エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い 作:ツム太郎
――我らの今が終わらないように、全ての物語に終着は無い
瞬間、明かりがすべて消える。
真っ暗な闇の中。先ほどまで空間の広さは分かっていた筈なのに、満ちる黒が無限を感じさせた。
その中にいるのは、魔王と大神官のみ。
「観客にとっては終わりだとしても、その中身は決して止まらない。フィナーレに拍手の喝采、しかし下りた幕の奥では未だ想いが蠢いている」
「……」
「今から話すのは、在り得てしまった過程の果て。君が知るべき真実も、底に埋もれている」
「……」
「アステア、君はそのままソコに座ったまま聞いているといい。折角揺らいでいるんだ、どうせなら一度に済ませた方が良い」
不安定そのもの。迷える羊のように震えるアステアは、肯定も否定も出来ずにいる。
そんな彼女を見たのか見なかったのか。ララベルは少しの沈黙の後、言葉を続けた。
「さて、大筋は同じだ。私が彼の立ち位置に居座っているだけ。違う点があるとすれば二つ、私と君の――」
「私が」
「……ん?」
「私が……あの人を……封印した……のか……?」
震えながら、しっかりと問う。
行き着いているのに、ゴールが見えているのに、辿り着きたくない。そんな表情をして、アステアはララベルを見つめていた。
「……分かるよ、そして許される。君の心情も、そう在って然るべきだ。咎める理由の一片だってありはしない」
言葉とは裏腹に、ララベルの言葉は冷たい。
口調に変化は感じられない。それなのに、アステアにはその言葉が冷たくて仕方が無かった。
ソレが本来の彼女であると気付いている故か、それとも全てを察するうえでの諦観か。
凍えるほどの冷たさの中、それでもアステアの頬は緩んでいた。そして左目から、何の意図によるモノかもわからない涙を流す。
呆けたのか、それとも崩壊したのか。
その内にどんな感情を持っているのかも、推し量ることは出来そうにない。
「……見ていられない」
「ふふ、貴方がそう言うのですか?」
「きっと彼を封じた時の顔は、私の時より凄惨だったのだろう。実際に見てはいないが、間違いない」
労うつもりも、慰めるつもりも、怒るつもりすらない。
あくまで事実。包むことなく述べた感想であった。
ララベルは徐に手を開き、閉じようとして、また開く。
かつて何かがソコに在ったのか。もしくは求めた果てだったのか。
しかしソコには、やはり何も見られなかった。
「全ての終わり、結末、完結、終局、最後。後、後、後……」
「……」
「全てそうだ。自らの所業を、過ちを知ることが出来るのは、終わった後」
優しく諭す母のように、駄々をこねる子供のように。
どのようにも感じ取れる歪な声色が、アステアの身に刺さっていく。
その一つ一つが、知る筈のない世界を鮮明に描いていった。
「気が付いたのは、全て終わった後だった。ハルメイアから離れた場所にある、あの廃村で」
「……あの村は、吹く風の音が酷く気持ち悪かった。まるで子供が放つ怨嗟のような、純粋で無垢な悲鳴のようで」
「そう、私も同じように感じた。だから彼には聞かせたくなかった。だけどね、その風が私を覚ましたんだ」
硬い石が砕ける音。
苛立ちを冷ますには、ほとほと頼りない微音であった。
「頭蓋を駆け巡った。疑問、焦燥、悲嘆、そして憤怒。彼と出会い、彼から得ることが出来た感情の滂沱。気づいた時には、彼の下へ走っていた」
「私はその時、何を?」
「さて、どうだろう。きっと城の連中と一緒に、勝利に酔いながらパレードに参列していたのだろう。そういうエンディングだったからね」
「……そうですか」
エンディング。
どれだけ抵抗しようと、決して変えられない結末。
ソレを言われ、アステアは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「疑う余地すら、無かったと?」
「そうだ。一片の疑う余地も無く、全てがそう在るべきだと思い込まされていた。私という存在も、彼を見つけたことも、旅に同行したことも、そして……」
――君が彼の恋人になったことも
アステアの呼吸が少しだけ乱れた。
その言葉の意味は理解している。衝撃の重みも。
だがそれ以上の変化がない。いやむしろ、その程度で留めることが出来た。
「……私が、彼の?」
「そう、私が自身に芽生えた感情に気づく前に、君は彼を横から奪っていったんだ」
微かに漏れる怒気。
しかしアステアはソレを感じ、あろうことか少しだけ噴き出した。
その目に少しだけ、光が戻っていく。
「ふふ、違うのでしょう? きっと貴方は人間を理解していなかった。奪われるなんて明確な感覚も無かった」
「……あぁ、そうだね。君の言う通りだ。私は当時、彼に興味があっただけだった。ただ彼を知りたくて、接しやすいだろう同性に化けていた」
「おや、素直に訂正されるのですね」
「偽の釣り餌を、感づかれた上でもなお振り回すつもりはない。なに、君の頭がしっかりと動いているか確かめたまでさ」
瞬間、真っ暗な空間の一部が照らされる。
そこには一人の少年が立っていた。短い金髪に茶色の瞳。
この世界ではごく一般的な姿だ。顔が恐ろしい程に整っている点を除いては。
そして、その奥に二人。
顔は見えない。だが二人は、仲睦まじく寄り添っているように見えた。
「永く彼と接し、様々なことを知ったよ。そして気づけば惹かれていた。だが、肝心な伝え方が分からなかった」
「そもそも男女の違いもよく分かっていなかったのです。無理も無いでしょう」
「ふふ、だがその結末がこれだ。彼は激情をぶつけ合った君を選び、私は抵抗することなくソレを受け入れた」
「……そして、彼は封印された」
ララベルが微笑む。
その指をパチンと鳴らすと、少年達を照らしていた光が消えた。
ソレと同時に、次はアステアに見覚えのない場所を照らし出す。
荒れ果てた玉座のような空間。その最奥に立つ何者かと、ソレに対面する何者か。
彼女は二人の顔に覚えがあった。
装備は違うが、片方はララベル。そしてもう片方はコウ。
ララベルは魔王たる姿で。コウは魔に堕ちた勇者の姿で。
「私は決戦の直前、彼にだけ正体を明かした。そして伝えたんだ。私を殺せと」
「勇者であるコウ様に、その力があったのですか」
「あぁ、私が無抵抗であるという前提条件があるけどね。彼には魔王である私を殺しきる力があった」
「しかし、彼は……」
「あぁ、殺さなかった。別の方法をもって、魔王という存在だけを殺したんだ」
照らされる場面が動き出す。
優しい目で魔王を見つめる勇者。両手を広げて勇者を迎え入れようとする魔王。
対峙する勇者の眼が燦然と輝きだし、魔王を包み込む。
驚きながらその光を浴び続けた魔王は、瞬く間にその髪を金色に変えていった。
「これは……アルの瞳?」
「そう、全てを従わせる支配者エルに対し、否と唱えることが出来る唯一の存在。異端なる反逆者、アルの遺産。ソレを彼は何処からか入手していた」
「その眼で、貴方を人に?」
「あぁ、転じさせることによって魔王は殺された。残ったのは、ララベルと名付けられたか弱い少女だけ」
光がおさまったその場所にいたのは、村人であった時のララベルの姿だった。
場面はそこで途切れ、鉄が擦り切れるような雑音と共に再び暗闇が満ちていく。
「彼が魔に堕ちたのは、私に人としての生を与えるためだった。人の身に余るアルの瞳を得るために、魔を取り入れたんだ」
「……」
「かくして、魔王は人に至った。そして勇者から貰い受けた名の下に、人として世界を見る旅へと出る。勇者の結末など知りもせずに」
「……それが、魔王ベルモールの結末ですか」
「お笑いだろう? 彼が魔に堕ちる原因となったのは、他でもない私自身だったんだからね」
ララベルがくつくつと笑い出す。
何もない闇を見つめながら、楽しそうに笑った。
「く、くく、ふふふ……さて、話を戻そう。そう、私が廃村を出たその後だ」
少しして笑い声が止むと、新たな光が差し込む。
しかしその光は、先ほどとは違い酷く小さかった。
かろうじて見れるのは、どことも分からぬ場所を走り続ける何者か。
足は傷つき、地面に血を沁み込ませながら、何者かは走り続けていた。
「遅すぎた激情のまま、私は彼の下へ走り続けた。何日もかけて、かの森の奥へ。そして、なんとか辿り着いた」
「……」
「その封印術には見覚えがあった。魔力を失った身であっても、解印自体に問題は無かったよ」
しかし、と。
そう言って、ララベルは言葉を詰まらせる。
アステアにはその理由が分かっていた。至極簡単なことだ。
魔王である彼女ならともかく、勇者は強くなろうと元はただの人間。
裏切られ、捨てられ、そして我が身すら失うこととなった末。
勇者の心はどうなるか。
「解放後、彼は変わってしまっていた。私が何を言おうと、何をしようと、身動き一つ取らない人形に」
「ならば、今のコウ様は……」
「物語を覆した結果だよ。私は開幕にすら至っていない別の次元へと転移し、玉座に座るこの私と繋がった。そして、彼に成り代わり勇者という役柄を引き受けた」
「直接過去には、戻らなかったのですか?」
「劇中ならともかく、既に幕が下りてしまっている事象だ。やろうとはしてみたけど、私でも覆せなかったよ」
別次元への転移。
コウという前例がある故に、アステアはララベルを信じることが出来る。
自身には不可能だが、あるいは魔王の力があれば可能なのかもしれない、と。
「……」
「そして、この地に至ることが出来た私は――」
しかし、腑に落ちていなかった。
納得しかけて、どうにも引っ掛かる疑問が出てきてしまったのだ。
「……待ちなさい。魔王であった貴方ならともかく、その時は人間だったはずだ。魔力もないのに、どうやって次元転移なんて果たしたのです?」
「なに、簡単なことだよ。魔王として在るべき力を、取り戻しただけのこと」
「だから、その手段を聞いて――」
その時、ララベルとアステアの視線が合う。
それだけなのに、アステアの脳内にあってはならない可能性が生まれた。
「……」
アステアの体がわなわなと震えだし、顔から血の気が引いていく。
そう、ソレは人間が魔を食することでその力を得るという邪道。正確には、勇者である程の強靭さがあってこその外法。
ララベルは例外。元々が魔王なのだから、通常の人間よりは抵抗も弱いのだろうとアステアは考えた。
ならば、後はその力の入手方法。
そこらにいた魔物を食したのか?
いや、それでは得られる力は弱いだろう。何よりもララベルは人間に変じているおかげで、弱い魔物ですら返り討ちにあっている筈だ。
ならば、ララベルはどうやってベルモールへと戻ったのか。
何を否定する必要があるのか。簡単なことではないか。
そら、おあつらえ向けに全く動かない肉の塊が目の前に――
「ふざけるなァッ!!!」
アステアの顔が怒りに染まる。
爆発するかのように喉から出たソレは、否定できない可能性をそれでも否だと切り捨てようとしていた。
「……当たりだよ」
「何がだ、化け物ッ!?」
「君の想像通りだ。私は彼を……喰らった。魔王と勇者、その両方の力を得るために」
「ッッ!!」
「あぁ、喰らったよ。一切の躊躇なく、欠片も残さず、彼をこの身に引き寄せた」
ララベルは手を合わせ、祈るように顔の前へ出した。ただそれだけなのに、全身から歪んだ何かが滲み出る。
赤く、黒く、錆びついていて、どこまでも醜くて。しかし深くまで澄んでいて、清らかさが垣間見える。そんな、純粋なララベルの想い。
ソレは間もなく溢れ出し、辺り一面に飛び散っていく。
自らを容易に飲み込むであろう勢いに、アステアは叫ばないでいるだけで精いっぱいだった。
「……」
アステアはその狂気に覚えがある。
そう、勇者であったララベルを封印したその時。彼女が見せた恐ろしい笑み。
その片鱗、隠しきれていなかった喜び。まさしく狂喜のソレだった。
「魔王に戻ってすぐ、私は次元を繋げる境界の糸を探った。試したこともない別次元との接触。その強靭な糸は、私の四肢を容易に千切っていった……然したる問題でもない」
「きさ、まは……」
「進み続け、終いには小さな肉片に成り果てた。だが、辿り着くことが出来た。呆けた顔で玉座に座り続ける、この私の下に」
姿勢を変えず、ララベルは笑う。嗤い続ける。
何に対する嗤いなのか、もう本人すら分かっていないのだろう。
それでも嗤い続ける。自らが見る劇の全てが、愉快で愉快で仕方がないように。
「彼の進む道を先回りして、悉くを塞いだ。あらゆる手段をもって、彼が遭う筈だった悲劇を全て斬り捨てた。君ら人間の蛮行も、全て引き受けた。全ては、あの洞窟で出会う救いのために」
ただひたすら求め続け、全てを請け負った。
ソレがララベルという勇者の正体。
想い続けた存在との再会を欲して、強請って、求めて。
求めて、求めて、求めて、求めて。
「閉じた意識の中、私はようやく、聞くことが出来た。自らの意思で、辿り着いたんだ、あの足音に」
「……そして出来上がったのが、今か」
「ふふ、ふ、女神にも、君にも、任せはしない。誰にも彼を、否定など、させない。もう、彼の隣には、私がいる……」
そうして、狂気が飾る道の果て。
魔王ベルモールは、その妄念を果たすに至ったのである。
「……」
「ふふふ、ふふ、は、は、コウ。あぁ、私はようやく、君を……!」
口を閉ざしたアステアを気にもせず、ララベルは嗤う。
その声は闇に溶け込んでもなお、暗く響き渡っていた。
ご指摘、ご感想がありましたらよろしくお願いします。
えらく時間がかかってしまい申し訳ないです。
なかなかに纏らなかったです……