エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い   作:ツム太郎

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魔王と勇者

 

「全部、全部貴様が仕組んだことだったのか。コウ様がこの場に来ることも、このハルメイアに来たことも……いや、魔に堕ちたことさえ」

 

 アステアの言葉を肯定するかのように、ララベルはその笑みを深める。

 消えない怒気を明確に示しながら、それでもその歪んだ笑みは消さなかった。

 

「どこからだ、どこから仕組んでいた?」

「どこから、とは?」

「いつから貴様は干渉していた? 貴様が勇者に選ばれた時か? それとも先代勇者が暴走した時か!?」

「……」

「答えろ魔王ッ! 返答によっては、いやどう返答しようとッ!!」

 

 叫ぶと同時にアステアは立ち上がり、杖を構えてその先をララベルに向ける。

 背後には魔法陣。しかし先ほどの戦闘に見せたモノとは明らかに違う。

 その大きさ、数、緻密さ、輝き。ありとあらゆる面で、今アステアが発生させたソレは圧倒的に勝ってた。

 

「おや、あれだけ魔を注ぎ込んだのに、まだそれだけの力を出せるのかい」

「侮るなよ化け物。この力は自ら身につけたものだ!」

 

 魔法陣は地鳴りと共に幾つにも分かれていき、地下空間全てを包み込んでいく。

 壁や床に押し込まれるように生じていくソレらには、一つ一つに込められた殺意、敵意、悪意。明確に対象を殺そうとする意志が感じられた。

 絶対に殺す。そうまるで、死刑宣告そのものを体現させているかのように。

 

「……否定はしないよ。その怒りはもっともだ」

 

 常人なら圧倒され、命乞いどころか身動き一つさえ取れなくなる程の濃密な殺気がララベルにぶつかる。

 放たれる魔力は空間をきしませ、見る者に身悶えするほどの恐怖を与えるだろう。

 

 しかしそんな魔力を前にしても、ララベルの表情一つ揺らがない。立ち上がることすらせず、アステアをまっすぐ見つめるだけ。

 

 彼女は指先を軽く振ると、目では見えない何かを発生させた。

 光でも、音でもない何か。波のように震え、空間を泳ぐように流れていく。

 そして何事も無いかのようにアステアをすり抜けると、その背後にある魔法陣全てに浸透していった。

 

「でも、ダメだよ」

 

 瞬間、無数の魔法陣に亀裂が走る。

 ビキビキ、バキバキと。まるでガラス細工を割るように。飴細工を砕くように。

 いとも容易く砕かれていき、遂には全てが地に落ちて霧散してしまった。そんな惨状を気にも留めず、アステアは憎しみや怒りで体を震わせる。

 

「今の私なら理解できる。でもね、私を殺すべきなのは……少なくとも君じゃない」

「何を今更……先代勇者の悲劇も、全て貴様の仕業なのだろうが!」

「違うよ。ソレは明言できる。そもそもアレが生きていた頃、私には何かをしようだなんて意思すらなかったからね」

 

 まるで子供をあやすような、いやそれ以上に興味がないような。そんな様子でララベルは怒れるアステアに答える。

 その様子も腹立たしいのか、アステアはさらに感情のまま叫んだ。

 

「意思すらないだと!? なら貴様がしたことは何だ! 彼を人形にして、自分の玩具にでもしたいのか!?」

 

 次いでアステアは杖を大きく振りかぶり、ララベルとの間合いを一気に詰める。そして勢いのまま、宝石杖を思いっきり殴りつけた。

 重く、鈍い音が響き渡る。きっと頭蓋など粉々に砕かれているだろうと。そう思わせるほどに酷い音であった。

 

 しかし、それでもララベルの表情は揺らがない。何かが触れたかという様子すら見せず、小さく微笑んだままアステアを見つめる。

 その場を動くことすらなく、ダメージなどまるで無いようであった。

 

「玩具、か……君にだけは言われたくない言葉だが、まぁいい。とにかく、そのまま私の話を聞くといい」

「何を、このッ……!」

「まったく、君のその諦めの悪さは美徳だが、今出来ることは私の話を聞くことだけだよ」

 

 ララベルはゆっくりとした動きで右手を宝石杖に添える。ピタリと触れた手のひらは、さも当然のように杖を逸らしていった。

 対するアステアは杖に全力を込めている。全身を力ませ、全力でララベルの頭をたたき割ろうとした。

しかしそれでも、ララベルのゆるやかな動きに勝てない。

 

「チ……この……化け物ッ……!」

「ふふ、いくらでも憎むがいいさ。でも、そろそろ話がしたい」

 

 そう言って、ララベルは少しだけ指を振る。それだけなのに、アステアは強烈な何かに押し出されたように背後へ吹っ飛び、受け身の姿勢をとる前に壁へ叩きつけられた。

 

「ぐぁ……」

「そこに座るんだ。そして動くな。今からは、私との会話以外の一切を許さない」

「何、を……!?」

 

 ララベルの言葉に、アステアは当然抵抗しようとする。しかし今度は彼女の体が動かなくなっていた。

 座ることは出来る。姿勢を変えることも。しかしアステアは立ち上がる事や杖を握ること、要はララベルの言葉に反する行為が出来なくなっていたのだ。

 

「……エルの言霊、か」

「おや、この力も知っているのかい?」

「世界の創生に存在していたとされる、神話に属する化け物達の一端。絶滅した支配者、エル。そんな力さえ、貴様は従えていたのか」

「あぁ、コレは何かと便利でね。えぇと、どこで手に入れたのだったか……」

 

 ララベルは話す途中で自らの喉に触れた。そうして頬をなぞり額まで到達させると、思考するようにトントンと叩く。

 まるで何かを言おうとして、本当に言うべきか悩んでいるかのように。

 そんな様子すらわざとらしく思え、アステアはさらに苛立っていた。

 

「ふむ……あぁそうだ。思い出した」

 

 そんな彼女を一瞥し、ニコリと笑った後にその口を開いた。

 

 

 

「何かを企てる時には、コレが大抵役に立つ。そう言われて……女神から貰ったんだった」

 

 

 

 さらりと当然のように発せられた言葉だが、アステアは一瞬その意味を理解できなかった。

 そして理解してなお、その意味が分からなかった。

 

「……は?」

「女神だよ。ヤツからこの力を受け取ったんだ」

「貴様何を言っている? 女神が、魔王の貴様に……?」

「あぁそうさ、いや思えば当然だったのかもしれないね」

 

 ララベルは眠るジースを見つめ、すぐに視線を逸らしてハァと小さくため息を吐く。まるで、思い出したくもない何かをついうっかり思い出してしまったかのように。

 

「そもそもの話だ。我ら魔物とはどういった存在か、君は正しく把握しているかな?」

「……古くから存在する女神の敵。いつしか根絶しなければならない、悪そのもの」

「ふむ、正しいね。正しく、不正解だ」

「なに? まさか人間と仲良くなりたいとでも思っているのか?」

「いや、そんなことは露ほども思ってないさ。私が言いたいのは、女神の敵という所だよ」

 

 魔物の最たる特徴を否定され、アステアは目を細める。

 魔物は女神の敵。ソレは人間にとって常識であった。故に女神の信徒である人間を害する存在。

 

 現に魔物達は人間たちを襲い、何度も村や城を滅ぼしていた。

 復讐を誓う騎士がいれば、打倒を決意する賢者もいる。

 倒して当然。滅ぼして当然。

 ソレが人間たちの知る魔物であり、疑う余地の無い事実であった。

 

「君らは何をもって、魔物が女神の敵だと認識しているんだい? 私たちが女神に対して宣戦布告でもしたのかな?」

「それは、女神が――」

「女神が君たちにそう言ったのかい? なんの根拠もないのに?」

 

 ララベルは可笑しそうにクスクスと笑い、困ったように首を横に振った。

 

「君らは何もわかっていない。いや、知らされていないのか。まさか自分たちが、女神の失敗作を処理させられているなんて、ね」

「女神の、失敗作だと?」

「あぁ、そうだ。我々魔物が何故古くから存在するのか。その理由がまさにソレだよ」

 

 そうしていると、ララベルは両手を軽く上げてその笑みを消した。

 同時に彼女が纏っていた雰囲気そのものに変化が生じる。今までの怪しく悍ましい魔王たる雰囲気ではなく、荘厳な神のごとき存在感。

 そうまるで、アステアたちが今まで信奉していた、かの存在のように。

 

 

 

「我らの正体は原始の獣。世界が始まったその時、初めて女神が放った獣たちの……成れ果てた姿だよ」

 

 

 

 アステアは目を大きく見開き、言葉を失った。

 あまりに唐突で、理解不能な話。女神の、人間の敵とされていた魔物が、まさかその女神によって生み出されたなどと。

 

「この世界が始まった瞬間、まだこの地には人間も魔物も存在しなかった。果てまで広がる自然のみ、あとは何も在りはしなかった」

「……」

「女神は自らが受け持つ世界の発展を期待した。そしてそのキッカケとなるように、獣を世界に放ったのだ。思考も碌にできなかった、知能を持たない正真正銘の獣をね」

 

 ララベルは淡々と話をしながら、ジッとアステアを見続ける。

 馬鹿な作り話だと切って捨てても可笑しくはない。それほどまでに、今繰り広げられている話はトびすぎている。

 

 だが、アステアは何故か聞いてしまっている。その全てが真実であると、アステアの本能は受け入れてしまっていた。

 

「女神は無謀にも、獣に完全な自由を許した。自由な発展、自由な繁栄。全てを獣たちに委ね、自らの介入をほぼ無にした」

「自由……か……」

「ふふ、その結果何が生まれたと思う?」

 

 答えなど確認する必要もなく、アステアの目の前で『答え』が微笑んでいた。

 

「完全な自由を許された獣たちは、まさしく獣のように生き続けた。理性など存在せず、ただ自らの欲求のまま動く獣ども。その姿は今の魔物達に違いなかった」

 

 つまりは、女神より語られていない創生の失敗。女神の秘匿。

 自らの失態を押しつぶすため、この世界の人間は生み出されたということ。

 

「魔物達の世界は酷いモノだった。地は荒れ、水は乾き、木々は枯れ果てていた……まさに終焉のソレだった」

「その結果、女神はあなた方を見捨てたと?」

 

 返事をせず、ララベルはただニコリと笑うのみ。

 ゆるやかに両手を前に出すと、その指を目の前で交互に合わせた。

 

「さて、そんな世界に女神は新たな獣を放った。そしてその獣は女神の過ぎた管理を受け……強引に人間へと成り果てた」

「信じられると? 女神ではなく、魔王である貴様の話など」

「あぁ、君は信じる。信じざるを得なくなる。そもそもの話だけど、『女神に正しさなんてあるのかい』?」

「……ッ!?」

 

 ララベルの問いを聞いた瞬間、アステアの頭で異変が起きた。バキリと何かが砕けたような、靄が掻き消えたような。そんな感覚を覚えたのだ。

 

 そして新しく思考が動いていく。

 当たり前すぎて思考が至っていなかった。いやむしろ、至らないように強制されていたのか。

 

「ふ……くッ……!?」

 

 アステアの呼吸が荒くなる。頭を抑え、倒れそうな体を杖で支えた。

 気付いた瞬間、疑問は限りなく膨れ上がっていく。たった数秒しかたっていないのに、アステアの脳内は女神への疑問で満たされてしまっていた。

 

「なに、を……」

「君たちの指針は女神が決める。しかしその指針自体の正当性は、いったい誰が証明してくれるんだ?」

「待て……何も言うな……」

「言うまでもなく、ソレすら女神の役割だっただろう? 時期だってそうだ。君たちが魔王の存在を知らされたのは、なぜ発展した後の時代だったんだい? それに――」

「止めろッ……止めてくれ……!」

 

 捲し立てるララベルの口に止めろと叫ぶように手が押し出される。

 うつむき、息を荒げるアステア亡者のごとき様相で。すがる場所を失った迷い子のように不安いっぱいに表情を染めていた。

 艶やかで美しい金髪も乱れ、小刻みに震え恐怖すら抱いているようであった。

 

「……」

「まったく、酷い形相だ。気持ちは分かるが、話を続けるよ。まだ本題に入ってすらいない」

「……な、に?」

 

 アステアは自分の両肩を抱き、今にも泣きだしそうな顔をしてララベルを見る。

 もう先ほどまでの獰猛さは微塵も残ってはいなかった。

 

 そのあんまりな姿に、ララベルは一瞬だけ口を歪めた。

 

「……何を今更、被害者ぶっているんだい。君らが始めたことだよ」

「私が、私たちが始めただと?」

「……いいさ、もう少しで分かる。君は黙って聞いているんだ」

 

 アステアの言葉を無視し、ララベルは話しを続けた。

 その身に隠しきれない感情を漏らしながら、その口を少しだけ震わせて。

 

「……」

 

 アステアもその微細な変化に気づいた。

 彼女はその目に見覚えがあったのだ。ララベルが旅の途中で時々見せた、全てを憎むかのような瞳を。

 

「……違う」

 

 違う、そう違っていた。何故忘れていたのか、たった今アステアは思い出す。

 旅の途中、ララベルの瞳に映っていたのは、底の無い憎悪だけではなかった。

 

 ソレは悲しみ。何かを悼むような、嘆くような。

 そんな感情の入り混じった瞳を、アステアは思い出したのだ。

 

「女神は魔王を、私を殺すために勇者という存在を作り出した。時代を分けて、二つ。一つ目は君たちに大きな爪痕を残した男だ」

「……あぁ、よく、知っている」

「そしてもう一人、実は女神はこの選別にとても頭を悩ませてね」

 

 ララベルは近くにあった瓦礫を掴み、思いっきり握りつぶす。欠片すら残らず砂のように細かく砕かれ、サラサラと彼女の手から流れ落ちていった。

 気分を落ち着かせたいのか、ララベルはその流れを見続けながら話す。

 しかし抑えきれていないのだろう。その手は震え続けていた。

 

「同じ人間を選んでも結果は同じ。どれだけ縛ろうと、何らかの形で暴走してしまう可能性があった。故に、一つズルをした」

「ズル……?」

「あぁ、女神は自分の世界に巣食う人間を信用しなかった。しかし自らの恥部を殺せる存在は必要であった。故に、別の世界から呼び出したんだ」

 

 その瞬間、アステアの頭の中で、合ってはいけないピースが合わさった。

 全ての疑問に、考えたくもない答えが埋まっていく。

 

 女神が呼び出したのは何だったのか?

 誰が魔王を殺したのか?

 何故、死んだはずの魔王が勇者になっているのか?

 勇者になってまで、魔王は何を改竄したのか?

 

 改竄し、知っている筈の苦痛を受けてまで、何を守ろうとしたのか?

 

 気づき、驚き、そして信じたくない一心で、頭を強く振る。

 しかし、ぬぐえない。

 気付いてしまった疑念を、真実を。殺しきれずに身悶える。

 

「まさか、まさかそんな……その呼び出した、人は……」

「ソレが本来の勇者。彼は押し付けられた座に着き、人間の悪意を受けてなお魔王討伐を果たした。本当の物語の主人公……いや、被害者」

 

 ララベルの頬を、静かに涙が流れる。

 皮肉にもその姿は、アステアたちが知らない筈の女神のように美しく。

 清らかささえ感じるほどに、どこまでも残酷だった。

 

「その者の名は、雨田 幸次。あだ名はコウ。私を、魔王を唯一殺すことが出来た……どこまでも愚かで、優しかった人だよ」

 

 本当に寂しそうな目をして、彼女は天を仰いだ。

 

 




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