エンディング後のアニメ世界に来たけど、ヒロインが怖い 作:ツム太郎
滅びた村。
名も知れず、何十年も前に消えた村は今もその跡を残していた。
魔物の群れにでも襲われたのか、おおよそ人が付けたとは思えない巨大な爪痕が地面を抉っている。しかも一か所ではなく、至る所に。
家や建物はほとんどが崩壊しており、いくつかは原型すら残さずがれきの山となっていた。
凄惨な過去を匂わせるように、がれきのいくつかには血痕が残っている。
木は折れ、水は枯れ、人が住むには過酷な環境となっていた。
さて、そんな廃村の中。
かろうじて形を保っている建物2階の一室。
扉の前に立っているララベルは部屋の中を見ながら、ゆっくりと扉を閉めた。
「……」
瞬間、ドアノブから妙な音が発せられる。
キリキリと万力でモノを潰すかのような音。同時にドアノブには鉄のような黒い物体が発生し、ソレは扉全体に伝播していった。
侵食するように広がる黒はそのまま壁と同じ茶色に変色していき、そのまま完全に壁と同化させた。
「……ふふ。ゆっくりと、休んでいておくれ。家では休むものだからね」
そうつぶやくとララベルは頬を歪ませ、ゆっくりと階段を下りて行く。
踏むたびに建物が出してはならないような音が響くが、ララベルは決して気にせず1階へと下りた。
ララベルの目の前には外への扉。そしてその隣には宿屋のカウンターらしきスペースがあった。あくまで「らしき」であり、カウンターの向こうにはがれきの山が出来上がっているために、宿屋としての機能はしていないだろう。
そんなカウンターの近くに、一人の男が立っていた。
「……」
男は村人らしき麻布の服を着ており、ピクリとも動かずただ棒立ちしている。前方のやや上を見つめ、口を少しばかり開けていた。店主としては、少々行儀が悪い。
「店主、水を汲んでくるよ」
「はい、ララベル」
ララベルはそんな男に目を向けることもなく、簡単な言葉を交わしただけですぐに外へ出て行ってしまった。
ガレキの山、枯れた草木に、血で錆びた剣。
そんな滅びの光景を見ながら、ララベルは表情を変えずに廃村の中央の方へと向かっていった。
そんな彼女を見つけたのか、感知したのか。廃墟の陰から何人もの村人らしき人々が出てきた。
皆ふらついた足取りで歩き、目は虚ろで光が宿っていない。
「おはよう、みんな。元気にしていたかな?」
「はい、ララベル」
「ふふ、それはよかった。では今日は、そうだね……現在の王城と聖教会について教えてもらおうかな」
「はい、ララベル」
何人もの村人がララベルを囲むという異様な光景の中、一人の村人が彼女の前へと歩いて行った。
その村人はララベルの前でひざまずくと、その頭を彼女の目の前に差し出す。
「ありがとう」
そう言ってララベルが男の頭に手をかざすと、男の体から真っ黒な瘴気が発生した。音もなく、ゆっくりと男の何かが取り出されていく。
だが男はうめき声すら上げない。それどころか、まるで救いを得たかのように空へ手を掲げる。
そして瘴気はララベルの手に纏わりつき、ゆっくりと彼女の中へと入っていった。
「――」
「やはり……彼らは既に知っているのかい。時間もかなり経った。そろそろ来ても、おかしくは無いが……さて、次はコウと何処に行こうかな」
独り言をするララベルであったが、相変わらず彼女の表情に変化はない。
視線はコウのいる部屋に向いており、既に彼女の意識は目の前の男には無いようだ。
対する男には明らかな変化が起きていた。
生気を感じさせない顔は瘴気が出るほど干からびていき、ひび割れていく。
太く丈夫そうであった腕はだんだんと萎んでいき、うっすらと骨すら視認できるようになっていた。
見た目だけなら20代の若者に見えていたのに、今では老人のソレだ。数秒前の事なのに、もう彼の面影はなくなっている。
と、そこで男に妙なことが起きた。
「ぁ……ぇぅ……」
全く音のなかった空間に、何者かの声が響いたのだ。
ララベルは無視していたが、ソレは目の前で老人になり果てた男からだった。
「ぁ……ぇぅ……ぁ……ぇぅ……ぁ……ぇぅ……」
「……」
うめき声、いや言葉だ。何か一定の間隔で、同じ言葉を言っている。
枯れ果てる直前だった男は、弱弱しいが確かに言葉を言っていた。
次いで、男の体が震えだす。自分でではなく、何かに揺さぶられているかのように。
まるで、子供に振り回される人形のようだ。
次の瞬間、男は垂らしていた両腕で自分の首を絞めた。
無表情であった顔は、苦しんでいるかのように歪んだ表情を作っている。
男の体内で、何か尋常でないことが起きているらしい。
「ぁ……」
瞬間、男から発生していた瘴気が途絶えた。
首を絞めていた両手はだらりと下がり、完全に中身の消えた人形のような様相であった。
ララベルはゆっくりと視線を男へと向けた。彼女だけは分かっていたのだ。
もぬけの空となった男の中には、確かに他の誰かが入り込んだことを。
そう、まるで何かが男に乗り移ったかのように。
「ララベル様」
彼女を呼ぶ男の声が聞こえた。先ほどまでのうめき声ではなく、ハッキリとした口調で。
顔は相変わらずしわがれた死人の様相であるが、声だけが変化していた。
成熟した男性の声だったのに、今では少女の声のように聞こえる。
「ララベル様、お久しぶりです」
声はララベルに話しかけた。
丁寧でいて軽やかに。旧知の仲であるかのような口調だ。
男とララベルを囲む他の人々には一切の変化がない。無表情のまま、物音すら立てずにいる。本来なら彼らこそ異様であるが、この場では声を発する男こそが逆に異様そのものであった。
そして、そんな男を見るララベルもまた先程とは違い、ほんの少しだけ楽しそうに男を見ている。
「あぁ、この声は知っているよ。久しぶりだねシスターアステア……いや君のことだ、もう大神官にでもなったかな?」
「ご推察の通り、貴方を封印した功績で分不相応の地位に就いております。積もる話もございますが、まず一つ。本来の居場所に戻るつもりはございませんか?」
「ふふ、実に君らしい問いだ。合理的で最適で、そのうえ焦りも感じる。未だに頭痛は消えていないらしいね、啓示は今も降りているらしい」
「……えぇ、今もガンガンと頭の内に叩き込んできます。ご理解されているのなら、私の問いの意味もお判りでしょう?」
最後の言葉には明らかな怒気がこもっていた。空の男を介しているせいでよく分からないが、この場に本人がいたらきっと恐ろしい表情をしているのだろう。
「私たちには、今すぐ貴方のもとへ行く準備があります」
途端、男を中心に地面がヒビ割れていく。地面のヒビはそのまま広がり、器用に円を描いていった。
次に細かなヒビが円の中を走り、徐々にその意味を刻んでいく。その間数秒もかかっていない。
恐ろしいスピードで円の中が仕上がっていき、やがてヒビは魔法陣を作った。
びっしりと文字が乱れなく刻まれており、ある種芸術のように美しい。
「……なるほど」
ララベルはゆっくり地面に視線を移し、地面に出来上がった魔法陣を見つめる。
そしてほとんど時間を要さずに、その正体を見破った。
「転移の魔法陣かい、こんな寂れた村によく準備していたね」
「いいえ、この村だからこそ配置していました。貴方なら、あるいはここに来るだろうと思いましたので。しかしご安心を、前のように寂しい思いはさせません」
「へぇ、いったいどうしてくれるのかな?」
「貴方のお供がいらっしゃるでしょう? その方もご一緒にとじぼひゅッ――」
声の主は最後まで言い終えることはできなかった。
男の顔が一瞬のうちに大きく膨れ上がり、まるで風船のようにパンッと割れてしまったからだ。
飛び散る血や骨、脳が大地を汚す。そしてララベルの顔にも、大量の血が付いてしまっていた。
「……」
途端、大きな地鳴りが響く。
周辺にいた人たちを巻き込み、平らだった地面が砂埃を巻き上げて滅茶苦茶に割れていった。
ただ一つ、宿屋の周辺のみを除いて。
地割れはそのまま村全体へと広がっていき、がれきの山をさらに細かく砕いていく。一切の容赦なく、分け隔てなく無慈悲に。
魔法陣がどうなってしまったか。確認するまでもないだろう。
「……」
依然、ララベルは表情を変えていない。
優しく微笑んだまま右手を頬に当て、ザリザリとその表面をなぞる。
そして手を見ると、そこには先ほど破裂した男の血がベットリついていた。
「……水を」
「はい、ララベル」
ララベルは一切動かないまま、赤いスカートを穿いた村人に言葉を投げかける。
その村人は唯一五体が残っており、それ以外の者は地割れに巻き込まれたために所々千切れてしまっていた。
村人は虚ろな表情のまま返事をすると、ゆっくりと井戸の方向へと向かう。
「……血を洗わないと。変な臭いがしたら、コウに嫌われてしまう」
ララベルは何気なくそんなことを呟くと、周りの惨状には目もくれずその場に座り、水が届くのを待った。
何気なく、それが当然であるかのように。
多くのご指摘、ご感想誠にありがとうございます。
ご指摘いただけた箇所は、時間を作って別個に修正していきたいと思っています。
……まとめてご感想に返信するのが厳しいので、少しずつ返信します。お許しください。