そのことに寂し気な表情を浮かべるジースであったが、今はそれどころではない。

 一番恐れていた事。第二のララベルの誕生という、絶対に避けなくてはならなかった事態に陥ってしまったのだから。

 

「……イディオット・スライム」

 

 目を覚ましたコウは、小さくそう呟いて難なく立ち上がる。もう体のダメージはほとんどないことが見て取れる。

 地鳴りが起きているワケでもなく、どす黒い魔力が溢れているワケでもない。だが彼女たちの前に立つ少年は、明らかに別の何かへと変貌していた。

 魔物、いやあるいは魔物すら超える何かに。

 

「消滅しない、再生。意識さえあれば、元に戻る」

 

 対するコウの顔は暗い。いや正確に言えば、感情を表に出す余裕がない。

 彼の中には、今まで生きてきた中で全く経験のない感覚があった。

 

 それは再生、魔物の能力。やり方、強弱の方法、オンオフの切り替え。その全てが彼の中で、さも当然のように居座っているのだ。

 例えば右手を握り締めるように、左足を上げるように。知っていて当たり前のような感覚が、彼の脳に叩き込まれていた。

 その混乱、異常は彼の余裕をなくし、あるいは精神を大きく揺さぶるまでに至っている。

 

「……は、はは」

 

 だが、そんな中で彼が漏らしたのは笑みであった。

 乾いてなどいない。純粋に嬉しそうな笑み。

 

「何が、可笑しいのですか」

「……良かったって、思ってんだ。ちょっとだけ、苦痛が分かれて」

「……」

「こんな感覚だったんだな、あの子は。体中、ワケの分からないモノに変わっていく感じだ」

「ッ!!」

 

 この場にいるのは自分とコウ、そしてジースの三名のみ。それなのに、彼が意識するのは最後までララベル。

 自分などまるで眼中にない。その事実を自覚する前に、アステアは杖をコウへと向けた。

 

「輝くは女神の化身。その輝きと御名をもって不浄の敵を射抜け」

 

 無機質な声に呼応し、宝石杖に神々しい光を放つ。彼女は本気で振りかぶり、光の中からいくつもの巨大な宝石を飛ばした。ただの宝石ではない。それぞれが炎、水、雷。その他にも様々な女神の「力」を纏わせている。

 死なない程度、しかし無傷では済まさない程度で。

 

「……顕現、キング・ゴレムス」

 

 しかし、ソレを許すコウではなかった。手段はある、そして行使しない理由もない。

 彼が呟くと同時に、また脳裏に生まれた感覚を手繰る。そしてアステアの攻撃が届く前に、感覚の通り自身の表面に強固な鉱物が構築された。

 当然アステアの攻撃は届かず、ガキンと鈍重な音が響くと同時にその杖の動きが止まってしまった。

 

「ゴレムスの鉱鎧、しかも王種のッ!?」

 

 ジースが驚き、声を上げる。服の中から何本も針を取り出し、指に挟んでコウへと飛ばす。

 しかしコウを守るかのように表れたソレは彼を守り、脆弱な針を簡単に弾き飛ばした。

 

「くっ……硬度も本物だなんて。魔王城の近くまで行ってようやく見れる程の希少種が、よりにもよって!」

「落ち着きなさい、シスタージース。あの程度の装甲なら突破はまだ難しくないでしょう」

 

 アステアはジースを諫めながら、手に持つ宝石杖を勢いよく地面に叩きつける。

 同時に杖を中心に、細かい呪文が刻まれた大きい魔法陣が現れた。魔法陣は水色の光を放ち、そこから彼女の体を優に超えるであろう大きさの氷塊が現れる。

 数は三つ。その先端は容赦なく尖っており、さらにその周りにはバチバチと電気のようなモノを帯びている。

 

「キング・ゴレムスの装甲は確かに脅威です。しかし、ソレはあくまで物理でのみの話。その弱点は……把握しているッ!!」

 

 叫ぶと同時に杖を前方へ向ける。そして浮かび上がった氷塊はその標的を定め、勢いよく飛んで行った。

 狙いは正確。その威力にも手心は一切感じられない。

 直撃すれば確実に無事では済まないであろう勢いで、コウの命を獲ろうと迫っていった。

 

「……」

 

 しかし、対するコウに動揺はない。

 彼は右手を前の方に出すと、目を閉じて集中する。どのような感覚で何をしようとしているのか。おそらく通常の人間には、一生を掛けても分からないであろう何かをやろうとしていた。

 

 瞬間、コウの足元から何かが勢いよく出現する。

 彼を守る鎧とは違う輝き方をする鉱石の壁。ソレはアステアの氷塊を優しく受け止めると、その勢いを殺して地面へ落とした。

 その様子を見て、アステアは厄介そうに目を細める。

 

「……なるほど。ただ魔物のようになるだけではない、と」

「そんな、ゴレムスに魔法耐性があるなんて」

 

 ジースは怯えるように声を震えさせる。目の前で立つ少年が、彼女には既に魔物としか見えていなかった。

 

「ただでさえ王種の調査は碌に進んでいません。偶然、彼が食した個体がその力を持っていた可能性もあります」

「では、やはり不意を突いて本体を叩くしか……でもどうやって……」

「恐怖してはなりません。ジース、貴方は一度後ろへさが――」

 

 正面突破が無理だと悟り、アステアはジースに次の指示をしようとした。その直前、彼女は確かにソレを感じた。

 殺気。人間ではなく、魔物が放つ純粋で鋭い殺意。

 どこから放たれたのかなど、考える必要もない。

 

「顕現、ヴェルノ・サーペント」

 

 コウはその場から動かず右手を前に出すと、その手の平に真っ黒な渦を発現させる。

 正体不明の渦。その中の何かが小さく蠢くと同時に、怒涛の勢いで何かが噴出した。

 

 濃い緑色。液状。

 ソレはアステアの視界一杯に広がると同時に、触れた床や天井にシュウシュウと怪音を生じさせた。

 

「ッ!? ジィ―スッ!!」

「はいッ!」

 

 何が出てきたのか瞬時に理解したアステアとジースは、左右に飛んでソレを躱す。

 そして自分たちがいた場所を確認すると、液体に触れた床が無残に溶けだしていた。

 

「毒、しかもこれほど強力な……うぐっ」

「極力離れて、こんなものを吸って気絶したら目覚められるか分かりませんよ!」

 

 その場でうずくまってしまうジースを尻目に、アステアは杖を振る。

 

「全霊を持て女神の臣下! 汝の前に立つは世界の敵なりッ!!」

 

 叫ぶように呪文を唱えると、さらにいくつもの魔法陣を出現させた。

 火炎の竜に稲妻の光弾、そして刃を孕んだ暴風。魔法陣からは様々な魔法が繰り出され、その全てがコウへとぶつけられた。

 もはや対人で使用するような威力ではない。化け物や魔物、その中でもさらに脅威な相手を打ち倒すような威力である。その一つ一つに明確な殺意が込められ、必殺に見合った破壊力を持ち合わせていた。

 

「顕現、キング・ゴレムス」

 

 常人が見れば絶望し、諦めすら生まれるであろう光景。だがそれでも、コウの瞳は揺らがなかった。

 まるで見通しているかのように、魔物の力を行使する。

 彼は先程生じさせた銀色の鉱物を、今度は周囲全域に発生させた。一人分のドームを形成すると、魔法の全てを受け止めていく。

 

 アステアの魔法はコウのドームに触れるたび轟音を生じさせ、何度もその中に侵入しようとした。

 アステアは魔法が消えるたび新たな魔法を発動し、その弾を隙なく無限に放つ。

 

 いつしか大きな砂埃を生じさせ、アステアの視界を阻む。しかし、それでもアステアの手が緩まることはない。

 何度も何度もぶつけ、容赦なくその壁を壊そうとする。

 

 その情け容赦ない姿に、味方であるジースですら息を飲んだ。

 彼女は知っている。目の前の悪鬼のごとき怒涛の攻撃を続ける姿こそが、アステアの本来の戦闘スタイルだと。

 

 しかしその一方で、彼女の様子に違和感が拭えなかった。

 ジースの目にはまだ見えたのだ。猛攻を続けるアステアに、微塵だが確かに残る慈悲が。拭いきれない躊躇が。

 

「アステア様……ぐっ……」

 

 ジースの言葉はアステアには届かない。

 自分の中の矛盾を自覚して尚、アステアはコウへの攻撃を止めなかった。

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 しかし、間もなくしてアステアの猛攻は止まった。コウからの反撃があったワケではない。彼女は自分から攻撃を止めてしまったのだ。

 いや、正確には止まってしまったというべきか。光り輝いていた魔法陣はその威力を失い、徐々に姿を消していく。アステアは息を荒げ、杖を支えにしてその場に膝を付いてしまった。

 

「……もういいだろ」

 

 そんな彼女を見下ろし、コウは呟く。もう用はないと言うかのように視線を逸らし、次に隅で蹲るジースを見た。

 

「そこのアンタ、ジースって言ったよな?」

「な、なんですか……」

「そこの聖女サマの面倒を頼む。アンタも今なら死ぬことはない。俺は魔物の肉さえ食べれればあとはかえ――」

 

 帰る。そう言おうとした瞬間、彼の背中にドゴンと何かが打ち付けられた。

 しかし、当然だが衝撃は鉱物に防がれる。

 

「何を、勝手なことを、言っているのですか」

「アステア様ッ……!?」

 

 コウが後ろを見ると、そこには震える足で立つアステアがいた。

 額から滝のように汗を流し、顔も真っ青になっている。見せないようにしているが、重心を逸らして杖に体重をかけているのが見て取れた。

 息も荒く、目も霞むのか虚ろになっている。いつ倒れても可笑しくない状態だ。

 

「……それ以上やったって、無駄なことくらい分かるだろうが」

 

コウはそんなアステアを一瞥すると、相変わらず無表情のまま口を開く。

 

「……」

「魔力切れだろ、ソレ。短時間であんなに魔法を使った代償だ。全盛期のアンタならワケなかっただろうけど、急に使ったせいで体が追い付かなかったのか?」

「ふ、ふふ……随分と詳しいのですね。魔力の魔の字も感じないというのに」

「あぁ、知っているさ。これ以上魔法を使い続ければ、命にかかわることもな」

「えぇ、そうで……あぁうるさい! 分かっているから黙っていろッ!!」

 

 突然アステアは叫びだし、頭をガシガシとかき乱す。目は血走り、何かを追い出すように頭を大きく振った。

 

「いいから止めろ。もう女神からの啓示にも耐えきれないんだろ」

「……何を、止めろと? 何も知らない、筈の、貴方が」

「それ以上女神に従って何になる? お前にとって、そんなに信奉する価値があるのか?」

 

 コウは静かに、諭すようにアステアへ訴える。喫茶店の時とは立場が逆転してしまっていた。

 アステアは理解している。コウの言葉に裏が無い事を。その真意が、敵であるはずの自分に向けられた哀れみであることを。

 

「……ふふ」

 

 しかし、それでも杖を振り下ろした。

 当然防御される。人智を超える硬度はただの人間程度が放つ打撃など弾き、逆に強烈な反動を与えた。

 ゴトリと音を出し、彼女の限界を伝えるように宝石杖が横たわる。だが、それでもアステアは止まらなかった。

 

「……」

 

 痺れる右手を左手で掴み、使い潰す勢いで握りしめた。そうして出来上がる脆い拳を使い、再度コウへ向き合う。

 

 何度も、何度も、何度も。遂には耐えきれず手から血が流れ、グシャリと肉を潰したような怪音と共に彼女の拳も使い物にならなくなった。

 それでもアステアは止めない。握ることすら困難な状態になろうとも、指が折れ曲がり原型が無くなろうとも。

 

「アステア様、それ以上はッ!!」

「……」

「もうお止めください! この男の言う通り、それ以上は何をしても……!」

 

 ジースは大声で叫びながら、毒でまともに動かない体に鞭を打ってアステアを止めようと駆け寄る。

 背後に回りアステアを抑えようとするが振り払われ、さらに打撃を続けた。

 その勢いで背後に飛ばされたジースは、その衝撃を感じる暇もなくアステアの異様な雰囲気に当てられてしまう。

 

 普段の凶暴なアステアなら彼女は知っている。しかし、亡霊のごとき今の彼女は観たことが無い。

 恐ろしく不気味、あるいは膨大な狂気。ソレを全身に受け、遂にジースは身動き一つとれない。干上がった喉からは声すら出ず、ただ二人を見続ける事しかできなくなった。

 

「止めろって、言ってるだろ」

 

 そんな行動不能となったジースを尻目に、コウは鉱物の鎧から手を伸ばす。そして未だ迫るアステアのボロボロとなった手を掴んだ。

 

「ッ……!?」

「顕現、イディオット・スライム」

 

 コウがそう呟くと、アステアの手に異変が起きる。

 魔法陣も光も生じないが、彼女の手には確かな熱が発生したのだ。

 そしてあらぬ方向に曲がっていた指は正しい方向へ戻り、砕かれていた骨が綺麗に戻っていく。

 そう、先ほど自分の体を再生させたコウのように。

 

「やっぱり、他の奴にも出来たか」

「……これは?」

「俺の再生力をアンタに移した。感覚でやってみたが、ある程度は自分以外にも出来るみたいだな」

「そう、ですか……ッ!?」

 

 アステアはボーっとした表情でみるみるうちに治っている自分の手を見ていると、いきなり目を大きく開いて自分の頭を掴んだ。

 突如彼女を襲った謎の「解放感」。驚いたように目を大きく開き、自分の身に起こった異変を信じられないでいた。

 

「まさか、神託が……」

「……成程、和らぐのか。まぁ、曲がりなりにも魔物の力だ。神託を受けるアンタらにとっては毒なのかもな」

「……」

「まぁ、それでも良いだろ。これでもう女神に従う必要は――」

 

 ないだろう。

 そう言い切る前に、不可解にもアステアは再びコウに殴りかかった。

 

「何で止めない?」

「……」

「もう、次は治さないぞ?」

「……ふふ」

 

 アステアは返事をせず、笑いながら殴り続ける。一心不乱に拳を振り、不気味に微笑みながら人形のように動き続けていた。

 そうしているうちに、彼女の手からまた鈍く痛々しい音が響き始めていた。そしてその激痛も意に介さず、無意味な攻撃が続く。

 

「いい加減にしてくれ、止めろアステア」

「いいえ、止めません。ここで止めなければ、ならないのです」

「……」

 

 コウは黙ると再びアステアから視線を逸らし、出口の方へ歩き出した。

 

「ッ……出で……よ……!」

 

 それを見たアステアは再び杖を手に取る。そして絞りカスしか残っていないであろう魔力をさらに絞り、出口の前に再び魔法陣を発生させた。

 そしてそこから大きな氷が現れ、壁のようにコウの前へ立ち塞がった。

 

「……」

「ふ、ふふ……もう、分かっているのでしょう? 私を止めるには、どうしたら良いのか」

「……やめろ」

「何を躊躇うことがあるのです? さぁ、私の首はここです。その力をもってすれば、簡単にへし折れるでしょう」

 

 コウが考えもしていなかったこと。いや、考えようとしなかったこと。

 それをさも当然のように、アステアは囁く。まるでコウに殺されることを望むかのように。

 

「さぁ、さぁ、さぁ、早く。そうすれば、この目障りな女は動かなくなりますよ」

 

 気付けばアステアの微笑みは、また別の何かに変わっていた。人形のようだった微笑みから、血の通った聖女のごときモノに。

 対するコウは少しだけ目を細める。この場でそんな笑みが出来るアステアが、どこまでも不気味だった。

 

「……あぁ、そうかよ」

 

 コウは拳を振り上げる。力を込め、バキバキと怪音を上げ、その表面に鈍重な凶器を纏わせて。

 

「お前が、ソレを望むんなら、その通りにしてやる……」

「ふふ、えぇ。さぁ早く」

 

 アステアの笑みは変わらない。

 それどころか、今から自分を殺そうとしているコウへ両手を伸ばし、その殺意を受け入れようとしていた。

 コウの無表情も変わらない。アステアの言う通りその顔を殴りつぶそうとしていた。

 

「これ、で、おわり、だ」

「えぇ、終わりでしょう。感謝いたします、コウ様」

「……」

「……コウ様?」

 

 その時。今度はコウの方に異変が起きた。

 言葉が何度も詰まらせ、無表情のまま動かない。

 

「コウ様、どうされたのです?」

 

 次いで目から血が流れる。いや目だけではない。

 耳、口、鼻。そこから静かに血が止まることなく流れ続ける。そしてその目が真っ赤に染まった瞬間、その場にドサリと倒れてしまった。

 身動き一つとらず、起き上がる様子もない。

 

「コウ様?」

「――」

「早く起きて、私を殺してください。そうすれば、私は貴方の物に」

 

 コウへ寄り、まるで親を起こす子供のようにその身を揺する。

 音のない空間で、アステアの声だけが響く。コウは返事をせず、目覚めもしない。それでも、アステアは囁き続ける。

 

 故に、彼女は気付かなかった。

 出口に生じさせた氷の壁が、いつの間にか消失していたことに。

 

 

 

「無駄だよ、コウは目覚めない」

 

 

 

 無機質な声が、部屋中に響く。

 

「ただでさえ最初の段階なのに、一気に三体も使ったんだ。既に脳が限界だったんだよ。どれだけ怒っても悲しんでも、その表情を変える余裕すらない程にね」

「な、に……?」

 

 部屋のどこからともなく、何者かの声が聞こえた。まるで地獄からの呼び声。凍えるほど冷たく、叫ぶほどに熱く。

 そんな矛盾をはらんだ恐ろしい声が、まるで呪詛のように空間を包んだ。

 

 次いでコツコツと足音が鳴る。静寂なこの空間では、鬱陶しい程にやたらと響いた。

 そして闇の中から、その正体が露になる。声の顔を見て、アステアの顔が驚愕と憎悪で歪んだ。

 

「ララベル……なぜ……貴様が……!」

「ダメだよ、アステア。ソレだけはダメだ。絶対に許しはしない」

 

 声の主。ソレは決してこの場にいない筈の存在。

 魔の象徴たる銀色の髪をなびかせ、勇者ララベルは静かに嗤った。

 




ご指摘、ご感想があればよろしくお願いいたします。
色々詰め込んでたら、いつもの倍近い字数になってしまいました……。

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