エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い 作:ツム太郎
朝、スズメっぽい鳥の鳴き声と朝日で目が覚める。
絶妙な温かさの布団が心地いい。
もうこのベッドで目が覚めるのは何度目だろうか。いやまぁ3回目なんだけど。
あの洞窟から無事脱出……ていうかララベルに助けられた後、俺はこの宿屋の一室で療養していた。
俺自身はもう全快したと思うのだが、ララベルがもう少し休むべきだと気遣ってくれたのだ。部屋から出ることは許されず、ひたすら横になって満タンだと思われる体力の回復に徹している。
正直、退屈の極みであった。
楽しみといえば、ララベルが持ってくる食事。
彼女が持ってくるのは、全部よく煮込まれたスープだ。味がないということはなく、口に含むと野菜の旨味が溢れてくる。一皿飲むだけで腹いっぱいになるくらいだ。
たまに具がそのまま残っていることもある。昨日の夜に飲んだスープには、玉ねぎなどの野菜や何かの肉が入っていた。彼女曰く、羊の肉らしい。
よく煮込まれたおかげでとても柔らかく、非常に美味しかったことを覚えている。
さて、そんな療養生活も数日経った。
そろそろララベルと相談し、外に出て今後の方針を考えないといけないだろう。
いつまでも宿屋にいることはできない。下手したら、感づいた王城の連中が俺たちを探している可能性もある。
可能な限り、王城から離れなければ。そう思いながら体を起こした。
その時だ。
「おはよう、コウ」
「――ッ!!?」
ふいに目の前から声をかけられた。目の前というか、目と鼻の先。物理的な意味で。
顔を横に向けた先には、超ドアップなララベルの顔。
いつもと同じ、優しく微笑みながらコチラを見ている。瞬き一つせず。
ギリギリで悲鳴を堪えることができた自分を褒めてやりたい。ていうか、いるなら目を覚ました時にでも話しかけてくれ。
「お、はよう……ララベル」
「ふふ、朝から可愛い反応をしてくれるじゃないか」
「……お前が無言で目の前に出てくるからだろ。もう止めてくれって」
この部屋で起きるたびにララベルの顔が目の前に現れる。
目の前や真横、方向はその時で違うが、安心した後に出てくるものだから心臓に悪い。
ていうか普通こんなに近いなら気付くはずなのに、なんで毎度気づけないのだろう。瞬間移動でもしてるのかこの子?
「おや、ソレはすまなかったね……さぁ顔を洗って、朝食にしよう」
大して悪びれもせず、ララベルは楽しそうに笑いながら水の入った桶を寄せてくる。
俺はララベルをジロッと見ながら、そそくさと顔を洗ってテーブルの方へ向かった。
「いただきます」
「ふふ、いただきます」
テーブルの上には見慣れたスープ。今日も肉や野菜が入っている。
いくら旨くても物足りない。最初はそう思っていたスープも、今では好物と言っていい程好きになっていた。
スプーンにすくって一口飲むと、ララベルも嬉しそうに笑いながらスープを飲んだ。
こういった仕草は素直にかわいい。
そんな彼女を見ていると、ついホッコリとした気分になってしまう。
しかし、いつもまでも浮ついた気分ではいられなかった。
「ところで、コウ。そろそろ教えてはもらえないだろうか?」
数回スープを飲んだところで、ララベルはそう切り出してきた。
「なんだ? 俺に言えることなら良いんだけど」
「もちろん、君だから言えることだよ……率直に聞こう。君は、何者だい?」
ッ……!?
ララベルの言葉を聞いて、体がぴたりと止まってしまった。手に持っていたスプーンを落としてしまいそうになる。
俺がどういう存在なのか。今まではスルーされていたが、ララベルはずっと気になっていたのかもしれない。
ジィっと暗い目でコチラを見てくるララベルが、まるで俺を見定めているような気がした。
彼女には俺のことをなんと言えばいいのだろうか。洞穴ではとにかく彼女の救出だけを考えていたから、そこら辺を全く考えていない。
正直に異世界から来たと言うべきか。いや、ダメだ。
仮に異世界から来たと言っても、この世界が作られたアニメ世界だということは教えるべきではない。
自身の悲劇が大衆娯楽のために作られた物だと知ったら、彼女はどう思うか。
怒り狂うことはなくても、悲しみが増すのは確かだろう。彼女を悲しませることはしたくない。
しかし、あまり考える時間が無いのも確かだ。目の前には変わらない微笑みを向けてくるララベルがいる。
とにかく何か誤魔化せることを言わないと。
「……実は、遠い地の領主の息子だったんだ。もう没落して跡形もないけどな」
咄嗟に出たのはコレだった。
彼女も知らないような辺境の土地を治めていた領主。それならば多少魔術の知識を持っていてもおかしくはないし、ララベルを知っていても当然だろう。
「ふふ、なるほど……ではどこの地方を?」
「あ、アルディア地方のバース山岳辺りだ」
アルディア地方ってのは、王城から遠く離れた場所。バース山岳はその中でも特に荒れていた土地……のはず。加えてアニメの中だと、ララベルはその地方には向かっていない。
ここならば、簡単にはバレないだろう。
と、本気で思っていた。
「ふむ……では一族の紋章を教えてもらえるかい?」
「も、紋章?」
「そう。いくら滅んでも、かつての屋敷を飾った紋章くらいは覚えているだろう?」
思わず息を呑んでしまう。
なんだそりゃ!?
一族の紋章って……家紋みたいなもんなのか?
そんなもの資料集には書いてなかった筈なのに、どうなってんだ!?
「と、鳥の紋章だ」
「ふふ、なんの鳥だい?」
「カッコウ……だった」
「おや、おかしいね。その鳥ならベルモール候が代々使っているはずだよ。いくら辺境の貴族でも、同じ生き物を使うことはないだろう。貴族だというのはウソ、かな?」
「ぐッ……!?」
詰んでしまった。良い言い訳が浮かんでこない。
滝のように嫌な汗が流れてくる。
開始数分もしないうちにウソがばれた。
「それに、知りたいのは君の生い立ちではない。私が知りたいのは、君がどうやってあの洞穴に来れたのか、だよ」
「どうやってって……」
「君はあそこにいた魔物たちすら相手にできなかった。私が君を抱えて追っ手から逃げなければ、今頃どうなっていたか……想像したくもない」
「う……」
「洞穴の外は森だ。魔物が無数に存在するし、王城が派遣した兵もいただろう。それなのに、君はなぜ私の所へ来れたんだい?」
いやソレは俺も知りたい所だが……今は考えても仕方ない。
怯んでしまった俺に対し、疑問点を的確に付いて来るララベル。
詰み将棋どころか崖っぷちに立たされている気分だ。
状況が悪いのは明らかだろう。このままでは、本当のことを言う以外に道はない。
「実を言うとね、紋章の件はウソなんだ。本当は一族の紋章なんて存在しない。あぁもっと言えば、ベルモール候も存在しないよ。カッコウなんて鳥も知らない」
「なっ……!?」
「嘘をついてゴメンよ。でも、これで君が貴族でないことが分かった。ソレに、ウソをつかなければならない身分だということも。違うかい?」
間抜け極まり。なんでもっと早く気付かなかった。
ララベルが嵌めてくることも、十分考えられたのに……!
せめてもっと別のウソを、逃げ道を踏まえて考えるべきだった。
「ふふ、可愛い私のコウ。君の正体は、なんなのかな?」
ララベルがテーブルから身を乗り出し、俺の頬を撫でてくる。
くすぐったいし恥ずかしかったが、それ以上に恐怖が勝った。
触れる手は恐ろしいほどに冷たく、俺の体温も下げてくる。
くそ、どうすればいい……!?
「……手詰まりかな、コウ?」
「……」
「沈黙は肯定、そういうことだね? まったく、君は分かりやすい人だよ」
そう言うとララベルは小さくため息を吐き、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
そしてそのまま俺の方に歩いてくる。
コツコツと聞こえる足音が死刑宣告のように感じてしまい、恐怖で身が動かない。
彼女は俺の目の前で立ち止まると、右手をコチラの方に上げてきた。
「ッ!?」
目を閉じ、身をこわばらせる。
今からどんなことをされるのか、考えることも出来なかった。
「……え?」
「ふふ、怖がらせてごめんよ」
しかし、ララベルは俺の頭に手を乗せるだけでそれ以上のことはしなかった。
子供を宥めるかのように、優しく頭を撫でてくる。
いったい彼女がどういうつもりなのか、俺にはよく分からなかった。
「あ、え……?」
「君には一度、自分の無防備さを理解して欲しかったんだ。コウはあまりにも隙がありすぎる」
「隙、って……」
「あぁ、厳しめに言うと浅慮だね。保身の考えがあまりないように見える。まるで今まで、争いや命の危機が無い世界にいたようだ」
俺の耳に顔を近づけ、そう囁いてくるララベル。
何も言えない。彼女の言うことはもっともだった。
「封印を解除した後も、私に襲われたらどうするつもりだったんだい? 魔物へ挑んだのもだ。それに私への言い訳も、上手く考え付かないのならせめて黙るべきだ。ウソを吐いたことが知れたら、それだけで自分が只者でないことを教えてしまうからね」
ララベルは優しく撫でながら、変わらず耳元で話してくる。
そのせいだろうか、俺の頭にも彼女の言葉はスルリと入ってきた。
思えば考え足らずだったところが多かったのだろう。
行き当たりばったりの行動ばかりで、何かの前によく考えるってことをしなかった。
そのことをララベルから指摘されるとは……。
「す、すまんララベル……俺……」
「良いんだよ、分かって貰えれば。しかし覚えておいてほしい。この世界は君が思う以上に物騒だ……箱入りだった君には分からなかっただろうがね」
「あぁ、わか……箱入り?」
ララベルが妙なことを言ってきた。
箱入りってどういうことだ?
「ん、もしかして違ったかな? 大きな貴族、もしくは王族の箱入り息子だと思ったのだが……」
「い、いや。それで良い、そういうことなんだ」
どうやら勘違いしたらしい。
確かに、世間がどんな状態なのかよくわかっておらず、さらにララベルの知識があるとしたら外を見たことのないお坊ちゃんくらいだろう。
王城の恐ろしさもよく分かっていなければ、ララベルのことを助けたいと思ってもおかしくない。それに貴族ならば、森の兵士たちが見逃す可能性もある。
とりあえず、彼女の勘違いに乗っかるとしよう。
「……やはりそうなんだね。魔物の気配はしなかったから人間だということは分かったが、それにしても行動が危うすぎるよ。それでは世界全てが敵になっても、文句は言えないさ」
「うぐ……気を付ける」
「あぁ、それでいい。どうか消えないでおくれよ。君がいなくなったら、ここに在る理由が無くなってしまう」
そう言ってララベルは俺の頭から手を放し、扉の方へと歩いて行った。
雁字搦めになっていた鎖から解放されたかのような感覚がする。心臓の動悸が激しくなり、額からにじみ汗が出てきた。
「ど、どこ行くんだ?」
「隣の井戸から水を貰ってくるよ。今は人が少ないようだからね……あぁ、そうそう」
話しながら扉を閉めようとしていた手がピタリと止まった。
扉の隙間からララベルの目だけがコチラを見てくる。
ホラーというか、失礼だけど本当にこわ――
「今はその設定で構わないが、いつかは本当のことを教えてほしい。いつでもいい、どんな内容でも受け入れるよ。きっと優しい君は、言うことを止めるだろうけど」
「――」
「おそらく私にとって、とても残酷なことなんだろうね。ただ、それでも君の口から教えて欲しい……もう最後に裏切られるのは、嫌なんだ」
それだけ言って、ララベルは扉を閉めて出て行ってしまった。
最後に見えた彼女の目。
普段のように底が見えない真っ黒な目だったが、その瞳は確かに揺らいでいたと思う。
そして、自分がしてしまった事を自覚した。
俺が彼女にやったことは、この世界にいる連中と同じようなものだ。
ララベルのことを騙してしまった。彼女のことを思っていようと、蔑んでいようと、全く同じだろう。
自分の保身に走った結果だ。本当に情けない。
しかし、それでも彼女は俺のことを受け入れてくれた。わざわざ逃げ道まで用意してくれて。
「……ララベル」
無自覚に彼女の名前を呟いてしまう。
世界を救い、世界に捨てられたただの少女。
きっと、彼女は俺なんかが考えられないような悲哀を持っているのだ。
まだこの世界のことを言う勇気は無いが、いつかは全て話そう。
そのうえで彼女に殺されるのなら、それはそれで構わない。
だが今は、彼女のためにできることをやろう。彼女が俺を必要としてくれている間は。
「……手伝うか」
ララベルは水を取ってくると言っていた。
それくらいなら俺にも手伝えるだろう。
そう思いながら椅子から立ち上がり、扉を開こうとした。
「あれ?」
ビクともしない。
カギを掛けられているレベルではなく、ドアノブから完全に動かないのだ。
魔法で固定されているのだろうか、壁の一つみたいになっている。
「ララベルの魔法か……」
部屋から出るな。ララベルからそうメッセージを受けたように感じた。
なら部屋で待っているとしよう。
そう思って椅子に戻ろうとしたとき、窓の方に視線がいった。
そこには赤いスカートを穿いた女性がいる。両手でバケツを重そうに持って、水をどこかに運んでいるようだ。
「井戸があるのはあっちの方か」
まぁ分かったところで何かできるワケでもなく。
俺は大人しく椅子に座り、彼女の帰りを待つことにしたのだった。
多数のご感想、誠にありがとうございます。
こんなにも多くの方に見ていただけて感無量です。
未熟な面がまだまだ多いので、ドンドンご指摘いただけたら幸いです。
……次回はまだネタを文章化できていないので、投稿が遅れそうです。申し訳ない。